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2011年12月24日土曜日

リシャール・コラス「息子の帰還 Le Retour」(2007)~灰色の綿のような~


 父の前に置かれた味噌汁の表面は、灰色の綿のようなもので

覆われていた。母が手に持つ漬け物には黴(かび)がまだらに

生えていた。男は身を凍らせたまま、後ろ手に、一気に扉を閉めた、

思ったよりも勢いよく。扉は鈍い音を立てて縁枠にぶつかり、

空気の渦が生じた。(*1)
 

 そそくさと衣服をまとい、手短に髭(ひげ)をあたって家を出る。五時過ぎたばかりでまだまだ空は暗いのだけど、前夜から降り積もった雪は踝(くるぶし)の高さを優に越えており、その時間であれば本来なら墨を流し込んだような車道が白々と発光している。いよいよ来やがったな、つらい季節だなと嘆息すると同時に、妙に浮き立つものが湧いてくる。踏みしめれば靴裏に真綿の固まりをつぶすような、ぐぐぐ、と跳ね返ってくる感触がある。普段は無自覚の土踏まずがじんわり押し返されるのが新鮮で、きゅうきゅと鳴いて応える音も楽しい。


 行き交う車も人の姿もなく、また、音もない。わずかに光の粒子を含んだ暁闇(ぎょうあん)をだいだい色の“みそかの月”が細く円弧に切り裂いている。新雪に怯えたか、それとも興奮したか、若い一匹の黒猫が真白い道を跳ねながら横切っていく。


 綿毛のような雪片の大量に舞い落ちてきて、この汚された大地を染めていく。まるで夢にまぎれたか昏睡に陥ったかのような非現実じみた風景で、しばし呆然となって眺めていた。考えてみればこの雪だって何を含むか知れたものじゃないのだけれど、それでもこうして廻り来た日本の冬はやはり凄絶で美しいものとしみじみ思う。


 悪くだけ考えることも出来ず、良いことだけを思うこともならず、行きつ戻りつの思案が沈鬱で仕方ない。ぱっと何かに没入して、数時間でも数分でもいいから全てを忘れて身軽になりたい。思う存分、何泊も夜を重ねながら見知らぬ街を歩けたらさぞ嬉しかろ楽しかろ、鬱陶しい気分もすっかり失せて、生命(いのち)の不思議とよろこびがきっと実感されるように想う。許されるのであれば、どこかにそろそろ出かけてみたい、旅したいと願う気持ちがこのところ募る一方だ。


 知らない土地を訪れるだけでなく、見知った場処にいつもとは違った時刻に立つことだって一種の旅なのかもしれない。実際、こんな風景だって目に飛び込むのだし、なんちゃって、うそうそ、そりゃ負け惜しみ。本当の旅は違う。


 背表紙が目に飛び込んだ瞬間に捕縛されてしまったのは、だから仕方のないことだ。リシャール・コラスRichard Collasseさんの新刊書は「旅人は死なない」といい、そのタイトルの示唆する通り、旅愁や郷愁が全編をくまなく覆っている。


 「SAYA 沙耶」(*2)が店頭に並んでからまだそんなに経っていない。随分とまたハイペースではないか、とまず首をかしげてしまったのが本当のところ。騒然とするこんな世相の只中でもあり、コラスさんは大きな組織の経営者でもあるから舵取りに気を揉むことだらけに違いない。指示待ちの案件も山積しているはず。よく筆が進むものだ、と感心しながら手に取り眺めました。


 巻末の初出一覧を見て納得したのは、この本はかつて雑誌に掲載された短編を一冊にまとめたものであって、一部書き下ろしもあるにはあるけれど、基本的に震災前の作品ばかりなのです。いちばん古いもので2007年の春といいますから、五年近くも前に執筆されているものを含んでいる。


 正直にいえば僕はあの事故が国の諸相と人のこころを一変させるのではないかと不安視しているし、その窯変なり衝撃は実は“これから”本格的に押し寄せるものと思ってもいます。動揺を抑え、勇気を奮い起こさせ、闘志を育む上で小説なり物語の真価が試され、また、頼りにされていくものと信じるのだけど、そんな拝むような、祈るような気持ちをずっと胸中に抱えているためなのでしょう、“三月以降に書かれたもの”をどうしても探しては貪っていく傾向がどんどん強まっている。


 その点この本に収まっているのは“昔の物語”ばかりになるから、僕の望むような回答はたぶん見出せないものと諦めながら頁を繰ったのでした。けれど、不思議と苛立ちは起こらず、むしろ“今の物語”として頷き、勇気づけられながらの時間となったのは有り難かったですね。


 最初に引いたのは所載されている一編「息子の帰還」の終幕近い描写です。寒村を飛び出した若者が町の洋装店に雇われ、そこで必死に働くうちに客のひとりである娘に恋をします。残念ながらそれは一方的なものに終わり、傷心した男は久方ぶりに帰郷するのでした。変わらぬ村の風景と生家の様子にほっとする男でしたが、扉を開いて覗いた土間の奥には一見変わらぬ様子で座っている老いた両親の姿があり、よくよく見ればその手に持たれた味噌汁の椀には異様なものが浮いているのでした。元気そうに見えた両親ですが、実は──という話です。


 八雲か鏡花か、といった感じでコラスさんには珍しい幻想譚なのですが、誰しもが懐(ふところ)に抱く生れ故郷や親族に寄せる“両面感情”が透かし込まれており、とても面白く読みました。先人たちの知恵を集束して保存性を高めた味噌や漬け物が、息子の帰宅を待ちきれずに変質している。単純に食べものが腐るのでなく、“故郷”や“母親”とイメージを結線する味噌汁なんかがあえて選ばれ、ぶわぶわのものが増えてむごたらしく破壊されていくあたりが斬新というか容赦ないというか、精神的でとても興味深い描写になっています。


 この一篇を含む十九の物語が本には収まっているのだけど、いずれも庶民目線(と言うより作者目線)の物語で、悲劇に終わるものも含めて描かれているのは生きることに関わるハードルの出現と跳躍、または落下であって、読者それぞれが担っている日常と連結しやすい。


 コラスさんの贈り出す物語に磁性じみたものを以前からは僕は感じていて、それはどうしてなのか考えてみると、結局のところ編み出された物語が作者の内実に寄り添っていて、どんなに突飛な舞台設定を組もうと、どんなにディテールを尽くして異国を装っても、最終的に人間の内側までがそんな“絵空事”に陥っていないのが大きい。ときに視座は若い現代女性の内部に置かれたりもするけれど、台詞や行間ににじむものは総じて1953年生れの男のものであって、読み手である僕として投影しやすいものとなっている。


 半生を費やして蓄積なった慚悔(ざんかい)、諦観、自戒といったものが頁の片隅に金属製の栞(しおり)のような面持ちでそっと挿されてあって、それが時折閃光をともなって目に飛び込みます。人生の不遡及性、途轍もなく残酷な面なんかと、その逆にひとりひとりに託された唯一無二で比類なきもの、奇蹟のような多様性とが再確認させられる。そんな内省的で穏やかな時間になっていく。


 気を許し合える年長の友とこころ静かに会食している。悩みを打ち明け、過去の失敗談や苦労談が返されるなか、落ち着いた時間と酒杯が重なっていく、そんな風の暖かいものが読書中ずっと網膜の裏側に宿っているのです。


 今回の一冊は震災のなかった頃の物語ではあるから、そこに今後の指針は示されてはしないけれど、読了してみれば、作者と僕たちそれぞれの背中に遥かなる航跡が白く尾を引き水平線の彼方まで続いているのが視認される。その長さと確かさが何よりも心強い。こんな自分でもまだまだ捨てたものじゃない、これからも航海は続くのだという気持ちが固まってくる。(頷くにせよ、首を振るにせよ)認めていかざるを得ない実人生を想い、腹がどしんと据わるところがあるのです。


