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2011年8月16日火曜日

宮崎駿「コクリコ坂から」(2011)~ドボドボ注ぐ~


○コクリコ荘・食堂

  開いたガラス戸から、降りて来る人の姿が見える。朝の挨拶。

  割烹着姿で釜敷におろした釜から、熱い飯をおひつに移して

  いる海。牧村が配膳を手伝う。(中略)

  味噌汁を椀にすばやく注いでいく海。

  牧村がお盆に移し変えてテーブルに運ぶ。納豆に醤油をドボドボ

  注ぐ北斗。

牧村「わあ、またそんなに醤油入れて!」

北斗「これがいいんじゃない」

  平然とかきまわす北斗。(*1)


 暑さの質感が変わり、網戸越しの夜風が乾いてきました。夢にうなされたのか、それとも捕食者の不意の出現に慌てたのか、蝉が、ぎゃっぎゃっぎゃっ、と不意に大声を立てます。もしかしたら天に召される時が来たのかもしれない。秋の虫がもう盛んに鳴いています。少しずつ少しずつ季節は変わっていきますね。皆さんお住まいの町の雰囲気はいかがですか。まだまだ夏は居座っていますか、それとももう引越しを始めていますか。


 そろそろ寝なきゃいけないのですが、仕事の関係で連休を謳歌出来ない僕としてはビール片手の夜更かしが気分転換には欠かせないところがあって、たまにはこうしてズルズルとみっともない文章を叩きたくもなるのです。


 先日、公開されて間もないアメリカ映画(*2)を観ました。ブラッド・ピットが父親を演じた話題作ですが、遅い時間のレイトショーとは言え、わずか三人しか観客がいないのが不思議でした。まあ、ゆったり出来て嬉しいのだけど。


 今では落ち着いた年齢となった“息子”の視線が物語を一直線に貫いているから、僕みたいな中年男としてはそれだけでびんと結線されてじんじんと伝わるものがある。けれど、性差や年齢を越えて共振を誘う仕掛けが盛りだくさんに作り込まれているからね、映像に愉しみや安らぎを感じるひとであれば、誰でもきっと充実した時間を過ごせるのじゃないかな。是非ご覧なさい、これは凄い。


 なにもそういう自分を売り込みたいのじゃなく、なんていうか、この映画の突き抜け方をどうにかして伝えたいだけなんだけど、まったく困るぐらいに泣かされました。三人だけで良かったよ、ほんと。恥ずかしくってなかなか席を立てなかったもんね。


 食卓の場景が幾度か映し出されます。最近のアメリカの映画は美術や小道具の発言力がほんとうに凄くて、パスタとかケチャップとかいずれもささやかなものなのだけど、人物の感情を左右し、逆に心象を雄弁に語ってみせたりして度肝を抜かれることが度々あります。この作品もきっとそうなんだろうなあ。アメリカに住まう人には劇中出てくる家族のふところ具合が手に取るように分かり、また、堆積した味覚、嗅覚の記憶を総動員して劇世界に溶け込んでいけるのでしょうね。豆料理が印象的でね。あの意味、ずっと考えているところです。


 その点、日本の映画は料理を使って人物の造形につなげてみせる辣腕家は何人もいるけど、観客を当てにしないというか、信用しないというか、味の薄い会話で補ってしまう悪い癖があるように思えます。


 たとえば上に引いた宮崎駿(みやざきはやお)さんの「コクリコ坂から」なんかも勿体ないというか、一歩出しゃばり過ぎの感じがするよね。北斗(ほくと)という名の研修医が“醤油をドボドボ”と使う。これまで見たようにその行為は男なら“父性”と結びつき、女性の場合(*3)には“男勝り”“ユニ・セックス”へ傾かせる効果があるのだけど、そういった事を思い巡らす受け手側の時間をまるで許さず、間髪入れずに「わあ、またそんなに醤油入れて!」と台詞を詰め込むのは昨今の世界基準からすれば大いに見劣り、聞き劣り(そんな言葉あるのか)するところです。


