回覧板に挟まっていたわら半紙の、市民講座の案内に目が釘付けになりました。指定文化財になっている“板絵”の解説を大学の先生がするらしいのですが、片隅に入れ込んである粗い調子の画像を一瞥しただけでその絵が尋常でないことが分かりました。無数のおんなたちが長い山道を押し合いへしあいしながら登っていく。幸せなのか苦しいのかパッと見分からないのだけど、凝縮された想いが伝わって来る凄絶な巡礼図です。
この町は山々の懐(ふところ)に抱かれるようにして在ります。そのような地形からでしょう、亡くなったひとの魂は手近の低い山にまず登り、長い年数を経た後に霊山と呼ばれる高い峰の頂きにと飛翔し至って昇天を遂げるという“葉山信仰”が盛んでした。山の中腹にお社(やしろ)が設けられており、そこに詣でることがごくごく当たり前という気持ちにさせる、そんな風土です。その異様な板絵も霊山の麓の神社に掲げられてあるそうで、古き時代に生きた女性たちの宗教心の篤(あつ)さが読み取れます。
もう居ても立ってもいられなくなってしまいました。“情念”とか“観念”とかに僕はすこぶる弱く出来ている。市民講座は参加するにしても、その前に現物を見ておきたい気持ちが止まらない。この日曜に車で峠道をひた走って寺社を目指しました。
さて、着いて仰天したのは雪の多さ。狭く急な石段を登ったところの境内一面が白く埋まっています。冬の間に屋根から滑り落ちた雪がどたどたと堆積したものか、特に正門あたりは4メートルほども高さがあって凄い迫力になっている。建物は黒々として年季のはいった板で四方を固く覆われており、しんとして物音が全くありません。
あら、シマッタと思ったのですが、その雪のばかばかしい程の量が奇妙で面白く、また、その山を飽くことなく見つめては微笑んでいる地蔵さまのお顔がなかなか麗しくって、そんなこんなでヨシと思ったわけでした。
道に迷ったり、予定外のことが起きた時に、けたたましく吠え立てるひとがいますね。不安を訴え、徒労を嘆き、遂には同行者をはげしく非難する類(たぐ)いのひとですが、僕はそういうのはまったく無いんです。“クライシス”と見るか、“トラブル”と見るか、はたまた“ハプニング”と見るかで事態は違った様相を呈してくる。“チャンス”と捉える程には人間が出来ていないけど、物の見方は立ち位置次第で変わっていくわけで。ですから、こういう失敗の休日もアリなんですね。(なにを偉そうに!) (*1)
近くの沢に寄り道して、雪を踏みしめ踏みしめ降りてみれば、足元の奥深くから雪解けの水が勢いをつけて流れていく音がコロコロちゃぶちゃぷと鳴り響いて面白く、残雪と枯木と水面(みなも)の組み合わせが旧ソ連の映画の一場景みたいで鮮やかで且つ淋しくって、なんとも嬉しい。枯葉をかき分け蕗の薹(ふきのとう)も可愛い顔を覗かせ、季節の訪れを声盛んに唄っています。
帰路には日帰り温泉に寄りました。入湯料300円也。お湯はじんわりと藁を焦がしたような、重たい香りがして心地いい。“森のなかの土”を偲ばせる匂いと柔らかさです。お客さんも多くはなく、手足を存分に伸ばしながら、なんか贅沢三昧だと思いつつ温まるうちにむくむくと探究心がまた湧いてきて、今度は以前から気になっていた“マリア観音”を見てやろうと思い立ちました。
どんどん車を走らせて辿り着いたお寺の、本堂から離れた小さな礼拝所に置かれていた高さ40センチ程の木の像は、細工の粗い光背をもやもやと背負い片膝をどんと垂直に立てて腰を下ろしておられます。
そんな形姿(なりかたち)はアンバランスで醜悪の一歩手前ながら、その面(おもて)に灯る慈愛に溢れた眼差しは、ああ、確かに聖母像そのままです。
若桑みどりさんの「聖母像の到来」(青土社2008)を読むと、マリア信仰は僕たちが思うほど真摯なものでなかったらしい。聖母の姿を正しく継承しようとする気迫も立ち消えて曖昧になるケースも多かったようです。でも、このマリアは懸命に形を継いでいこうという念のようなものを感じさせます。
図らずも、いやいや、それは嘘、自ら求めてのことであって、そういう傾向は僕には強く内在するのは認めるところだけれど、女性の面立ちにどうしようもなく惹かれて突っ走ってしまうことがあります。だからこそ、こうして佳人に無事に出逢えた休日だった訳で、今はなんとなく充実して穏やかに弛緩しているところなのです。う~ん、宗教画や仏像をそんな目的で求めるとは───なんて罪深き男。
それにしても好い“微笑み”でした。ときどき思い返し、口角をきゅっと上げて、この春を元気に暮らしていきたい、そう思っているところです。
(*1):こういう事を言えるのは、そんな大変な目に遭っていない証拠でしょうね。僕はやはり恵まれていると思います。危機に立ち向かっている人はどう考えても危機。ちょっと高慢でしたね、気を悪くされたらごめんなさい。
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