 (懸念や恐怖に打ち克つ術を“離日”という形で鮮烈に示されるということがなければ)コラスさんの次の執筆はいよいよ鎮魂なり覚悟なり、戦いなりを主軸に据えたものとなるでしょう。日本に残り、そこで暮らして舵取りをするとはそういう烈しいものにどうしてもなっていく。僕は単なる好奇心や時間つぶしではなく、今からもう心待ちにしています。彼の背景にある文化や彼自身の魂を介して、どのような言葉がこの国と読者に寄せられるのか、じっくりと耳を傾け考えたいと願っています。



 聖夜ですね。特別な一年でもありましたから、出歩かずに家のなかで家族や恋人と過ごすひとが多いと聞きました。いつもと違って蝋燭の炎も原色の飾り付けも目に沁みて、格別な夜になるでしょうね。

 良き夜を、こころ休まる夜を──

(*1):「息子の帰還 Le Retour」 リシャール・コラス 堀内ゆかり訳 「旅人は死なない LES VOYAGEURS NE MEURENT JAMAIS」2011集英社 所載 66頁 初出は「SPURLUXE」2007年冬号 
(*2):「紗綾 SAYA」 リシャール・コラス 2011 ポプラ社

2011年9月26日月曜日

桐野夏生「玉蘭」(2001)~そこに何かを見出したのか~



「お食事持ってきましたよ」

 谷川が窓際にある小さなテーブルの上に盆を載せた。白飯に炒め

物のおかず、小皿に梅干しが添えてある。塗り椀があるのを見ると、

味噌汁が付いているのだろう。(中略)

 浪子(なみこ)は谷川が出て行った後、部屋にひとつしかない中国

風の椅子に腰掛けて、光代の手料理を食べた。すっかり冷めていたが、

小さな角切りの豆腐の入った味噌汁は懐かしく、旨かった。梅干しも

日本の白米も、物質のすっかりなくなった広東では手に入れることの

できないものばかりだ。

(中略)

「いいよ、それより飯食ったか」

 質(ただし)は浪子の方を見ずに尋ねた。浪子は谷川が運んで

くれた冷たい夕食のことを告げようかどうしようかと迷ったが、

結局黙っていた。(中略)

「食べてないの?ここの奥さんのご飯は日本食だからね。旨いよ」

空腹ではないかと気遣ってくれないのか、あなたの妻になったのに。

気の回らない質に苛立ち、とうとう浪子は言い放った。

「あなたが帰って来ないから、あなたの分食べちゃったわ。久しぶり

にお味噌汁飲んで感激したわよ。おいしゅうございました!」

 質はやっと返答を返した浪子の顔を見た。そこに何かを見出した

のか、急に痛ましそうな表情をした。自分の顔に何が現れているのだ。

旅の疲れか惨めさか、病の徴(しるし)か。鏡が見たい。浪子は不安

になり、思わず両手に顔を埋めた。(*1)


 “食べもの”を登場人物のこころと連結させて、物語の色彩と濃淡をコントロールしていく。ときには“色気”と“食い気”を強引にない交ぜにし、個としての人間の輪郭を多角的に照射して浮き上がらせる。それによって読者の感情をも変幻自在に操ってみせる。稀にではありますが、そんな舌を巻く描写にぶち当たるときがあります。凄腕の書き手が日本にはいて、桐野夏生(きりのなつお)さんはそのひとりだと僕は思っています。


 十年も前に書かれたものですが「玉蘭(ぎょくらん)」という作品があって、恥ずかしながら今ごろになって手にして読んだのだけど、実に濃厚な味わいで胸に応える読書、硬い芯のある週末となりました。

 冒頭から末尾まで貫いている清澄な趣き、真摯な世界観もさることながら、使えるものは何だろうと動員して舞台をくまなく飾ろうとする作者の貪欲なまなじり、狂気にも似た緻密さにすっかり惚れてしまいました。当然“食べもの”も豪奢に、けれど無駄なく配置されている。


 たとえば物語の前半、航海の間、極度の緊張を強いられて魂をすり減らした船乗りがようやく陸にあがり、次の出航までに揺らいでしまった自分をどうにかこうにか立て直すために酒に溺れ、破壊的な面持ちで猟色していく夜が描かれるのだけれど、その際に男が歩んでいく場処は“食品市場”なのでした。異国のマーケットですから、甕(かめ)や篭(かご)に入れられた蛇やら犬やら蛙やら、おどろおどろした“食べもの”が列をなして視覚と嗅覚をいたく刺激します。それらは男がこれから挑もうとする官能の闇を、黒々と補強して塗り固めている。(*2)


 また、回復不能な喪失感を抱えた初老の男が人生に疲れ、自死することをいよいよ望んで、季節外れの雪に染まる別荘地をひとり放浪する場面が後半に訪れるのですが、奇抜な風体の老女が唐突に現われて男に救いの手を差し伸べます。おごそかな幽棲へと男を導いていくこのおんなには、異国帰りの破天荒な性格が割り当てられており、食事の場面では白飯に臆することなく砂糖をまぶし、さらにミルクを注いで食べて見せるのでした。男は唖然として声を失うのですが、その“普通とは違う食べもの”とおんなの堂々たる食べっぷりを好ましく思い、いつしか死の誘惑を断ち切っていくのです。(*3)


 “食べもの”と情感が編みこまれていて、どちらも実にうつくしい。
 

 僕たちの日常を覆う“食べもの”とこれに寄り添い萌芽していく人情の機微を、桐野さんは透徹した目線ですくい上げていく。そうして、両者の関係を再構築して自らの劇世界に植え替えて行き、リアルな色調で虚構世界を彩って見せるのです。咀嚼と血肉化の連携が見事ですね。


 上に引いたのは物語の中段にあって、先の二例にあるような感情の湧昇、凝縮とは真逆の動きが見られる場面です。


 不幸な生い立ちのおんなと男が出会い、おんなは未来を託して身ひとつで男のもとに走ります。転がり込んだ住まいは賄いつきの下宿の三階であり、疲れて空腹のおんなに冷めた夕食がひと揃え届けられるのでした。これが“普通の食べもの”それも異国(上海)にあって場違いな感じの「日本食」であるのが興味惹かれるところです。


 帰宅した男はどこかで酒をあおってきた様子であり、おんなの同居にどう反応していいのか戸惑いを隠せないでいます。おんなはおんなで疑心暗鬼にとらわれ男に食ってかかるのでしたが、その台詞には“味噌汁”が取り込まれており、きわめて強いスポットライトが浴びせ掛けられている。


 虚ろな逡巡やどうしようもない感情の交錯が誘爆して次々と蒼黒く燃え立ち、気持ちをどんどん落ち込ませていく。情愛のあかあかとした焔が鎮火しかけて危機的な状況にあります。「日本食」と“味噌汁”があわせ選ばれ、そのかたわらを占めていく。それは作家の生理というのではなく、長い時間かけて僕たちに刷り込まれた“食べもの”と魂の相関について、桐野さんなりに手づかみし辿り着いた風景、逃れようのない、まさに目前で展開される“僕たちの場景”であるように感じます。


 冷めた味噌汁のすっと鼻孔を透きあがる、潮風のような尖った気体の奥で夢の残滓がどこか香るようであり、なんとも切ない微動を引き起こす。味噌汁とは哀しい“食べもの”なのかもしれませんね。


(*1):「玉蘭」 桐野夏生 2001 朝日新聞社 引用は186-192頁 初出「小説トリッパー」1999-2000
(*2):同136-137
(*3):同365頁

2011年2月21日月曜日

桐野夏生「ポリティコン」(2007)~何となく箸を付けるのが~


「東一、朝ご飯かねの?」

ヤイ子が東一を認めて顔を上げた。手拭いを姉さん被りにして、

モンペズボンにゴム長靴。厚着で膨れ上がった体に割烹着を

着けている様は、どう見ても農家の主婦だ。(中略)

