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2011年6月10日金曜日

上村一夫「ゆーとぴあ」(1982)~“あれ”をやろうかね~



綾「三人揃ったことだし、“あれ”をやろうかね。」

登喜「“あれ”でございますね。はい、只今──」

三人「(口々に)あれって…… なにかしら。百人一首、──いや、麻雀か。」

登喜「絨毯の上でなさいますか?」

綾「そうね。」

 スルスルと開かれる大きな三枚の紙に、顔のない女の顔が描かれている。

三人「福笑い!? わ、わたしたちの顔の──」

綾「思いついて銀座の似顔絵描きに頼み、写真を基につくってもらったんだよ。

  自分で自分の顔に取り組むところが味噌ってわけ。

  さあ、はじめたッ。」

千賀子「なんか厭あねえ。」

スージー「おかちめんこになったらどうしよう……」

遥「巧く仕上がりますように──」(*1)


 飲んだり食べたりする行為と、人がひそかに荷(にな)う恋慕や愛惜といった情感とは“綾取り”のような間柄であって、よくよく解き明かしてみれば一つの丸い輪のように連なっている。“接吻”にまつわる本(*2)をいま読んでいる最中なのだけど、まさにそれ、つまり“くちづけ”なんかは典型的ですね。食と魂とが縦糸、横糸となって綾織られたまばゆい景色のなかに僕たちは日々暮らしています。


 上村一夫(かみむらかずお)さんの「ゆーとぴあ」という漫画には気になるフレーズが何度か繰り返されていて、それは“食い足りない”という言葉なのですが、これなども食と思念が複雑に絡み合っている気がいたします。もちろんほめ言葉ではありません。


 綾というおんなが営む銀座のバーを舞台に、そこに夜毎集う男女の内奥を描いた「ゆーとぴあ」は上村さん最晩年の作品であり、最終の九巻では急死した作者の意を酌んで“小説形式”の回を二編収録しています。突如絵筆が絶たれ活字だけとなった世界は、まるで森森とした夜気に包まれた歩道を歩くような気分で、おごそかなその幕引きは上村さんの作品群を読み進めてきた身には淋しさひとしおです。原作は真樹日左夫(まきひさお)さんとなっているのだけれど、精緻で湿度のしっとりとある描写が溢れており、上村さんのまなざしをそのたびに僕は観止めてしまう。作画の領域を越えてのめり込んでいる気配が濃厚なんですね。


 回想録など読ませていただくとスタッフに仕事を任せて飲みに行ってしまう、そんな浮き足立った雰囲気の、上村さんらしい逸話が顔をいくつも覗かせますが、こうして「ゆーとぴあ」という長編を腰据えて読んでみれば上村さんなりに世界を突き詰めようとした流れがあって、夜毎の外出へとつながったようにも思えてくる。淡々とした構図、遊びの少ないコマ構成、台詞のやや過剰なところなど、往年の上村作品の儚く、妖艶であった独特の詩情性は陰をひそめているのだけれど、その分現実世界の虚実皮膜に真っ向から切り結んで見えます。真摯で重たい感じが悪くないのです。唯一無二の天才の足跡を知る上で、決して欠くことの出来ない作品だと感じます。



 さて、“食い足りない”とは劇中のおんなが交際中の男を称して言う言葉であり、男の資質や反応と自らの指針や覚悟なんかを天秤にかけているうちに、胸の扉の鍵をこじ開けて飛び出してくるのでした。“もの足りない”と同意語であって、口にしたおんなにしてもそれ以上の想いは抱いていないはずなのだけど、ほんの少し滞空して字面を眺めればなかなか強烈な眼つきをしている。蟷螂(かまきり)や女郎蜘蛛のオスの悲しい末路を想ったりします。


 女性に対して男が“食い足りない”を使うとやや肉感を帯びた面持ちとなる。内面よりも外面(そとづら)にこだわるようで、そんなに腹に響かない。言われた方はきっと鼻で笑うのではなかろうか。上っ面だけで判断して、言う方がよほど馬鹿なんだよ、おまえなんか犬にでも喰われて死んじゃえ、という感じ。けれどおんなが男を称して“食い足りない”と言えば、これはもう存在そのものが否定されて聞こえる。細胞レベル、ミトコンドリアの色つやから問われてしまう、そんな切実さが寄り添っていて相当に怖い。


 知識やマナーは言うに及ばず、物腰や表情、趣味や日用品、体臭や口臭、財力と差配能力、潮目の読み方、さらには夜の生活といったあらゆる事に目線が達しているようで、それに対して駄目出しされてしまった感じがする。言われた方は二度と立ち上がれない、決定的なジャッジが下されてしまった感があります。


 “食い足りる”そんな相手がこの世にいるのかどうか。私はいると信じていますが、一生のうちに出逢えるかどうかは分からない。恋路は人がひとを食べる行為にほかならず、“食い足りる”その時まで僕たちは食べ進むしか道はない、という事なんでしょうね。



 話が変な方向に行ってしまいました。「ゆーとぴあ」の中に“ここが味噌”という表現がありました。正月の喧騒から浮いていく独り身がどうにも遣る瀬なく、ついに耐え切れなくなったホステスたちがママの自宅へと足を延ばします。そこで繰り広げられる福笑いの余興が一滴の涙をともない繰り広げられます。


 水商売の内実を描いて徹底して“非日常”を演出していく「ゆーとぴあ」に味噌汁の影は終ぞ見当たらないのですが、ほんの一瞬だけ“味噌”という響きが部屋を満たしていく。彼女たちが棄てた日常が閃光のようにきらめき、疲れた身体とこころを慰撫しているのです。


(*1):「ゆーとぴあ」 真樹日左夫作、上村一夫画 全6巻 小学館。引用は第39話「長い午後」からで、第4巻に所収。初出は「ビッグコミック」1982年6月10日号〜1985年11月25日号
(*2):「なぜ人はキスをするのか?」シェリル・カーシェンバウム 沼尻由起子訳 河出書房新社 2011

2010年5月3日月曜日

上村一夫「同棲時代」(1972)その3~上村一夫作品における味噌汁(14)~

 このような景気です。仕事のあることは嬉しくありがたい事なのだけれど、やはりこの時期、世に大型連休と呼ばれる期間に入ると気持ちがぷくぷく泡立ちます。解放されないままに半端な仕事に当たる毎日はどうにも悔しい気分。「聞け万国の労働者」でも歌いましょうかね。ショウガナイ、何を馬鹿なことを──。


 「同棲時代」を中心となして広がる上村一夫(かみむらかずお)さんの創造の平野を、これまで13回に渡って歩いてみました。そこには意味ありげに“味噌”が顔を覗かせていて、人物の内面をそっと代弁している様子が認められました。


 “味噌”がぽんっと視野に飛び込んだり、はたまた「みそ」という響きが耳朶を打った際に避け難く生じる微弱な“震え”のようなものを上村さんは畳み掛けるように登用し、独特の震幅を物語に与えることに成功しています。いつまでも後引く余震が見事ですね。


 恋愛劇には不向きと想われた“味噌(汁)” はしっかり男とおんなの魂に流れ込んだ後に、ごつごつした樹根のように固形化して読者を待ち受けている。蹴躓(つまず)かせて足をさらい、来た道を見失わせて僕たちを精神の迷路に誘(いざな)おうと、今でも息を殺して待ち続けているのです。うわべだけを紙芝居のように並べた安直なドラマがずいぶんと幅を利かせていますが、本来人間は複雑で多層な内面を抱えている厄介な生きものです。たくさんの若い人に、こういった奥の深いお話を読んで学んでもらいたい、ほんとうにそう思いますね。


 上村さんについては、今日でひとまずお仕舞いです。最後にもう一箇所だけ、“味噌汁”に関する奇妙な描写を「同棲時代」(*1)に見ることが出来るのですが、それを取り上げて筆を休めましょう。不自然なその物言いには、作者の“文法”がやはり感じ取れるのです。


 今日子の退院によりふたりの暮らしは再開されたのですが、無理を続けている空気にじわじわと侵食されています。当初のみずみずしい会話は何処へやら、いまでは息を潜めるように過ごす毎日なのでした。重苦しい沈黙が続いていきます。

 突然扉を「トントン」とノックする音。隣りの部屋に住まう同世代の娘が“醤油”を借りに来たのでした。(*2)

弓子「ねぇ 今日子さん お醤油貸してくれる?」

今日子「いいわよ」

弓子「うち きらしちゃってるの 気がつかなくて 

   あら!まだお休み?ごめんなさい」

今日子「ええ あの人 ゆうべ遅くまで仕事してたものだから」

弓子「ほんとに大変ね イラストレーターっていうのも

   あ いけない 授業に遅刻しちゃうわ じゃお借りするわね!」


 この娘も目下“青田”という男と同棲中なのです。背格好や容貌にはあざとい造り込みが為されていて、今日子と次郎とはあまりにも対照的です。どうやら前触れなく突然物語に招聘されたこの隣家の男女は、今日子と次郎の内面を浮き彫りにするための補色の役割を担っているようです。夕方にも再度扉はノックされます。「トントン





