2009年11月6日金曜日

山本文緒「恋愛中毒」(1998)~一刻も早く~



水無月(みなづき)さんは、ふいにそこで口を閉じた。

一分待ち二分待ち、おや?と思って彼女の顔を覗き見る。水無月さんは泣いては

いなかった。けれども彼女はサワーのグラスに手をかけたまま、放心したように

テーブルの一点を見つめていた。そこにはただ醤油差しと空になった器がある

だけだった。(*1)


 社員数名の小さな編集部に勤める四十代の水無月さんが、恋情のトラブルを会社に持ち込んだ若い男子社員、井口君をいさめるために居酒屋のテーブルで対座しています。かれこれ十年程も前、三十を少し越えたばかりの時に起きた自分の離婚体験を語るうち、昏く淀んだ記憶の淵に水無月さんはダイブを始めてしまい、異様な放心状態に陥ります。若者は微動だにしないおんなの姿に恐れおののきます。


 一体全体どうして作者は、ここで“醤油差し”を持ち出さなければならなかったのか。読者は禍々しいものの到来を予感しつつ頁をめくっていくことになるのですが、なるほど、そういう事か、僕たちを待ち受けているのは典型的かつ繊細な醤油の記述だったのです。


 水無月さんは離婚による痛手を抱えて独りアパートの自室に蟄居していたのですが、数ヶ月を経てなんとか社会へ復帰し、親戚が探し与えた弁当店でのアルバイト業にいそしむことになります。ある日、カウンターでの応対中、客として訪れたタレント兼文筆家の創路(いつじ)功二郎に見そめられてしまいます。高校生の時分から熱心な読者であったことも背中を押して、教わり知った彼の自宅を散歩がてら訪ねてしまう。寿司を一緒に食おうと強引に誘われ、勢いづくままに男が仕事部屋として常時押えてある高層ホテルの部屋に二人して向かうと、そのまま身体を重ねてしまうという展開です。


 幽かなまどろみを経て目覚めた男がテレビ番組か何かの打ち合わせのためにいそいそと退室してしまい、おんなは独りベッドに取り残されます。予想だにしなかった夢のような半日に戸惑い、どう次に行動していいか思考が停止して判断が付きません。


 私はそれからしばらく服も着ずにぼうっとしていた。カーテンを開けた

ままの大きな窓の向こうがだんだん夜になっていく。やがて私はのろのろと

ベッドを出た。椅子の上に放り投げてあったポロシャツとジーンズを身につけ、

先程彼が使っていた櫛(くし)を取り上げ髪を梳(と)かした。近所にちょっと

散歩に出掛けるつもりで家を出たので、私は何も持っていなかった。化粧直しを

しようにも口紅一本持っていない。鏡に向かっていたら、ポロシャツのおなか

あたりに醤油の染みがついているのを見つけた。

 私は鏡から目をそらし、一刻も早くここを出ようと思った。カードキーは

彼が持って行ってしまった。ということは一度ここを出てしまったら、私は

自力では二度とこの部屋には入れないということだ。だから彼はルームサービスを

取れと言ったのかもしれない。(*1)


 “醤油の染み”や匂いが閃光のような烈しい覚醒作用を登場人物と読者にもたらし、それまでの世界観を瞬時に破壊してしまうことがあると以前書きました。そのお手本のような情景描写です。夢と現実の段差が日常の食卓(ここでは寿司店での男との昼食に際して付着したものでしたが、店は“ごく普通の”と設定されています)──を司る醤油を挿し入れて表現されていく。淡いロマンスをたちまち氷結させ、粉微塵にしていきます。


 醤油はのぼせ上がった気持ちに水を差す宿敵なのでしょうか。おんなは哀れな遁走を開始します。午前零時の鐘の音が耳をつんざき、慌てふためき階段を転がり下りたシンデレラのような感じです。


 醤油の染みのついたポロシャツと何年も穿(は)いているぼろぼろのジーンズ姿

なので、非常階段か何かでこっそり外に出たかったが、それも帰って目立つ気がして

やめた。仕方なく乗ったエレベーターで、外国人のカップルにちらちらとこちらを

見られて死ぬほど恥ずかしかった。エレベーターを下りると、顔を伏せてロビーを

早足で突っ切った。逃げるようにして私はホテルを出た。(*1)


 コーヒーをこぼしたスカートやパンツというものは相当に羞恥を誘い、始末に困ってじたばたと慌てさせられるものです。醤油もまたコーヒーと同類。排泄物に近しい色合いのせいで、本能が警報を鳴らさずにおかないのかもしれません。動揺はずるずると尾を引き、自宅に帰り付き、扉を閉め、その服を脱ぎ捨てるまで鎮まらないものです。悪魔のようなそんな茶色の染みと独特の臭いをまとわり付かせたおんなは“外国人の”二人連れの視線を過剰に意識して、哀れで汚い日本人となって逃げ帰っています。


 恋情からの覚醒と人種をめぐるコンプレックス。一滴の醤油の染みを登用して、僕たちの深い部分に二重に迫り来るものがあります。さらにここでは、甘く苦く、芳ばしく香る愛の記憶を十年もの長い年月を経ても“醤油差し”越しに無言で見つめ続ける視線があります。表舞台からでは触れられない裏側からの世界へのアプローチがそっと示されてもいて、何て素敵な構図だろう、なんて日本的な奥行きのある図柄だろうと感心することしきりです。