 さてさて、そろそろ寝ましょう。もういい加減酔ってますし。

 皆さん、おやすみなさい。楽しい夢を、ゆったりした眠りを。



(*1):「脚本 コクリコ坂から」 宮崎駿 丹羽圭子共著 角川文庫 2011
最上段の画像は映画から 監督 宮崎吾朗 2011
(*2): The Tree of Life 監督テレンス・マリック 2011
(*3):以前こんな作品がありましたね。姉妹のなかでおんなおんなしていない娘が醤油をドバドバ使っていました。
吉田秋生「海街diary」(2006-)
http://miso-mythology.blogspot.com/2009/05/diary2006.html

2010年12月30日木曜日

石井隆「ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う」(2010)~層が交互に重なって~


今秋10月に公開された石井隆(いしいたかし)さんの映画(*1)のなかに、巨大な石切り場が登場していました。僕たちの五感はなんとなく大きな建築物に対し麻痺したようなところがありますよね。高層ビルディングが身近にそびえ、日々テレビジョンを通じて雲を突き破らんばかりの鉄塔を見せつけられる世の中です。しかし、この映画で映し出される場処(劇中“ドゥオーモ”と呼ばれる)は、つい身を乗り出させる強烈なものがみなぎっていました。奇観にして壮麗、空虚にして厳粛、またずいぶんと不思議なところを見つけたものです。


天井までの高さが30メートルにも達するこの狂気じみた空洞は、当然ながらどこもかしこも同質の岩で成り立っています。さまざまな要求(効率性、防燃性、見栄え、そしてもちろん経済性)に応える余り、複合素材が骨やら肉やら血管のように絡み合う現代建築に慣れ切った僕の目には、もうそれだけで衝撃がありました。


加えて陶然としてしまうのは、広い天井を支えて見えるいくつもの柱です。いや、柱という概念を超えた厚みと大きさであって、けれど“壁”とも言い難く、独特の存在感を主張してあちらこちらに佇立しています。禍々(まがまが)しいというか霊的なものを想起させる面体(めんてい)をしている。石井さんは神や仏を前面に据えた劇を作らない人なのだけど、作り手の深意はどうあれ宗教的空間としての起動はもはや避けがたく、柱の手前で繰り広げられる陰惨な行為の数々が否応なく祭祀的な光彩を帯びていくのです。一見の価値ある迫力の映像です。


映画のなかでは味噌も醤油も見当たりません。いや、台所に確かPET容器に入った醤油が置かれていたような──まあ、いいでしょう。特別な思いは託されてはいません。ここで取り上げた理由は石切り場の生い立ちが“ミソ”と関わりがあるからです。以前訪れた砕石に関する道具や資料を展示する場所で、次のような展示プレートが飾られていて吃驚しました。ちなみにその資料館はかつて採石場だった場処を改装した作りになっています。


ミソの層 

この坑内は、下図のようにまず垣根掘りで山に横穴を掘り、そこから

平場掘りで柱を残しながら地下を掘り進めました。(中略) 

きれいな石の層と、「ミソ」と呼ばれる茶色の塊を含む層が交互に重なって

います。上記の採掘法をとることにより、ミソの層を残し、きれいな

石の層だけを採掘できるようになりました。現在地はきれいな石の層の

採掘跡で、天井にはミソが確認できます。


斜面の腹にまず穴を穿ち、そこから採掘を開始します。横に横にと掘っていくと見た目に良くない石の層(ミソと呼ばれる部分)にぶつかります。その部分は商品価値が低いので掘らずに残して迂回し、きれいな石の層だけを掘り進めていく。横に掘り切ったら、今度は下へ下へと掘り下げるのですが、ミソを含んだ部分は層となって集中していますから、先に迂回した箇所のその下にも同じようにミソが大量に眠っていると考えられるわけです。結果的にまたもや迂回して残されていく。


