2011年6月3日金曜日

高野文子「二の二の六」(2001)~おショーユは穴蔵で~



まり子「白菜入れますかー おネギ入れますかー

     あっ お肉だ おいしそーっ ほら

     おショーユは穴蔵で」

  ひざまずいて床下収納庫を開けるまり子

まり子「(内心の声)開けるとそこにはおじいさんが」

  そんなまり子を見ている大沢サキ。

  まり子、失礼な妄想をこころで詫びて

まり子「(内心の声)ごめんなさい ごめんなさい」(*1)


 高野文子(たかのふみこ)さんの小編「二の二の六」。この奇妙な題名は住所「二丁目2番6号」を表わしています。訪問介護ヘルパーをつとめる主人公の女性が依頼あって訪ね、半日を過ごした大沢家の番地です。独りでいるおばあちゃんに昼食を作って一緒に食べてもらいたい、という娘さんからの要望。そこに醤油が二度ばかり登場しています。


 支度にはいった主人公が材料を探していく。まずは冷蔵庫の中を見て野菜や肉を確認し、おもむろに床下収納を開いて“おショーユ”の入ったびんを引っ張り出します。妄想癖の強いおんなは、もしやこの半地下の空間におじいさんの死体でも隠されてあったらどうしよう、と不安になり眉を寄せながら扉を開きます。当然ながらそこは梅干の入ってそうな甕(かめ)や不要な道具がきっちり納まっていて、怖いものなど見当たらない。ひどい想像をしてしまって御免なさいね、と拝む手をして失笑し、そっと扉を閉めるのでした。


 最近はあまり見なくなりましたが昔の住居には土間があり、また陽射しの入らぬ納戸がありました。どちらもとても湿った空間で、照明も隅ずみまでは行き渡らないものだから気味の悪いこと甚(はなは)だしく、特段の用事でもない限り子どもは安易に近づかない場所でした。味噌や漬け物の木樽がならび、ぬたっとした臭いが重く漂って足元にしゅるしゅる絡んでくるみたい。今にもお化けが物陰から顔をひっこり覗かせそうで、途轍(とてつ)もなく恐い。


 醤油もまたそんな闇の住処(すみか)の一員であったのです。ハレとケ、という区分けがあるけれど、間違いなく“ケ”に味噌や醤油は所属する。だから味噌や醤油は、どこか死や霊魂、妖怪変化と結線する部分を潜ませていると感じます。谷崎潤一郎さんの小説「少年」にも通じる、淫靡な異界の入口を示しているようにも読めて面白かった。


 次の描写も高野さんらしくなかなか意味深で、興味惹かれるものとなっています。




  トイレの戸を叩く音がする とんとんとん

まり子「なになになに? サキさんおしっこ?」

  サキの曲がった腰を支えるまり子の目が足元に行くと

  サキの靴下は茶色に濡れ、足跡が台所の方から続いている

  その先には、先ほど床下からまり子が取り出した醤油のびんが

  横倒しになって転がっており、茶色い液たまりが出来ている!

まり子「ひえー」

  まり子雑巾で必死に拭き掃除をはじめる(*2)


 味噌はクソとごちゃまぜにされる事がありますが、醤油ではその手の話を聞きません。考えてみると不思議ですね。bug juice(虫の汁)と欧米で当初からかわれたと聞きますが、それもずっとずっと昔の話。けれど高野さんは、明らかに糞尿と醤油をここではごちゃまぜにしている。これは本当に珍しい表現です。お小水、いやいや、この色調からすれば……と介護ヘルパーのありがちな惨事を連想させ、読者を嬉しがらせておいて、即座に醤油びんの転倒へ切り替えて見せて又笑わせる。シャレにならない深刻な話を上手く回避しつつ、けれど主人公の苦境作りに手を抜かない。さすがだな、と感心することしきりです。


 まり子はこの騒動に取り紛れて男との出逢いをふいにします。死人や糞尿を想起させる“おショーユ”は恋情から人を遠ざけ、覚醒を強いる野暮な存在ということでしょうか。それとも日常をはつらつと元気一杯やりくりする為の“道しるべ”でしょうか。いずれにしても高野さんは、醤油ひとつをここまで徹底的に使いこなすのです。才人であることは違いありませんね。これからも発表を楽しみにお待ち申し上げます。


 初夏の陽射しになってきました。女性は紫外線の対策を怠りなく。僕は例によってベランダ読書で素肌に風を感じる、そんな休日を過ごす予定でいます。


 輝く部分を見つめながら、ややこしいこの世を突破していきましょう。


(*1):「二の二の六」 高野文子 「黄色い本 ジャック・チボーという名の友人」 講談社 2002 所収。初出は「アフタヌーン」2001年7月号。引用は125-126頁
(*2):同143頁

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