「いや、食った」

東一は、二匹の犬の頭を交互に撫でながら、嘘を吐いた。

味噌汁と飯と干し魚と漬け物。東一が生まれてから一度も、

朝食の献立が変わったことがない。今朝は何となく箸を

付けるのが嫌になって食べなかったのだ。(*1)


“文化度”の低いところには住めそうもない、そう明言するひとがいます。文化に対する尺度は人それぞれ違うでしょうが、言わんとする所はよく分かる。一度味を占めてしまうと、人は快適さや刺激を手放せない。音楽や芸術、読者やスポーツ、その他に付随する“心地好さ”を綺麗に捨て去ることは相当に困難であるし、風が吹き抜けずに淀んだままの世界では息が詰ってしまって享楽は存分に得られない。ひとは魂にも身体同様、美味しい食事を与え続けなければなりませんが、そのためには環境はとても大事。


桐野夏生(きりのなつお)さんの新作「ポリティコン」を読みました。都会に生まれ育った高校一年生の娘“真矢”の周辺環境が激変します。大人たちのトラブルに巻き込まれて緊急避難を余儀なくされ、東北の寒村に引きずられるようにして連れてこられるところから物語の幕が開くのです。村は大正の時期に先鋭的な“文化人”たちが理想郷を夢見てスタートさせた“実験農場”であり、食べることと芸術活動に没入出来る環境を築かんとこれまで苦闘を重ねてきたのでした。有形無形の“食事”にまつわる物語です。


もはや時代からも地勢的にも隔絶してしまい、住民の多くは高齢にもなって、村は見た目にも精神的にもひどく疲弊しているのでした。淀んでのっぺりした大気に侵されているのみならず、さらに間が悪いことには直情的な若い男が暴君と化して手が付けられなくなっていく。“文化度”が低いなんてもんじゃなく、壊滅寸前なんですね。 少女の飢餓感が切々と伝わってきます。


“文化”という衣服を剥かれて裸となった老若男女が村のあちこちで衝突を重ねていく様は、単純であるだけに生臭さは激烈です。混沌とした状況に、さらに地べたをのたうつが如き方言が重く纏わり付いていく具合は、ただもう悲しくって悲しくって誰でも逃げ出したくなる程です。口あんぐりの滑稽な展開がこれでもかと続いていき、モデルに選ばれた実在の地域に住まう読者などは憤然として声を荒げるか、ぐったりと打ちひしがれて高熱を発し、もしかしたら二、三日寝込んじゃうかもしれない。


けれど、時世によく寄り添ってナルホドと頷かされる警句が時おり弾けて爽快だったし、切れ味よく、新たなみずみずしい断面を呈してみせる世界観はやはり桐野さん独自のもので大いに呻らせられるのでした。勇気付けられる箇所もたくさん在ります。


物語を貫くのは荒ぶる一組の男女の十年間に渡る魂の軌跡です。農村に連れてこられた薄幸の少女“真矢”は忍従を強いられながら、やがて一気に芽吹くようにして峻烈さを増していき、困難な事態を猛然と生き抜いていく。ひとつの人格の巣立ちや成長を申し分なく描いていて、随分と胸に迫るものがありました。


登場人物をハハハ、とあざけるつもりが即座に照り返って、己の内奥に潜んでいる欺瞞や臆病さを白く浮き上がらせる瞬間も多々あり、クリアな幻視を誘う舞台描写もいつにも増して巧みで刺激が強く、どうにも止められずに一気に読み終えてしまいました。桐野さんが主導される理想郷(実験農場)に入村し(放し飼いされ)、短い期間ながらも学ばせてもらった、そんな気分ですね。充実した読後感がありました。

上に引いたのは村の描写が始まって間もない部分です。自給自足を目指すこの村は米と鶏(にわとり)、それにほんの少しの野菜ぐらいしか作っていませんから、どうしても食生活が単調になりがちです。味噌だって自家製のものを仕込んでいると書かれていますから、毎日の食卓に味噌汁は避けがたく並んでしまうものなのでしょう。


これまで迷いも疑問もなく親を始めとする年長者を手伝ってきた“東一(といち)”という若者が、生まれてから一度も変わったことがないこの朝食を拒絶しています。味噌汁は若者を呪縛するものとしてここでは登用されて、そっと僕たちと思いを共振させていく。情欲を持て余し、支配欲に目覚め、ほかの男たちと己の腕力や胆力を絶えず天秤にかけては戸惑い、呻き悶えている若者の尖った感じがよく伝わってきます。


真矢と、彼女とともに逃亡してきた異国のおんなの入村を機に東一のタガはとうとう外れてしまい、かろうじて守られてきた村の均衡ががらがらと崩壊していくのでした。猫の目のごとく変わっていく状況に合わせて、食卓の光景もまた様々に変幻していく辺り、桐野さんらしい繊細且つダイナミックな綾織りです。ついつい五感は踊らされてしまい、ざわつく臨場感に最後まで包まれてしまいました。(*2)



(*1):「ポリティコン」(上下) 桐野夏生 文芸春秋 2011 
奥付によれば初出は(第一部)2007年8月~11月 週刊文春、(第二部) 2009年1月~2010年11月 別冊文藝春秋にいずれも連載 引用は上巻54頁より
(*2):例えば村内でサボタージュが起きると、たちまち味噌汁は陰を潜めて「真っ黒な醤油の汁を張った肉うどん」なんかが登場するのです。世界をここまで細かく構築出来る人はなかなかいないですよね。見事だなあ。

2010年11月22日月曜日

リシャール・コラス「遥かなる航跡 La Trance」(2006)~美しいと思った~



 ぼくは蓋を取ろうとした。蓋は、椀から離れようとしなかった。

片手で椀を持って、少し強く引っ張った。それでもダメだった。

A夫人が箸を置き、ぼくに何か言おうとして口を開けたまさに

そのとき、椀の中身──茶色の液体に、豆腐が漂っていた──が

テーブルにこぼれ、ぼくのズボンにしたたり落ち、ぼくの足は

火傷したように熱く、何かわからぬ緑の食材の小片がぼくの

ご飯茶碗に飛び込んだ。A夫人が急いで片づけているあいだ、

ぼくはただ茫然と恥じ入っていた。(*1)


 小学校と道路挟んで斜向いに、ちいさな駄菓子屋がありました。幅深さ共に1メートル程の小川が流れており、それを跨いで建っている。古い木材を寄せ集めたさびれた風情で、ちょっと壁も傾(かし)いでいたように記憶しています。


 窓のない内部は洞窟のようで終日薄暗く、ぶらさがった電灯の光に赤だの黄色だのに着色された菓子類、独楽(こま)やらゴム動力の玩具類やらがぼうっと浮かび上がる様はなんとも怪しげで胸躍らせるものがありました。休日ともなれば数枚の10円硬貨をポケットに入れて訪ねるのが僕と兄弟、友人の過ごし方の定番でした。


 腰の曲ったおじいさんにヨイショと突き出された“ところてん”が、曇ったガラス器に涼しげにしなを作ります。酢醤油をかけ一本箸でチュルチュルすすりながら、店奥の土間に置かれた粗末なテーブルを小さな頭が囲んでいく。表紙がよれ裏表紙は剥がれして、なんとなく悪徳と禁断の薫りを放って手招きするような「少年マガジン」を回し見するためです。裸女と怪物が絡み合う海外のSFパルプ雑誌のきわどい表紙画をぞろり並べたカラー口絵や、凄惨な飢餓状態を背景にした「アシュラ」が目に焼きついて今でもはっきり思い出されます。


 そこで“ビニール風船”と呼ばれる玩具も売られていました。なにやら刺激臭がプンと鼻を突くセメダイン状の半固体が詰まった金属製のチューブと、爪楊枝(つまようじ)ほどにも短く硬いストローが組みになったものです。ストローの先に樹脂を丸め付けて反対側から息を送ると風船となって膨らんでいく。陽の光に透かし見るそれは七色に妖しく輝き、また、しゃぼん玉と違っていつまでも割れないでいてくれるのが楽しくて子供心に魅了されたものです。でも、最後はつぶれていく。ゆったりといびつな形で萎んでいく様子は妙に淋しかった。