だから、この洞窟空間の成り立ちは徹底して上から下であって、地上から地下へ延々と掘られ続けた結果なのです。大きな柱と見えたのはミソを避けた部分の集積である訳ですね。一層二層と掘り下げるに従い、同じ箇所のみ放っておかれた結果、そこが柱のように見えていく。通常柱は下から上へ伸び上がって天井を支える役割を果たすのだけど、ここでは氷柱(つらら)のように下へと伸びたのが実際のところ。日ごろ見慣れた建築技法とは真逆の進みようで、想像すると眩暈を起こしてクラクラします。もちろん天井を支える役割を担ってもいるのだろうけれど、迷路のような回廊の生い立ちにミソが関わっていた、というのはちょっと愉しいですね。


映画のスチールに目を凝らせば、竹中直人さんや佐藤寛子さんの駆け回る背後の白い壁に、手の平でずりずりとなすり付けられたような赤い帯が走っているのが確認出来ます。血痕のようなあの印象的な筋こそが“ミソ”だったのです。


明治期から黙々と過酷な労働にいそしんできた職人たちが“ミソ”をどのような思いで見てきたものか。金にならない無駄なものとして苦々しく見ていたのか、それとも“クソ”と呼ばないだけ愛着があったものか。それはよく分かりません。きっと良い思いを抱きはしなかったことでしょうね。


彼らは芸術を意識した訳でもなく、祝祭空間を神に献じた訳でもありません。家族を養い、日々の糧を得るためにヘトヘトになって働いていただけです。しかし、その結果としてこのような壮大な空間が後に遺されていき、訪れた今日(こんにち)の人の目を釘付けにしていく。機械化が十分でなかった頃から毎日数十センチメートルずつ掘り進められていき、ここまでに至った空間には畏怖を、そして先人たちへの尊敬の念を深く抱くばかりです。


仕事であれ、家庭であれ、それに愛情であれ、総じて人の営みとは似たり寄ったりの成り立ちのような気がしています。何かを為し遂げようと遠大な計画を胸に抱いてみても、毎日のそれは大概地味でほんのちょっとの採掘に過ぎない。ミソにぶつかれば悔しいかな無理な迂回も余儀なくされて、汗のみ流れるばかりで実入りはない。


下に下に掘り進めば、切り出したものを上に運ぶ手間も増えるばかりだし、いよいよ地中に潜っていって濃い闇に包まれるばかり。崩落の恐怖もふつふつ沸いても来る。けれども、ふと振り返って見て、ようやくそこで自分の道程がなし得た結果に驚く。


振り返った場処に広がる空洞を虚しいと見るか、それとも充実と見るか。もはや価値のない廃坑と見るか、それとも魂のことを語るカテドラルと見るのか。僕は後者であると信じたいですね。


間もなく新しい年の幕開けです。さらに洞窟を素晴らしい息吹で充たしていきましょう。

どうか良い年をお迎えください。


(*1):「ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う」 監督 石井隆 2010 

2010年9月17日金曜日

米林宏昌「借りぐらしのアリエッティ」(2010)~ビスケット~



 この年齢でそれはないよ、と恥らいつつ、時折、劇場に足を運んではのんびりと極彩色のマンガ映画を楽しんでいます。極端な絵空事にはもはや付いていけなくって、現実に深く拮抗しているものか、発達し続けるテクノロジーが社会や家庭をどう変えていくかをシミュレートする、そんな指先が届きそうな“近しい物語”に限られるのですけどね──。この夏は『借りぐらしのアリエッティ』(*1)と『カラフル』(*2)を観ました。(*3)

 いとけない少年少女のお話で、いずれも身近な日本の風景を舞台に選んでいます。あれこれ語るのは年輩者の役割ではないでしょうから、例によって話題を絞ります。『借りぐらしのアリエッティ』は古い西洋風の家屋の床下に小人の家族がこっそり住み着いていて、夜になると忍び出ては食品や雑貨を盗んでいく、そんな一種のおとぎ話、妖精譚です。

