2010年9月21日火曜日

山本むつみ「ゲゲゲの女房」(2010)~ごちそうさまでした!~



 翌日の昼、布美枝は味噌汁を用意した。歓声をあげたアシスタント三人に、

いずみが笑顔でいった。

「姉がお昼はみなさんお弁当持参だけん、味噌汁くらい出そうかって」

 しかし、倉田は不意に笑顔を閉じた。そして食後に鍋や食器を下げに

布美枝の元へ来た。

「思い過ごしやったら、すまんのですけど。先生にもさっき仕送りのこと

聞かれたんで。もしボクに気ぃつこて味噌汁作ってくれてはるんやったら、

そんなん、もうええですから。生意気いうようですけど、人の好意に甘え

とった、あかん思てるんです」

 布美枝は首を横に振った。

「気に障ったのならすいません。けど、ちょっと違うんですよ。

私、うちの人のためにやっとるんです。今はアシスタントさんが三人も

おられて、私の出番はないでしょう。何かできることないかなあって考えて、

思いついたのが味噌汁なんです。倉田さんたちが健康で元気でがんばって

くれることが、何よりもうちの人の助けになりますから」
 
 倉田はじっと布美枝を見つめた。それから「ごちそうさまでした!」と、

頭を下げた。

 その数日後、うれしい知らせを豊川と船山が持ってきた。

「悪魔くん」のテレビ放送が決まったのだ。(*1)



 連続ドラマの「ゲゲゲの女房」が幕を降ろします。“生き甲斐”とまで書くと言い過ぎだろうけど、毎日たのしく拝見させてもらいました。


 昨年の今頃になるのですが、このドラマのモデルとなった実際の漫画製作現場に当時おられた方と縁あってお話しする機会に恵まれました。随分可笑しなエピソードを伺ったものでした。そんなことも重なって、個人的に当初から関心がたいへん高かったのです。現実とフィクションを混同してはいけないでしょうが、気軽に見ることは根本的に難しかった。


 独りの闘いがやがてふたりの闘いとなり、耐え切れずに他人を雇い入れてしまって転回を余儀なくされる、空気が変質する。僕たち受け手の目には決して見せないそんな“作り手たち”の苦労の数々を幻視するような得難い会話であったから、悪戯に懐旧するだけの中途半端な描写はきっと哀しいと思って警戒もしていました。自然と目線は厳しくなったと思うのですが、険しい感情は終ぞ起きることなく今日まで至っています。良かった、良かった。




 上の描写は少し前にあった“味噌汁”の情景です。実に象徴的で興味深い登用でしたね。

 家庭のなかに仕事場を持ち込むことで、境界線が失われて表裏(おもてうら)が判然としなくなる。日本のほとんどの会社が、そんな曖昧さを多かれ少なかれ抱いています。厳しさと受容の振り子が絶えず行きつ戻りつして、使う立場の者も使われる身も疲弊させることがしばしばです。“境界の食べもの”であり、「ゲゲゲの女房」においては貧富のバロメーターとして機能もしていた“味噌汁”が、ここに至って大量に作られ振舞われました。内なる結束を促し、気合いを入れていく。唐突ながらも筋のピンと通った“味噌汁”の使われ方はなかなか味わい深いものがありました。


 仕事であれ何であれ特効薬は見当たらない。ささやかな行ないではあるけれども、何もしないよりは良い──そんな地道な“やれる範囲の毎日”を無駄とは思わず、無意味と決め付けず、しかと重ねていくしかない。たかが“味噌汁”、されど“味噌汁”。実際のプロダクションでの慣習であったのか、それとも脚本家の山本むつみさんの創造なのかは分かりませんが、なかなか嬉しい味噌汁の起用でありました。「ごちそうさまでした!」(と、深く頭を下げる)



 書き留めておきたいことがもうひとつ。素晴らしい照明でしたね。スタッフの皆さんのクレジットをいちいち確認はしないでゆるりと過ごす毎日でしたが、時にハッとさせられるような“陽射し”が在りました。久慈和好さんとか竹内信博さん、といったお名前が検索すると出てきました。なんと鮮烈でさわやかな夏の光と影であったか! 生きた木立の影が色濃く人物に落ちて、とても屋内とは思えない光景が幾度もありました。職人技とはこういう一瞬を指すんですねえ。堪能しました。


(*1):「NHK連続テレビ小説 ゲゲゲの女房 下」 第18章 悪魔くん復活 121-122頁原案 武良布枝 脚本 山本むつみ ノベライズ 五十嵐佳子 発行 日本放送出版協会(NHK出版) 写真はNHKのホームページからお借りしました。

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