 
 さっと読み通してしまえば瑣末な点に過ぎぬものばかりですが、線で結んでたどってみれば鮮やかな魂のシュプールが頁をまたいで描かれていく。山本文緒(やまもとふみお)さんという人が相当な滑り手であり、文学賞の授与も当然だなと頷いた次第です。


 さてさて、再び週末ですね。余暇を満喫できる方は行楽の秋、スポーツの秋を、お仕事柄それに邁進される方はちょっとだけ寄り道しての芸術の秋をお過ごしください。

 その間、もしも万一お醤油が大事なお召し物を汚したなら、ちょっとだけ僕のミソ・ミソでの妄言を思い出し、まあいいさ、たまにはこんな事もあるさ、私たちは誰もがシンデレラの末裔なのさと大きなお口で笑ってください。悪戯にめげずに美しい時間を、大事なひとと重ねていってください。


(*1): 「恋愛中毒」 山本文緒 角川書店 1998 現在は角川文庫で入手可能

2009年11月4日水曜日

向田邦子「だいこんの花」(1974)~ちゃんとまぜたのね~

●台所(朝)

  セーターにスカーフをきりりとしばったまり子が朝食の支度。

  トントンとおぼつかない手つきで、みそ汁の実を刻んでいる。 

  起きてくる忠臣。

忠臣「ほう。おみおつけの実はおねぎかい」

まり子「あ、お父さん、おはよございます」

忠臣「はい、おはよ」

まり子「割合いとごゆっくりなんですね。お父さん、年寄りは早起きだ

    なんておどかすからもっと早いのかと思ったら……」

忠臣「(小さく)へ、手加減しているのが判らんのかねえ」

まり子「は?」

忠臣「いえいえ。あのごはん……」

まり子「今、スイッチ切れました(電気釜)」

忠臣「あ、そう、おみおつけのダシは……」

まり子「はい。ゆうべのうちに煮干しお水に漬けときましたから」

忠臣「結構結構、で、おみそは」

まり子「はい。仙台みそと八丁みそを……」

忠臣「ちゃんとまぜたのね」

まり子「はい」(*1)


  ご自宅で調理にいそしむひとは数限りなくおられます。同居人への提供もさることながら、“自分自身”の味覚や嗅覚を満足させたい欲求から後押しされる事が多い、そういう実感を先日知人から教わりました。自分が食べたいものを自分の手で仕上げる、その作業の一環に家族への食事の提供が付随していくものだ──。確かにそうです、もっともな話です。


  マーケットの惣菜コーナーやベーカリーで何がしかの調理品、例えば馬刺しであれをアップルケーキであれを買い込み、それを手っ取り早く皿に取り分け並べて夕食や何かの支度を済ませることがあっても、その選択には“自分自身”を慈しみ、愉しませるものをもちろん含んでいます。


  つまり献立は、そして調理とは自己本位なわけです。自分が美味しいと思うものを作り振る舞うのが基本。家庭料理の多くが調理する者の嗜好に委ねられていき、“味噌汁”もまた作り手の好みに左右されるのが当然な訳だから、独自の希釈割合や具材との組み合わせが圧倒的に優勢を占めていくのは自然の理(ことわり)です。


  話を性差別っぽく固めるつもりはないのですが、家庭での調理の現状は主に女性が担っています。これは取りも直さず、味噌汁がそのおんなのひと独自の味付けになっていくという事でしょう。塩辛さや甘さ、苦さ、温かさといったものが複雑に絡み合って、彼女らしい個性を獲得していくということです。最終的には百人百様に似た多彩な面持ちを得る仕組みです。


  百人百様であることは、僕たちが発しているシグナルでも同様です。鼻腔をほのかに刺激する体臭、口づけ等を経て知る粘液などに対し、その都度に多彩な個性を僕たちは感じ取っています。またまた変な方向に話に振っていると笑うかもしれませんが、ふざけている訳じゃありません。


  母親は自分の赤ん坊の体臭やうんちの臭いを、他の子供のものとしっかり嗅ぎ分ける能力があります。その逆もしかりです。まだ十分に意識されないにしても、母乳は個性的な、まさにおふくろの味となって、呑む赤ん坊の日常の多くを占めています。運動して汗を吸った複数の青年の下着を採取し、何人もの女性被験者にそれぞれ順繰りに嗅がせて好き嫌いを判断させたところ、多くの女性がもっとも整った顔立ちの男子の匂いを好ましいものと判断したという実験結果もあるそうです。(*2) かように人と人の間には微妙な味や香りが重要なシグナルとなって介在しているのであり、ならば塩のひと振り、砂糖の匙加減だって同じような絶大な効果をもたらす理屈です。味噌や醤油だってそうでしょう。


  そうして“味噌汁”は調理を司る彼女の嗜好と体調に合わせた薫りと味を、薄絹のベールをふわりと纏(まと)うがごとく具えていく。給仕されるのが子供であるなら、間違いなく世界にひとつだけの“おふくろの味”となっていく。味噌汁をおふくろの味と讃えることは、だから実際間違っていないのでしょう。