 原作はイギリスの児童文学らしく、Youtubeには海外でドラマ化されたものの一部が載せられていますね。上で“妖精”と書いたのは原作の持つイメージがきっとこの映像に近しいと思うからです。赤毛のちんちくりんな頭とずんぐりした体躯、甲高い声とバタバタした動きは人間ばなれして見える。コロボックル、座敷童(わらし)、キジムナー、そんな感じです。




 映画はそんな奇矯なキャラクターをきれいに捨て去って、寡黙で知的な家長を主軸と為して懸命に団結し、生き残りをかけて手堅い日常を送っている“人間たち”が描かれる。“人間”であれば出逢いもあり、胸の奥につかえて鈍痛を覚える悩みの思いがけぬ吐露だって起きてしまうものだし、密やかな感情の交錯もそっと生じていく流れ。

 重い病気をかかえた少年とそわそわして自立を模索する少女が出逢って、雲母のような薄く儚(はかな)い“きらめき”を反射していきます。大胆この上ない換骨奪胎の演出が面白かったですね。


 悪い意味ではなくって“可笑しさ”のひとつとして脳裏を駆け巡ったのは、彼ら床下の小人たちの“食生活”についてでした。階上のテーブルでは茶碗にごはんが盛られ、また、味噌汁椀も見受けられます。箸を使ってのささやかな食事が淡々と描かれている。

 そのような日本的な食事の“おこぼれ”にあずかっているはずの小人たちの栄養補給の仕方は、どう見ても頑固な洋食主体であって、その段差が僕には相当に意図的に見えたのです。彼らはビスケットを台所からくすねると、それを持ち帰っては苦労してゴツゴツと細かく砕き、ようやっと粉にしてから、どうやらそれをさらに加工してパンか何かに仕上げて主食とするらしい。どうしてまた、そんな回りくどいことを!

 海外の原作を採用したことの歪みにも見えますが、それだけでなくって、わたしたちを取り巻く日本食がにちゃにちゃと粘性が高く、扱いにくいという点もあるやもしれません。実際、日本語のなかの食感に関わる形容で、ベタつく感じを表現するものの数は世界でも稀な多さらしい。(*5)


 ごはん粒など拾おうものなら、カーマインの素敵なワンピースは澱粉でごわごわとなってしまうでしょう。床下の多湿な空間に濡れたものを持ち込みたくない、というのも理に適っている。思考の末に小人達はビスケットに狙いを定め、カサカサと袋をまさぐる階上の物音に耳をそばだてていくのでしょう。

  加えて、いや、実はこっちの方がたぶん本筋なんでしょうけど、納豆や味噌臭い風体で少女が徘徊しては百年の恋も覚めるということじゃあないか。恋情と和食文化とのすれ違いが、意図的にか偶然かは知りませんが二重三重に、けれど、実にさりげなく劇中に起こっているようで、僕は少し面白く思ったのでした。僕たちの胸奥に巣食ったこころの化身のようにアリエッティは見えるのです。



(*1):「借りぐらしのアリエッティ」 監督 米林宏昌 2010  原作はメアリー・ノートン「床下の小人たち」The Borrowers 
(*2):「カラフル」 監督 原恵一 2010 
こちらの映画では「丸大豆しょうゆ」の容器が幾度か目に飛び込んできます。家族の再生を描く物語の常套として台所脇の食卓が登場するのだけど、彼らの背後にある流しの上のちょっとしたスペースに「丸大豆しょうゆ」がふんぞり返って僕たちを睨んでいます。演出の意図は何か、各人各様に受け止めるしかありませんが、のびのびとした風景とはなっていませんね。“しょうゆ”というのはなかなかに重苦しいもので、現実世界の覚醒を後押しするような役回りが多いのですが、ここの“しょうゆ”もそんな負の気配を纏(まと)って見えます。

(*3):マンガという世界は、思えば瑣末な背景描写のいちいちにさえも取捨選択を迫られる、言わば無制限に“決断”を迫られる場であって、作り手の意識や認識がべろりとさらけ出されてしまう仕組みです。カメラでもって現実の空間を掠(かす)め取る、いわゆる通常の映画と比べて随分と“批評的”に成らざるを得ない。(*4)