 リシャール・コラスさんの小説「遥かなる航跡 La Trance」を読み終えて余韻にひたる中で、急に記憶の底からビニール風船の壊れる様が浮上してきました。フランス生まれで五十をとうに過ぎた初老の男が、十八歳の時に訪れた“1972年の日本の夏”を記憶の淵からすくい上げて反芻していく。そんな物語の構成に由来しているのです。過去をたぐり寄せるベクトルが読み手の僕に影響を及ぼしている。


 銀座の一等地に店舗兼事務所を構える化粧品会社の社長職を担う、そんな風格ある男の脳裏に無垢でまぶしい風景が次から次に灯影されていくのだけど、やがて甘く切ないスライドショーに破壊と悲哀をともなう情景が合流していく。「どこにでもあるような、成就せずに終わった恋愛の、陳腐な物語なのではないか」という男の呑気な総括に対して、記憶は牙をむいて襲いかかって主人公を血だらけにしていく。


 あの時、1972年当時、排気ガスのいがらっぽい空気に覆われた町も、扇風機と団扇と麦茶だけしかないささやかな涼も、陽炎が渦巻き蝉の声が鳴り響くばかりで悪夢そのままの路地も確かにありました。小説にある通りです。カメラ片手に各地を転々とする金髪の若者と同じ時分、同じ真夏日に照射された僕自身の光景が甦って止まらない。それも、どちらと言えば破壊と悲哀をともなうものとして。


 トラックの荷台に山と積んで売りに来るのを追いかけ、渡されたものを両手で懸命に抱えて家に戻る途中、つい手を滑らせてしまう。一瞬後には路上に赤々と砕け散った西瓜の、水っぽい臭いや指先に残されたつるつるの感触なんかも映画のワンシーンみたいに思い出してしまう。彼の夏は、僕の夏でもありました。


 子どもは、若者は破壊者です。思えばずいぶん沢山のものを驚きや感動と共に見つめ、そしてずいぶんと壊したり飼い殺したりして過ごして来ました。ささやかで可愛らしい“惨劇の連鎖”がナベ底にできた焦げみたいとなって記憶に留まり、生きていくのに必要な力を育ててくれた感じもします。ものの哀れや、生命のはかなさにやがて気付かせてくれた。語弊があるかもしれないけど、成長に破壊は不可避なんでしょうね。


 読書であれ観劇であれ送り手と受け手との組み合わせが違えば、巻き起こされる感動の質や量は千変万化します。“万人向け”のものなど一つとて無い訳ですが、僕にはなかなかの化学反応がこの本にはありました。しっくりきて良い物語でしたね。ある程度の年齢以降の男には、多少なりとも共振して胸に来るものがあるのじゃないかな。


 日本通の筆者ならではの細かな日常描写が秀抜で見事なのだけど、いちいちの食事に関しての記述もまたなんともリアルで目の前に料理が浮かび上がります。過去と現在とが映画で言うところのカットバック手法で交互に描かれていきますが、そのふたつの時空間にそれはそれはたくさんの“みそ汁”が並んで壮観でした。これは小説の表現上、とてもめずらしいことで特筆すべきです。


 過去(1972年)においては渡航中に知り合ったフライトアテンダントの芦屋の実家を訪ね「野菜の天ぷらとみそ汁」を馳走になり、長距離バスで隣り合わせになったアメリカ帰りの男の実家がある瀬戸内の島では、海に潜って伊勢エビを捕り、「頭はみそ汁」のだしに使われます。連絡船に乗りそびれて夜明けを待った神社では、親切な神主に「じゃがいもと細切れ肉の浮かぶみそ汁」を振る舞われもします。

 現代のパートにおいても同様です。ガストで和食定を注文し、「塩鮭に温泉卵、不可欠の納豆、みそ汁」が並ぶのを淡々と食していくのだったし、函館の妻の実家に同行すれば「カニを殻ごとハサミで切って投げ入れたみそ鍋」が振舞われる。鎌倉にある自宅の描写はたとえばこんな具合で、実にしっとりと湿りを帯びている。


 食堂(ダイニング)に入ると、みそ汁の匂いが漂っていた。

妻は、食卓に和風の朝食の準備をしてあった。皿のなかの

新鮮な卵の殻が和紙の照明の光で輝き、海苔が小皿に載せられ、

食堂のランプは醤油の水たまりに映り、ご飯の入った茶碗から

グルテンのちょっとむっとする匂いが立ち上っていた。小鉢には

納豆、別の皿にはタクアンが数切れ、きゅうりの緑と対照をなして

いた。美しいと思った。(中略)決まって同じようにした。

儀式みたいなものなのだ。朝早いのに、妻がわざわざ和風の

朝食を準備してくれたことに心打たれていた。(*2)


 冒頭の場面は羽田空港に降り立って直ぐの、ホームステイ先の家で最初に出された和食の描写です。料理も器も何がなんだか皆目わからず動転し、みそ汁椀をぶちまけてしまった恥ずかしい場面なのですが、頁を繰るにつれて異邦人としての目線がしとしとと溶け落ちていき、立ち居振る舞いがすっかり板に付いていくのが感じ取れる。儀式を忠実にこなし、日本人以上にらしく振る舞っていく。主人公がこの地にどれだけ馴染み、どれだけ日常化させているかが食事の光景を通じて語られていくのです。


 そのようにして世界を認識し無理なく触れ合っているはずの男に、世界は、いや日本は冷徹な現実を突きつけ足払いを喰らわせる。みそ汁は往々にして“境界杭”として文学上現れるものですが、それをまたいで内に入り、十分過ぎるほど世界に馴染んで機能しているという男の自負がみるみる足元から崩壊していくのでした。舞台中央にいた主人公を奈落に落としこむ暗い穴が、がっと開く仕掛けが潜んでいる。その位置を指し示すとても怖い“バミリ”としてみそ汁が登用されて見えます。


 これは何も異国で暮らす上で感じる恐怖に限らない。生きつづける者の大概の足元には板の継ぎ目がたくさんあり、ぎしぎしと鳴り続けている。恋情、家庭、仕事、日常の舞台で生き生きと活動していた矢先に、ぽかりと穴が穿たれ呑み込まれていく予兆が僕たちを慄(おのの)かせます。多面体に、はたまた多層的に生きている現代人の誰をも襲う乖離感、虚脱感、疎外感といったものを描いていて、しみじみと考えさせられるものがありました。(そういうのがあればこそ、人生は味わい深いのだけどね)


 結果的にはなんとも切ないみそ汁になってしまいましたが、“こころ”が深く寄り添って悪くない風合であったように思います。


 ごちそうさまでした、コラスさん。

 ありがとう、いいお味でした。


(*1):「遥かなる航跡 La Trance」リシャール・コラス Richard Collasse 堀内ゆかり訳 集英社インターナショナル 2006 131頁 
(*2):102頁

2010年6月8日火曜日

中島丈博「味噌汁と友情」(2006)~どっと笑う~



深井 どういうわけって……別に理由なんて。

中谷 理由もなくて、こんなことをしたって言うの?

深井 先生、冷めちゃいますよ、折角の味噌汁が……
   
   ま、味見してください!

  と、お碗に注いだ味噌汁を中谷に押し付ける。

中谷 ちょっと、待ちなさい……。

深井 きっと美味しいよ……味見して……味見!

  口もとにお碗を押し付けると、拒もうとする中谷。
  
  その拍子にお碗がひっくり返り、味噌汁がモロに
  
  中谷の胸にぶっかかる。

中谷 (悲鳴)ひゃーッ……あちッ……あちちッ!