  ところがところが、そこに不可思議な横槍が入ってくるのですね。上記の台詞は向田邦子(むこうだくにこ)さんの初期の連続ドラマ「だいこんの花」から書き写したものですが、ここでは伝承や教育の名のもとに上の世代が下の世代の嗜好を無視して、調理をがんじがらめにしていく様子が描かれています。森繁久弥さん演ずる七十歳の父親が、次男誠(竹脇無我さん)と妻まり子役である石田あゆみさんを帝国海軍式に教育していきます。漬け物への執着も相当なものなのですが、味噌汁作りの監督は輪を掛けて粘着的に劇中繰り返されました。


忠臣「お前は判ってないんだよ。女にとって、主婦にとって台所仕事というものは」

誠「あのねえ、お父さん」

忠臣「(言わせない)毎度引き合いに出してなんだけれども、うちの繁子……

   亡くなった家内ね、この人は実に包丁さばきのいい人だったねえ。

   朝布団の中で目をさます。みそ汁の匂いがプーンとしてトントントントン……

   包丁の音が聞えてくるんだよ」 

  目を閉じてうっとりとなる忠臣。

誠「それはね、昔のハナシなんだよ。オレたちはね、朝はパンとミルク(言いかける)」

忠臣「アタシは、ごはんとおみおつけにしていただきたいね。それにアンタ、

   一週間にいっぺんは大根の実でないと。大根てのはこの、ジアスターゼが」

誠「あのね」

忠臣「そのアンタ、大根がですよ、こんな(まり子の切ったの)十六本じゃあ、

   アタシはやだねえ」(*3)


  どんどん核家族化が進んでいますし、同居した二世代間にしてもここまで無遠慮な指導は影を潜めているようにも思いますが、それでも多かれ少なかれ味噌汁への個人教授は根強くあるように感じます。僕たちの世界で味噌汁というものが、相当に象徴性を帯びた立ち位置を家庭で与えられているのが分かります。


  さて、よくよくそうして見るならば、上の世代の嗜好を遺伝子か細胞壁の奥に潜むミトコンドリアのよう承継した味噌汁とは、一体全体、誰の味、なのでしょう。おふくろの味と僕たちは気安く呼称するそれは、こうしてこだわり眺めれば随分と混沌したものだと判ります。


  味噌汁が“おふくろの味”と共に“故郷の味”としてイメージされる背景には、地勢と気候によって各地に今も根付いている多種多様なご当地味噌の存在によるものが大きいのですが、しかし、それだけでなく一族郎党のレシピが蛇のようにずるずるとのたうち連なっていることにも由来しているのでありましょう。


  別におかしくないわよ、それはそうよ、当たり前よと鵜呑みにせずに立ち止まってもらいたいのだけれど、あれれ、と思うのは、つまり僕たち男がはげしく惹かれてしまい、もはやひれ伏す想いを抱くばかりの甘く重たいあの体臭や、口づけで知った何とも形容し難い、脳髄を痺れさせるかぐわしきものに連なるはずの、誰とも替え難い愛しいおんなの作る“おんなの味”は何処に行ってしまったのだろう、ということです。おふくろの味が残り、おんなの味が跡形もない。


 先日の桃井かおりさんのエッセイに見受けられた動揺や躊躇はこのあたりの不可解さ、煩わしさを承知した上での本能的、官能的なものであったのかもしれませんね。女性が味噌汁を作るという事の背景には何という暗い淵が覗いているものか。僕たち男はずいぶんと呑気に生きていると思い、また、味噌汁の椀に目を凝らして見えてくるのは日本の男たちの不可解さだけでなくって、日本のおんな達の闘う姿でもあるのだと感心しているところです。


  慈愛と献身、無私と無欲の全力疾走。女性の体現する愛の、ほんの少し痛みを宿した情景として味噌汁が今日もことことと鍋で煮られ、次々にお椀に盛られていきます。  


(*1): 「だいこんの花」第22回 向田邦子 1974-75  新潮文庫 後篇に収録
(*2): 先日並べ記した四冊の中にありました。どれだか忘れちゃいました。
(*3): 「だいこんの花」第13回 向田邦子 1974-75  新潮文庫 前篇に収録

2009年11月2日月曜日

ローズ・ジョージ「トイレの話をしよう」(2009)~ギジオブツ~



  ゴーリーはどれにも満足しなかった。最後に、だれかがあるメーカーの味噌を

買ってきた。見た目も、浮き方もぴったりだと考えたのだ。「人の便を触って

調べたわけではありませんよ。社員のなかに子持ちの者が何人かいて、彼らが、

密度も、水分の含み具合も本物らしいと判断したのです」(中略)


  ゴーリーのほうは、テスト媒質を改善する必要があった。味噌ペーストは、

密度や重さの点では申し分なかったが、便器が汚れるし、再利用できないという

欠点があった。そこで技術者が「コンドームに砂を入れてはどうです?」と提案

した。砂は、便とは似ても似つかないが、この言葉をきっかけに、ゴーリーはある

ことを思いついた。そして、潤滑剤を塗っていないコンドームを一箱買って研究室

に戻ってきた。同僚たちは懐疑的だった。「それじゃあ強度不足じゃないか、

と言われました」。そこでゴーリーは、コンドームに味噌を詰めて壁に投げつけた。

強度は充分だった。(*1)



  何てこった、ああ、神さま、こんなところにも味噌が!

