2012年4月24日火曜日

沖浦啓之「ももへの手紙」(2012)~わざと音を立てて~


  止まった掛け時計の部屋で、ふたりは夕飯を食べ始めた。 
おみそ汁とご飯。漬物と、おひたしと煮魚。ちゃぶ台の上の 
夕飯は質素だ。お父さんがいたときは、もう一品か二品、 
手をかけた料理が並んでいた。でもふたりになってからは 
ぐっと品数が減った。お父さんが亡くなってからは、お母さんも、 
ももも、しばらく食欲がなかったこともあって、自然とそうなった。 
この島の買い物事情を考えると、この先もずっと食卓はこんな 
感じなんだろうな。(中略) 


「絶対なんかいるんだって」 
「いません」 
「いるよ!」 
「いないのっ、もう、いいかげんにしなさい」  
お母さんは食事の続きに戻った。ご飯をひと口食べ、 
もうこの話は終わり、とばかりに、わざと音を立てて 
みそ汁をすする。(*1) 



(*1):「ももへの手紙」 原案/沖浦啓之 著/百瀬しのぶ 角川文庫 2012 67-68頁

2012年4月1日日曜日

「優雅な生活が最高の復讐である」(2012)


 評論家 大宅映子

「両方でほんとに理想の住(じゅう)を演じていたのかな。

そのとき私はそうは感じなかったけれど、ただね、思ったのは──
たとえば彼女は自分の家(うち)で味噌汁なんかは絶対に
作らない、食べない。うちは味噌汁だとかお茄子の煮たのだとか、ね、
煮っころがしだとかやる家なんです。そうすると加藤さんが家に来て、
あの人京都でしょう、ハアッ、ほっとするなあ、こういう食べものって(笑)
言ったことあるんで、ああ、じゃあやっぱり苦しかったのかなあ、って
思いましたね。」(*1)

(*1):「優雅な生活が最高の復讐である 加藤和彦・安井かずみ夫妻最期の日々」 演出 大島新 脚本 横内謙介 2012年3月25日(日) BSプレミアム
番組放映は2012年であるが、安井さんと加藤さんの暮らしから味噌汁の排除された時期は1977年前後から安井さん永眠の1994年3月17日と思われるので、1970年代で一応分類。