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綾「三人揃ったことだし、“あれ”をやろうかね。」 登喜「“あれ”でございますね。はい、只今──」 三人「(口々に)あれって…… なにかしら。百人一首、──いや、麻雀か。」 登喜「絨毯の上でなさいますか?」 綾「そうね。」 スルスルと開かれる大きな三枚の紙に、顔のない女の顔が描かれている。 三人「福笑い!? わ、わたしたちの顔の──」 綾「思いついて銀座の似顔絵描きに頼み、写真を基につくってもらったんだよ。 自分で自分の顔に取り組むところが味噌ってわけ。 さあ、はじめたッ。」 千賀子「なんか厭あねえ。」 スージー「おかちめんこになったらどうしよう……」 遥「巧く仕上がりますように──」(*1) 飲んだり食べたりする行為と、人がひそかに荷(にな)う恋慕や愛惜といった情感とは“綾取り”のような間柄であって、よくよく解き明かしてみれば一つの丸い輪のように連なっている。“接吻”にまつわる本(*2)をいま読んでいる最中なのだけど、まさにそれ、つまり“くちづけ”なんかは典型的ですね。食と魂とが縦糸、横糸となって綾織られたまばゆい景色のなかに僕たちは日々暮らしています。 上村一夫(かみむらかずお)さんの「ゆーとぴあ」という漫画には気になるフレーズが何度か繰り返されていて、それは“食い足りない”という言葉なのですが、これなども食と思念が複雑に絡み合っている気がいたします。もちろんほめ言葉ではありません。 綾というおんなが営む銀座のバーを舞台に、そこに夜毎集う男女の内奥を描いた「ゆーとぴあ」は上村さん最晩年の作品であり、最終の九巻では急死した作者の意を酌んで“小説形式”の回を二編収録しています。突如絵筆が絶たれ活字だけとなった世界は、まるで森森とした夜気に包まれた歩道を歩くような気分で、おごそかなその幕引きは上村さんの作品群を読み進めてきた身には淋しさひとしおです。原作は真樹日左夫(まきひさお)さんとなっているのだけれど、精緻で湿度のしっとりとある描写が溢れており、上村さんのまなざしをそのたびに僕は観止めてしまう。作画の領域を越えてのめり込んでいる気配が濃厚なんですね。 回想録など読ませていただくとスタッフに仕事を任せて飲みに行ってしまう、そんな浮き足立った雰囲気の、上村さんらしい逸話が顔をいくつも覗かせますが、こうして「ゆーとぴあ」という長編を腰据えて読んでみれば上村さんなりに世界を突き詰めようとした流れがあって、夜毎の外出へとつながったようにも思えてくる。淡々とした構図、遊びの少ないコマ構成、台詞のやや過剰なところなど、往年の上村作品の儚く、妖艶であった独特の詩情性は陰をひそめているのだけれど、その分現実世界の虚実皮膜に真っ向から切り結んで見えます。真摯で重たい感じが悪くないのです。唯一無二の天才の足跡を知る上で、決して欠くことの出来ない作品だと感じます。 さて、“食い足りない”とは劇中のおんなが交際中の男を称して言う言葉であり、男の資質や反応と自らの指針や覚悟なんかを天秤にかけているうちに、胸の扉の鍵をこじ開けて飛び出してくるのでした。“もの足りない”と同意語であって、口にしたおんなにしてもそれ以上の想いは抱いていないはずなのだけど、ほんの少し滞空して字面を眺めればなかなか強烈な眼つきをしている。蟷螂(かまきり)や女郎蜘蛛のオスの悲しい末路を想ったりします。 女性に対して男が“食い足りない”を使うとやや肉感を帯びた面持ちとなる。内面よりも外面(そとづら)にこだわるようで、そんなに腹に響かない。言われた方はきっと鼻で笑うのではなかろうか。上っ面だけで判断して、言う方がよほど馬鹿なんだよ、おまえなんか犬にでも喰われて死んじゃえ、という感じ。けれどおんなが男を称して“食い足りない”と言えば、これはもう存在そのものが否定されて聞こえる。細胞レベル、ミトコンドリアの色つやから問われてしまう、そんな切実さが寄り添っていて相当に怖い。 知識やマナーは言うに及ばず、物腰や表情、趣味や日用品、体臭や口臭、財力と差配能力、潮目の読み方、さらには夜の生活といったあらゆる事に目線が達しているようで、それに対して駄目出しされてしまった感じがする。言われた方は二度と立ち上がれない、決定的なジャッジが下されてしまった感があります。 “食い足りる”そんな相手がこの世にいるのかどうか。私はいると信じていますが、一生のうちに出逢えるかどうかは分からない。恋路は人がひとを食べる行為にほかならず、“食い足りる”その時まで僕たちは食べ進むしか道はない、という事なんでしょうね。 