2010年7月8日木曜日

奥浩哉「GANTZ(ガンツ)」(2000)~ありきたりの~



 人気グループ“嵐”のメンバーを起用して、大掛りなアクション映画が撮影中と知りました。道端の石塊(いしくれ)をつい連想しちゃう題名なのだけど、もう十年も前から連載中の漫画(*1)を原作としているそうで、海外でも翻訳されて愛読者を増やしているとか──。にわかに興味が湧いて来ました。


 不景気が追い風になってもいるのでしょう、新しいタイプの貸し本業“レンタルショップ”が花盛り。書店経営の方には本当にお気の毒ですが、一冊五十円で貸してくれるのだから助かりますね。職場の帰りにお店に立ち寄って、初巻から27巻までを順次借り受け就寝前に読み耽(ふけ)りました。


 “ガンツ”(*2)とは黒い球形をした謎の機械を指します。そのガンツに選ばれた老若男女が、それこそ有無を言わせぬ勢いで戦場に送り込まれてしまうのです。身体のラインがむっちりと露わとなる黒い戦闘服を纏(まと)い、不恰好な銃を撃ちまくります。街なかに潜伏している凶暴な異星人を探し出して、皆と力を合わせて殲滅しなければ逆に命はありません。繰り広げられる死闘と紙面の隅ずみまで埋め尽くされた精緻な描き込みは、僕の育った頃の作品で言えば池上遼一さんの「男組(おとこぐみ)」(*3)の血筋のようだし、楳図かずおさんの「漂流教室」(*4)にも大胆さ、奇抜さが重なって見えます。


 玄野計(くろの けい)と加藤勝(まさる)というふたりの高校生を軸に物語は進行します。心身両面で成長の真っ盛りですから、男同士のせめぎ合いがあり、恋愛を廻る鞘(さや)当てや煩悶がでろでろと咲き乱れて、さまざまな濃淡にて場景を染めていく。


 死の淵に沈んで何ヶ月間も帰宅が許されなかったり、記憶をすっかり喪失して苦悩するといった不条理な展開もしばしばです。多くの場面にて登場人物は感極まり、涙は滂沱して頬をびっしょり濡らしていくのでした。興味深いのはそのように寄せては返す魂の波濤(はとう)に交じって、月光に照らされて切なく瞬く金波銀波(きんぱぎんぱ)のようにして、“食卓の光景”が彼ら登場人物の脳裏にさっと蘇えっていくことです。“食べもの”が慕情をより鮮烈に盛り立てて行き、そこに“味噌汁”がしかと描かれているのです。


 加藤勝は数ヶ月間冥府をさ迷い、ようやくにして愛する弟の元へ帰ることが出来ました。兄弟は両の親を交通事故で失っており、陰険な親戚の家にて忍従を強いられながら生きて来たのです。この数ヶ月間、戻らぬ兄をひたすら想いながら幼い弟はどれ程の寂寥と苦難を味わったことか。息せき切って夜道を急ぐ兄、勝(まさる)の心中に去来するのは幼い笑顔であり、食卓に並ぶ“ありきたりの献立”に目を細めて喜んでいる弟の、いかにも華奢な体躯であったのだけど、そこには明瞭に像を結んで“味噌汁”が置かれていた。(*5)




 同じ現象が回を置かずに再度出現しています。玄野計(くろの けい)の恋人である小島多恵という少女がいるのですが、ガンツによって同時期にともども記憶を奪われてしまいます。視線を交わすたびに胸掻きむしる熱いものが若いふたりを襲うのだけど、それが何に由来するのか理解出来ないので混乱します。


 多恵はある時、自宅の机のなかに見知らぬ鍵を見つけます。もしかしたらと計(けい)の住まうアパートと関係があるのじゃないかと思いを巡らし、勇気を出して部屋を訪ねます。案の定カチャンッと扉は開錠してしまって、少女は狭い室内へと足を踏み入れたのでした。ああ…この風景を自分は知っている。確信が突如浮上して来ます。遂にはこれまでその部屋で、自らの瞳に刻んで来たものであろう映像の数々が堰を切って再生されて、小さな胸の奥でわっと駆け回るのです。その中には食卓に並んだ“ありきたりの献立”に両手を合わせて感謝する少年の姿があるのだったし、きちんと“味噌汁”も添えられていた。(*6)


 僕たち読者の共振を目論んで、あえて“ありきたりの献立”が起用されているのは間違いなくって、それに不可欠な要素として“味噌汁”が脇を固めている。たくさんの懐かしい情景の堆積に埋もれるようにしてある一コマなのだけど、それで何かしらの感情の起伏が僕たちの胸に生じたのであるならば、そして、その一端が“味噌汁”からも発しているのであるならば、なんて精神的な、なんて奥深い食べものなのだろう、そう感嘆しない訳にいかないのです。地味ながらも雄弁な描写になっている。その地味さこそが実は凄いことなのではないか。


 さながら研究室の動物のようにして、僕たちは一瞬で“ありきたりの献立”と“味噌汁”の像に反射しています。平穏なる日々の暮らしや愛する人との静かな語らいを即座に想起してしまう。得難い、思えば奇蹟にも近い真情の交換や魂の交歓をゆるやかに回顧して、ああ、あの人は自分にとって、いかに“大切なひと”であったかと再認識していく。


 映画フィルムのなかに秘密裏に埋め込まれたほんの数コマの画像が、観客の潜在する意識を煽り次々と欲望を誘爆してしまう“サブリミナル効果”というのがあるけれど、あれを僕は思い出します。作者の奥浩哉(おくひろや)さんは、人間のこころと日常を取り巻く事象の相関をよくよく知り抜いた練達の士だと感心しているところなのです。


(*1):「GANTZ(ガンツ)」奥浩哉 2000年~ 「週刊ヤングジャンプ」(集英社)連載
ムンクEdvard Munchの“The Sin (Nude)”なんかを雛形にして宇宙人の親玉を描いたりする作者の性向も、僕の波長にちょっとシンクロしちゃうんだよね。
(*2): 石森章太郎さん原作のテレビ番組に「がんばれ!! ロボコン」(1974─1977)というのがありましたが、あそこからこの題名が来てる(笑)。そこを察することの出来る世代には、二重に楽しめるかもしれません。
(*3):「男組」 原作 雁屋哲 作画 池上遼一 1974-1979
(*4):「漂流教室」 楳図かずお 1972‐1974
(*5):0222「兄と弟」19巻所載 奥付によれば雑誌掲載されたのは2006年
(*6):0225「カギ」 19巻所載         同



0 件のコメント:

コメントを投稿