2011年4月1日金曜日

「みそサイエンス最前線」(1995)~やれること~



「味噌を摂取することで放射線障害に対抗し得る」という噂は先に紹介した臨床医秋月辰一郎(あきづきたついちろう)さんの伝記、ロシアでの事故後に急増した輸出量、そして広島大学の皆さんによる研究リポートなどをその根拠としています。このうち大学機関の研究概要は白い表紙の冊子(*1)に収められ、誇らしげに冒頭を飾っているのでした。市井の者に向けて噛み砕かれた平易な言葉が選ばれており、明快な文章になっています。


誰もが大きな不安を感じている今だからこそ声高らかに紹介して、たとえ“微力”であったとしても役立たせたら良いだろうと考える訳ですが、関わる業界の方々は沈黙をかたくなに守って見える。よくよく事情を聞いてみれば、口の重さは深慮を働かせた末の対応だったと解ってきました。


理由のひとつは研究にともなう実験がマウスのみを使って為されたものであり、人間の身体を用いた結論に至っていないこと。放射性物質を被験者にこっそり呑ませる訳にはいかないからです。人間ではどうなるかを調べて立証することは無理難題と思えますから、“仮定や推察”の域をどう頑張っても超えられない。確証のないものは無闇に話すべきではない、責任を負えないことを喋り散らすのは大人のすることではないという考えです。


また、噂を鵜呑みにして味噌の効用を過大評価した挙句、政府の避難勧告を無視したり、手渡された薬(安定剤)を服用せずに味噌汁だけを呑み続ける人が現れた場合、最終的にその人を重篤な事態に追い込むことになりかねない。そのとき味噌は救えたひとを救うどころか、破滅へと蹴落とすことになってしまう。適切な時に適切なレベルの医療機関に赴くチャンスをみすみす逃すことがないようにしたい、皆を救いたいという強い願望が背後にはある。


さらにもうひとつ、マウスに与えられる放射性物質は安全管理上どうしても選ばれたものになってしまい、猛毒のたとえばプルトニウムのようなものは使えない。だから、研究は未熟で徹底されていないのです。様々な物質が放出されているこの度の事態に対しての十分な答えとなっていない以上、沈黙を守ることが正しいとの判断です。


そのように理路整然と説明されてしまえば、なるほど返す言葉がありません。沈着冷静に思索を重ね如才なく対応していく業界人の姿に感服すら覚えてしまいます。けれど、けれども、今この危機的な状況において、そこまで理詰めで小さくまとまって良いのかという疑問と焦りがじわじわ胸の奥で湧いて止まらない。


ヨウ化カリウム錠剤の増産が進められていますが、それが関東以北の東日本全域に住むすべての子供たち、四十前の若いひとたち全員に行き渡るのは一体いつになるのか。


元々配るつもりもないのかもしれませんが、一部地域なり県に行き渡ったとして四十一歳、四十二歳の境界にいる人たちは精神的に耐え得るものだろうか。“副作用”があるから呑む時期は政府が指示するからそれまで服用は待てと言うけれど、それがどのタイミングで伝えられるのか。伝えられずに機会を逸して呑み損なうとどうなるのか。


効果は一日と聞いていますから、翌日に一錠、さらに次の日に一錠と飲み続けていけば生産と供給はその消費される速度に追いつけるものかどうか。大丈夫、問題ない、直ぐには何も出ないという低い値のものを生涯背負い続けた結果、どのような事態が起きるのか。本当に子どもたちの身に何も起きずに健康なまま暮らし、のびのびと恋をし、温かな笑い声に満ちた家庭を絶対に築けると誰が言い切れるのか。


ここまで“大丈夫、大丈夫”と連呼されると“大丈夫”という語句の意味合いを軽々しく捉えているのではないか、結局のところ“問題ない”という言葉にしても“仮定や推察”の域を超えていない絵空事に思えてしまって、気持ちは轟々と逆巻き揺れに揺れてどうしようもないのです。


そうして思うのです、やってみたらいいのだと。


“仮定や推察”であっても今は試す価値はある。皆で“うがい薬”を飲もうって言っているわけじゃない(それはどう考えたって良策とは思えない)。意識して少しだけ食生活を替えてみる、それだけの話です。食事の度に何杯もの味噌汁を無理にあおったりすれば塩分の取り過ぎとなって身体を壊すかもしれないけれど、薬と違い“副作用”のない大豆由来食品を適量ずつ摂っていくことはそんなに難しい話ではない。


それは今回の一件に関して無力で徒手空拳の僕たちにも許される、静かで地道な闘い方のひとつだと思うのです。


確かに“微力”かもしれない、もしかしたら“無力”なのかもしれない。けれども「祈る」ような気持ちとおごそかな眼差しを目の前のお膳にそっと注ぎ、並んだ一食一食を大事にしていく、そうやってこの混沌とした日々を心身ともに乗り越えていくしかないじゃないか、と僕は考えています。


(*1):「みそサイエンス最前線 MISO NEWS LETTER」 みそ健康づくり委員会 平成7年初版発行 見せてもらったのは平成11年の改訂版 該当頁を下段に紹介しておきます。尚、著作権者よりクレームが舞い込みましたら残念ですが削除いたします。事態を思えば、そんな事をしてもらいたくありませんけれど。



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