現在作られているマンガ映画であるならば、それは間違いなくこの時代を僕たちと共に生きている人間の、リアルこの上ない個人的な“世界観”がスクリーンにつぶさに塗布されていくわけで、観客の抱える“世界観”と衝突したり交合(まぐ)わったり、実は相当に激しい時間になっていく。もしも嘲り笑われるとしたら、その対象は表現手段にとどまらず、いきなり作り手の観察眼や見識といった真髄、真価に向けられる。逃げの利かない勝負を迫られているように見えますね。そんな独特の緊迫感が僕を捉えている、そんなところはアリマスね。

(*4):劇画出身の石井隆さんのように全方位的に目線がゆきとどいて統一した世界観を構築できる実写の監督さんもおられるけれど、そういう人はごくごく稀であるように思われます。

(*5):最終的に445語から成るテクスチャー用語リストを得ました。(中略)日本語のテクスチャー表現の最大の特徴は、数が多いことです。海外の同じような研究例では、英語で77語、フランス語で227語、中国語で144語、ドイツ語で105語となっています。これらの研究は、それぞれ調査の時期や方法が異なるので、単純に比較することはできませんが、それにしても、日本語に食感表現が多いということは間違いなさそうです。(中略)日本語のテクスチャー表現には粘りの表現が多くみられます。「にちゃにちゃ」、「ねばねば」、「ねっとり」等、「に」や「ね」で始まる粘りの表現、「ぶるん」、「ぷりぷり」、「ぷるぷる」等、「ぶ」「ぷ」で始まる弾力の表現、また、ぬめりを表現する「つるつる」、「ぬるぬる」等、が多くみられました。これらは他の言語ではあまり数多くみられません。ここには、日本で食べられている食材や、日本人のテクスチャー嗜好が背景にあるのではないかと推測されます。古来、日本人は、もちなど粘りのある食品を好んで食べてきました。納豆、里芋、こんにゃく等、粘り、ぬめり、弾力が特徴の食品も日本人の食卓には数多くあります。

早川文代 (独)農研機構 食品総合研究所 食品機能研究領域 主任研究員 博士(学術) 「日本語のテクスチャー表現から見えてくること」 東洋クリエート株式会社発行「創造 №36」平成22年8月1日発行

2010年7月1日木曜日

小泉徳宏「Flowers フラワーズ」(2010)~懐かしい看板~


 
 知人宅を訪ねた折りに、外国製のチョコレートをご馳走になりました。ほどほどの甘さとあえかなバニラの匂いが口腔にふわりと拡がります。少し儚(はかな)げな印象を刻む上品な香味に仕上がっている。何でも旅行のお土産だということで、その折に撮られた写真を何葉か見せていただきました。


 場所は北米の太平洋岸の街、シアトルです。穏やかな笑顔をカメラレンズに向ける老夫婦の姿やマリナーズの本拠地である野球場などを微笑ましく眺めながら、徐々に成長して手堅いものとなる想いがあります。しっとりした落ち着きが街のあちこちから滲み出ている、これはなんだろう──。


 山の上なのか高層ビルの最上階なのか分かりませんが、広々とした眺望が眼下に広がっています。海へ向けて傾斜を強めていく大地に、悠然と街並みが連なっていく。微妙な違和感を抱えながら再度しげしげと見返すならば、それら林立する建物が実にしっくりと地面の傾斜と足並みを揃えているのです。つまり、背丈を合わせて綺麗に列をなしており、眺望を邪魔する“でっぱり”が一切ないんですね。真新しい外壁のビルディングばかりなのに、そのどこにも看板が見当たらないことにもやがて気付きます。何かしらの強固な規制が働いていることは明らかです。