 日常の煩雑さを逃れて過ごす密やかなひと時を、さらにゆったり安穏としたものにするために購入した尾篭この上ない本であったはずなのに──。(そうさ、僕はお下品な話が大好きなのさ!)


 なのに、パンツを下ろし腰掛けてクスクスと笑いながらページをめくっていたら、突如味噌が顔を覗かせてしまうのです。もうビックリして引っ込んじゃったよ。


  カナダのウォーターエンジニアのビル・ゴーリーさんは水洗式トイレのメーカー別機種別の技能比較に長年疑念を抱いていました。使用される物体が“リンゴ”であったり“スポンジ”であったりして、現物とえらく乖離しているので正確な判断が付かないと考えていたからです。日本のメーカーではギジオブツ(擬似汚物)というものをかねてより使用し、節水や汚れの残存付着率を減らすことに心血を注いでいたのですが、北米においてはもってまわった上品な検査の仕方を長年変えられず、各メーカー品のどれもこれも改良が遅れておりました。


  ゴーリーさんと仲間は“現実的なサンプル”こそが改善の鍵と捉え、ギジオブツの製造に着目、仲間と共に試行錯誤を開始しました。そこに味噌が登場するのです。250gの味噌を詰めたコンドームは形状や弾力、浮力共に申し分なく、これが各社の便器の性能を客観的に見直す契機となって、飛躍的進歩を業界にもたらしたのです。


  ご承知の通り、今後世界は枯渇していく清澄な水をめぐって国家間、部族間の陰惨な紛争を繰り返すだろうと予測されています。改善が施されなかった古いタイプの便器では一度に使用される水量もたいへんなもので、不順な天候がもたらす一過性の水不足を解決するためにも、また、長期的な展望から言っても水洗トイレの改良が社会的に強く求められてもいました。段違いの節水を可能とする便器の改良にゴーリーさんの考案したギジオブツは貢献したのであって、その陰の主役である味噌は、人類を救い世界の環境を保守するという素晴らしい役割を担ったと言えるわけです。


  にもかかわらず、“クソミソ”という言葉がリアルな風景と共に目に浮かび、なんとも言いようのない複雑で重苦しい気持ちに僕はなってしまいます。ゴーリーさんの慧眼と実行力には感心し敬意さえ抱きますが、しかし、その発案はやはり海外の人のものだと感じます。


  もしかしたら日本のメーカーで使われているギジオブツだって、日本であるゆえに味噌と深い直接的な関わりがあるのかもしれず、ですからゴーリーさんの発案したものに難癖を付ける事は滑稽千万なことかもしれない。しかしながら、僕のなかでは良しとしない想いが強く湧き出してくるのです。何もそんな風に扱わなくたって、と思い、理屈が分かれば粘土だって良いはずなのに最後まで味噌にこだわり抜いていく、それがちょっと引っ掛かる。


  まあ、どうしようもないですね、仕方ありません。“クソ”と“ミソ”は誰の目にも似たもの同士に見えてしまうものです。国境を越え、人種を越えてこの連想は広がり留めようがないのです。


  改めて思うのは、味噌というものの不思議な多層性です。一方では母の味、郷里の味とすがり付かれ、片やクソの代用品としてコンドームに詰められ、壁に叩きつけられ、便器の穴にボトリと落とされていく。聖と俗を共に内包した極めて特殊な食べ物だということです。こんな食べ物は他にあるでしょうか。僕はざっと見渡す限り、こんなブレの大きなものはやはり味噌以外に無いように思います。

  
  それを毎日のように口に運ぶ僕たちも、ずいぶんと特殊な位置にいるようにも思います。


(*1):「トイレの話をしよう 世界65億人が抱える大問題」 ローズ・ジョージ NHK出版 2009 このギジオブツのことは、第一章に掲載されています。第二章以降は現在読み進めているところです。僕の通じは至極順調なのでトイレでは数行しか進めないからね、持ち出しました。いまは枕元に置いて丹念に読んでいます。また味噌が出て来たら報告いたしますね。尚、原著は2008年に上梓されております。

2009年10月31日土曜日

フリークライミング~日常のこと~




  フリークライミングの競技大会を先日観てきました。会場となった屋外施設は15mもの高さがあります。ごつごつの鉄骨にクリーム色のFRP(繊維強化プラスチック)製プレートを貼り付けしつらえた人工壁は最大斜度145度の逆勾配となっていて、手前にぐぐぐとせり出し倒れて来るような感じ。その威容は迫力満点です。


  競技に参加しているのは達者な人ばかりです。あれよあれよと上に登っていく訳ですが、それにつれて傾斜は勢いを増していき、最大の急所で難敵のきついクリフがいよいよ目の前に立ちはだかります。人工的に最悪の状況をわざわざしつらえて、これに果敢に挑んでいく競技というのは考えれば考えるほどけったいなものです。人間って不思議です。遂には天井板にしがみつくような様子となって、恐怖映画の蝿男さながらの奇怪な姿勢を披露していくのです。