話が変な方向に行ってしまいました。「ゆーとぴあ」の中に“ここが味噌”という表現がありました。正月の喧騒から浮いていく独り身がどうにも遣る瀬なく、ついに耐え切れなくなったホステスたちがママの自宅へと足を延ばします。そこで繰り広げられる福笑いの余興が一滴の涙をともない繰り広げられます。 水商売の内実を描いて徹底して“非日常”を演出していく「ゆーとぴあ」に味噌汁の影は終ぞ見当たらないのですが、ほんの一瞬だけ“味噌”という響きが部屋を満たしていく。彼女たちが棄てた日常が閃光のようにきらめき、疲れた身体とこころを慰撫しているのです。 (*1):「ゆーとぴあ」 真樹日左夫作、上村一夫画 全6巻 小学館。引用は第39話「長い午後」からで、第4巻に所収。初出は「ビッグコミック」1982年6月10日号〜1985年11月25日号 (*2):「なぜ人はキスをするのか?」シェリル・カーシェンバウム 沼尻由起子訳 河出書房新社 2011
拓「そんな先のことは、わかんないよ。 それより おれ、腹へったな。」 拓の母「ああ、ごはんにしようね。」 朝生「お手伝いします!」 湯気をあげる味噌汁の鍋。 拓の母「中山さん、味見してくれる?」 朝生「あ、はい。(味見しながら内心にて) うちとちょっと味つけが違う── やっぱり、ここはよその家なんだなあ。」 朝生「おいしいです。」 拓の母「よかった。これは、あたしがお姑さんから、 習った味つけなんよ。あたしもこうやって、 お嫁さんに伝えていくんだねぇ…」 朝生「(内心にて)わたし…この家の「お嫁さん」に なっちゃうのかなあ、なれるのかなあ。育った 環境も、みそ汁の味つけも、なにもかも違うのに… ここは、よその家なのに。不安だ。こわい──」(*1) 年が明けて、やたらと気ぜわしい毎日が続いています。学校や幼稚園など始まったところもあるようですし、世間というものは本当に休み知らずですね。止めようのない大河みたいです。 こういう始動の時期はぼうっとする瞬間も増えて、ちょっとした事故も起こりがちではないでしょうか。僕も今朝、自宅内の階段をあやうく踏み外しそうになって冷や汗が出ました。どういう拍子にか、左足が二段一気に踏み降りようとしたんです。昨夜寝る前に観たフランス映画が残像となって眼の奥に蘇えり、僕を石畳の街並に立たせたようにも思えます。お馬鹿な左足が日に焼かれた白い石段を駆け降りたようにも思えます。不意を打たれて慌てました。皆さんもどうか気を付けて、時間に余裕を持ってお過ごしください。 さて、今日取り上げるのは近藤ようこさんの「遠くにありて」です。今から二十年以上も前の作品なんですね。歳月の移ろう速さには驚かされます。 学校を卒業した中山朝生(あさみ)は、実家にほど近い北陸の町で教師となって働き始めます。東京に残り小さな出版社で働く親友との会話にほだされ、ついつい自身の境遇を恨んでは再度の上京を夢見てしまう、そんな浮き足立った毎日を送っています。いつ辞表を出して職場を去ろうかと煩悶する様子は隠しようがなく、そんな情緒不安定気味の主人公を周囲は心配し、それとなく見守っていきます。 なまぐさい人間模様を身近に捉え、胸襟を開いて回想や惑いを交感させるうちに心の表層を覆っていたとげとげしさは徐々に治まっていき、いつしか自立した世界を足裏に確信するようになる。少女からおんなへの(群像劇として見れば、さらにおんなから老女への)成長譚が物語の輪郭となっています。 その中で “調理の味付け”にまつわる気苦労が彫り込まれています。同級生の西崎拓(たく)という青年も主人公を気遣う一人で、上に紹介した場景は酒販店を営む彼とその家族に招かれた際の断片です。味噌汁を巡る会話が突如はじまるのですが、それにしても典型的に過ぎるのじゃないか、いかにも、といった台詞が並んでいました。 ひさしぶりにこの作品を読み返し、正直言えばずいぶんと醒めた思いを抱きます。二十歳過ぎの娘の一見すがすがしい“せせらぎ”に似た日常を目で追いながら、うまく懐柔されちまってお馬鹿さんだなあ、と可哀相な気持ちに今の僕はなってしまう。 ひとの精神の懊悩は死ぬまで整理のつくものではないし、突如おし寄せる潮津波(しおつなみ)に思考を遮られ、渦に巻かれ砕かれて見るも無残な藻屑になってしまうことだって往々にしてあり、そうともなれば相当に苦しい。 けれども、そんな感情の濁流ポロロッカこそが“生きている”ということの嬉しさと愛しさの根源なのだ、と、反撥する思いがやはり湧いてきて、悪戯に安定を望んで答えを急ごうとする「遠くにありて」の登場人物たちにしっくりとは寄り添えない自分を見つけてしまうのです。(*2)