 独裁政権を敷く首長のもと、大胆なグランドデザインが実行に移されたかのような、実に力強いものを透かし見ることが出来る。きらめく欧州の古都ならばまだしも、歴史的にまだ浅い北米の都市がここまで美しく展開している。凄いな、これは。


 ウェブ(*1)で検索して調べてみると、景観規制が市民レベルで根付いていることが分かります。市民の意見に折れた末にスケールダウンしてオープンした海岸沿いのホテルなども見れますが、日本じゃとても考えられない“落としどころ”です。人生の舞台となる自分たちの街を本気で愛している人たちがいるのでしょうね。


 “街並み”“景観”“看板”といったものに気持ちが傾いているのは、先日劇場で観た日本映画(*2)のせいでもあります。昭和初期から今日に至る七十五年の長く重い歳月を、三世代の女性群像を巧みに組み合わせて提示していく意欲作でした。そこにはシアトルとは対照的な風景がありました。



 大手化粧品会社と共闘してのイメージ戦略が生い立ちである以上、女性の装いや美しさを過剰に描いていくことは素人目にも回避出来そうにない。それは観る前からわかり切ったことで、案の定、人生の機微たる“老い”“戦禍”“格差”という翳(かげ)の部分をすっかり削ぎ落としてしまい、立体感の乏しい単調な顛末になっているのですが、それはまあ、仕方のないこと。前の席に座っていたご婦人は終始すすり泣きでしたし、ひとときの娯楽を求める気持ちには十分応えている。浮世離れの数々も“ご愛嬌”と笑って許してあげるべきでしょう。


 興味深かったのは、それぞれの年代のコントラストを思想の変転や流行り言葉をもって表わすのではなく、その時時に作られた映画の色調を徹底して再現して提示しているところで、その情熱と言うか固執の様子は呆れるほどでありました。(*3) 服装や髪型、小道具を駆使して年代に肉迫することは当然ながら、照明やカット割り、音質までも丸ごと動員してタイムスリップを目論んでいる。地味を装いながらも大胆不敵な演出です。その実験的な作業は観ていて気持ちの良いものでした。


 そのようにしてスクリーンに映じられた“過去”の街並みには看板がひしめいており、中でも随分と目立つ位置に“醤油”のイメージが刻まれていたのです。竹内結子さんと大沢たかおさんが演じる若い夫婦が旅行で訪れる海辺の町。その駅舎の前に置かれたベンチには、ありありと醤油メーカー(群馬に拠点を置く)の亀甲型のマークと名前がホーロー看板に描かれ貼られていたのだったし、また、東京の出版社で孤軍奮闘する田中麗奈さんを描くパートでは、上司より呼び出されて説教を受けた屋上から望むビル群のなかに、排気ガスに曇ってやや輪郭がほどけているにしても随分と巨大な(こちらは千葉本社の)、やはり亀甲型の目に馴染んだマークと社名とが赤々と浮かんで目に飛び込んで来るのです。


 物語の進行とはまったく無関係の登用であるのだけれど、この作品の“時代再現”への凄まじい粘着を想うとき、果たして意図なき偶然の産物であったか疑問が湧いてきます。1964年、1969年という過去のランドマークとして亀甲の印が選び取られたというのが正しい読み解きでしょう。


 もちろん醤油の看板だけでなく、余白の隅々を埋めるものが実に懐かしい光彩を放っていて、例えば壁にかかった東郷青児さんの女性画であるとか、紫煙にまみれ果て黄色い脂(やに)でベタついた柱の時計とか、ウィスキーのロゴの刻まれた平たい灰皿とか、谷崎潤一郎さんの著作の背表紙とか、美術スタッフの熱意が結晶化したものが点在して目を愉しませるのですが、そうやって僕たちを過去に誘(いざな)うイメージの一端に亀甲型のマークが含まれていたことに、わずかながらも衝撃があったのでした。


 “醤油”もまた“昔のもの”となりつつあり、今や忘却とのせめぎ合いの域に軸足を踏み込んだのかな、少なくともこの映画の送り手の幾人かはそのように“醤油”という存在を解析しているに違いなかろう。“懐かしいもの、過去のもの”に直結するものとして、ここでは“醤油”が使われている───。