今日子「はァい」

弓子「今日子さん ごめんなさい お味噌を少し借りたいの」

今日子「いいわよ」

弓子「あの人がね どうしても味噌汁がのみたいっていうもんだから

   あ それからね もし残りものがあったら言ってちょうだい

   うちの猫に食べさしちゃうから (高笑いして)ころころころ」


 なんという天真爛漫さ。行動のいちいちに陽性が溢れています。この後、飼い猫について苦言を呈されたことから大家と激しい口論に至って、田舎に帰って農家をしながら悠々と暮らす、子どもも沢山作って元気に育てるつもりだと啖呵を切って、実際にさっさと引っ越してしまうのでした。リアカーを引いて小さくなっていく彼らの背中に対し、物語は重い沈黙をもって答えています。


 上村さんの作品にて“味噌汁”が境界標として機能することを思い返せば、ここで太々と描かれた境界線の向こう側には疑念や不安、戸惑いといったものが微塵もない“生活”が意図的に描かれています。シンプルで純粋な、笑顔に満ち溢れたそれを今日子と次郎は羨望、侮蔑、悔恨、同情といった綯(な)い交ぜとなった想いで見送るのでした。(*3)




 青田という名の若い男女への輻輳(ふくそう)する上村さんの眼差しは“生活”という区画と“観念”の飛翔する空域とを穿つ境界標たる“味噌汁”にも同等に注がれている感じがします。


 生活を長年こなすうちに生じてくる粘っこい澱(おり)が次第に足首に纏(まと)わり付き、気力体力を徐々に奪い去っていきます。諍(いさか)いを起こしてしまい疑念が鎌首を一度もたげてしまえば、“無私”で居ることには限界が自ずと訪れて、ふたつの心は分裂を始めてしまう。決壊してしまった魂の貯水池はなかなか元に戻せません。透明感のある澄んだ笑いで暮らしを満たし続けることは出来ない相談なのです。


 ぶわぶわと輪郭を崩し始めた空間でもひとは物を食べ続け、生きていかねばならない。今日子と次郎の部屋の夕餉に供される“味噌汁”は、だからとてつもなく哀しい。何のための境界票なのか、一体何から何を守っているつもりなのか。何を外に追いやり、何を内側に創ろうとしているのか。


 
こんなにも淋しく儚げに見える“食(べもの)”は他の創作世界には無いような気がします。そして、僕たちの身近に転がる“味噌汁”をこんなにも哀しく見える“食(べもの)”にしてみせた創り手は、上村さん以外には今のところ見当たらないのです。



(*1):「同棲時代」 上村一夫 1972-1973
(*2): VOL.57「夏のとなり」
 
(*3):ここで繰り広げられた騒動は国境線を主張するために誇示される軍事訓練か挑発行為のようなものに見えてきます。例えはいささか乱暴ではありますが、今日子と次郎が二筋の境界線を持って曖昧に重なり合う多民族国家とするなら、隣家のふたりの快活な笑いに満ちた生活はイデオロギーを隙間なく集束させた独裁制国家の趣きです。境界紛争が脆弱な連邦国家を震撼させ、異分子たる互いを強く意識させてしまった。この後、まっしぐらに今日子と次郎は分裂へと歩を進めて行くのです。

2010年4月22日木曜日

上村一夫「同棲時代」(1972)その2~上村一夫作品における味噌汁(13)~



今日子「ねぇ 次郎 熱い味噌汁が飲みたくない?」

次郎 「熱い味噌汁か… そうだな 身体が暖まるだろうな」

今日子「ねぇ うちへ来ない?ごちそうするわよ」

次郎 「きみんちへ?どうして?そんなことできるわけないだろう」

今日子「いいえ かまわないわ 行きましょうよ」

次郎 「しかし………」

今日子「父と母のことなら心配しないで あたしの覚悟はできているの」

次郎 「熱いみそ汁…… 」


 上村一夫(かみむらかずお)さんの「同棲時代」(*1)に話を戻します。


“同棲”は暮らし振りの一形態です。その顛末を描く上で、“食事”の場面はどうしたって避けようがありません。実際、朝食、夕食、外食とずいぶん沢山の料理が劇中には挿入されておりました。当然のことながら、そのいちいちに作者は“木霊(こだま)するもの”を組み込んではいない。そんなことをしたらお話はたちまち渋滞を来たして、やがてボロボロに壊れてしまいます。僕たちの日常そのままに、特別の感慨のないものとして水か空気のように過ぎていく、それが「同棲時代」の“食事の光景”でした。


 でも、今日子と次郎、ふたりの岐路を描く重大な局面においてはどうでしょう。“食(べもの)”はこれまでの無表情を一転し、じんわりと発光を開始するのです。俄然色彩を増していき、登場人物の秘めた内面を代弁していく。そんな重要な役割を果たして見えるのです。



 例えば茫洋として連なるふたりの日々に対し、天空を裂いて降る雹(ひょう)のごとく突如もたらされて暗い影を落としたのは、ひと山の“花梨(かりん)”でした。



郷里の母親から送られてきたものですが、ふるさとの匂いを帯びたあれこれ、例えば菓子、米、缶詰、ちょっとした衣類といった雑多な詰め合わせではなくって、単体の“食(べもの)”である花梨がごそり山となって届けられる辺りが、いかにも上村さんらしい表現です。今日子の神経はこれを境に変調し、狂気との壮絶な闘いに入っていきます。(*2) 





 また、行き詰まったふたりが食事どきに激しく言い争い、せっかくのぶ厚いステーキ肉をゴミ箱にぼとぼと捨ててしまうくだり(*3)や、精神を病んで長く入院をしている今日子から現世への帰還を宣言する手紙を送られた次郎が、読み終えた刹那に思い立って台所に向かうや黙々とソーセージと野菜の炒めものを作って食していく場面などは、静謐でありながらも輻湊(ふくそう)する情念に満ち溢れていて、読んでたじたじとなったものでした。



深く記憶に刻まれて留まり続ける、ほんとうに素晴らしい“食べもの”の情景です。(*4)





 このように観念と“食”との阿吽(あうん)の呼吸は、「同棲時代」においても健在なのです。


 上村さんの“食(べもの)”は胃の腑の空隙を単に埋めるものではなく、むしろ胃やら肺やら心臓といった身体の内側がべろりと裏返されて露出し、そこに巣食う情念が大気に剥き出しにされた挙句に変幻したもの、と言える気がします。“食(べもの)”という形貌(なりかたち)をしていても、ひとの魂そのものなのでしょう。「同棲時代」には空気のように取り巻いて無味乾燥の体で列を為す“日常の食事”に挟まって、そんな思慮に溢れた“食(べもの)”が素知らぬ顔で割り込んでは読者のこころをワッと揺さぶらんと待ち構えている。


 さて、物語の終焉において今日子と次郎とで交わされた会話に“味噌汁”うんぬんがあり、年数をいくら経てもうまく嚥下(えんげ)することが僕は出来ず、悶々として今に至った事は以前この場に書いた通りです。違和感をつよく抱き、ずっと気になっていたのは“きみ”という表現でした。「きみが作ってくれる味噌汁のことを思うと」という蛇のずるずる這い回るような言い振りには作者の執着がべったり張り付いて聞こえます。なぜ単に「朝ごはん」を今日子は誘わないのか。どうして「きみが作ってくれる」という不自然な言い回しになるのか、だいたいナゼ急に「味噌汁」がここで口から飛び出したのか。




次郎 「きみが作ってくれる味噌汁のことを思うと ぼくはたまらない……

    それを飲んだら ぼくはどんなにか身体も心も暖まるだろう……

    だけど こいつをよく覚えとこう この感じを……」

今日子「……」

次郎 「この寒さをよく覚えとこう…… 今 この寒さとひもじさに

    耐えられたら このさき何にだって耐えられるかもしれない……

    そんな気がするんだ」

今日子「次郎……」



 先に引いた野菜炒めの手際の良さが語るように、次郎という男は料理をとても得意としています。ある時など酒場で酔って意気投合したシルバーマンという名の外人をアパートに連れ帰り、翌朝、今日子が仕事に出てしまってから幾皿かの料理を自分一人でしつらえ、手際よく供して大いに驚かれてもいます。その中には味噌汁も含まれておりました。


つまり次郎は“僕の味噌汁”を朝飯前に作る男なのです。(*5)“きみの味噌汁”という言い回しは“僕の味噌汁”があればこそ成り立つ表現だった、というのが分かります。


 ここで上村さんの“味噌汁”が、観念の飛翔を存分に許す空域と日常という内界との間に穿(うが)たれた“境界標”として立ち現れることを思い返すなら、たちまちにして物語の構図が見えてくる。「同棲時代」の幕を降ろすにあたって、今日子と次郎の人生の有りようをすっかり俯瞰して見せようと作者はしている、そのための不自然な台詞であったに違いありません。


 きみのものと僕のもの、ふたつの味噌汁椀が男女間にふわり浮かんで見える劇の状況は、二本の明確な境界線を露わにします。ふたつの精神が一切重なることなく対峙したままの姿となって提示されるのです。完全に孤絶し切って並び置かれたふたつの魂の、凝っと向き合い見つめ合う様子は、自律してしまった者同士だけが発する厳しくもすがすがしい大気にすっかり洗われて見える。読者のあらゆる視線をもはや受け止めてはくれない。干渉を、そして感傷をも拒絶するのです。それ程にも決定的、最終的な構図が呈示されている。







