2011年1月12日水曜日
林芙美子「放浪記 第一部・第二部」(1928)~米味噌の気づかい~
(二月×日)(中略)
だが、私はやっぱり食べたいのです。ああ私が生きてゆくには、
カフエーの女給とか女中だなんて!十本の指から血がほとばしって
出そうなこの肌寒さ……。さあカクメイでも何でも持って来い。
ジャンダークなんて吹っ飛ばしてしまおう。だが、とにかく、何もかも
からっぽなのだ。階下の人達が風呂に行ってる隙に味噌汁を盗んで飲む。
神よ嗤(わら)い給え。あざけり給えかし。
あああさましや芙美子消えてしまえである。(*9)
大学の入試試験だかの問題が新聞に載っていて、それをぼうっと眺めていたら林芙美子(はやしふみこ)さんの「放浪記」の一節が目に飛び込みました。昨年のことだったか、もしかしたら一昨年だったかもしれません。随分艶かしい中身と想っていたものだから驚いてしまって、その分記憶に刻まれました。今どきの高校生は誰もがこれを読んでいるものでしょうか。なんかとっても羨ましいというか、まぶしい感じがいたします。
堕胎、私娼窟、複雑な家庭、貧困、言い寄る男、餓え、眠れぬ夜……。実際、生々しいお話です。手元にあるのは新潮文庫の第42刷、2002年のもので、年末に亡くなられた高峰秀子さんの映画を観たくなり、その前に原作にも目を通そうと買い求めたものです。おやおやと笑われてしまうでしょうが、この年になって始めて読み通しました。
巻末の小田切秀雄さんの解説によれば、1922(大正11)年から五年にわたって林さんが書きためたものが土台になっているとか。林さんが生をうけたのは1903年の暮れですから、十九歳から二十四歳頃の本来ならいちばん女性として華やかな時期の記録です。
書くことで記憶を整頓し、思考を深め、気持ちを沈静させて明日へと繋げていく。そういう人は世の中にたくさんいて、僕が時折こうして向かってもいるブログの世界的流行が物語ってもいます。なんら不思議なことではない。けれども、五年分の“日記”を風呂敷に包んで木賃宿、下宿、場末の旅館、住み込みの狭苦しい部屋、同棲始めた一軒家と後生大事に持ち歩き、事あるごとにつぶさに書き綴ってきた林さんの執着には鬼気迫るものがあって、読んでいて圧倒されるものがあるのでした。書くことで救われるものがあったのでしょう、きっと。
二十年後に発表された「第三部」は若干雰囲気が違いますが、1928(昭和3)年10月に雑誌に連載され、1930(昭和5)年に改造社より相次いで上梓なった一部と二部の方は混沌する彼女の日常と剥き出しの思いを実直に写し取ったところがあります。加筆や装飾、訂正の気配があまりない。赤裸々な食欲そして性欲、夢と希望が咆哮し荒れ狂う様は読むこちら側にじわじわ伝染するようであり、加えて挫折や打撃、絶望、猜疑や嫌悪という黒い部分も不意を討って胸底に跳び込む調子で相当に重いものとなっています。
若さゆえに文末ごと「ナニクソ」と奮起し、調子を直ぐに取り戻すのが救いといえば救いであって、これが三十や四十を越えてからの五年分の日記であれば相当違っていたろうと思われます。おかげで勇気を貰えたように感じています。
生活の諸相を丹念に書きとめていくことで“味噌汁”の記述も面白いほど多い。さらに言えば独特の傾斜のそこに見止められそうに思えます。
(十二月×日)(中略)
「姉さん!十銭で何か食わしてくんないかな、十銭玉一つきりしかないんだ。」
大声で云って正直に立っている。すると、十五六の小娘が、
「御飯に肉豆腐でいいですか。」と云った。
労働者は急にニコニコしてバンコへ腰かけた。
大きな飯丼(めしどんぶり)。葱と小間切れの肉豆腐。濁った味噌汁。これだけが十銭玉一つの栄養食だ。労働者は天真に大口あけて飯を頬ばっている。涙ぐましい風景だった。(*1)
(十二月×日)(中略)
二寸ばかりのキュウピーを一つごまかして来て、茶碗の棚の上にのせて見る。私の描いた眼、私の描いた羽根、私が生んだキュウピーさん、冷飯に味噌汁をザクザクかけてかき込む淋しい夜食です。(*2)
(十月×日)(中略)
朝の掃除がすんで、じっと鏡を見ていると、蒼くむくんだ顔は、生活に疲れ荒(す)さんで、私はああと長い溜息をついた。壁の中にでもはいってしまいたかった。今朝も泥のような味噌汁と残り飯かと思うと、支那そばでも食べたいなあと思う。私は何も塗らないぼんやりした自分の顔を見ていると、急に焦々(いらいら)してきて、唇に紅々(あかあか)とべにを引いてみた。(*3)
(十二月×日)(中略)
誰もいない夜明けのデッキの上に、ささけた私の空想はやっぱり古里へ背いて都に走っている。旅の古里ゆえ、別に錦を飾って帰る必要もないのだけれど、なぜか侘しい気持ちがいっぱいだった。穴倉のように暗い三等船室に帰って、自分の毛布の上に坐っていると丹塗(にぬ)りはげた膳の上にはヒジキの煮たのや味噌汁があじきなく並んでいた。(*4)
(一月×日)