  遥か頭上で奮闘する競技者の表情こそ読み取れないけれども、その分代わって全身が語りかけて来ます。重力に抗い体重を支えてきた腕力は消耗してしまい、上腕二頭筋がぶるぶる、ぶるぶると痙攣し出すのがはっきり見て取れます。時間はもう残されていません、次の一手ですべてが決まってしまう。千切れんばかりの指先から専用のシューズに包まれて踏ん張る両足の先っちょまで、四肢の隅々に“決意”と“躊躇”がチカチカと目まぐるしく明滅しています。何度も宙に伸ばされては引っ込められる腕の動きには独特の痛々しさと言うか、表現しにくい凄みのようなものが顕われてきます。


  仕事をする上で、いや、それは人生におけるあらゆる局面に言える訳だけれども、決意するという行為は神経を磨耗させて生命を削るようなところがあります。しくじって墜ちた矢先に手首をぐっと掴み、引き上げてくれるヒーローはほとんどの場合は見当たらない。地面に叩きつけられるにせよ、崖の途中で傷だらけになって留まるにせよ、見当が狂った末の顛末は悲惨なものです。決断することは本当に怖く、身を切られるようなことの繰り返しです。
 

  別な人間に命綱こそ委ねているにしても、ルートを選んで登攀を開始し、自分を信じて指先を伸ばし足を踏み込んでいくフリークライミングの諸相には、決断を余儀なくされる人生の孤闘を凝縮して提示するようなところがあり、僕は彼らの姿にとても興味を覚えて感動もし、また勇気付けられるようなところも確かにありました。


  競技用の大壁の裏には初心者や子供向けの体験エリアもあって、そこで指導を受けて2メートル程の壁によじ登ってもみました。一時期から比べたら体重は相当に減ったのだけれど、いやはやなんとも──。 でも、夢中になって何かで過ごす時間は気持ちや思考の淀みを整理するような気がしますね。気分はとても良かったです。ドンとマットレスに堕ちていくのもリセットされた気分で悪くない。いい機会と体験を本当にありがとうございました、
楽しかったよ。


  先日からの流れで、ずいぶんと“ひとり”ということを考えてしまっていますが、クライミングという競技にはそんな思案を伸びやかに加速させるものがありました。加えていま集中して読んでいる本たち(*1)の内容もいささか影響しているのでしょう。“ひとり”が“ひとりひとり”と向き合うことが、この僕たちの生きる世界の肝なんだな、“ひとり”と仲良くならないといけないな、なんて青臭いことを延々と反芻しているところです。


  なんだなんだ、結局変化なしかよ、淀んだままか。いえいえ、これでも少しは進歩したつもりでいますよ。ちょっとずつですが、なんとか僕なりに壁を登っています。


  季節の変わり目です。僕の周囲ではお葬式がずいぶんと多いです。逝くことも看取ることも、それは人生の四季の定め、自然の理である以上は粛々と受け止めていくだけですが、それでもどうか皆さん、体調の管理に留意して元気にお過ごしください。


  夜の町を歩くと大気の冷たさや枯草の臭いの混ざり具合が既に雪の季節のそれであり、ずいぶんと身近に冬を感じています。今年の雪は早いのかな。どうぞお気を付けて、ほんとうにどうぞ温かくして過ごしてください。


(*1):メモがわりに一部を──
「セックスはなぜ楽しいか」 ジャレド・ダイアモンド 草思社 1999
「テストステロン―愛と暴力のホルモン」ジェイムズ・M. ダブス/メアリー・G. ダブス 青土社 2001
「いじわるな遺伝子―SEX、お金、食べ物の誘惑に勝てないわけ」テリー バーナム/ ジェイ フェラン NHK出版 2002
「女は人生で三度、生まれ変わる 脳の変化でみる女の一生」 ローアン・ブリゼンディーン 草思社 2008

2009年10月28日水曜日

桃井かおり「オンナざかり」(1976)~「かあさーん」~




女学生だった私が、白いブリーツスカートひるがえし、

砂丘を汗して全速力で突っ走れなかったのは、ただテレたり、

恥しがったりしてみただけのことだったけれど、今頃になって、

スカートひるがえして海なんかを突っ走れば、「キャバレー・女学生」

のCMかなんかになっちまいそうです。もう取り返しがつかないナと

思うと、未練がつもります。でもそんな甘ったるい小娘時代に

さようならを言おうと思います。

 せめて、これからは赤い鼻緒の音たてて、七夕様や、お正月や、

お見合い(?)や七五三ってやつを、次々正しく行なうつもりです。

娘には、きちんと「かあさーん」とよばせ、力いっぱい赤みその

うまいみそ汁を作れるオンナに致したいと存じます。(*1)



  先の休日、お昼少し前のことです。ハードディスクに録り置いていた洋画(*2)を一人リビングで観ていたのでしたが、土壇場になって交わされた台詞の響きに、あれっ、と驚いてしまいました。12年程前に作られた映画です。緊迫し通しだった劇の終幕を静謐な雪の情景が飾っていきます。




  ひとりの女性が世の辛酸を嘗め尽くして後、故郷に帰り着きます。そんな彼女を諭し訴える男の声が胸にぐわんぐわん反響して、堰きとめていた気持ちが決壊していく。幼子を亡くし、いまは非情な夫が待つばかりの悲劇の主人公に対して、付かず離れず見守り続けた男が懸命に訴えます。「貴女は全くのひとりなのだから、もう戻るに及ばないだろう」。(*3)