 もちろん“味噌汁”以外の言葉や風景、朝焼け、朝露、金木犀の薫り、砂丘、陽炎(かげろう)、足跡──を上村さんは次々と紙面に投じて、吐息に満ちた今日子と次郎の暮らしの終幕とこれからの門出を演出しています。“味噌汁”はそんな風景のほんの一部分に過ぎませんが、その“一部分”を他のどんな作家が気付き登用出来たものか。僕の知る限りにおいてはここまで演出が及ぶ作家はそう見当たらない。(*6)天才という言葉を強く想います。



 愛憎で綾織られた短いような長いようなふたりの旅路を眩しく振り返りながら、描かれた男とおんなはずいぶんと幸せであったな、生命を吹き込まれて存分に生きたよな、と深々と頷いていく、そんな厳かな気持ちに今、ゆったりと包まれているところです。




(*1): 「同棲時代」 上村一夫 1972-1973 最上段および中段に引いた頁は VOL.69「終章」より
(*2): VOL.30「花梨怨歌」
(*3): VOL.60「土曜の夜から土曜の夜まで」
(*4): VOL.48「手紙」  この(*3)と(*4)のコマ割りが似ていますが、これは偶然ではないと僕は想っています。“食事”を作って“生活”を目指そうとする次郎に対して、“食を遠ざけること”で情念の持続を図る今日子のすれ違いが時をまたいで対照的に描かれています。上村さんの作為がいかに持続する性質であるかを、いかに計算に基づいたものかをこの二つのコマが教えてくれます。
(*5): VOL.15「小さな指輪」
(*6):ここで言う演出とは、世に溢れる事象、天候、水、雨、階段、花の色、花言葉、靴の色、傘の色、寝具、書棚に並ぶ本の背表紙、そんなすべてを味方にして人物の造型に傾注する才能のことです。映画監督では石井隆さんもそうです。アンドレイ・タルコフスキーさんにも近しいものを感じますね。

2010年3月28日日曜日

上村一夫「同棲時代」(1972) その1 ~上村一夫作品における味噌汁(12)~


今日子「次郎……  次郎…あたし……

    あたし…戻れるかもしれない……」

次郎 「…(内ポケットから煙草を出しくわえ、今日子にもすすめる)」

今日子「ありがとう……(火をもらい)」

次郎 「…(瞬間視線が交差する)」

今日子「次郎……」

次郎 「ん?」

今日子「夜明けね……」

次郎 「うん……」

今日子「いつかもこんな朝があったわ……」

次郎 「…」

今日子「ねぇ 次郎 熱い味噌汁が飲みたくない?」

次郎 「熱い味噌汁か… そうだな 身体が暖まるだろうな」

今日子「ねぇ うちへ来ない?ごちそうするわよ」

次郎 「きみんちへ?どうして?そんなことできるわけないだろう」

今日子「いいえ かまわないわ 行きましょうよ」

次郎 「しかし………」

今日子「父と母のことなら心配しないで あたしの覚悟はできているの」

次郎 「熱いみそ汁…… 行くか!」

今日子「そうよ 行きましょう(ベンチから歩き出す)」

次郎 「(きびすを返して)いや……」

今日子「どうしたの?」

次郎 「やめとこう」

今日子「なぜ?」

次郎 「きみが作ってくれる味噌汁のことを思うと ぼくはたまらない……

    それを飲んだら ぼくはどんなにか身体も心も暖まるだろう……

    だけど こいつをよく覚えとこう この感じを……」

今日子「……」

次郎 「この寒さをよく覚えとこう…… 今 この寒さとひもじさに

    耐えられたら このさき何にだって耐えられるかもしれない……

    そんな気がするんだ」

今日子「次郎……」

次郎 「いい天気だ」

ト書き(一晩のうちに苦しみがすっかり薄らいでいるのを次郎は感じた

    しかしそれは また今朝だけのことで長い年月のうちには

    傷がどす黒い血を噴き出すのかもしれないと 次郎は思っていた──)(*1) 




黒い表紙の本(*2)を台所まで持っていき、ガタゴト食器棚から“はかり”を出します。試しにどのくらい目方があるかと量ってみたところ、針は330グラムを指しました。そんなものかと驚きました。僕にはとても重く感じられますから。ずんと胸に響いてしまい頁をめくるのが苦しい、しんしんと肌寒いものがこの本にはあります。



上村一夫(かみむらかずお)さんの「同棲時代」は1972年の3月から翌年11月にかけて連載された劇画で、氏の代表作とされています。映画やテレビ(*3)にもなり、上村さんが作詞し大信田礼子さんが歌ったレコードもヒットしました。



“同棲”という言葉を猥(みだ)りがわしいものから身綺麗な感じに変え、多層なイメージを世間に流布する役割を果たしました。しかし、映画であれドラマであれ、原作劇画の外貌をなぞったに過ぎない甘い内容となってしまい、ほとんどの人は主人公今日子と次郎の旅の完結がいかに凄惨なものであったかを知りません。原作の抱える硬さ、険しさは十分には知られていない。 (*4)





 まして、その幕引きの瞬間、男と女の会話に“味噌汁”が顔を出していたことを、まず十人にひとりが憶えていないか、まったく知らないのじゃないかな。


僕がその“味噌汁”に惹かれてずっと来たことは先に書いた通りです。最後に「同棲時代」をいま一度だけ読み返しながら、今日子と次郎、ふたりの会話の深層に触れて行こうと思います。と言うよりも、これまで上村さんの作品を読み進めた内容を薄絹のベールのようにそっと上に引いた会話に重ねてみれば、ごくごく自然に、無理なく何がひと組の男女に起きていたのか、分かっていくように思われますね。


ちなみに「同棲時代」の年代順の立ち位置はこんなところに在ります。

1971 マリア

1972 同棲時代

1973 狂人関係 
1974 離婚倶楽部 
1975 サチコの幸 
1976 すみれ白書 
1976 関東平野 
1976 津軽惨絃歌
1977 春の雪
1977 60センチの女 
1978 星をまちがえた女 


上村さんが“食(べもの)”を作劇に果敢に取り入れ、感情の“木霊(こだま)”にしようと模索した時期ですね。



さて、話替わって、あっと言う間に3月が幕を降ろそうとしていますね。いよいよ新しい季節のスタートが目前です。新しい環境、新しい仕事、新しい生活が次々と駆け出していく眩しい端境(はざかい)の週です。


 のろまな僕は結局のところ周回遅れですね。いい加減、あと数回でしっかり区切りを付けないといけません。前を向いて歩かないと!


(*1):「同棲時代」 上村一夫 1972-1973 初出は「漫画アクション」 最上段に引いたのは「VOL.69 終章」より
(*2):手持ちの僕の本は双葉社のアクションコミックス、全6巻で、計ってみたのは最終巻です。
(*3):「同棲時代─今日子と次郎─」 監督 山根成之 1973
「同棲時代」 脚本 山田太一 主演 梶芽衣子 沢田研二 1973 TBS
http://www.youtube.com/watch?v=46roDK-sNWs
(*4):うーん、そうでもないのかな。案外皆知っているのかな。

2010年3月27日土曜日

群島を俯瞰して~上村一夫作品における味噌汁(11)~

1971 マリア
1973 狂人関係 
1974 離婚倶楽部 
1975 サチコの幸 
1976 すみれ白書 
1976 関東平野 
1976 津軽惨絃歌
1977 春の雪
1977 60センチの女 
1978 星をまちがえた女 


上村一夫(かみむらかずお)さんのある時期の作品を、ほぼ発表順に読み進めてきました。今度は簡単な図に起こしてそれ等を並べながら、いったい“食(べもの)”の登用で何が起きていたかを整理してみます。






「マリア」では家庭から離脱して“食事”を回避し、蜜柑、干し柿、猪鍋といった顔かたちの分かる“食べもの”に固執していきます。けれどもマリアはそれすら満足に口に運ばず、長い放浪を続けていくのでした。想いの深さや昂揚が“食事”という状景を劇から追いやってしまう気配が読み取れました。











「狂人関係」では人参を齧る行為と狂恋が並行して描かれ、“食べもの”と“観念”との二人三脚が露わになりました。“生活”とはかけ離れた孤絶した世界でふたりの魂は爆発的に燃焼を繰り返しています。そこに至る直前には家庭を懐旧する視線が在り、“蕗味噌(ふきみそ)”が脈絡なく浮上して主人公の青年捨八(すてはち)の気持ちを攪乱しました。











「離婚倶楽部」では “食事”を通じて“家庭”が象徴的に描かれましたが、料理は具材が認められないあやふやな“のっぺらぼう”になっていました。それは真情をともなわない“まねごと”であったからでしょう。“食べもの”が具体的な名前とかたちを与えられた場景には、まねごとではない激情や切望なりが吐露なっている瞬間と捉えて良いことが読み取れます。また、“家庭”の奥に潜む暗い闇を覗くような、なんとも不穏な感じを与えるエピソードでした。








「サチコの幸」では“味噌汁”が象徴的に登場しました。情念の虜になった外界のおんながサチコたちの“生活”に侵入しました。その際、店の入口に置かれた“味噌汁”は鍋ごと引っくり返っています。また、外界で新たな“生活”を始めたサチコは調理にいそしみますが、まるで“味噌汁”にて禊(みそぎ)をするような具合でした。










