Miso-mythology & Soy sauce‐society

~味噌と醤油は愛をささやく場面にふさわしいか~

2011年12月30日金曜日

山本義正「父 山本五十六」(1969)~一口吸うものだ~

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 ある朝、食卓にのった沢庵(たくあん)があまりにおいしそうだった ので、母が飯をよそってくれるのを待ちきれず、私はひょいと手を のばして沢庵だけを食べたことがある。すると、私の向かいにすわって いた父が、 「漬け物というのは、ご飯のおわりごろに食うものだ。」 と言った。そこで、私...
2011年12月24日土曜日

リシャール・コラス「息子の帰還 Le Retour」(2007)~灰色の綿のような~

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 父の前に置かれた味噌汁の表面は、灰色の綿のようなもので 覆われていた。母が手に持つ漬け物には黴(かび)がまだらに 生えていた。男は身を凍らせたまま、後ろ手に、一気に扉を閉めた、 思ったよりも勢いよく。扉は鈍い音を立てて縁枠にぶつかり、 空気の渦が生じた。(*1)    そそくさ...
2011年12月3日土曜日

"Lilacs"

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 革命によって仕事を奪われ、生活圏を追われ、四十半ばにして新天地を求めざるを得なかった作曲家の半生を描いた映画を観たところです。思えば偉人たちに限ったことではなくって、僕たちの数世代上の誰しもが途方も無い長く苦しい旅の当事者です。ここ半世紀の安泰に慣れ過ぎてしまった僕たちではあり...
2011年11月18日金曜日

“反抗するその力よりも”

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 脚本家の山田太一(やまだたいち)さんが八雲八雲(こいずみやくも)さんのことを書いた「日本の面影」も合わせて読んでいる最中だけれど、予想通り味噌と醤油に関する特段の記述はないですね。古い全集をひもときながら想いをめぐらした気ままな散歩も、そろそろお終いみたいです。  食べもの”に...
2011年11月17日木曜日

“無味に思える”

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  蛙(かえる)の冷たい、しっとりと湿った、緊(は)りの無い天性 に関して斯(か)く詩人が無言でいるのを怪しんでいる間に、突然 自分の胸に浮かんだことは、自分が読んだ他の幾千という日本の詩歌 に、触覚に関して詠(よ)んだものが全く無いという事であった。 色、音、匂いの感じは、精緻...
2011年11月11日金曜日

“朝食は汁と魚と”

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 朽ちかけた背表紙に手のひらを茶色くし、舞い散る粉でソファを汚しながら古い全集を読み進めるうちに、一枚の“忘れ物”を見つけました。図書館の本には思いがけないフロクが付いていることがあります。  四つ折りにされたわら半紙(今ではなかなかお目にかからない)が頁と頁の間に挟まっています...
2011年11月10日木曜日

“二三の料理を”

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  イタリアの伝記映画を観終えると、正午をちょっと回った辺りです。まだお腹も空いていませんから、その足で真っ直ぐ図書館に行きました。  パソコンで蔵書検索をかけ、小泉八雲(こいずみやくも)Lafcadio Hearnさんの全集(*1)を出してもらいました。別巻一冊を加えると全部で...
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