例えば似たような料理の描写が里中満智子さんの作品(*3)にも見出せますので、これを並べてみればいいのです。湯気上がる鍋があって味噌汁がことこと煮られているし、主人公は憂いを含んだ眼差しを整った面立ちに宿していて、ふたつの作品はここだけ切り取れば似た色彩を放って見えるのですが、内に潜むものはまるで正反対となっています。 旅先で偶然に出会った病身の陶芸家を看護するうちに、予定調和ばかりを追っていた自分自身の人生に疑問を抱いてしまうという内容で、「遠くにありて」とは物語のアウトラインが対照的な作品です。主人公(早苗という名です)──の憂いの中には「遠くにありて」での「よその家」に来ている不安は露いささかも無い。 僕がここで興味を引かれるのは、里中さんの作品においては“味つけ”への気兼ねが一切生じていないということなんです。気持ちが翻弄されてそのまま卒倒すらしかねない近藤さんの作品との段差はどうしたことだろう。 知り合ったばかりの男の家に上がり込み、一切の気兼ねなく料理を提供する早苗というおんなは気の回らぬ馬鹿でしょうか。違いますよね。恋情の本質を突いているのではないかと、僕はふたつの作品を面白く見比べます。 一方が一方に“かしづく”ということでなく、異質なるものを取り込み、その混濁をも楽しむ余裕こそが恋情という調理の味付けであることを、里中さんのおんなの体現する怒涛の勢いが僕たちに物語っているように思えます。 ふたつの物語に描かれた二人のおんなの道程は、どちらも現実といえば現実、理想といえば理想。人生の最大振幅を具現化したものでいずれも実相をよくとらえて見えます。近藤さんのおんなと里中さんのおんな、二極の間を行きつ戻りつする、まるで振り子みたいなものが人生かもしれないですね。ひとの多くはそんな存在、振り子時計ではないのかな。僕だってそう。ほんとうは偉そうなこと、人様に言えやしないのです。 さながら味噌汁は、振り子時計の上部に付いた機械仕掛けの鳩という訳です。恋情のある局面で急に存在感を露わにし、不思議な調べを奏で始める。ちがう、ちがう、ちがう、と唄い出す。いや、同じ、同じ、同じ、でしょうか。どちらにしても音階は狂っている。恋と愛としがらみの中で出番をひそかに待ち続けて、今夜も味噌汁はどこかの食卓で発声練習に励んでいるのです。 (*1): 「遠くにありて」 近藤ようこ 初出は「ビッグコミック」小学館 1987-1991 (*2): もちろん、近藤ようこさんの作品は読了後に硬いしこりを残すものが多いですし、この作品が描かれた時代は虚飾に踊ったバブルの頃と重なります。よくよく承知の上で逆説的な顛末をあえて描き進めて、浮かれる世間に挑んだというのが本当のところでしょうね。 (*3):「古いお寺にただひとり」 里中満智子 初出は「別冊少女フレンド」講談社 1976
正太「ただいま──! あ~~~腹へった。」 留吉「鍋に味噌汁が残っている。」 (戻ってきた正太に対し、左官で父親の留吉は背を向けたままで 茶碗酒をあおっている。正太、ひとりで黙々と食事をはじめる。) 留吉「また、一葉(いっぱ)とかいう女のところで字書きして きたのかい。」 正太「一葉(いっぱ)じゃなくて一葉(いちよう)だよ ……樋口一葉。」 留吉「どっちでもいいけど 字じゃ飯は食えないぞ。」 正太「おいら字が好きなんだ。例えば風って字を書いていると ほんとに吹く風を感じるんだ。」 留吉「けっ!」 正太「父ちゃん、働いとくれよ。美味(うま)いものを食べたいとは 思わないけど 新しい硯(すずり)が欲しいんだ。」(*1) 終着駅のホームに速度をぐっと落とした新幹線が滑り込みます。痛むお尻を座席からえいっ、と離して立ち上がり、ほかの客と列なしてぞろぞろ通路を進んでいくと、あちらこちらに読み終えた漫画雑誌が捨て置かれているのが目に飛び込みます。連載物ならば二十頁少しのものが多いようですが、そこに費やされた知恵と労力を想うといささか複雑な気持ちになります。けれど、出版業は買われ捨てられてこその商売ですからね、わずか数時間でざっと眺め放られてこそ役割を全うしたとも言えるわけで、ならばそんな雑誌の姿は立派な最期であるわけですね。 短時間で捨てられるためにある漫画は、コマからコマへの軽快な跳躍こそが第一に求められているのであって、何か引っ掛かるものがあってはならない理屈です。だから、僕のような天邪鬼が流れに抗ってする“コマの凝視”は行き過ぎであり、迷惑な行為かもしれません。けれど、やはりねえ、僕は駄目ですねえ。 