「すみれ白書」の長い道程を通じて、最も幸せな空間は“世帯”という名の非日常のものであり、それは生活臭のしない遠い北国の温泉宿に灯っています。そこでの“食事”は上村劇画では稀有な、何とも言えぬ安らぎと喜悦に満ちていました。












「関東平野」でも味噌汁が現れています。血の通わないおんなと少年が味噌汁碗を交わして急接近していく、厳かで意味ありげな場景がありました。また、視力を失った画家が“食事”を投げ捨てて生命を削っていく姿も丹念に描かれました。上村さんの劇画に縊首、自傷、入水、投身といった死の選択が多く、このような“食事”を投げ捨てる行為には作者の強い思い入れを感じます。









「津軽惨絃歌」では寒村を飢餓寸前までに追い込む妖女が登場しました。愛憎入り混じった想いを村長に抱くこのおんなは、村人の生きる糧である“魚”を海に追いやる毎日でした。「春の雪」では、この時期の上村さんが“食べもの”で情念を描写することに執着している様子が窺えました。












「60センチの女」では向き合う男女に両極端な“食べる行為”を割り振り、愛の不在を強い調子で謳い上げています。たった60センチに過ぎない両者間の距離は、無限の広がりと薄い空気を感じさせて恐ろしいほどでした。「星をまちがえた女」では女性ばかりで劇が構成されて恋情が影を潜め、その途端に食卓は彩りを豊かにしています。ただし調理はロボットにより為されていて、もはや何事かのメッセージも食事には託されてはいませんでした。







もちろん作図の工程では僕なりの主観が挟まっています。多作であられた上村さんを論ずるにはサンプルもいささか足りないかもしれないけれど、こうして眺めるとしっくりと寄り添い見えてくるものがあります。


ひとつは気球や飛行船が上昇する際に砂袋やタンクのバラストウォーターを放出するように、上村さんの創った人物は“食”を上手く使っていること。捨てること、捨てさせることで高揚を図っている。


またひとつには、家庭や生活から離脱する際にはまるで重用されないのだけれど、逆に新たな生活、世帯、家庭の門を叩く際には「関守」のようにして“味噌汁”やそれに付随したものが置かれていることです。「境界標」のようにして外界からの入口に“味噌汁”が忽然と現れている面白さです。


2010年3月23日火曜日

上村一夫「60センチの女」(1977)~上村一夫作品における味噌汁(10)~



健二「おばさん………」

大家「(テレビに釘付け)クキキキッ!」

健二「おばさん!」

大家「何か用かい?」

健二「お味噌いりませんか?」

大家「いるいる さっきあんたのところへ送られてきたやつだね」

健二「全部あげます……俺は味噌は使いませんから……」

大家「そうかい そうかい じゃあ遠慮なくちょうだいしますよ」

健二「あの……そのかわり………」

大家「かわり!?」

健二「今月の家賃…少し 待ってもらえないでしょうか?」(*1)


 世間では上村一夫(かみむらかずお)さんを、首尾一貫した単色の作家と捉えがちです。四十代半ばでの夭逝が理由としてまず大きいですし、歳月は記憶の枝葉を伐(き)り揃えていき、いつしか故人の印象を整理してしまいます。亡くなったのが1986年でしたから、もう24年も経っている。どうしてもイメージを括(くく)りたくなる気持ちもよく分かるのです。


 けれども、最近出された単行本には、当時の連載に携わった原作者や編集者の親情溢れる文章が寄せられていて、そこでは世相や時流を敏感に察知する能力に上村さんが長けており、技法なり題材なりを難なく替えていくありし日の姿が懐旧されているのです。首尾一貫どころか、どんどん変わっていったということですね。実際一歩、二歩と作品に顔を寄せて観るならば、幹を伸ばす方角を訪れる節目ごとにぐいぐいっと曲げていったのがなるほど分かります。


 例えば──1974年にユリ・ゲラー Uri Gellerさんが来日しました。ブラウン管の前で親も子もスプーンの柄(え)をしきりに撫ぜてみたり、壊れた時計が今にも動き出しやしないかドキドキと見守ったりと大騒ぎでしたね。南山宏(みなみやまひろし)さんの空飛ぶ円盤、中岡俊哉(なかおかとしや)さんの幽霊をテーマとするミステリー本が売れに売れた頃でもあります。上村さんはそんな奇怪な流行りものを果敢に取り込んで、ぐいぐいっと方向を曲げた作品をこの頃に編んでいるのです。「60センチの女」(*1)と「星をまちがった女」(*2)と題された連作です。



 どちらの主人公も宇宙から来訪したおんなで、はた目には人間とあまり変わりません。「60センチの女」が移り住んだ金星荘は今ではあまり見られなくなった古い木造のアパートで、隣接した貸家には漫画家志望の健二が暮らしていました。ふたりの部屋はそろって二階にあって隙間は60センチメートル程度しかなく、双方の窓を開くと伸ばした手と手が届く、いや、それどころか部屋から部屋への往来すら可能という舞台設定でした。奇妙なタイトルはこの舞台設定に由来しています。(*3) 


 自然に言葉を交わし始めた男女は、やがて生活物資の貸し借りや散歩などの日常行動を共にしていきます。高橋留美子さんの「うる星やつら」(*4)とちょっと似た感じだけれど、それより先行していた点からは上村さんの器用さ、商業デザイナーとしての攻めの姿勢や職人らしいさらさらした血流が窺えます。


 “根暗”とか“ネアカ”という形容が娯楽媒体を席巻し始めた時期とも、調度その頃は重なっていますね。どおくまんさんの「嗚呼!!花の応援団」(1975)、江口寿史さんの「すすめパイレーツ」(1977)、鳥山明さんの「Drスランプ」(1980)といった作品に宿る、乾いた描線と明るいお話が読者に好まれました。上村さんはそんな世情もよく汲んで、絵柄はいつにも増して淡々としたものになっていく。



  胸底にゆらゆら灯(とも)る情炎と葛藤をひたすら内観する時間が影を潜めています。これまでの定石だった、立ち止まって手探りするような余白や間合いがずいぶんと減じられているのです。弾みが付いて転がるボールみたいです。幼く甲高い嬌声をきゃあきゃあ上げながら、ポンポンころころと転がっていく感じ。


 “奇怪な流行りもの”にひたすらおもねった“ネアカ”の“乾いた”作品として二作は見えなくもなく、ファンの間でも熱心には語られることがない半ば忘れられた作品となっている訳です。けれど、僕の観方は逆なんですね。上村さんらしい内実を満々と湛(たた)えていて、むしろ集大成に近しい重要な位置にこの連作は在る。




 「うる星やつら」や「Drスランプ」の根幹とは起承転結を区切らずに延々と繰り返されるドタバタ、なんて書くとファンの方から謗(そし)りを免れないだろうけれど、あの時代をあまねく覆い尽くしたスラップスティック‐コメディ群の、それこそ何でもありのハチャメチャな状況が上村さんと「60センチの女」に跳躍の自在を与えたのは違いなく、結果としてそれが作者の抱く哲学、人生観を最短距離でかたちに成すことに繋がっている。


 つまり、リアルでありたい、映画的でありたい、息継ぎやまなざしを生きた人間に重ねたいと腐心した“劇画”の自縄自縛から脱しているのです。天空より舞い降りたふたりの別世界のおんなは思うがままに行動し、歯に衣着せぬ言葉を周囲に投じて一歩も引かぬ構えです。そんな彼女たちの言動からは、上村さんの生々しくも毅然とした想いが透けて見えてくる。



 “食(べもの)”の不自然な登用とさりげない胸中の吐露、その独特の手法も「60センチの女」ではより突き抜けたものになりました。皆に“ムー”とあだ名されたおんなは、ラーメンだろうとフランス料理だろうと何でもござれの消化機能を持っているのですが、原則的には異世界から持ち込んだキャベツ(によく似た植物)を裏の空き地で育ててはこっそり収穫し、その葉をぴりぴりと千切っては口に運んで暮らしている。「かぼそき“食”」もいよいよ此処に極まれり、といったところです。



 これに対しておんなに懸想する青年健二に、どんな“食(べもの)”が寄り添ったものか。身体ひとつで越して来ては炊事も何もないだろうと朝食を勧めると、ムーは臆することなく健二の部屋にやって来ます
。「パンとコーヒーとミルクか──日本では 朝食にお味噌汁がつくんじゃないの?」 そんな質問をムーは(意味ありげに)投げ掛けるのでした。健二は答えを濁しています。


 礼を述べて去ったおんなと入れ替わるようにして男のもとに郵便小包が届くのですが、それは故郷の母親が送って来たもので、がさごそ包装を解いてみれば中身はでんと箱に詰まった“味噌”の固まりなのでした。「
味噌か……こんなものより 金が先だってのに…」健二はそれを階下の大家へ献上して、代わりに家賃の延滞を申し出るのです。