  語学力は中学時分からてんで進歩しておらず、当時の成績もお粗末きわまる僕でありますから、またまた馬鹿な思い違い、恥の上塗りかもしれないのだけれど、男の発する“You're perfectly alone”という表現には二重三重に込められた響きがあって、僕の抱える未完成品の魂はざわつき、どよめいてしまったのです。





  “申し分ない孤独”という言葉尻には、あなたは馬鹿だなあ、“一人ぼっち”じゃないか、いい加減に目を醒ましなさいよ、と語気を強める意味合いは多分にあるのでしょうが、映画の演出はそれに留まっていないようなのでした。そこに自律、自足、独立といった積極的な気概を付与していたように感じ取ります。もちろん単なる金銭の問題ではなくって、世界に真向かう目線のいさぎよさ、覚悟という事が“perfectly”に“alone”なのだと受け止めたのですが、僕のいつもの暴想でしょうかね。


  さて、上の桃井かおりさんの文章は、先日の「氷の味噌汁」から遡ること17年前に書かれたものです。これを執筆されるほんの少し前には急病を患って、大きな手術も受けておられます。眼前に死を意識し続ける若い桃井さんのこの頃の文章は揺れに揺れてぐらぐらで、切迫した感じ、悲鳴めいて軋む感じがずいぶんと致します。もしかしたらコマーシャルフィルムの影響みたいな気もする訳ですが、その中に不意に“みそ汁”は出現するのです。そして、桃井さんの思いの力点はみそ汁とここでは同義語として並べられた「かあさーん」という所にどうやら置かれています。


  自己実現の在り様を探り続けようとあえて苦悶の道を歩み、素肌を大衆に晒すことも惜しまない女優桃井かおりの荒ぶる魂と、みそ汁の似合う家庭のおんなへと緊急避難すべく舵を反転するべきかと消沈する、傷つき病んだ二十歳過ぎのおんなの子の精神が左右からぶつかってせめぎ合っています。味噌汁を女性が取り上げた文章で、胸の奥がすっかり露わになる類いのものはとても少ないのですが、桃井さんのふたつの文章を並べて読めば、あらあら随分赤裸々に書いてみせたものだと感心しちゃうのです。そうしてこうして今も闘う桃井さんを更に思い描くとき、どうしても僕は先の“You're perfectly alone”という言葉を浮かべ重ねてしまうのです。


  何も特別に見える芸能人に限ったことではなくって、あまねく僕たちの身に連なるものだと周囲やおのれ自身をかえりみて思います。人生の理想を追い求めて歩んでいく道程で妻、母親という役柄を振られることを当たり前と信じて、女性たちは果敢に進軍していきます。僕たちの場合には夫であり父親という役柄になるわけですが、意識をひろく占めて生活の目的に据えられ、行動の基準とも当然なっていく。そして、現実と夢が交錯し、いつしか理想との乖離にうろたえ、思いもかけなかった段差に足をつまづかせて苦しんで行きます。


  自分は何者であるかを暗中模索し、さまざまな辛酸を嘗め尽くして辿り着く先に“perfectly”に“ alone”という自立した状況が来るのだと、それを怖れて回避しても始まらないし、成長のそれがひとつの頂きなのだと教えてくれている。そういう事かもしれませんね。


  もしかしたら人生はアスレチック用のプールなのでしょう。タプタプに充たされているのは青い水ではありません。得体の知れぬ味噌汁であり、視界の利かぬ混濁した黄色い水に懸命に泳ぐしかない。レーンは違えども桃井さんも僕たちも、ひとりひとり誰もが遠泳のただ中にある。白昼夢のようにしてそんな幻影をぼうっと脳裏に浮かべているところなのです。


(*1):「オンナざかり」 桃井かおり 1976  「しあわせづくり」大和書房 1977所載
(*2): The Portrait of a Lady 監督ジェーン・カンピオン 1997
(*3): 全文をウェブ上で見ることが可能。終幕のChapter55は次の頁にて。 http://www.readprint.com/chapter-6257/The-Portrait-of-a-Lady-Henry-James
I understand all about it: you're afraid to go back. You're perfectly alone; you don't  know where to turn. You can't turn anywhere; you know that perfectly.

2009年10月20日火曜日

桃井かおり「氷の味噌汁」(1993)~味噌汁なんか~



“男ってね”と、先輩はグラスを傾けながら

“男…なんてね?”と、ひとしきり話し終えると

“あんた、お味噌汁作れるの?”と、突然聞いたんだった。

“……味噌汁なんか……作れない、です。”

“あんた味噌汁も作れないで、これから女やろーっていうの?

ダメ!ダメ!作り方教えるからホラ覚えナ。“(中略)


“お椀に山もりにするんじゃないわょ!具はそうだナ…

うん、これくらい!わかった?”

 飲み屋のカウンターで、水割りのグラスに氷をガラガラ入れて、

“そうそう、こんなもんだね!”と一人納得していた。

“好きな男に味噌汁くらい飲ましてやりたくない?

