2012年4月24日火曜日

沖浦啓之「ももへの手紙」(2012)~わざと音を立てて~


  止まった掛け時計の部屋で、ふたりは夕飯を食べ始めた。 
おみそ汁とご飯。漬物と、おひたしと煮魚。ちゃぶ台の上の 
夕飯は質素だ。お父さんがいたときは、もう一品か二品、 
手をかけた料理が並んでいた。でもふたりになってからは 
ぐっと品数が減った。お父さんが亡くなってからは、お母さんも、 
ももも、しばらく食欲がなかったこともあって、自然とそうなった。 
この島の買い物事情を考えると、この先もずっと食卓はこんな 
感じなんだろうな。(中略) 


「絶対なんかいるんだって」 
「いません」 
「いるよ!」 
「いないのっ、もう、いいかげんにしなさい」  
お母さんは食事の続きに戻った。ご飯をひと口食べ、 
もうこの話は終わり、とばかりに、わざと音を立てて 
みそ汁をすする。(*1) 



(*1):「ももへの手紙」 原案/沖浦啓之 著/百瀬しのぶ 角川文庫 2012 67-68頁

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