 外宇宙から来たおんながキャベツの葉ばかりをがりがり齧るのも、田舎から上京した漫画青年が母親の差し入れを煙たがるのもありふれた話に見えます、が、はたして易々(やすやす)と受け流して構わないものかどうか。どう考えたって可笑しいですよね、かなり作為的で不自然な事象です。このようにして上村さんは「かぼそき“食”」、「遠ざけられる“食事”」という作劇上の“決めごと”をより極端な顔付きで、これまで以上に断固たる風貌にて物語に挿し込んでいる。


 いつもの流れならおんなと男の気持ちは共振を始める道理ですが、これまでのルーティンは起動しない。「情念の高潮を惹き起こし、胸の奥の洞窟に潜むものを覚醒」させることはない。まるで回路が破断したかのような感じで、一向に熱情がたぎって来ない。これは一体全体どういう事なのか。


 先に引いた「すみれ白書」において、“家庭的でない時空”においてのみ、そして、“生活の場を遠く離れた”そのような場処においてのみ愛というものが極限まで開花し、本当の意味での“食”の充足もあると明言してみせた上村さんでしたが、その流れを踏まえての“愛の不在”を真正面から訴えて僕には見えます。


 “愛の不在”は、これまでも遠回しに述べられてきた上村恋愛劇の“結論”であったのだけれど、それを直球勝負で具象化する舞台やキャストに恵まれて来なかった。家庭を知らず、生活を憎む“すみれ”という突飛な造形が先にあったことは有ったけれど、それを遥かに上回る強い存在を創出しなければ想うところを描き切れない。そこで、はたと上村さんは気付いたのではないか、そうか“宇宙人”という手が今なら許される、そんな時代じゃないかと。まあ、僕なりの推論に過ぎないのだけれど、そのように考えると潮目は明瞭になって滔々(とうとう)と眼前を流れ始めるのです。


 「日本では 朝食にお味噌汁がつくんじゃないの?」と問われた矢先に土着的で生活臭の沁み付いた山盛りの“味噌”が郷里から届けられたことも象徴的だったのだけど、その後で金策に走り回ったものの成果まるでなく、空腹で舞い戻った健二が「(大家に味噌を)やるんじゃなかった……パンに味噌塗れば……味噌パンか………」と天を仰いで嘆息するのも、思えば異様にしつこい台詞の畳み掛けでした。青年健二には“味噌”が寄り添っていて、こってり包み込むようにしてここで描かれているのは「家庭」「日常」「生活」にまみれ、郷里を引きずり翻弄されるままの不甲斐ない男の姿です。“食事”を決然と「遠ざける」ことの出来ぬ、生活者の本音です。


 男自らの手で味噌をどっち付かずの場処に葬(ほう)むってしまったことで、当然おんなは味噌汁を口にすることはなかった、と共にキャベツをふたりして食(は)んで暮らしていくでもない。実に意味深な“すれちがい”が描かれ、上村さんらしい“食”の光景になっています。(*5)


 男(生活者)のおんなへの必死の懇願や愛の囁きに対して上村さんは、「非家庭、非日常」の化身たる“ムー”という宇宙人という絵柄のカードを切って断固「拒絶」している。そして、かえし返しおんなの口を借りるかたちで、男やその家族に向けて「愛はいけない」誤った現象なのだ、男女間の狭苦しい“愛”は人類皆が自覚すべき病魔だと説き続けるのです。


 喜劇のふりをしているけれど、もはや笑っているどころの騒ぎではなくなった。延々とおんなと男の宿命的なすれ違い、違和感、そして孤独が謳われるばかりです。くちづけを交わし、音楽を奏でて共有し、時に声がけして励まして笑顔を贈り合った仲のおんなと男でしたが、わずか空隙を遂に埋めることが出来ません。それが「60センチの女」と「星をまちがった女」に託された作者の宣言であり、上村さんが描き続けた数々の恋愛劇の頂(いただき)なのです。


「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」(マリア)

「かぼそき“食”が情念の高潮を惹き起こし、胸の奥の洞窟に潜むものを
覚醒させていく」(狂人関係、関東平野)

「家庭的でない時空においてのみ、情念の高潮や心境の錯綜は手を携えて
新たな次元に踏み出すことが可能となり、その時“食事”もまた喜悦に
加担する」(すみれ白書)
 
「しかし、おんなと男の関係の帰結は家庭である以上、情念の持続は終息
へ向かう。そこでは“食”の効力はまるで薄れて、埋没するか孤絶する
ばかりで記号としてもはや共振することはない。与えるべきものが奪い
合うものへと変質し、互いを憎しみと哀しみに染めていく。男女間の
“愛”は過ちに満ちたもので、忌避すべきか乗り越えていくべきものだ。」
(60センチの女)


 ──上村さんの道程をじっくり辿って来るならば、このような“決めごと”が綺麗に順序良く並んでいく。マリア、捨八、お七、金太、大雲、すみれ、ムー……。姿かたちや性別を変えながら与えられた試練に立ち向かい、その都度生まれ出る“句読点”にて少しずつ少しずつ岩肌を穿(うが)って彫り進めたその末に、上村世界の核心たるものの輪郭が露わになっていく。あくまでひとりの作家の創造し得た虚構を土台として成り立ってはいるのだけれど、幾度となく入念にシミュレートを重ねて到達したものだけに相応の説得力に満ちていて、今の僕をしずかに頷かせるものがあります。




(*1): 「60センチの女」上村一夫 1977-1978 連載は漫画アクション 最上段で紹介したのは「VOL.2盗人の種子(たね)は…?」より
(*2):「星をまちがえた女」上村一夫 1978-1979
(*3): そうそう、僕の青春時代は確かにこんな貸し家が当たり前のように有りました。なんか懐かしいですね。窓越しに恋愛劇が巻き起こるスタイルは、みやわき心太郎さんの作品にもあります。1975年春に「平凡パンチ増刊号」に掲載なった「窓」を起点とする「捜愛記」という連作です。翌年76年にかけて4回に渡って描かれ、朝日ソノラマから出された単行本「あたたかい朝」に所載されています。「60センチの女」の発想と関わりがあるのかどうかは不明だけど、みやわきさんの「窓」の方が発表時期は先行していますね。けれど状況の相似は認められても、内容の段差がすこぶる大きい。竹取物語や鶴女房のバリエーションとはいえ、ずいぶんと淋しくきびしいお話です。
(*4): 「うる星やつら」 高橋留美子 1978-1987 宇宙人の娘が現代社会に降り立つ話自体にはそんなに奇抜さはありません。「コメットさん」(1967-1968)もありますしね。



(*5):「星をまちがった女」では“隠喩”を盛り込む手法は世相に馴染まないと判断されたものでしょうか、“食(べもの)”は光を放つこともなくなり、生活の断片としてすっかり埋没しています。空飛ぶ円盤から連れてこられた卵形の万能ロボットが洗濯や掃除を行ない、味噌汁も器用に作って皆に振る舞う始末です。(VOL.25生活の意味) ひとの気持ちとは乖離した、ありきたりのものに“食(べもの)”は堕して見えます。続けて1979年に発表された「やっちゃれトマト」では、“隠喩”の回避はさらに顕著に行なわれました。



 「星をまちがった女」は「60センチの女」と設定そのものが似ています。漫画家のところに異星人が飛び込んで来るという状況もそっくり受け継がれていて、セルフリメイクの様相を呈している。けれど、それゆえに興味深いのは、「60センチの女」では健二という男のもとを訪れたものが、「星をまちがった女」でのコンマというおんなは女流作家の松井スマ子を急襲していることですね。おんなと男の間にだけ恋が萌え起つとは思いませんが、異性を実質的に排除して生活喜劇に努めようとしています。“愛の不在”の徹底振りに拍車がかかっており、“終着駅”に降り立って以降の上村さんの作劇に対する決定的な姿勢が窺えるわけです。

 上村さんにとっても、日本の「劇画界」にとっても、ひとつの時代が終息したことが如実に示されているように思いますね。線路の終わりでレールがぐにゃっと曲げられ立ち上がり、空を虚しく切り裂いているのがありますよね。あれと感じはどこか似ています。ちょっとさびしい、ぼんやりしたそんな感慨に囚われているところです。

2010年3月6日土曜日

上村一夫「すみれ白書」(1976)~上村一夫作品における味噌汁(9)~


 どうです、この笑顔。上村一夫(かみむらかずお)さんの「すみれ白書」(*1)の主人公で、タイトルにも冠されている“林すみれ”という二十歳の娘です。


 媚びず浮かれず、典雅で真っ直ぐな表情が僕たちの胸に飛び込んできます。この瞬間、すみれと相手とは“食事”の只中にありました。もっとも食卓における破顔や歓声は付きものです。微笑んでいる女性”が“食事”の場景に描き込まれることは至極自然な話で、取り立てて語るまでもない風景と言えます。


 だけど、ここまで順を追って読み進んでくれば、読み手の皮膚内へとじわり滲(にじ)んで迫るかのようなこの“笑顔”こそが上村世界ではたいへん奇異な現象であり、いかに非日常の光彩を放っているかが分かってしまう。


 「狂人関係」(*2)のお七と捨八、「離婚倶楽部」(*3)の夕子と真田に見られたように、“食事どき”の堅苦しさ、緊張や不自由さこそが上村さんの劇の基本でした。表情はどうにも冴えず、麻痺しているような、乾いたような面持ちになっていく。口元は横一文字に閉じられ、ごくごく浅いながらも眉根あたりに縦皺がぼんやり浮かんで見えてしまう、それが常でした。(*4)