  と、胸をかきむしり、飛び上がって熱がる。
  
  一同、どっと笑う。(*1)


 中学校の学芸会を念頭にして書かれた脚本です。映画やテレビドラマでの活躍がめざましい中島丈博(なかじまたけひろ)さんが、中学生向けに提供しているのが先ずもって愉快なのだけど、よくよく読み込んでみれば随分と意味深な内容になっていて思わず唸ってしまいました。


 舞台設定が奇妙です。男子生徒だけが教室に集められ、家庭科の調理実習が行なわれます。“味噌汁”を作らせられるのだけど、皆から嫌われている男子がひとり交じっているために班分けからつまづいていく。大人びた背格好の深井少年が仲裁に入り、その若村という名の男子を自分の班に招き入れます。さらに、半端になった子供たちを別な班に次々と振り分けたことから、当初予定されていた班数がひとつ減ってしまうのでした。女性教師の中谷が深井に詰問した、上の“こんなこと”とは、生徒たちが独断で行なった班の再編のことを指しています。


 物語は嫌われ者の若村少年とリーダー的な色彩を放つ深井少年が友情を深めていく流れとなり、静かな余韻を残しながら幕を閉じます。いじめ、差別を批判する道徳的な展開と多くの観客は読み取るでしょうね、きっと。



 調理実習の課題がハンバーグでも粉吹き芋でもなく“味噌汁”で、それをわざわざ題名に冠していることは一体全体どういうことか。劇をゆっくりと振り返ってみるならば、必要な選択だったことが分かってきます。


 これからこの本を買い求めたいと願うひとは、先は読まずにここで閉じてもらいたいのだけど、作者は“味噌汁”を“家庭”の象徴として捉えていて、また、“母親”のイメージをもしかと重ねているのです。それ自体はありきたりの反応で何ら驚きに価しない訳だけど、中島さんのひねり方はさすがにプロなのです。そこから陰鬱な少年期の葛藤と身悶えする渇望をそれとなく露呈して見せるのでした。


 若村が妙に大人びているのは、父親の浮気がきっかけとなって崩壊寸前にある家庭に身を置いているせいであることが後半分かります。また、深井という少年にしても父親が公文書偽造の罪で服役中であり、針のむしろに座るような毎日なのです。世間の目と貧窮に対して闘っている真っ最中なんですね。


 若いおんな教師の中谷は彼らの胸の奥底に宿るものをまるで汲むことなく、実習の前にあろうことか「よい家庭」「円滑な家庭」には調理が不可欠だと朗々と説いてみせます。わだかまりを何ら家庭内に抱えていない他の子供たちは、劇中「おふくろの味、健康になる」と“味噌汁”賛歌を歌い踊って見せもするのです。


 不倫と犯罪という父親たちの不始末によって運命を反転させられ、極端に口数を少なくし、表情をすっかり失い亡霊のように暮らしていく、はたまた生活費の捻出に仕事に追われ過ごしているふたりの少年の“おふくろ”と味噌汁は、現時点では像を重ねることが難しいに違いなく、もちろん「円満な家庭」であろうはずがない。


 教師と同級生により、また、僕たち観客もが無意識に振りまく“味噌汁の、そんなステレオタイプのイメージの渦”から主人公ふたりは気分的にまったく孤立していくのです。中島さんはそれを明確に形づけるために、(騒動の責任を取るかたちにて)ふたりを教室から廊下に締め出しさえするのです。重いこころを体現するように水の入ったバケツまで執拗に両手に持たせて、ふたりの少年は暗い廊下に異分子として佇みます。


 単純な寸劇を装いながら、その実、かなり情念の絡んだ会話を敷き詰めていて、投げ掛けられているテーマは存外に厳しいのです。子供たちを預かる学校とは突き詰めれば家庭の修羅、地獄を預かることではないのか、その覚悟は大人たちに本当にあるのかと問うているようにも読めるし、僕たちがどれだけ単純に事象を見てしまい、呆れるほどステレオタイプな判断や物言いに日常染まっているかを囁き教えてくれているようにも感じます。


 ここでの“味噌汁”とは、ですから偏見や無関心、絵空事、仲間意識といった負のイメージを帯びているのです。少年が利き味を強要し、結果的に口も付けられずに胸元にどばっとかかり茶色に汚していく味噌汁の様子は鮮烈なものがありました。“聖なるもの”から一瞬後には“汚れ”に変転して流れて行く“味噌汁”には、行き場のない怒りや哀しみが色濃く感じ取れる。こんな酷薄な面持ちの“味噌汁”はあまり見たことがありません。


(*1):「味噌汁と友情」 中島丈博 2006 「読んで演じたくなるゲキの本 中学生版」(幻冬舎)所載。

2009年12月31日木曜日

角田光代「夜をゆく飛行機」(2004)~廊下に漂っていた~



お店から戻ってきた母は切れ目なくしゃべりながら食堂を横切り、

台所にいく。素子(もとこ)が人数分の味噌汁を運び、大皿に

のった海草サラダを運んでくる。

「おとうさん今日会合でしょ?あんまり飲まないほうがいいよ、

どうせあっちでもお酒出るんだから」(*1)


 夜空に月を見上げるのが柄にもなく好きです。見詰めながらあれこれ想いを巡らす、小さな隙間の時間をとても大事にして暮らしています。三々五々同僚が帰ってしまい、独り残された仕事納めの昨日夕刻、外に出て、涼しく澄んだ空気を胸の奥まで吸ってみました。締め括りのこの一瞬に肺腑を満たした夜気はひりひりと凍みて、目尻に熱いものが湧きました。天頂近くに月は丸くあり、その形を、その白さを、その光を僕はただただ嬉しく愛しく感じました。


  月齢カレンダー(*2)によれば30日は十五夜、元日の夜が満月とのこと。新しい年が満月に照らされて始まるなんて、ちょっと素敵ですよね。これを読むすべての人にとって、暗き夜道にも月光が指し届く、そんな足元の明るい一年となりますように心から祈っています。


  月のわずか下を銀色に雲を引きずりながら、赤い灯火をにじませた米粒のような飛行機が右から左へ飛んでいくのを見送りました。そうそう、二階から屋根に突き出た物干し台から夜毎に空を眺め、飛行機を探し見つめる女の子を主人公にした小説を調度読み終えたばかりです。


  角田光代(かくたみつよ)さんのこの「夜をゆく飛行機」ほど、味噌と醤油が意識的に散りばめられた小説は無いように思われます。さりげなく随所随所に味噌と醤油を登用することで物語の湿度や香りを上手く調節していますね。僕はこれまで角田さんの作品を丹念に読み込んだことはなかったのですが、物語を理詰めで構築する人だということを窺わせる緻密なバラマキが為されていて、とても楽しく読了した次第です。


  昔ながらの商店街に創業当時からの顔付きのままで収まっていた個人経営の酒店が舞台です。両親と年頃の四姉妹が肩を寄せ合い暮らしていたのですが、近くに巨大なショッピングセンターが建設され開店間際となり、一点にわかに掻き曇り、といった感じの緊迫した大気を冒頭から孕んでいます。これを案ずる父親はもう気が気ではなくなり町内会の会合に毎夜足を運んだりするのですが、そんな事をしたってどうしようもないことは本人も家族も百も承知です。また、子供たちは各々変革の時期に差し掛かりもしていて、出たり入ったりの動きが活発になっていく。末っ子の視線を通じてひとつの家族と家屋の変貌していく様子が紹介されていきます。


  2004年から書き始められたこの小説の時空は、1999年から翌年2000年をまたぐ“近過去”に設定されています。その事からも端的に分かるように物語の肝となっているのは、遡及し得ない一度限りの浮世の苦しさです。後戻りの利かない人生の哀しさを見据えた上での、記憶の嬉しさ、温かさを静かに顕現してみせて、僕たち読者ひとりひとりにおのれの過去を“振り返らせる”ことを角田さんは目論んでおられる。


  主人公の記憶や感情に味噌や醤油がまとわり付きます。姉のひとりが泣き出した様子を見て「私はなんだか、この廊下がタイムマシンで、十五年前に戻ってしまったような気がした」のですが、その過去と現代を橋渡しする情景として味噌汁がふわりと浮上いたします。