エドガー・ドガの評伝(*2)に収まったバレエダンサーの絵を眺めていると、同じ姿かたちの娘たちが右へ左へ位置を替えていくのが楽しく感じられます。どこに描くか、どう描くか、何と何を組み合わせるか。たった一枚の絵画にさえ物象のいちいちに画家の恣意が働き及んでいるのです。いわんや大量のコマで成り立つ漫画においてをや。そう思うものですから、どうしても舐めるように描線を追ってしまうし、余白や行間に気持ちが入ってしまう。あれこれ想う気持ちは止められないのです。 読者の視線はコマを追い台詞を読み、上から下、右左と目まぐるしく行き来を繰り返します。作者の筆先に宿っただろうひそやかな思惑を、だから大概は拾い切れてはいないものでしょう。精読されることを送り手はさほど期待していないかもしれませんが、僕はやはり飛ばし読みは無理なんだよね。困った性分です。 さて、つげ義春さんの「隣りの女」に現れた空っぽの味噌汁椀(*3)と似た表現が、他の作家の作品でも認めることが出来ます。1986年に四十半ばで夭折した上村一夫(かみむらかずお)さんの文芸物「一葉裏日記」のなかで味噌汁にお呼びが掛かりました。クローズアップされることもなく淡々と描かれているのですが、天井方向から覗き込む構図の真ん中に見せ置かれた味噌汁椀のその底は、つるりと真っ白で、実に空っぽでありました。 正太は血色のいい育ち盛りの少年です、あっと言う間にきれいに平らげてしまったのでしょうか。そうでないことは上にひも解いた場面に続くコマが教えてくれます。少年はさらに椀を口もとに抱え直して、その中身を懸命に掻き込む姿を僕たちに見せているのです。つまり正太少年は最初から何も入っていない椀を傾げ、何ら箸でつまむことなく、この貧乏長屋での食事の場景を自然に(けれど不自然に)僕たちに提示しているのです。 作者の上村さんはもしかしたら意図して落語風に描いたのかもしれません。手ぬぐいや扇子を巧みに使い分けて観客の目を獲り込み、日常を彩る雑貨や食物を幻視させる。そんな名人芸にならった可能性も多分にあります。妻に先立たれて暮らしの張りを失い、天気も良いのに昼間から酒に浸っていた男が息子の訴えに心揺さぶられていく。失意の淵から脱却し、少しずつ生きること、暮らすことを再開していくという湿度ある人情噺です。この頃の上村さんの作品は形式的で硬い風情を帯びているものが多いですから、落語のスタイルを踏襲したとしても違和感は起きてきません。 けれども、やはりここでの“見えない味噌汁”とは形式美ではなくって、貧窮した父子家庭の実状を描く手段なのでしょう。底辺の暮らし向きに巣食うひもじさを描く上での奥の手が“見えない味噌汁”だったのだと僕は思います。味噌汁しかない食卓の、その味噌汁をも排除することで僕たち読者のこころを静かにいざない傾斜させるものがあります。「鍋に味噌汁が残っている」と告げられた瞬間に巻き起こる連想を逆手に取って、空腹感を増幅させる小さな仕掛けが紙面に仕組まれているのです。 米の一粒、汁の一滴をも素知らぬ顔で残酷にも省いてみせた上村さんの底知れぬ作為と巧妙な手わざに対して、また、そのような仕打ちに対して笑顔で椀を傾け、空気をお腹に呑み下しながら「美味(うま)いものを食べたいとは思わないけど」という台詞を語る少年の気丈な芝居に胸打たれます。フィクションとは何か、創作とはなにかを自問自答し続けた男の、見事なまでの空隙が椀に満たされている。ある種の畏怖すら湧き上がるのを禁じ得ません。 よくよく見直してみれば、同じように驚かされるものが「一葉裏日記 たけくらべの頃」には潜んでもいます。 何ら家具らしきものがない父子の住まいが最初に描かれ、少年が食事する際に食卓代わりにしたものはその大きさと手の行った造りから父親の左官道具の入った木箱に違いなく、愛するおんなを喪った男の茫然自失の有り様をあぶり出しているのです。その後、場面転換を経て再度その部屋が登場すると、いつの間にか妻の位牌を載せた小箱が片隅に産まれ、また、少年の背丈に見合った小さな机も明るい窓辺で見つけることが出来るのです。酔った背中で子供の声を受け止めながら、少しずつ少しずつ回復していった男の変化が一切の身体的な表現を用いることなく、さりげなく顕わされています。筆先の囁きが控えめに耳朶を打ち続ける、そんな抑えに抑えた上村さん晩年の秀作ですね。 見せることと見せないこと、それを読み取れるか読み取れないか、漫画というジャンルを決して侮ってはいけませんね。雨、雲、虹、すすき、あぜ道、砂浜、海風、待宵草──。夜道、屋上、星空、アスファルト、雷鳴、雷光、暗雲、粉雪──。情念を代弁するヒエログリフとして様々な物象が登用されてあります。