 
 仏頂面から微笑みへ。すみれという娘に与えられた面貌(おもて)の変化は、目を留めてしばし対峙するに値する珍しいものなのです。どのような経緯でこの微笑みが生まれたのか、どんな“食事”をどんな相手と為したのかを見取る価値があります。(*5) 


 私生児として生まれ「家庭」を知らずにすみれは育ちました。母は精神を病んで長く入院もしています。デパートの店員としてたくましく働き、客や同僚といった外側へ向けての快活さが点描されていくのだけれど、その裏地には深く暗い、言いようのない色調の布が縫い付けられている、そんな風合のお話です。


 いくつもの大事な局面を経て自律の道へと至る展開なのですが、お話の真正面に山となって聳(そび)えていたのは津軽三味線奏者の高田松山(“しょうざん”と読むのかな──)との出逢いと別れでした。一方的に恋焦がれて付きまとう青年に誘われ、あまり気乗りしないまま演奏会に足を向けたすみれだったのだけれど、そこで松山のばち捌(さば)きにすっかり魅せられてしまいます。


 親と子供ほども年齢の違う初老の男の朴訥(ぼくとつ)で衒(てら)いのない空気にさっそく共振を開始した娘は、ある日の午後に夜汽車に飛び乗るや、一路雪深い北の地、松山の生まれ故郷の青森を目指すのでした。特にそれ以上に明確な行き先も目的も持たない感傷旅行に過ぎなかったのだけど、宿と決めた旅館の大浴場にて湯に当たって意識を失い、唸り倒れたそんな娘を見つけ快方したのが偶然にも同宿していた松山だったのです。


 「偶然すぎる偶然は 偶然じゃない 互いの心の糸がたぐり寄せられた 宿命なのかもしれない──」(*6)とおんなは信じ、男の胸に飛び込んでいきます。部屋にこもってそうして二人は果てのない魂の交感を続けていくことになります。つまり、おんなの面(おもて)に宿った微笑みはこの松山という男との邂逅の直後に発せられたものなのです。何がすみれをして“食事どき”に微笑ませたものか、“食”と“観念”の連携を例によって丹念に追ってみます。劇中に潜む“不自然”を探る作業でもそれはありますね。


 ゆらり浴場で記憶を途切らせて後、娘は自室に敷かれた布団のなかで目を覚まします。窓を開けると青い月が天空に浮かんでいます。面前に広がった湖にその光が落ちてきらきらと反射してとても美しい。どれくらい気を失っていたものか、あたりを静寂が真綿のように包み込んでいますから夜も相当に更けたに違いありません。


 湖面に突き出すように組まれた幅の狭い桟橋があり、その先にはこちらに背を向けてしゃがむ人の姿が見とめられます。目を凝らせば宿の仲居で、バケツに両の腕を差し込んでは熱心に何か洗っている。ザッザッザッと、大量のしじみを洗っていたのでした。迷惑をかけたのじゃなかったかとすみれが詫びますと、それは何のことか、宿の者は何も知らないと返します
。可笑しいのは、唐突に連なる次の言葉です。


仲居「この湖でとれるしじみはとても美味しいんですよ

    明日の朝はしじみのお味噌汁をお出ししますから…」(*6)


 実に“不自然”です。気絶した娘の身体を運んだのは誰なのかを順序立てて探っていく、確かにその筋道に沿ってはいるけれど、かなり強引に挿入された感が否めません。廊下での立ち話でも良かったし、様子を見に来た仲居とお茶でも飲みながら交わす言葉でも良かったのに、作者はざっと見て10メートル程も離れた場所に背を向ける仲居と娘に無理矢理に会話を強いています。“しじみ”の“お味噌汁”をどうあっても僕たち読者に想起させ、何事かを喚起させようとする企みがここにははっきりと読み取れます。


 その後再会をはたしたおんなと男は共に夜をまたいで朝を迎えるのでしたが、ふたりは仲居の運ぶ朝食の膳、昼食の膳を廊下に留め置き、一切の飲食をせぬまま続けざまに愛し合うのでした。どうやら前夜もお茶漬け程度しか口にしていないらしいのです。「堰がきれたよう」に、また、「飼育されつづけ」の「猛獣」になって互いを貪るふたりには、上村さんの“決めごと”である「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」という方程式がしっくりと絡み合っています。


 ふたつ身に隔てられていた魂が寄り添い、熱く溶解し、ひとつにじんじんと融合していく烈しい姿態の数々は、僕たちに「狂人関係」でのお七と捨八をたちまち思い返させます。たった三本の人参をモグモグカリと噛み砕いて咀嚼する時間を時折挿入しながら、いつまでも果てなく求め合った恋人たちの姿です。すみれと松山も夕飯どきから深夜、早朝、真昼を経て次の夕食時に至るまでの丸々一日を繰り返し抱擁して過ごしています。


 「すみれ白書」はここから「狂人関係」より分岐して、新たな様相を呈していくのです。不可思議な偶然の起点となった大浴場にて身体を清めるうちに、おんなの腹は空腹に耐えかねて大きな音をグ~ゴロゴロと立て始める。男の部屋に戻ったおんなの前に二人分の夕食が並びます。焼き魚をメインに煮物、漬け物、味噌汁にご飯も詳細に大きくコマに描かれて差し示される。このような“食事”の描写は上村さんのお話では極めて珍しい。ふたりはそれを実に美味しそうに、幸せに満ち満ちた風情で残らず食していくのでした。


 締め括りには急須からお茶を碗に注ぎ入れ、箸で摘んだ漬け物のひと切れで内側を丁寧にさらって、男はそれをすっかり飲み干してしまいます。老いて十分に仕上がった男の、米の一粒すら食べ散らさない繊細で堂々たる食べっぷりにおんなは感嘆し、じわり滲(にじ)んで来るような笑顔とまなざしを面(おもて)に湛えたのです。(*6)


 畳の上に大の字になって横臥するほどにも胃を充たしたおんなだったのですが、男に微笑み向ける瞳にはしっとりと愛が宿っていました。「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」、「かぼそき“食”が情念の高潮を惹き起こし、胸の奥の洞窟に潜むものを覚醒させていく」。この“決めごと”は瓦解して露と消えたものでしょうか。何だなんだ、屁理屈を並べてみても実際は雰囲気作りにすべてが過ぎない、いい加減で出鱈目なメロドラマじゃないか。人気漫画家のやっつけ仕事だったんじゃないの。そんな意見が出ても可笑しくない徹底した“食事”への転進でありました。



 上村さんの“決めごと”は原則的に変わらず「すみれ白書」でも適用なっていると僕は考えています。



 そこが“旅館”の一室であり、すみれの“住まう”都会でもなければ松山の“自宅”でもないこと。最初の情交のあとにふたりで為された会話を着火点として一気に燃焼が拡大していること。この二点と従来の“決めごと”を結び付けることにより、上村さんのドラマで為された次の歩みが見えてくる。創作世界の基軸となるふたつの力の対立がより一層浮き彫りになるのです。




松山「世帯をもつか……」

すみれ「え?」

松山「ふたりして世帯をもとうか……」

すみれ「世帯か……「家庭」よりいいかもしれないね」(*7)


 「家庭」的でない時空においてのみ、“食事”は「情念の高潮や心境の錯綜」と手を携えて新たな次元に踏み出すのだという上村さんの恋愛哲学が透けて見えます。「生活」の場を遠く離れたそのような場処においては“しじみのお味噌汁”も内観の鏡とならず、愛を祝福して一向に邪魔立てしようとしないのです。


 日々の“食事”や“生活”、“日常”といった事々のいかに大切で得難いものであるかを戦後の貧窮を通じて上村さんはひと一倍実感してもいた。一方で「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」、「かぼそき“食”が情念の高潮を惹き起こし、胸の奥の洞窟に潜むものを覚醒させていく」というアンビバレントな想いも明解なリズムとして内部に培われたことでしょう。


 そのような狭間にあって、いよいよ上村さんが至った結論が「すみれ白書」の“食事”であったのです。「家庭」という枠に翻弄され続けたすみれというおんなを突破口と為し、徹底して「家庭」を否定し「世帯」という曖昧な境界に佇むとき、ようやく初めて“食べる”場処に笑顔がぽっと灯る。上げ膳据え膳の旅館に逗留したという単純な理由ではなくって、もっともっと怖ろしい突き詰めたものがおんなの笑顔という形を借りて世界を覆い尽くそうとしています。上村さんの想い描く幸福の在り処、愛の景色というのは、極めて厳しい瀬戸際に立っているように思われますね。


 高度成長を遂げ、さらに飽食の時代を越え、バブル崩壊に大不況。社会の諸相は変転を重ねましたが、上村さんの佇んでいたあの瀬戸際はそんな時代を超えて今、この時を生きる僕たちにも時折見えてしまう断崖絶壁でしょう。そこに立ち、身動きできずに白い波を見下ろしている人というのは存外多いのではないのかな。そんな想像を廻らしながら、僕なりのあれこれを静かに思い返しているところです。