暗い雪空だった。朝の膳の上には白い味噌汁に高野豆腐に黒豆がならんでいる。何もかも水っぽい舌ざわりだ。東京は悲しい思い出ばかりなり。いっそ京都か大阪で暮してみようかと思う……。(*5)
(一月×日)
毎朝の芋がゆにも私は慣れてしまった。
東京で吸う赤い味噌汁はなつかしい。里芋のコロコロしたのを薄く切って、小松菜を一緒にたいた味噌汁はいいものだ。新巻き鮭の一片一片を身をはがして食べるのも甘味(うま)い。(*6)
(九月×日)
もう五時頃であろうか、様々な人達の物凄い寝息と、蚊にせめられて、夜中私は眠れなった。(中略)午前八時半、味噌汁と御飯と香の物で朝食が終る。お茶を呑んでいると、船員達が甲板を叫びながら走っていった。
「ビスケットが焼けましたから、いらっして下さい!」
上甲板に出ると、焼きたてのビスケットを私は両の袂(たもと)にいっぱいもらった。お嬢さん達は貧民にでもやるように眺めて笑っている。あの人達は私が女である事を知らないでいるらしい。(*7)
濁った、泥のような、あじきない、水っぽい──負の飾りにふちどられた味噌汁がずらり並んで怖い感じです。東京を離れてみて大豆臭の強い赤味ある味噌を懐かしく思い返す、そういう可愛らしい記述も一部あるけれど、全般的に宿る蔭はかなり暗めになっている。貧苦に喘ぎ、食費を削り、それでようやく口にするのが“味噌汁”ということで、ここでは明らかに貧窮の象徴として機能して見えます。
朝起きて、小さな女中を相手に食膳をととのえ、昼は昼、夜は夜の食事から、米味噌の気づかい、自分の部屋の掃除、洗濯、来客、仲々私の生活も忙がしい。その間に自分のものを書いて行かなければならないのです。自分の作品の批評についても、私は仲々気にかかるし、反省もし、勉強も続けてはいるけれども、時々空虚なものが私を噛みます。(*10)
第二部の終わりに林さんは“米味噌の気づかい”という言葉を挿し入れました。ヘンテコな言葉です。「放浪記」がヒットして文筆家の仲間入りを果たし、一軒家を構え、老いた親を養っていく。当時のまだまだ不安定な近況を語る中での“米味噌の気づかい”とは一体全体何か、僕は最初書き損じた箇所がそのまま残されたものかと訝りました。時折世話を要する“ぬかみそ”への気づかいならば分かるのです。“米味噌の気づかい”──なんでしょうか、この不思議な言葉。
実は林さんが味噌汁に固執していたからなんですね。朝食のほとんどを女中さんに任せていながら“味噌汁”だけは自分で作らないと気が済まなかった、そんな彼女の慣習に関わるものなのでした。生理的なものか精神的なものか僕には分からないけど、林さんは味噌汁を特別視している人だった。やや別格のものとして扱われている気がします。
“味噌についての気づかい”を基点にして上に引いた苦しかった時分を再度振り返ってみれば、どの味噌汁も液面をきらきらと照り返らせ、ひとりの少女の受難をじっと見守っている、唇を噛み、涙を呑んで向かっていく真剣勝負の人間の、真摯な面(おもて)を見上げているようです。林さんだけではなかった。あの当時多くの日本人が味噌汁と共に喜怒哀楽を懸命に生きていた。希望と呪詛にまみれた味噌汁椀が家庭で、食堂で次々に傾けられていた、誰もがぎらぎらしていたそんな光景を脳裏に描き、襟を正さなきゃと真面目に思うのでした。
(*1):第一部 26頁(頁数はいずれも手持ちの新潮文庫のもの)
(*2):第一部 52頁
(*3):第一部 116頁
(*4):第一部 130頁
(*5):第一部 135頁
(*6):第一部 142頁
(*7):第二部 219頁
(*8):第二部 229頁
(*9):第二部 326頁
(*10):第二部 347頁
(*11):第三部 400頁
表題の年数1928は単行本化の前、雑誌に掲載され世間に公表された時点を選んだ。
ちなみに「放浪記」における醤油の記述は次の二箇所に絞られる。「味噌汁」というものがいかに魂に直結し、愛憎の対象となるか、この段差が静かに物語るように思える。
(三月×日)(中略)
女達は、あはあは笑いながら何か私のことに就いて話しあっていた。昼の膳の上は玉葱のいためたのに醤油をかけたのが出る。そのほかには、京菜の漬物に薄い味噌汁、八人の女が、猿のように小さな卓子を囲んで、箸を動かせる。
「子供だ子供だと言って、一日延ばしに私から金を取る事ばかり考えているのよ、そして、栄養食ヴィタミンBが必要ですとさ、淫売奴のくせに!」(*8)
(九月×日)(中略)
八重垣町の八百屋で唐もろこしを二本買って下宿に帰る。ダットのいきおいで部屋へ行き、唐もろこしの皮をむく。しめった唐もろこしの茶色のひげの中から、ぞうげ色の粒々が行列して出て来る。焼きたいな。こつこつ焼いて醤油をつけて食べたい。
下宿の箱火鉢に紙屑を燃やして根気よく唐もろこしを焼く。(*11)
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