ねェー飲ましてやろうよォ~”

 多分、あれがヤイコと口を利いた最初だ。あの頃私はどうにか

二十(はたち)で、彼女はまだ今の私なんかよりずーっと若かった。(*1)


 回想録や伝記映画などをひも解いてみても、女性は全身全霊を尽くして愛する相手(子どもを含む)との時間を捻出し、魂の新天地を守ろうとする生きものであるのが分かります。冷静沈着で計算高く想われるけれども、その内に秘めた熱情は男性を遥かにしのぎます。


 瀬戸内寂聴さんが新聞に連載されていた随筆(*2)が先日より再開され、美空ひばりさんの思い出に触れておられたのですが、そこでも女性らしい献身について書かれていました。江利チエミさんと雪村いづみさんが相次いで結婚され、焦る気持ちから時の人気スターと結婚した顛末が語られているのですが、「徹底的に尽くしましたよ」というひばりさんの言葉に継いで、次のように寂聴さんはおんなの想いを補っています。


 天下のひばりが、小林旭のために、自分で味噌汁を造り、

 靴下まで、穿かせたという。



 家事と育児といった日常のことも全て含めて「徹底的に尽くしていく」。自分の為に費やす時間は細切れになり、日によっては全然無かったりもしますよね。仕事で席を並べる女性を見ていると、早朝から深夜まで全力投球であるのがよく分かりますし、単身で仕事と育児をこなすひとに対しては、ただただ平伏するばかりです。


 家事の諸相は待ったナシで、なおかつ多角的で複雑です。同時にそれを行なうことを可能とするのは女性特有の脳の作りと、エストロゲンを主体とするホルモンの影響であると示唆する科学者もいます。いずれにしてもわたしたち男にはこらえ切れそうにない大量の雑事を、ほんとうにてきぱきと切り抜けていき見事としか言いようがありません。下支えする熱情に天賦の才が組み合わさった化学反応が家事の核心であって、実はなかなかにスゴイことなんですね。扉の陰でひっそりとではあります百花繚乱に咲き誇っている、女性はやはりそんな花なのだと思います。


 そのような忙しい毎日の狭間においては、味噌汁というメニュー単体に対してスポットライトを浴びせて精神的な何事かを託そうとする方が土台無理な話です。ですから、味噌汁に対しての色めく言葉は男から発せられることが自然多くなるのであるし、その延長で男性の本能や官能をあぶり出す場面も増えてくるのでしょう。


 かくして男たちの味噌汁幻想は文壇やフィルムの上にて純粋培養され、肥大化し、妖しげな様相を帯びていきます。親元を旅立つ間際まで呑まされ続けてきた味噌汁を“おふくろの味”と称して神聖化していく様は、乳房を遂に離しそこねた巨大な赤子を連想させるのですがそれは僕の言い過ぎでしょうか。興味深いのは、そんな奇態な男たちを今度は若々しいおんなたちが母親から引き継ぎ、自らの胸に抱き止めるという図式なんですね。愛した弱みなのか、それとも愛された悦びなのか知りませんが、おんなたちは「徹底的に尽くして」味噌汁を造っていくのです。


 上に掲げた桃井かおりさんの短篇なんか、よくよく冷静に考えてみればかなり不思議でヘンテコな展開じゃないですか。味噌汁を作れることが妻や主婦、おんなの必須条件なのよと酒の肴に取り上げられていますが、カウンターで真向かういいおんな二人はそれを肯定しているような、斜め目線のような、どっち付かずの感じで語っています。どうやら実際に交わされた会話らしいのだけれど、書き手である桃井さんには聞き流せない、妙な引っ掛かりが残響したのじゃないのかな。


 グラスをお椀に見立てて、ロックアイスで急ごしらえされた幻影の味噌汁。紫煙漂う闇のなかで、スポットライトを乱反射させながら白く浮かんでいます。とても洒落た感じもするけれど、おんなたちのしたたかさとずっしりした胆力を如実に表わしているようで、そこだけなんだか、とても怖いような気もいたします。


(*1):「氷の味噌汁」 桃井かおり 1993  「まどわく」 集英社 2002所載
(*2):「奇縁まんだら」107回(10月18日) 瀬戸内寂聴 日本経済新聞日曜版で連載

2009年10月19日月曜日

デゴマス「ミソスープ」(2006)~手を繋いだままで~





ミソスープ思い出す どんなに辛い時も

迷子にならないように

手を繋いだままで ずっとそばにいた

母の笑顔を


都会の速さに 疲れた時は

いつもここに いるから 帰っておいで


ミソスープ作る手は 優しさに溢れてた

大きくない僕だから

寒くしないように 温めてくれた

母の優しさ 会いたくなるね(*1)


  ある作家に関して綴ったものに対し、君は意外とマッチョなんだね、そう感想を返されたことがあります。誉め言葉であろうはずは当然なくって、偏狭さや意固地なところ、称賛も含めての過剰な性差別、排他的な部分や場当たり主義といった気質を行間から嗅ぎ取って、親切心から遠回しに忠告してくれたのでしょう。言われるまではそんな意識はさらさらなかったので、それだけに彼の石つぶては効きました。当たったところは今でもチクチクしています。


  彼は料理が上手です。家事全般を軽やかに日々こなしていて、時おり創意を凝らした献立にも挑みます。上手くいった場合にはレシピをブログに公開したりするのですが、それを読むと彼の繊細な手付きや安定した身のこなしが目に浮かんでくる。ぼわぼわと髭など蓄えて容姿は怖いのだけれど、なおやかという形容がぴたりと板に付いて見えます。