(*1):「すみれ白書」 上村一夫 1976-1977 初出は「漫画アクション」(双葉社)
(*2): http://miso-mythology.blogspot.com/2010/02/19733.html
(*3): http://miso-mythology.blogspot.com/2010/02/19744.html
(*4):もちろん内実は違います。「情念の高潮や心境の錯綜」するあまり整理が付かなくなり、混沌した状態に置かれているのです。折々の懐に歓びが内在するのか当惑が同居するのかはバラバラなれど、いずれの気持ちも活発に波飛沫(しぶき)をあげていました。そんな胸中の温度や照度はさておくにして、ただ外観上のみを追うならば、おんなであれ男であれ手放しの幸福に浸っているようには決して見えないのが上村さんの“食事どき”でありました。
(*5):先述の「春の雪」の恍惚は“食事”における“笑顔”と呼べるものかどうか、これは悩むところです。“すみれ”の笑顔の落ち着きと比べたら実に不安定な喘ぎの域であって、なんとも得体の知れない表現ですよね。心(しん)からの幸せという感じじゃないです。狂った“食(べもの)”がおんなの狂気を演出していた、あれは普通の笑顔じゃないと受け取っていいんでしょう。ほっぺが落ちそう、と瞬時に頬に寄せられた両の手のひらはどうもムンクの絵みたいだし(笑)上村先生の描くところの“食事”にしても“食(べもの)”にしても、すべからく心象風景の一部なのだと理解すべきでしょうから、脳味噌を喰っちゃったおんなのそれは“悲鳴”に近いと解釈していいのかな、なんちゃって。しばし反芻してみよう、締め切りがある訳でもないしね。
(*6): VOL.20 闇三味線
(*7): VOL.21 部屋の中

2010年2月28日日曜日

上村一夫「怨霊十三夜」(1976)~上村一夫作品における味噌汁(8)~

 劇中、上村一夫(かみむらかずお)さんが“こころ”に彫りこみを入れ、襞(ひだ)をこまかく加えていくとき、僕たちの目の前にこつぜんと“食”が佇立します。そして、奇妙な存在感を保ちながら男なり女なりに擦り寄っていく。想いがふたつ真向いせめぎ合うところ、恋慕の情のひどく迷走するところ、信念の露呈してまなじりを決するところ──。“観念”と“食”との重奏が始まり作品世界を華やかに彩っていきます。


 召呼された“食べもの”たちは日陰に置かれたかの如く目立たず、さっと読み流されるのが大概なのだけれど、上村さんが遺した頁(ページ)は膨大ですからね。まばゆい光軸となってお話を射し貫き、えも言われぬ残像を脳裏に残していく、そんな“食べること”に主体が置かれたお話も探すことが出来ちゃう。


 「怨霊十三夜(おんりょうじゅうさんや)」(*1)と冠する時代劇の連作がそれです。なかの二篇、短編「春の雪」と五回に分けて載った「津軽惨絃歌(つがるざんげんか)」で“食べること”が異彩を放っています。(*2)「月産400枚の原稿を手掛ける多忙さを極めた」(*3)のは、もしかしたらこの頃だったのでしょうか、発表された時期を年譜で俯瞰すると当時の密度の濃さに唖然とさせられます。先述した「関東平野」(*4)から一ヶ月先行しての連載開始ですね。上村さんの“決めごと”は、はたして其処でも活きていたものでしょうか。


 “食道楽”の父親に手塩に掛けられ、さらに若い“板前”と駆け落ちを果たした少女が「春の雪」(*5)の主人公です。手に職を持った者の強みです。行く先々で男は稼ぎを得て、若い夫婦は仲睦まじく暮らしていくのでした。可愛いおんなを愉しませるために、男は手を変え品を変えして美食を与え続けます。“食べること”に揺蕩(たゆた)い、半ば淫して過ごすうちにふたりは歯止めがいよいよ利かなくなっていきます。流感をこじらせ男があっけない最期を迎えてからも、ひとり残されたおんなは食べることをどうしても止められないのです。


 いよいよ彼女が口にした“もの”は、調理らしきことをほとんど施さずに包丁でとんとん、と切り分け、ぼてりと真白い碗に盛っただけの“もの”であって、それは“上村さんの食べもの”と呼ぶにふさわしい趣きです。舌根にとろり纏(まと)わり転がって、やがて咽喉をつるつる駆け下る頃にはおんなの官能をねっとりととろかしていき、深い法悦の表情が面貌(おもて)には刻まれるのだけれど、作者はそこに性技を極めた際に訪れる高い恍惚と瓜二つのものを意識的に刷り込んで僕たちに呈示してきます。いやはや、なんとも凄まじい。このときおんなの口に含んだ“もの”とは死者の脳味噌だったのです。


 上村作品の劇中人物が“食”を「愉しむ」さまは探せば見つからないことはありません。コクンと頷き目を細め、にこやかに舌鼓を打つ“遠目の姿”があちこちに挿入されてもいます。でも、そういうのは味覚と嗅覚の実直な反応で、いわば常人レベルです。「春の雪」ほどの昂ぶりを見せることは稀で、こんな極端な「美味しい!」を顕わすクローズアップは他の上村作品には見当たりません。一体全体、何なのでしょう。いくら上村さんが情念の画家とはいえ、咀嚼や嚥下の瞬間にここまで白熱した絶頂感が襲いかかって来るのはいかにも不自然で、随分とあからさまな表現に目に映ります。


 “決めごと”「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」──が起動していると仮定すれば、どんな想いがどれほどの強さで寄り添っていたのでしょう。所作や台詞を細かく見ていくなら、夫を喪ったばかりの成熟したこのおんなが仏門に入り、尼僧の姿になっていることがまずもって興味を惹かれます。そして「父と夫の供養のために」「この料理を作るのです」と呟くモノローグ中に、同じおんなである「母」が洩れ落ちているのもかなりの作為を感じさせます。


 奇天烈な食を極めた果てに禁断の“味”に溺れていくという“だけ”の話なら、かえって流れ的には分かりやすいのです。いたいけな赤子や無防備な娘をかどわかして無人の廃屋なり地下室なり、はたまた屋根裏に連れ込んでしまう。駆けつけた追っ手に見つかって振り向いた顔の、その唇には鮮血がべったり黒く付着しているといった結末は恐怖漫画や悪魔映画にありがちな荒唐無稽な展開なのですが、「春の雪」よりは余程自然に思われます。


 きっと上村さんの作品世界にあっては、味覚に耽溺する余りに自分を見失うという狂熱を選択肢に最初から持たないのでしょう。登場人物は最後までひととして全うしていき、どこまでも内観的です。“切れた精神”が世界をつんざくといった表現は成り立たない。(*9)“観念”と“食”は左右の車輪になりながら物語を確実に引っ張っていき、脱輪や暴走へはそうそう至らない。


 恋慕の最終形にして意識を隷属し尽くす「死に別れ」、“日常”から一番遠く離れた「出家」、“食事”の意義から完全にかけ離れた「人肉食」を三方に組み込んで、ようよう平衡を保った曲芸だったのだと僕は読んでいます。「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」という図式に当てはめて再度眺め直してみれば、おんなの内部に宿ったものの哀しみやゆらめきが輪郭を露わにして胸に迫ります。どれほどの思念が細い身体に燈(とも)っていたことか。上村さんにとっての極北の愛が描かれているやもしれません。




 「春の雪」の直前に描かれた「津軽惨絃歌」(*10)でも、“食べること”はひとの情念に強く通じていきます。海岸線と峰々に閉ざされ、世間から孤絶した漁村が物語の舞台です。そこに住まう彼らは魚を生きる糧とし、もたらす海原を拝むようにして暮らしています。とある冬、網元の息子である真介と瞽女(ごぜ)のお波(なみ)が相思相愛の仲となるのですが、真介は気持ちをくじいてふたりの暮らしを諦めてしまうのでした。真実に背を向け日常に埋没し、男は茫々と日々を越えればいいかもしれない。しかし、掟を破ったお波に対して旅仲間は容赦ない制裁を加え、右手と両耳を奪って雪野に放逐してしまうのです。


 真介との子どもを身ごもっていたお波は生きることを決意し、我が身から切り落とされて“もの”と転じた肉を喰らい、木の根を齧り、蛇を噛み裂きながら季節をまたいで臨月を待ちます。わが子を産むと同時にお波は息を絶えますが、赤子はやがて美しく成長して寒村に舞い戻ってくるのでした。


 もともと狭い海岸端に張り付いているようなさびれた場処です。余分な金子(きんす)など誰も持っていない、ぎりぎりの毎日なのです。そこで娘は、村の男たちに自分の身体を抱く代償として漁の獲物を要望します。色香に狂った浜の男たちは獲れたばかりの魚を抱えては列をなして群がり、貧窮に喘ぐ我が家に“食べもの”をもたらす動きを一切止めてしまう。たちまち村は炎天下にしおれる朝顔のごとくで、誰も彼もが飢餓寸前にまで追い込まれるのです。娘には母親お波のたどった“食べること”の苦難を、彼女らを放擲した漁民に強いる目的がひとつにはあったようですね。


