沖浦啓之「ももへの手紙」(2012)~わざと音を立てて~
止まった掛け時計の部屋で、ふたりは夕飯を食べ始めた。
おみそ汁とご飯。漬物と、おひたしと煮魚。ちゃぶ台の上の
夕飯は質素だ。お父さんがいたときは、もう一品か二品、
手をかけた料理が並んでいた。でもふたりになってからは
ぐっと品数が減った。お父さんが亡くなってからは、お母さんも、
ももも、しばらく食欲がなかったこともあって、自然とそうなった。
この島の買い物事情を考えると、この先もずっと食卓はこんな
感じなんだろうな。(中略)
「絶対なんかいるんだって」
「いません」
「いるよ!」
「いないのっ、もう、いいかげんにしなさい」
お母さんは食事の続きに戻った。ご飯をひと口食べ、
もうこの話は終わり、とばかりに、わざと音を立てて
みそ汁をすする。(*1)
(*1):「ももへの手紙」 原案/沖浦啓之 著/百瀬しのぶ 角川文庫 2012 67-68頁
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