2009年12月9日水曜日

つげ義春「リアリズムの宿」(1973)~やりきれんなア もう~



夕食はイカの刺身を中心にしたものだった

野菜の煮物が少々と卵焼は皿にペタンと一枚

はりついているだけで

刺身は薄くすけてみえそうなものだった


それらを少年が一ツ一ツ無言で運んできた


☆ ☆ ガチャン ☆ カラカラ


味噌汁は鍋ごと運んできた

私「きみ シャモジを落としたみたいだね

 洗ってこなかったみたいだね そうだろ!


 やりきれんなア もう  

 風呂にでも入って寝ちまおう」(*1)


 最近、漫画家のつげ義春(つげよしはる)さんに対する認識をすっかり改めさせられました。「ねじ式」(*2)、「紅い花」(*3)、「沼」(*4)といった幻想的な作品群と、等身大の日常を淡々と描いた「義男の青春」(*5)、「懐かしいひと」(*6)などでつとに知られたつげさんなのですが、迷走する世相とは隔絶して見える素朴な描線と柔和な語り口、多くても年に数本しか発表しないという寡作の人ということもあって、僕は“産みの苦しみ”を感じ取れずにいたのです。


 評論家との間で、実に半年を費やしてのロング・インタビュが為されました。それが分厚い上下巻の単行本(*7)に収まっていて、就寝前や出張の移動時間に読み進めていたのです。ようやくにしてつげさんの作品が苦闘の産物だったことを知りました。まったくもって迂闊、創造することの道程に例外はなかったのです。


 じりじりと緊迫する行程を記憶とメモから丹念に掘り返して吐露していくのですが、言葉は説得力に満ち満ちているし、何よりも驚かされたのは氏の多弁さです。のほほんとした作風から想像し得ない饒舌に息を呑みます。どんなに穏やかな風合のものに仕立てていても、“作り手”というのは火花のような激しいものを抱え込んだ存在なのですね。驚きがあればこそ読書は愉しいわけですが、それにしてもこれだけ予想を裏切られると嬉しさを遥かに越えて何やら恥ずかしくなってしまいます。


 さて、そのインタビュのなかで自作「リアリズムの宿」に触れて、つげさんは味噌汁(正確には付随する道具なのですが)に少し言及しています。物語のあらましはこうです。商人宿のわびしさに憧れる主人公がたどり着いたのは哀しいまでに貧窮し切った場末の民宿でした。こりゃいかん、と逃げ出そうとする主人公はおかみの必死の懇願に負けて一夜を過ごすのだけれど、予想以上にあれこれ散々な目に遭ってしまうのです。宿の少年の手伝う配膳はお世辞にも誉められたものではありません。部屋の手前の廊下で騒々しい音がいたします。何か床に落としたに違いない。

 Youtubeに断片を写し取ったものがありますね。合わせて貼っておきましょう。未読のひとも感じは掴めるのじゃないかしら。




 こういう宿屋に事実泊まってしまったけれど、

こんな悲惨な父親がいたわけじゃないです。

でも、男の子が味噌汁のしゃもじを洗わなかったのは

事実です(笑)(*7)


 えっ、重箱の隅を楊枝でほじるのもいい加減にしろ、あなたはそう仰る。同じように僕だって思っていましたよ、落としたしゃもじを素知らぬ顔で届けた少年に焦点は合っているのであって、特段記憶に値する味噌汁はこの「リアリズムの宿」には描かれていない。そう読み取っていればこそ僕はものの見事に失念してしまい、これまで何ら取り上げずにいました。


 しかし、上に掲げたインタビュ本を読み終えてみると、「リアリズムの宿」には確実に味噌汁が描かれているし、それもかなりの作為を秘めたものだと言い切れる。


 試しに少し大きな書店に足を運んで文庫版の全集をめくってご覧なさい。紀行であれ下宿生活であれ、はたまた同棲の顛末であれ、日常を淡々と描く物語内の食生活に目を凝らして見るならば、そこには味噌汁が不自然なぐらい見当たらない。そうか、なるほど
作者は味噌汁を“描きたくない”のだと解かるのです。畳の敷かれた小部屋、汗を吸って重くなる下着、太陽光を弾く白い路面、薄い影をしっとり落とすパラソル、おんなの流し目、男の凝視──日常風景をとことん描写しながらも味噌汁の登場を徹底して回避していく。その瞬間の作者の意図に想いを馳せるとき、つげ義春さんの創造する世界とはすべからく“非日常”だったのだと気が付きます。