いわんや味噌汁においてをや。 さてさて、いよいよですね。皆さんも僕もひとつ年を取りますね。 けれどどうでしょう。僕はここに至って年齢を重ねていくことに嬉しさを感じています。もう絶対に若い頃に戻りたいとは思わないな。これを読むひとに哀しいことがないように、辛いことがないように祈る気持ちに嘘はありませんが、けれど、年をとることは哀しいこと、辛いことではなくって素晴らしいことだと信じます。僕にとってもあなたにとっても、なくてはならない大事なことだと信じます。 良き年を迎え、良き年齢を重ねてください。 (*1): 「一葉裏日記 たけくらべの頃」 上村一夫 1984 「上村一夫 晩年傑作短編集1980-1985紅い部屋」 小池書院 2009所載 (*2): 「ドガ・ダンス・デッサン」ポオル・ヴァレリィ著、吉田健一訳 新潮社 1955 (*3): http://miso-mythology.blogspot.com/2009/12/1986.html
井出「塚田くん そうだ」 ノブオ「…」 井出「名簿 明日くれたまえ こっちもなにかと忙しくってね」 ふたりのやりとりが室内のサナエの耳にも届く。 サナエ、ノブオ「(心の中で)えーっ、井出君、そんなの無理ですよぉ」 ノブオ「(感情をころして)いいですよ」 井出、戸を乱暴に閉めて自室へ入る。 ノブオも自室に入ると、サナエはそっと台所に立って行き、 サナエ「ちょうど良かった 今、できたとこ」 鍋つかみを両の手にかけると味噌汁の鍋を持って卓袱台へと引き返す。 テレビのスイッチを点け、炊飯器から茶碗にご飯を盛る。 テレビの声「秋の国体にそなえて市内はいまや大忙し 急ピッチでアスファルト化が進んでいます」 サナエ「わあ 大変だあ」 廊下の向うの扉が再び開き、井出が聞き耳を立て始める。 サナエ「いただきます」 ノブオ「いただきます」 サナエ「駅前も舗装になるんでしょうね きっと ぬかるんで大変だったもの」 井出、執念深く耳をそばだてている。 井出の部屋の内部に飾られていた風鈴が揺れる。 サナエ「これで雨の日も安心」 井出、するりと扉の影に入る。 サナエ「(味噌汁の椀を吹いて)ふーっ」 サナエは味噌汁の黒い椀を、ノブオは陶器の茶碗からご飯を、 互に口元まで寄せながら黙々と食べている。 ノブオ、すいと目線を上げる。 ノブオ「………」 サナエ「思いつきでいじわるを言っているのよ」 ノブオ「いいんだ 何も考えずにやってしまうんだ」(*1) 夫婦間の“沈黙”を辛辣に描いた「いつも二人で」という映画(*2)がありました。愛情も思念もすっかりすれ違いを起こしてしまい、レストランで押し黙って向き合っている悲愴なカップルが幾組も登場します。高野文子(たかのふみこ)さんの「美しい町」を読みながら、ふとそれを思い出しました。 もちろん両者の内実は天と地ほども違っています。映画のそれは本質をなおざりにした男女の末路を象徴していたのに対し、漫画のなかの沈黙はむしろ同調した呼吸のなせるもので、建設的な気配さえ宿していました。とても対照的です。 大きな工場が小高い山の麓にあります。そこに働く工員の家族のほとんどが隣接した団地に肩を寄せ合うようにして暮らしています。ノブオさんとサナエさんの若い夫婦の住まう棟もすべて会社の関係者で埋まっており、しがらみがふたりを包んで締め付けています。そういった環境も背中を押すものでしょう、休日ともなるとふたりは喧騒を避けて山に登り、そこで昼ごはんをしたりして過すのですが、穏やかな沈黙がそこでは描かれていました。 気持ちはよく分かりますね。狭い会社の寮に住んでいた若い頃は、休日前ともなると当て所なく電車を乗り継いでは見知らぬ町の安宿に潜り込んだものです。そうしないと気持ちが挫けそうだったのです。立川だったかな、駅前で飛び込んだ旅館では二十畳の宴会場しか空いていないと言われて、そこに独り寝かされたりしました。考えてみれば不思議なことをしていましたね、ハハハ。 映画と漫画、かなり色彩は異なりますが、どちらも逃げることなく真摯に“沈黙”を捉えています。これから愛を語り家庭を築いていくだろう若い人には、是が非でも観て、じっくりと学んでもらいたい作品ですね。フィクションを作り物、絵空事と単純に見てはいけません、存外ほんとうのことが描かれているものです。人生の先達が若いひとたちに熱心に、真剣に警句を発している、そういうモノが世には溢れているわけで軽んじてはいけないのです。 さて、最上段に掲げた「美しい町」の場面はとても興味深い一瞬が含まれておりました。