朝の光が廊下に延び、味噌汁のにおいが廊下に漂っていた。(*1)


  と、こんな具合です。物語の最後のあたりにはこんな記述も見つかります。


谷島酒店で働く、まだおばあちゃんにはなっていない祖母が、

知っている光景みたいに思い浮かんだ。味噌の樽や駄菓子の

入ったガラスケースが並んだちいさなお店、割烹着を着た祖母、

前の道を走る古めかしい自動車と舞い上がる土埃。ちいさい

子どもだった父や祥一おじさんが、あわただしく店から飛び出し

てくる様まで、昨日見たように思い浮かんだ。(*1)



  “味噌の樽”というのはどうです、珍しいでしょう。小道具としてかなり特殊ですよね。映画「赤いハンカチ」では新しい流通システムが根こそぎ古い商業形態を駆逐し、そこに寄り添っていた人情や絆を破断させていくという時代の転換点が舞台になっていました。失われていくものを代表するイメージとして、自転車の豆腐売りと味噌汁がセットになって象徴的に取り上げられていた(*3)のでしたが、あれに似た状況設定と手法が「夜をゆく飛行機」には確かに認められます。取り返しのつかない過去に味噌汁は連結させられていくのです。


  劇中天寿を全うする祖母の存在は、懐かしくも喪われていく風景と同じ立ち位置に在るのですが、そんな老女を描く際にも角田さんはこっそり味噌を挿し入れてみせる手堅さを見せています。



「あの子は一番下な上、女の子でみそっかすだったから、

あんたたちを見ると、長女気分になれるんだろ。ねえ、

あんたたち、お願いがあんのさ」祖母は袂に手を突っ込んで、

ごそごそしている。(*1)



  “みそっかす”という耳にしなくなって久しい形容が突如ここ、2004年の作品で顔を覗かせるのは、僕には到底偶然とは思えません。


  このような味噌や醤油から記憶の共有や共感を導く手法は幼少の頃に外国暮らしをした人や海外のひとには通じない、僕たちここに産まれここに住む者の深層にのみ訴える、ある意味偏狭な日本固有の小説技巧だと思われます。海外での翻訳を見据える村上春樹さんや大江健三郎さんは避ける泥臭いやり方なのでしょうけれど、僕たちが僕たちのこころと向き合い、僕たちの社会とは何かを考えるときにはとても有効であるし、実に奥深くて面白い顕現だと思えるのです。


  失われるものと寄り添い、共に失われていく宿命を帯びた味噌汁。そんな切実なイメージを作家は投げ掛けてくるのですが、そのような食べ物は他には見当たらないように思えます。これに対して違和感なく眼差しを注ぎ続ける僕たち日本人のこころの傾き具合も、奇妙で不思議なものに思えます。永別を果てしなく意識しながら、大豆や小麦を醗酵させたスープを呑む民族、それが僕たちなんですねえ。可笑しいよねえ。


(*1):「夜をゆく飛行機」 角田光代 初出は「婦人公論」2004年8月より連載、

翌年2005年11月まで。 現在、中公文庫で入手可。
(*2): http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/moonage.htm
(*3): http://miso-mythology.blogspot.com/2009/05/1964_30.html

2009年7月7日火曜日

小松左京+谷甲州「日本沈没 第二部」(2006)~引き潮に乗って~



余韻を楽しんでいたら、桑島所長が水差しの麦茶をそそいでくれた。

ふたたび、あの香りが鼻腔(びこう)をくすぐった。

「自家製ですか?」

すぐに口をつけるのも不調法な気がして、篠原はたずねた。桑島所長は

微笑を浮かべていった。

「入植がはじまった当時は、みんな日本の味に飢えていたものね……。

仲良しになった女性たちと『日本食を楽しむ会』というのをつくったの。

いまから考えれば、本当に手探りの状態だったわ。とりあえず味噌(みそ)を

作るところからはじめたのだけれど、最初はうまくいかなくて……。何度も

失敗しては、口惜(くや)しい思いをした。
 
そうしたら誰かが、もっと簡単な麦茶からはじめようといいだしたの。でも

これが、なかなか大変でね。最初のうちは、オオムギが原料だってことも知ら

なかったのよ。お年寄りのところに足をはこんでも、製法まではご存じの方が

みつからなくて……」(*1)


急激な地殻変動によって列島が消滅。あれから二十五年を経た世界を「日本沈没 第二部」は描いています。空前のベストセラーとなった前作(*2)は映画(*3)にもなりましたね。幼かった僕は父に連れられ劇場に行き、そこの小さなスクリーンで観た記憶があります。カビ、煙草、ほこり、汗といったものが入り混じった満員の客席のすえた臭いを、鼻腔の奥にぼんやり思い返します。

潜水艦の操舵士である小野寺(藤岡弘)とその恋人の玲子(いしだあゆみ)が、大混乱の只中で生き別れになっていく。別々な貨車に押し込められて異なる方向にぐんぐん引き裂かれていく。情無用のラストシーンが切なかったですね。サウンドトラックがYoutubeにありますから、BGM代わりにかけましょうか。寒々しい荒野を先へ先へとひた走る列車が蘇えって来ます。
 



前作から連なる“波”が、「第二部」にはうねっています。移住という名の津波です。突き詰めれば“波の物語”と言い換えてもいい。終幕まで寄せては返して、さすらい続けます。


散り散りになって世界に押し流されていくその先で、軋轢が生じてたいへんな試練に遭います。台風が針路を変え被害をもたらすなど局地的な異常気象が多発するのですが、一億もの人間(日本人)の移住が遠因ではないかと噂が立ってしまうのです。国によっては必死に開墾して築いた村まるごとの虐殺行為にまで激化し、幼い子供までが犠牲となっていきます。


二十五年前の列島消滅の波乱後、かろうじて構造と体面を維持し得た日本政府は苦難を耐え忍ぶ流浪の国民を救おうと躍起になります。標高2700mを誇っていた白山連峰の一部が“白山岩”として海面すれすれに頭を覗かしている。それが国土の唯一の名残りなのですが、ここを基点にして全長三十キロちかい巨大建造浮遊体メガフロートを繋留し、百万人規模を連れ戻して居住させようと画策します。つまり国民を呼び戻そうとする“引き潮”が最初に描かれる。



上に紹介した会話は物語のはじめのほうで語られます。パプアニューギニアにある研究センターを篠原という技師が訪問したときのものです。「定住地に腰を落ちつかせた邦人たちが、最初にやったのは日本の味」、「自宅で調理できる家庭の味」を取りもどすことであり、「ごく普通の味噌汁や漬け物の味を──それも地方によって差のある懐かしい味を、再現しようとして」悪戦苦闘したと丁寧に説明されています。


それは異国での生活を突如強いられた場合、僕たちがきっと始めるに違いないことであって不自然な描写ではもちろんありません。けれど描かれるタイミングとして作為を感じない訳にはいかないのです。希少品となってしまった“日本酒”をはじめとし、“麦茶”“納豆”そして“味噌”を郷愁たっぷりに陳列してみせる作者の目論みは何でしょう。


「世界に例をみないほどの均質化(ホモジナイズ)された民族」である日本人は「特異すぎて、他の民族と融けあわない」。だから、迫害に遭い辛酸をなめる境遇を救うには“帰国”させるしかない、という決定が下される。それはそうだ、日本食は特別なもので、それを食べている私たちは「溶けあわない」のは当然である、メガフロートで建国を目指すのが最善じゃないか。故国の消失を嘆き惜しみ、巨大な浮遊体へ結集して失った日常を再現しよう。安住の地、というより“孤絶した場処”を希求する(僕たち読者を含めた日本人の)性格を盛んに煽っているのです。


物語は後半に入って急展開し、潮目は変わって地球全体を呑み込んでしまいます。日本国民は結果的に民族再編の道を諦め、さらなる移動を余儀なくされていくのですが、何がどのような形で起きていくかは未読のひとの楽しみに取っておきましょう。