 僕たちの住まう街はシアトルとは違い、乱雑で節操のない広告に埋まっている。美しい眺望なんて、だから望むべくもなく、破壊と再生を細かく繰り返しながら無秩序な街並みと看板の乱立が果てしなく続いていくでしょう。毎日が清々しい気分だろうと想像を巡らせる、そんな場所で暮らすことは僕にはやはり難しそうだ。


 それでも意識的に街路を見直す機会にこうして恵まれてみれば、看板であれ何であれ構成するそのひとつひとつが短命であることが分かります。それらが懐かしい人、懐かしい家族の記憶といずれ直結するのかもしれず、そんな回想の仕掛け作りを僕たちは日々しつらえているのかな、なんて考えたりもするのです。混沌とした儚い風景であればこそ、その時々の変転する人の気持ちや、逆にいつまでも変わらぬ想いなんかを寄り添わせることが可能なのじゃないか。


 日常にくたびれ、懐かしさに抗い切れずに足を止めて振り返ったときには、次々と入れ替わっていった看板たちや消え去った商品たちがその想いを受け止めて手を振り、きっと助けてくれるはず。僕たちの住まうこの街は時間旅行を可能たらしめる場処なんですね。ちょっと見苦しくても“ご愛嬌”と笑って許してあげるべきなのかもしれません。




(*1):「斜面都市における眺望景観保全政策の特性評価とview corridor施策の適用に関する研究」 栗山尚子 平成18年9月
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/thesis/d2/D2002896.pdf
(*2):「Flowers フラワーズ」 企画・製作総指揮 大貫卓也 監督 小泉徳宏 2010

(*3): ウッディ・アレンさんの監督、主演による「カメレオンマン」(Zelig 1983)という映画も過去のフィルムの特性を丁寧に再現したものでしたね。合成技術の跳躍が最近めざましく、いよいよこの手の描写は精緻さを増して来ています。やがて古い映像が自由自在に編集され、まるで違った意味合いを持たされたりしちゃうのでしょうね。ちょっと怖い気もします。

 そうそう、「Flowers フラワーズ」には味噌汁が登場しています。劇中、食事の風景は実に少なく、“老い”“戦禍”“格差”といったものと並んで“調理”もまたさりげなく排除されて見えました。唯一の“味噌汁”は冒頭近くに描かれています。昭和十一年(1936)前後を描く蒼井優さんのパートで、嫁ぐ前日の蒼井さんを囲んでのちょっともの哀しい食事の場面です。家族揃っては最後となるだろう予感が小さな食卓を重く覆っている。

 ここでの“味噌汁”には旧来の隷属的で柔順な女性のイメージが幾らか投影されていたように感じ取れます。蒼井さんは父親が決めた婚礼に対して不服であり、翌日には白無垢姿で家から逃走するのだけど、それは“味噌汁”に象徴される束縛からの緊急避難でありました。映画ではそれ以降、実に75年に渡って“味噌汁”は影を潜めて消失してしまう。現在を生きる女性へ向けて作られた「Flowers フラワーズ」において、これもまた意図的な“空白の描写”であるように僕には思えました。何を足して何を引くのか、その結果導かれる物語を化粧品会社が支援していることは、考えてみると奥深いものがありますね。



 知人宅をおいとまする時、お庭の可愛らしい花が目に止まりました。初夏の陽射しに照らし出された白く薄い花びらに、細いまっすぐな筋が幾本も走っています。刺繍を施された肌着のような繊細で柔らかな印象なのですが、驚いたことに、これがハエトリソウVenus Flytrapの花なんですね。僕の宇宙はまだまだ未開拓です。 とげとげの葉っぱで虫を捕らえる怖い一面と、清楚な花びらが同居している。なんて逞しい生きものだろう。僕の身近に咲く「Flowers フラワーズ」、彼女たちも一所懸命に生きています──。