向かいの部屋に住む井出という男は退屈しのぎに同僚の私生活に介入する困り者なのですが、その邪まな愉しみに組しないノブオさん夫婦に腹を立て、以前頼んでいた労働組合の資料を直ぐにも用意するように無理強いして来ます。波風を立てることを好まないノブオさんは承諾し、サナエさんと共に徹夜しての資料作りに当たることになります。 僕が感心してしまったのは若い夫婦の静かな闘いぶりが、実に巧みに表現されていることです。聞き耳を立てる隣人の気配が風鈴の動きでそれとなく示されていて、これも大いに唸らされるわけですが、内心はうんざりしているふたりが露骨に声を圧し殺して内緒話に走るのではなく、言葉を慎重に選び、所作を穏やかに抑制していくのです。その健気さに驚かされるのですね。 茶碗を口元に寄せる食事のスタイルは極めて日本らしいかたちな訳ですが、これがギリギリの自然さで取り込まれている。もしも献立が洋食であったのならば、途切れた会話は不自然なものとなってしまうでしょう。映画の夫婦のような惨めな、しこりのある沈黙を想起させもし、主人公たちの胸中はもしかしたら暗い雲が渦巻いてしまうでしょう。 いくらか長い時間口元を覆い尽くし、視線を落として椀に気持ちを集中させ、一家の団欒を代表する時間でありながらも角の立たない沈黙を産み落としていく。和食料理ならではの繊細な所作がここでは巧みに取り入れられて、彼らの苦衷を救い、穏やかな気風を守っているのです。高野文子さんの観察力、洞察力、応用力が見事発揮され、存分に花ひらいた瞬間ですね。 ご飯も含めた描写ですから純粋に味噌汁が取り上げられているのではないのですけれど、それでも特筆すべき味噌汁が此処にはあり、日本人らしい美しき沈黙があって、ついつい紹介したくなりました。 (*1): 「美しい町」 高野文子 1987 「棒がいっぽん」マガジンハウス 1995 所載 (*2): TWO FOR THE ROAD 監督スタンリー・ドーネン 1967
タエコ「あっ、おはようございます。あなた、ハイ おみそ汁。」 私「あ……ああ。(またか……)うまいっ、タエコはえらいね。 (はっ、こんな呑気なことを言ってる場合じゃないぞ。) (いったいどうなっているんだ…… なぜ こんなに何回もみそ汁を飲んでいるんだ、オレは。) (はっ、メビウスか!!オレの一生は、今朝の夢で朝食の時間 だけが裏表なしの永遠になってしまったにちがいない。)」 私「じゃ、行ってくるよ。」 タエコ「行ってらっしゃいませ。」(*1) 汗だくで山中を探索している男“私”がいます。“人生の意味”を捜し求めているのです。“私”は思います、人生の意味とは何だろう。きっと“永遠なるもの”にめぐり合うことに違いない。“深遠なる顔をもち、刻々と脈打ち、熱く燃えて永遠に連なっていくもの”を死ぬまでに手に入れたい。 岩山を登り詰め、奥へ奥へと“私”は突き進みます。いい加減飽きて来たところで、何ということでしょう、生い茂る草むらのなかに異様な外観の生きものを見つけてしまいます。カァァ、カァァと奇声を発しながらドクン、ドクンと脈動する妖しげな蛇のような生きものです。まるでクローネンバーグ(*2)の映画に登場するような奇態なのですが、これが突如襲いかかって“私”の脳髄にドボドボドボと侵入してしまうのです。「うわぁ。」絶叫した“私”は意識を失ってしまいます。 目が覚めたとき“私”は、出勤前の小一時間を繰り返す永遠のループに捕えられている。朝食の“みそ汁”を何度となく呑み続けなければならないのです。“私”はこうして“永遠なるもの”を手に入れた──という結末でした。 絵柄は代表作「ちびまる子ちゃん」(*3)と同様で、僕たちの緊張を解きほぐし、暖色系のほのぼのとした気分を誘い込みます。独特の描線からにじみ出る甘露のようなものが、白昼夢の後のまどろみに似た分厚くへヴィな錯綜感をもたらすのですが、そんなぼやけて見える物語の輪郭をたどり直してみるとなかなかどうして、その奇抜さと怖さは並大抵ではありません。これを楳図かずおさんや諸星大二郎さんが綿密なタッチで描いたのならば、相当に尾を引く異色の恐怖譚になったに違いありません。 幾度となく繰り返されるこの手の時間跳躍(タイムリープ)は、映画や漫画の作劇上さして珍しいものではありませんよね。でも、朝食の光景、それも“みそ汁”に特化していく発想はおかしく稀有なものでしょう。僕たちのこころの奥に潜む気持ちをうまく反映させて見えます。つまりは“マンネリだな、もう食べ飽きたよ。こりゃ食欲とは無縁のもの、空気みたいなもんだね”といった“みそ汁”への満腹感、飽和感がここで透かし込まれているのですね。 