  味噌や醤油の記述なり描写を探し、けれども献立やレシピはそっくり迂回しては意味深な部分のみを並べていく。こっそり作為を忍ばせたこのミソ・ミソを彼が目にしたものならば、再度お灸をすえられそうです。君ねえ、料理は料理でしょう、味と香りと栄養でしょう、計算と技術でしょう、静かな習慣でしょう、その実相をまるで捨て置いて奇妙なところばかり陳列してオカシイよ、本末転倒でしょ。


  でもねえ、先輩、献立やレシピの形態を取らない味噌や醤油の記述には、送り手の偏向した精神構造がいくらか背景として関わる気がします。全てとは言えないけれども、一部には感じ取れるのは本当のことなんですよ。


  例えば、上記の歌は今から三年程前に発表されたものです。メーカーとのタイアップが背景にあるらしくって、ならば自然に湧き上がったものではないかもしれない。歌い手の真意に基づくものかどうかの判断は難しい訳なのですが、まあ、その辺りは何を言っては始まらないから、ちょっと置いておきますが、これを最初に聴いた時の違和感を僕は忘れることが出来ないのです。


  田舎から出て都会暮らしを始めた男の子が郷里を懐かしみ、味噌汁の香りを懐かしく振り返るストーリーです。似たような成長の過程を経て僕も大きくなったつもりですが、そんな絵に描いたような感傷を抱いたことはなかった。どうも僕にはしっくり来ないのです。当時からずいぶんと年数が経っていますから、現代の、2000年代の食生活事情をそこに加味してみれば尚更に成り立ちにくいイメージを抱きます。


  この歌からちょうど四半世紀先行して、もうひとつのミソスープの歌が日本には流れていました。千昌夫さんによる「味噌汁の詩」です。正直に言えば、僕はこのかなり泥臭い歌を聞くたびに何とも不快な気持ちを抱きましたね。どうにかしてこのミソ・ミソで取り上げないで済まないものか、そうたくらんでもきたのです。ちょっと抵抗感がありますが話の流れです、書き写してみましょう。




しばれるねえ。冬は寒いから味噌汁が

うまいんだよね。

うまい味噌汁、あったかい味噌汁、

これがおふくろの味なんだねぇ。


あの人この人 大臣だって

みんないるのさ おふくろが

いつか大人になった時

なぜかえらそな顔するが

あつい味噌汁飲む度に

思い出すのさ おふくろを

忘れちゃならねえ 男意気(*2)


  ふたつの歌詞を読み比べてみるとその間に何が起きてきたのか、薄っすらと浮かび上がるものがあります。“冬の寒さ”は“「年末には帰ってくるの」”と問われた2006年にもあったでしょうが、独身用の居住環境は劇的な改善が為されており、“しばれる”ほどではなくなりました。若者の郷里でも事情は同じです。見違えるように住宅は変貌を遂げており、炊事場はもはや台所とは呼びにくいお洒落なかたちになっている。だから、“キッチン”から母親は丸い顔を覗かせています。“ディナー”を買い求める若者には“ポタージュ”は日常食でしかなく、“一人の夜にも慣れた”身体は“なんか疲れて、ちょっと淋しい”のだけれども“あせり”はなくって、異性の友人を求めすがる独り身ののたうつような烈しい衝動は影を潜めています。


  味噌汁と日本人を結び付けようとする動きが、かつての歌には見受けられました。狭く意固地で排他的であり、なお且つ過剰な性差別が台詞に加味されてもいて、実にマッチョな仕上がりになっていた訳でしたが、その筋骨隆々とした部分が削げ落ちてスリムになったような、ずいぶんと植物的な印象をデゴマスさんの歌から僕は受けています。


  若い男たちは変わったのでしょうか。長い年月のなかで“ふんどし”からパンツに履き替え、ブロンド女性を血まなこになって追い求めていたテストステロン供給過剰の狼めいた男から紳士然とした大人の男に成長を遂げたのでしょうか。味噌汁はその若々しい胸板の奥で静かな郷愁を湛えながら、おごそかな面持ちで白い湯気を立てているのでしょうか。


  ふたつの歌の共通項として、母親だけが重苦しく残されています。男たちのこころに潜むのは家族でも山河でも、校舎でも、グラウンドでもない。初恋の相手でもなく、現実のおんなでもない。味噌汁と母親との連結は解かれることなく、立ち位置を変えることなく在り続けている。“どんなに辛い時も迷子にならないように手を繋いだままで ずっとそばにいてくれる”そんな“おふくろさんのふところを、いつも夢みて”いる男の想いが味噌汁をレンズとして光軸を結んでいくのですが、それは果たして成熟と呼べるものなのか。


  大衆の夢が歌に結実するのか、歌が大衆を先導するのか分かりませんが、空恐ろしい思念の流れが僕たちを取り巻いているのを感じてしまうのです。日本人のなかに宿るものが粘り腰を見せて味噌汁にまとわりつき、離れようとしません。


  味噌汁に固着した日本人の想いはマッチョとは幾分違うかもしれません。海を隔てて住む人たちの目には退嬰的に映りそうですね。僕自身が偏屈である前に味噌汁が、それそのものではなくって内側にそっと沈めたものが十二分にグロテスクであり、昏く濁っているのです。


(*1):ミソスープ デゴマス 作詞 ZOPP/作曲 Shusui、Stefan Aberg 2006
(*2):味噌汁の詩 千昌夫  作詞/作曲 中山大三郎  1980