ただ、そんな後半部分には日本食が描かれないことは特筆すべきでしょう。“引き潮”に当たった時だけ“味噌”が官能的、象徴的に祀り上げられたことが面白いのです。ここでも単なる嗜好性の高い食品の域を越え、「境界の食物」として刻印されています。



このブログで取り上げる作品はどれもこれも味わい深い資料です。悪し様に言うのは大いに気が引けるところなのだけど、ちょっとだけ書き足しましょう。作劇においての“味噌(汁)”への眼差しや役割は、ときに観念に溺れ策に溺れて滑稽味を帯びてくるというのが僕の持論です。「日本沈没 第二部」においては内側に埋没していく民族志向がべったりと憑依したようでした。かなり退嬰的に目に映りました。


ジャーナリスト、映像製作者、映画配給者、歌手、翻訳者、教師、産業界のひとたち、食の輸出入業者。意思疎通に苦戦しながらも世界の人たちと斬り結び、多彩な交流を重ねていくひとはフィールドや年齢性別を問わずとても多くなっています。

この物語に描かれている日本人は実際に生きて闘っている彼らと比べると、あまりに閉鎖した思考回路で脆弱に過ぎます。いささか焦点が狂ってしまっている観は否めませんでしたね。窮屈な縮こまった“味噌(汁)”になっていると感じました。


(──それとも逆に“味噌(汁)”に内省をはげしく促がす作用があるのものでしょうか。う~ん。)


確かに外界との接触は深刻なすれ違いをもたらし、時には魂を傷つける大怪我もします。



けれど、やはり“出逢い”は胸躍る嬉しい奇蹟に違いはありませんよね。無限に開かれた空でも仰ぎ、ふさぐ気持ちを解き放ちましょう。


折りしも今夜は七夕、ゆっくり星を数え、月を探して微笑みましょうか。



(*1):「日本沈没 第二部」 小松左京+谷甲州 小学館 2006
(*2):「日本沈没」 小松左京 1973 カッパノベルズ 光文社
(*3):「日本沈没」 監督 森谷司郎 1973 






2009年6月27日土曜日

村上春樹「1Q84」(2009)~長いあいだ慣れたもの~



「いまなにをしてた」とふかえりは天吾の質問を無視して尋ねた。

「夕ご飯を作ってた」

「どんなもの」

「一人だから、たいしたものは作らない。かますの干物を焼いて、

大根おろしをする。ねぎとアサリの味噌汁を作って、豆腐と一緒に

食べる。きゅうりとわかめの酢の物を作る。あとはご飯と白菜の

漬け物。それだけだよ」

「おいしそう」(*1)


さて、BGM代わりにバッハをかけましょう。マイケルはかけません。いいの、それは誰か別のたくさんの人がしてくれます。「1Q84」の主人公の天吾が「天上の音楽」と讃える「平均律クラヴィーア曲集」からBMV891。 




土曜日の昼前にベランダでBOOK1を読み始めて、BOOK2を読了したのは日曜日の明け方になってしまいました。半年という長い時間軸が「1Q84」を貫いています。天吾、青豆(あおまめ)という名前の男女ふたりが、交互に章を分かち合っていく。時おり記憶が二十年前へとさかのぼったりもするから、ボリュームはぐんと膨らんで当然ですね。


まとまった頁数の結果、食事の光景が何度も何度も繰り返されていく。Post-itを貼り付けてから数え直してみると、少なくともBOOK1で6箇所、BOOK2では9箇所、ものを食べる描写があります。そんな訳でほんとうに珍しいことに“醤油”や“味噌”があちらこちらに見受けられるんですね。 “味噌汁”が登場する部分を並べてみましょう。上の天吾に続いての、青豆(あおまめ)による日常の食事です。


「ねえ、今ちょっと炒め物をしているんだ」と青豆は言った。「手がはなせないの。

あと三十分くらいしてから、もう一度電話をかけなおしてもらえるかな」

「いいよ、あと三十分してからまた電話するね」

青豆は電話を切り、炒め物を作り終えた。それからもやしの味噌汁をつくり、玄米と

一緒に食べた。缶ビールを半分だけ飲み、残りは流しに捨てた。食器を洗い、ソファに

座って一息ついたところで、またあゆみから電話がかかってきた。(*2)


次は再び天吾です。


天吾は米を洗い、炊飯器のスイッチを入れ、炊きあがるまでのあいだに

わかめとネギの味噌汁を作り、鯵の干物を焼き、豆腐を冷蔵庫から出し、

ショウガを薬味にした。大根をおろした。残っていた野菜の煮物を鍋で

温めなおした。かぶの漬け物と、梅干しを添えた。大柄な天吾が動き回ると、

小さな狭い台所は余計に狭く小さく見えた。しかし天吾自身はとくに不便を

感じなかった。そこにあるもので間に合わせるという生活に、長いあいだ慣れていた。

「こういう簡単なものしか作れなくて悪いけど」と天吾は言った。(*3)


そして最後も天吾。


天吾は『マザーズ・リトル・ヘルパー』や『レディ・ジェーン』を聴きながら、

ハムときのことブラウン・ライスを使ってピラフを作り、豆腐とわかめの味噌汁を

作った。カリフラワーを茹で、作り置きのカレー・ソースをかけた。いんげんと

タマネギの野菜サラダを作った。料理を作ることは天吾には苦痛ではない。彼は

料理を作りながら考えることを習慣にしていた。(*4)


上から“ねぎとアサリの味噌汁”、“もやしの味噌汁”、“わかめとネギの味噌汁”、“豆腐とわかめの味噌汁”です。単なる味噌汁ではなく、具が毎回きちんと違っていることに注目したいですね。村上さんのこだわりが透けて見えます。また、幾ら長尺の作品だからといって四度も味噌汁が調理されるというのは、これは不思議を越えて何だろうと唸ってしまいます。二巻にするための単なる行稼ぎではないですよね。喫茶店でのカレーライス、休憩エリアでのクリームパンといったものは至極あっさりした描写で済まされているのに、アパートやマンションでの自炊の描写となるとえらく執拗な印象を残します。


もちろん「1Q84」には様々な切り口があります。誇張された脇役の容姿、波のように寄せては返す性欲、突如断絶してしまう逢瀬、さらにはアクション映画顔負けの小道具など盛り沢山です。感想といったものを数行にまとめてしまうのは土台無理を感じます。また、受け手の人生観、哲学、体験、記憶によってまるで違った作品になるでしょう。

ですから、これは僕個人がこの2009年の初夏に感じ取ったものでしかないし、例によって酷い思い込みなのかもしれませんが、このような孤高を保った日常の自炊風景をもって訴えるもの、問い掛けるものが在るように感じます。“無意識のうちに、まるで飛行機の操縦モードを「自動」に切り替えたみたいに、ほとんど考えもしない”(*5)毎日の料理。その一方で“作りながら考えることを習慣にして”もいる。調理という作業ひとつをとっても捉え方がすっかり分裂し、まとまりを欠いてしまっている。とても安定して見えて、とても不安定。自分が何なのか分かった気持ちでいるけれど、まるで分かっていない。そんな僕たちの“長いあいだ慣れて不便を感じない生活”がとても丁寧に、静かに提示されています。


一見奇天烈で無鉄砲に見える漫画を託されたように見えますが、単なる絵空ではどうやらない。何気なく過ごしている日常が描きたかった。しつこく繰り返される調理の光景は、そして丁寧な味噌汁の描写は「1Q84」の構成上欠くべからざるものだった。 作者が意識したかどうか分らないけれど、“内”を強調する記号として“味噌汁”は大いに機能して見えます。