盛岡名物“わんこそば”のようにして何百、何千の“みそ汁”に対峙させられる。そうすることで僕たちの生きる特異な環境、食生活がまざまざと意識させられます。言われてみれば確かに、僕たちは“みそ汁”まみれで暮らし、生き続けていますね。ダンテの描いた天刑のごとき“みそ汁地獄”とも言うべきものが、この現世に横たわって在ることに気付かされます。 一方、こんな見方も出来ます。 この物語の欠くべからざる脇役として“みそ汁”はありますが、“私”にまとわりつくモノとして、もうひとつタエコの存在が認められます。冒頭の山中で永遠なるものを探しあぐねる“私”は腹をすかせて小休止し、タエコの作った愛妻弁当を広げて立腹するのでした。「いい年をして こんな 浮ついたマネをっ!」弁当のご飯には桜でんぶか何かでハートが描かれていたのです。つまり開幕から終幕までタエコが空気のように“私”にまとわり付いている。 その“私”が妖しげな生きものとの出逢いを経て、タエコの作る朝食を取り、彼女に玄関まで送り出される一刹那を永遠に繰り返していくのです。さくらももこさんは“みそ汁”に宿る“マンネリだな。空気みたいなもんだね”という感慨をタエコというおんなへの目線にそっくり重ねている。“永遠なるもの”の答えのひとつとして、みそ汁と長年添え続けたパートナーをペアで提示しているんですね。単に“みそ汁”のお話ではなかったのです。 さくらさんは日常をありのまま受容し、それを供にして歩み続けよと言っているようでもあり、そんな“本質”を見失った状態をせせら笑っているようでもあります。天国であるのか、それとも無間地獄なのか、さくらさんは絶妙なバランス感覚を最後まで駆使して、明瞭に刻印することなく物語を閉じてしまいます。判断は読み手次第で変わる、人それぞれということでしょうか。 えっ、僕はどうかって? どうでしょうね。“みそ汁”を出したり出されたりといった事に集束なるだけの日常が“永遠なるもの”であり、それだけのループを“人生の意味”だと捉えるのは、いまの僕には難しい。僕がこの物語の“私”であったなら、やはり、天国に来たとは思わないのじゃないか。 ひとにとって“永遠なるもの”とは何か。いずれあらゆる物象も思念も朽ち果て、片鱗のかけらもなくどこかに霧散し消えるものだと思う斜め目線の自分がいます。その一方では、確かなものを信じて生きていきたい気持ちがそうそう消え去ってくれない。つくづく身勝手で不思議な、奇妙この上ない生きもの、だと思います。 こんな年齢になっても、悟りの境地には至らない。 いずれにしても、さくらももこ「えいえんなるじんせい(永遠成人生)」は、日本人の“みそ汁”観の断面をすっかり露呈している、実に興味深い作品だと言えそうです。 (*1):「えいえんなるじんせい(永遠成人生)」さくらももこ 連作「神のちから」の一篇として 「週刊ビッグコミックスピリッツ」に掲載。「神のちから」小学館 1992 所載 (*2): デヴィッド・クローネンバーグ David Paul Cronenberg 代表作「ヴィデオドローム」(1982)、「クラッシュ」(1996) (*3): 「ちびまる子ちゃん」 さくらももこ 1986~
野上「ファ~~ッ…… さすがに疲れたなァ 本降りにならないうちに早く帰って ママの熱い味噌汁を飲みたいよ」(*1) 石井隆(いしいたかし)さんは1970年代と80年代を通して劇画家として活躍され、その後は映画監督に転進されています。表現の手段は変わりましたが、峰を連ねて世界は広がって見えますし、あいかわらず追従を許さないトップランナーです。最近では喜多嶋舞さん主演でやたらと長い題名の映画(*2)を創って話題になりました。内外の映画監督にも影響が少なくない存在感のある作家です。 幼少の頃から映画をたくさん観て過ごし、いつかは映画で食べていきたいと願い続けた。苦労してそれを成し遂げた初志“貫”徹の人ではありますが、いずれの作品にも“貫く背骨”みたいなものがあって、いつも生真面目な印象を抱いてしまいます。先日昔の雑誌に載っていたインタビュウを読んだのですが、実に堅い。ぎんぎんの理詰めで世界を構築していく人なのだと分かります。 あれこれ僕が言うよりも、その言葉をちょっとだけ引かせてもらいましょう。 「ぼくは性というものにこだわることによって、墜ちていく人間たちの中に、生きていくことを選んでいるがゆえの孤独や不安、絶望感といったものを恍惚と裏腹に描きたいと思っていたんですが、現実には女性が自分を売ることで儲けていくような、性に関わって上昇していくという、しかしそれは表層的な性の解放、女性解放という幻想にもかかわらず、とりあえずそういう時代になったわけです。