 実際の商人宿となりますと、いい宿屋ってないんですよね。

実際はかなり生活臭さが漂っているんです。本当は、そういう

生活臭さが漂っているというのは自分としては好きなんですがね。(*7)


 本当は、好きなのだけれど、“生活臭”の排除こそが己の漫画作術の原則、あえかな情感の生育に繋がるのだと信じ、普段あるべき味噌汁が巧妙に排除されていくのですね。もわもわと“生活臭”を湯気立てる味噌汁を描くことで世上からの遊離感や旅情が破壊されるとすごく警戒している。


 ならば「リアリズムの宿」の唐突な味噌汁の登場は何だったかと言えば、これは僕の推測以外の何ものでもないのだけれど、事実を足掛かりとして物語がぐんぐん立ち上がってしまった、普段は排除に努めていた味噌汁なのだけれど、もう元に戻せない、こうなったら、ええい、ままよ、“生活臭”をどんどん詰め込んでしまおう、ぎゅうぎゅうの“生活臭”が飽和状態を越えてしまえばリアリズムは急速に損なわれるのが道理だろう。その先には“非日常”が再度頭をもたげてくるにきっと違いない──。そんな感じの裏技だったのじゃないのかな。



 つげ義春さんは味噌汁を原則的に描かない、それは味噌汁を強く意識することの裏返しなんですね。生活の場において味噌汁が濃厚な存在感を勝ち得て、ひとりの天才の活動を左右していたことを証し立てています。



 形になっていないからといって、存在しないということではない。人の世の諸相や精神の深い淵にはよくある話です。意識し続けていればこそ、かえって結晶化ならぬことってまま在りますよね。まあ、きっとそういう事です。



 さて、いよいよあと半月程で2009年も終わりです。


 気持ちにトゲを残したままで年を跨ぐのは、なんとも息苦しいものです。もちろん深く根を張り抜けないトゲは有るのだけれど、そっと引き抜けるものは外して身軽になりましょうか。心をアーティキュレイションしないと!


 来週以降はほんとうに身動きが取れそうもないから、欲張った気持ちになります。せかせか動くとろくな事はない訳ですが、まあ頑張ってみましょう。僕も転ばないように気を付けますが、どうか皆さんも足元に十分注意してください。階段なんかで蹴躓いて宙を飛んだりしないようにどうかお願いいたしますね。



(*1):「リアリズムの宿」 つげ義春 「漫画ストーリー」(双葉社)初出 1973
(*2):「ねじ式」 つげ義春 「ガロ増刊号・つげ義春特集」(青林堂)初出 1968
(*3):「紅い花」 つげ義春 「ガロ」(青林堂)1967 10月号初出
(*4):「沼」 つげ義春 「ガロ」(青林堂)1966 2月号初出
(*5):「義男の青春」 つげ義春 「漫画サンデー」(実業之日本社)初出 1974 
(*6):「懐かしいひと」 つげ義春 「終末から」(筑摩書房)初出 1973
(*7): 「つげ義春漫画術(上・下)」 つげ義春/権藤晋 ワイズ出版 1993



2 件のコメント:

  1. 心にアーティキュレイションを…いい表現ですね。
    音楽だけでなく心にもつけられることを教えて頂きましたよ、ありがとうございます!

    返信削除
  2. とても難しいような、とても簡単なような───
    心の旋律に区切りや弾みを付けていくことは
    誰でもの、すべての一生の折々の課題ですね。

    ただ思うのは、そのように空隙を得た人生だとしても
    旋律自体が霧散するのでない、ということです。
    最近、ほんとうにそういう事を実感させられます。

    どうぞ美しい善き旋律を奏で続けてください。
    コメント有り難うございました。。

    返信削除