しかし、天悟であれ青豆であれ、自炊作業や味噌汁に一切の苛立ちや疑問、その逆の陶酔といった昂ぶる感情が派生して来ません。物語が境界を発見し、ようやく一歩を越えたばかりで未成熟である証しでしょう。その辺りが個人的には物足りなく感じはしました。文体に気持ちよく酔い、展開にすっかり夢中にはなりましたが、幾らか僕は齢を取り過ぎた読者だったかもしれませんね。越えること、越えられないこと、その間に潜む段差や亀裂のことを相応に学んでしまったせいでしょう。


“醤油”の方は料理で一箇所、そして赤ワインとペアになって台詞のなかに登場するので計二度認められますが、味噌汁の執拗さと比べると影が薄い。ここで台詞を含む前後を引用してもいいけれど、いささかエロティックに過ぎるので割愛します。へっ、ナニ気取ってやがる、ほんとうは一番そこを書き写したかったくせに。うふふ、そうなの。なかなか趣きのある場面なんだよ。いい感じの“醤油”なんだよ、悪者あつかいだけどさ。(*6)


最後に「華麗なる賭け」(*7)の予告編を貼っておこう。やはり劇中で触れられていますね。青豆のイメージはこれなのか。フェイ・ダナウェイが最高です、当時まだ27歳ですよ。




乾いた感じは「1Q84」と重なって見えます。村上さんの思い描く世界はこんな風だったんだね。「ノルウェイの森」が映画化進行中ですが、湿度に気を付けて仕上げてもらいたいですね。

(*1): BOOK1 第6章 139頁
(*2): BOOK1 第15章 332頁
(*3): BOOK2 第12章 261頁
(*4): BOOK2 第18章 381頁
(*5): BOOK2 第4章 95頁
(*6): BOOK1 第14章 312頁
(*7): Thomas Crown Affair 1968 監督ノーマン・ジェイスン



2009年6月25日木曜日

桐野夏生「IN(イン)」(2009)~そんなこと~


だって、あたしは朝から晩まで家事と育児ばかり。夜明けに起きて、

ストーブ点けて部屋を暖めて、お湯を沸かし、薪でご飯を炊いて、

味噌汁作って、七輪熾(おこ)して干物を焼いて、子供を起こして、

顔を洗って着替えさせて、ご飯を食べさせて、食器を洗って、

部屋を掃除して、洗濯板でおしめを洗って干して、表に出て掃き掃除。

それから、子供を連れてお使いよ。牛乳屋に行って牛乳買って、パン買って、

うどん玉買って、お野菜買って、今度は昼ご飯の用意、それが終われば

夕飯の準備。それが延々と続くのよ。だけど、あの人だけは、そんなことを

ひとつも手伝わないで、女の人たちと合評会ばかり。


巷を賑わせる小説二篇について、感じたままを書こうと思います。つまりは、桐野夏生さんの「IN(イン)」と村上春樹さんの「1Q84」について。ちょっと怖いですね、すごく読まれていますから。

僕は桐野さんにしても村上さんにしてもその著作を断片的にしか読んでいない不良読者に過ぎないし、このブログ自体には土俵が仕切ってある。取り上げる箇所も感想も“いびつ”にならざるを得ない。きっと生粋のファンから叱られてしまうでしょうね。最初に謝っておきましょう、ごめんなさい。


緻密で眩惑的な構造体を為していて、どちらも大変な労作です。代価に見合う(いや、お釣りがたくさん来るような)充足した読後感があります。そして、何だかとても似ていると思いました。断章取義(だんしょうしゅぎ)のそしりを免れないでしょうが、小説家が作品を紡いでいく際の内面世界をどちらも主題にしていますし、容赦なく襲う“すれ違い”に臨んで、彼方に放たれる視線にも何やら符合めいたものを感じます。何より魂の決着を求めて繰り返される“抹殺”や“よその世界に送る”という台詞が、ざわざわとした共振を誘いもします。2009年という「今」をちょっと考えさせられました。


桐野さんの「IN(イン)」は、複数の恋情の記憶を断層的に組み込んでいきます。ご自身をモデルとした小説家タマキに往年の作家緑川が書いた私小説“無垢人(むくびと)”の創作過程を調査させるのですが、架空のこの小説“無垢人”は「死の棘(とげ)」(*1)を土台にしていますから、本好きには堪らない構造になっています。映画(*2)を通じて体験している人もきっと愉しめるはず。引用文やインタビュウが入れ子式に挿入されるのですが、そのたびに文体や言い回しが随分変わる。谷崎潤一郎を彷彿とさせるところもありますね。巧みな手わざを駆使した臨場感はさすが“時代のひと”です。


それより何より僕が唸らされたのは恋愛関係の崩壊する様を物理的な勢いやかたち、小道具に置き換える上手さです。確かに恋慕という名の車は往々にしてブレーキが故障します。穏やかな終息は望むべくもありません。速度が増してハンドル操作が間に合わない。高速道路の下り坂に点在する緊急避難用の砂山に上手く突入出来たとしても、ボンネットは大破してガラスは粉微塵に吹き飛びます。

また、拮抗してようやくバランスが取れていたふたつの恋火が同時に、瞬時に鎮火するのは困難で、空しく火柱を噴き出し続ける者(大概は男)が醜さを露呈し、既に冷えた側(いつもおんな)から嘲笑を浴びるのが世の常です。時には勢いの止まらぬ者(大概は男)が相手(いつもおんな)の腕を無理につかんで偏った勢いに巻き込み、ぐるぐると狂ったように回転してはガードレールや地表なりにもろとも激突する、そんな破滅への秒読みを始めたりします。恋愛とは“動き”であり“圧力”であり“衝突”、そして本当に危険なもの。


最初に書き写した言葉もその一端です。小説家タマキによるインタビュウに呼応し噴出したこの濁流が一体誰の口から、どのような経緯で生じたかはここで説明出来ませんが壮絶この上ない。句読点で区切ってはありますが、息つく暇がまるでありません。延々とこういった感じが続くのです。さらりとこういうのを交ぜ混んでくる、やはり桐野さんは凄いひとです。

家事の諸相が怨みつらみとなって爆発的に噴き出しています。“外で働く者”が同じような立場に陥ったとして、こんな濁流が生じるでしょうか。だって、僕は朝から晩まで通勤と仕事ばかり。夜明けに起きて、痛い思いして髭をあたって、駅まで歩いて、電車に揺られて、朝礼聞いて、得意先にアポイントとって、仕入先に行って商談して、帰って日報書いたら会議。それが延々と続くんだよ。当たり前だ、馬鹿。そんな事は普通口には出ない。


家事が慈愛や加護の眼差しの延長にあって、“生殺与奪”の力を秘めているからですね。守ろうとする気持ちと破壊しようとする気持ちが寄り添うはずがありません。内部で激しい震えが生じ、異常な勢いで膨れ上がる力が行き場を失い、耐え切れずに圧壊していく。

薪、七輪、洗濯板といった道具が加わっているのは昭和20年代の情景を振り返っての言葉だから。だけど、作家タマキは、そして僕を含む読者はそこに時空を超えた普遍的な男女の魂のせめぎ合い、“殺し合い”をありありと読み取り、自らの胸中に反響させてしまうことになる。



さてさて、ここで現れた“味噌汁”は失われた古き記憶の断片として薪や七輪と並べられたのではなさそうです。現代を彩るものとして、僕たちに生々しく作用していく。


“そんなこと”の外にあるのは“女の人”つまりは異性との接触だと言い切っています。内側には恋情を開花させるものがない、外にこそ花は開くのだという境界の意識付けが背景にあります。桐野夏生さんの作品を読むと、境界線をまたぎ、岐路に立ち、そこから一歩踏み出す女性像が浮上しますが、この「IN(イン)」においての“味噌汁”は内側に属しており、歩み始めるにあたって“振り向くに価しないないもの”、として“抹殺”されかかって見えなくもありません。2009年のおんなの心情を代弁するひとつとして桐野作品に採用されたことは名誉なことですが、いささか複雑な気持ちになりますね。


(*1): 「死の棘」島尾敏雄 1960-76
(*2):「死の棘」1990 監督 小栗康平