(中略)それが七〇年代の後半でした。」(*3) これは具体的にどういうことを指し示しているかと言えば、写真表現で“体毛”の露出規制が緩和され、それとほぼ同時期に(あくまで規制を潜ってというものでしたが)さらに露骨で直接的な映像が流布されるようになったことへの疑問を投げ掛けているわけです。 見せてはならない「内側」を露出するようになったけれど、それは「外側」をかえって飾り立てることにしかならないのではないか。肝心の「内側」である“こころ”が置いてけぼりにあってはいないか、と問い掛けている。 その疑問の念と持ち前の反骨精神が、石井隆さんの作品群のなかで異色中の異色となっている「魔楽(まらく)」という作品を産み落としました。さらに石井さんの言葉を引きましょう。 「性的な劇画でぼくが最後に描いたのが、『魔楽〈Maraque〉』(1985)という作品なんですが、それはいい奥さんも娘もいる中年のサラリーマンが休みの日だけランド・クルーザーに乗って山奥に行き、騙して連れてきた女の子たちを廃屋になった山小屋の地下で殺してはビデオで撮る、といったものでした。殺す時は顔から足の先まで全部覆って、自分の皮膚はいっさい出さずに女性を惨殺し、それをホーム・ビデオに撮り、持ち帰っては独り自分の部屋で見るという……。それがその時の、ぼくの精神状態だったんですね。「いま、性を描くとしたらこうなんじゃないの?」と。」(*3) 上の打ち明け話で大事なのは“顔から足の先まで全部覆って、自分の皮膚はいっさい出さず”という箇所です。確かにへんてこ、なんですね。見ているだけでじっとり汗ばむような窮屈な装束に殺人鬼の野上という男は執着しています。ラバーマスクは顔面に密着して呼吸も困難そうな感じなのですが、さらに両の目の部分にはご丁寧にも水泳競技の際のゴーグルのようなものがはめ込まれています。怖さを越えて珍妙の域であり、女の子には“タコお化け”と揶揄されたりもします。 光景の一部始終を撮影している訳ですから、読んだ当初は容貌を隠す為の変装かと思ったのでしたが、石井さんの言い回しを読むとそんな単純なものではないことが分かります。「内側」と「外側」、「隠すこと」と「見せること」について、かなり思い詰めた結果の上に世界が構築されている。 そんな意識過剰とも言える眼差しは、野上という男の家庭や住居の描写にも及んでいます。一見穏やかな日常の風景が点描されているのですが、僕のようにねちっこく石井隆さんの作品も読み比べている者には構図やリズムが狂っていることが分かってしまい、なんて細かしい演出をするのかと感嘆してしまうのです。 その野上家の描写で特筆すべきは“食べる”光景です。総じて石井さんの作品では食べることが忌まわしき未来と直結したり、はたまた、すれ違う想いを含んだりするものですが、この物語ではそれが随分と誇張されています。 食事する行為そのものではないのですが、冒頭に紹介した描写は忌まわしさやすれ違いの典型的な大気を孕んで見えます。新たな犠牲者を作ったばかりの鬼畜、野上が廃屋の外に出る。いつの間にか冷え込んだらしく、大きな白い雪片がひらひらと舞い降りている。野上、大きく伸びをする。風景をぐうっと俯瞰して空から眺めることで、廃屋とその周辺の寂びれた原野の全貌が映し出される。あたり一面真っ白になっていて、風がヒューーッとその頭上を吹き渡っていく。人をひとり殺めておいて、どうしてこんな状況下に「味噌汁」を口に出来るのか。読者の誰もが唖然とする場面です。 「外側」から家庭という「内側」へと帰還する際の掛け声となっていて、味噌汁はその旗印として象徴的に取り上げられている訳なのだけれど、ここでは誰が見ても平穏な安らぎを匂わしてはいません。陰画となって像を結んでいくのは、途方にくれながら生きている現代人の疲弊した精神模様でしょう。分岐し、多層になり過ぎてしまい、自分でも収拾をつけにくくなってしまったこころの有り様です。「内側」と「外側」の境界が引けなくなっている。そこはかとない侘びしさに襲われる、笑ってしまうけれど実に怖ろしいひとコマです。 ひとりの作家に意識的に登用され、滑稽で奇怪な、そして極めて違和感をともなう“味噌汁”がここにも描かれていました。 (*1):「魔楽」石井隆 ぺヨトル工房 1990 (*2):「人が人を愛することのどうしようもなさ」 監督 石井隆 2007 (*3):「武蔵野芸術 №100」 武蔵野美術大学出版社 光琳社出版 映画へ◎揺籃期としての80年代 石井隆インタビュウ インタヴューアー 斎藤正勝+栗山洋