 集めた魚はどうなったものか。娘だけがひとり艶然としてかぶり付き、滋養を大いに摂ったものでしょうか。いえいえ、籠ごと波打ち際にこっそり運ぶと、一尾ずつ海へと還しては微笑むのです。親の後を継いで村の長になった真介が娘の元を訪れて、どうして貴重な“食べもの”をみすみす逃がすのか、何故そのような理不尽を行なうかと詰問し懇願するうち、男とおんな、ふたつの魂は時空を超えてようやく再会を果たして影をひとつにしていく、そんな結末でした。身近な場処から“食を遠ざける”行為がここでも印象的です。


 母親の魂を宿した娘の真の願いは“情念の再燃”であったようです。「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」、「かぼそき“食”が情念の高潮を惹き起こし、胸の奥の洞窟に潜むものを覚醒させていく」。上村さんの“決めごと”は確かにひっそりと、けれど確実に息づき、僕たち読者を魂の荒波でざぶざぶと洗っていくのです。






(*1):「怨霊十三夜」 上村一夫 1976-1977 「週刊漫画TIMES」(芳文社)連載 現在複数の単行本に分けられ所載されている。 
(*2):留意すべき点が実は潜んでいます。「怨霊十三夜」開始の一月前には久世光彦さん原作の「螢子」(*5)が、その逆に「関東平野」から一月遅れで(後日この場で触れる予定なのですが)、「すみれ白書」(*6)という作品の連載もこれに加わっています。同時に生まれ落ちた双子ならぬ四つ子たちなのだけれども、それにしても、たったひとりの作者から並立して描かれたにしてはどれもこれもがボリュームが有り過ぎるのです。

 この驚きはなかなか口で言っても伝わらないかもしれません。四つ子たちを間髪いれずに総覧して初めて、その不思議に気付き誰もが愕然として言葉を無くすのでしょう。天才という形容がどうしても浮かんでしまいますが、上村さんとの仕事が長かった元劇画雑誌の編集長は、この「怨霊十三夜」に上村さん以外の何者かの体臭を嗅いでいるのです。(*7) 確かに筋肉の付きかたに弾力がなく、ぎこちない感じが素人目にもします。原作者がいた、その推論は間違いないものでしょう。つまり留意すべきこと、というのは、この「怨霊十三夜」にて発光する“食べる行為”を“上村一夫の世界観”であると認め、あっさり連結して構わないかものかどうか一抹の不安が残るということなのです。作者以外の人物の嗜好かもしれないのです。

 連作中には「東海道四谷怪談」を下敷きにした逸話(*8)も含んでいますから、民話や伝説が下敷きにあるかもしれない。そうなれば上村さんが構想をめぐらして“食”と“観念”を組み込む余白は最初から無かったかもしれない。何とも言えませんね。ですから、不確かなここでの言動が上村作品に誤った印象を与える、そんな懸念が大きく膨らんだ際には、この頁をそっくり直ぐに消去するつもりでおります。
(*3): 上村一夫オフィシャルサイト プロフィールhttp://www.kamimurakazuo.com/profile/index.html
(*4):「関東平野」 上村一夫 1976-1978 双葉社 初出は「ヤングコミック」
(*5):「春の雪」 上村一夫 「週刊漫画TIMES」(芳文社)1977年3月4日号 初出
(*6):「螢子(ほたるこ)」 上村一夫 1976-1977 ブッキングで入手可
(*7): 「上村さん、という人」 元「ヤングコミック」編集長 筧悟(かけひさとる)
そこで気になるのは、この作品の原作もしくはシナリオブレーンは誰なのかという疑問だ。週刊連載だからどなたかいたはずである。(中略)担当者の万袋さんなどの名前が挙がったが、現時点では不明である。真相を知りたいのだが、上村さんも万袋さんも土に還ってしまっている。」(「津軽惨弦歌~怨霊十三夜~」チクマ秀版社 巻末解説)
(*8):「子年のお岩」 上村一夫 「週刊漫画TIMES」1976年9月から10月掲載 現在愛育社より上梓されている「上村一夫珠玉作品集1 子年のお岩」で読むことが出来る。
(*9):切れるのではなく“狂う”という表現はよく使われています。そこに至れば“決めごと”も届かず、“食べもの”も明確な役割を果たしていないように見受けられますので、この場(ミソ・ミソ)では深入りしていません。昨今の娯楽媒体においては諸事情により狂気を画材に用いることが難しくなっていますが、恋慕や思念の臨界を描くにはどうしても欠かせないものですよね。
(*10):「津軽惨絃歌」 上村一夫 「週刊漫画TIMES」1976年12月から翌年1月掲載 現在チクマ秀版社より上梓された同名単行本で読むことが出来ます。


2010年2月23日火曜日

上村一夫「関東平野」(1975)その2~上村一夫作品における味噌汁(7)~


卑弥呼「いい男だねぇ……先生は……

     だんだんああいう日本人がいなくなっちまうんだろうねぇ……

     あんたもいいひとに引きとられたよ……」

金太「………」

卑弥呼「たべる?」

金太「いいえ 結構です………」

卑弥呼「先生なら黙って食べてくれるよ」

金太「………(味噌汁のかかったご飯をザッザッと掻き込む)

  (ゴクッと呑み込んで)ごちそうさま」

卑弥呼「どう?……あたしの味噌汁の味は?」

金太「はあ……まあまあだと思います」

卑弥呼「やっぱり駄目かなあ……子供を産まないと味噌汁らしい

    味噌汁はつくれないのかなァ……  あんたのお母さんに

    なれば上手につくれるかしら?」

金太「え!?」

卑弥呼「先生の奥さんになればってことよ……」

金太「…………」

卑弥呼「誘われてるのさ……いまの商売をやめて家へ来ないかって…!

    だけど だめだよ…柄にもなく照れちまって……」(*1)



 結婚式に招ばれた帰りに、式場近くにある美術館に足を向けました。この日は企画展示がなく常設だけだったのですが、それは二の次、たいした事ではありません。なんとなく独特の空気を胸に吸い込みたい、そんなときってあるものです。まだ冬から抜ききらない小さな町の、瀟洒な2階建ての白い建物には例によってお客さんはいませんでしたから、悠々と空間を独り占めして絵と対峙することが出来ました。嬉しい時間です。


 荒々しい山稜ばかりを巨大な画布に叩きつけるようなタッチで描く画家の作品が、二十点ほどいかめしく並んでいました。麓の雑木林や白い湖面を小さく底辺付近に配しています。そこから目を上方へと転じていくとやがて森林限界線を越えてしまい、黒い岩肌がごつごつと現れてきます。


 上限ぎりぎり、額縁にぶつかりそうな場処に屋根(おね)が描かれ、奥に鈍い洋赤色(カーマイン)に染まった空が垣間見えるのだけれど、視線がたどり付くまでには延々岩ばかりを這い登らなければなりません。狂ったようにうねり連なる筆の痕(あと)を追ううちに、(お酒のせいもあるでしょうけれど──)頭の奥の方からくぐもった音が響いてきました。老いた魔女の口にする呪詛のつぶやきか、それともあやかしの啼き声かは分からないけれど、ぐつぐつ、ぐわんぐわんと幻聴されるようなのでした。


 静かな誰もいないはずの空間ながら、とても騒々しい気配を受け止めました。耳を澄ませる気概があれば絵というものは大いに多弁となる時があり、沈黙を解き、何倍もお喋りを始めるものなのでしょう。


 “食”という視点から振り返れば、上村一夫(かみむらかずお)さんの「関東平野」も絵画と対峙するような案配で饒舌になります。なるほどしっとりと焦点が合わさって情念の明滅する様がうまく結像していく。今、そんな感じを独り味わっては酩酊に遊んでいるところです。


 上に引いた箇所は味噌汁にかかわる記述です。元子爵令嬢で今は二丁目に身を墜とした綾小路卑弥呼という名のおんなが、編集者の目に止まって画家柳川大雲の家に紹介されて来ます。絵のモデルとして選ばれたのです。金太は大雲から封筒に包まれたモデル代を託され、教わった住所を頼りにひとり二丁目まで足を運んだのでしたが、調度仕事の前の食事時であったのでしょう、卑弥呼は店先に七輪を出して味噌汁を作っている最中なのでした。


 ここで交わされる台詞は味噌汁を巡っての典型的な顔立ちをしています。家庭という内側へ外側から飛び込むに当たり生じる困難、違和感、妥協、そういった段差を象徴する小道具として登用されています。けれど、どうでしょう、指し示されているのはそれだけでしょうか。


 次は終幕間際に現れたものです。こちらは味噌汁ではなく生味噌の状態ながら、たいへん似た「心境の錯綜」を呼び寄せています。絶食の末に自ら命を絶った大雲が荼毘に付され、金太と銀子が故人の願いに副(そ)うべくゆかりの地、椿村に頭骨の一部を埋めようと足を運びます。田んぼの中の一本道で農家の家族に出会うのですが、それが幼少の折にあれこれあった同級生の石松だったのです。石松とその妻、そして彼らの赤ん坊は並んで道にござを敷き座ると、そこで農作業の合間の食事を始めます。



金太「石松……幸せそうだな」

銀子「憎いほど羨ましい………」

金太「やつのムスビ……見たかい?」

銀子「うん」

金太「味噌がたっぷり塗ってあって…恐ろしいほど大きかったな」

銀子「お味噌……奥さんが作ったんだって」

金太「……!」

銀子「うう……」

金太「なんだよ…ベソなんかかいて」

銀子「だって……だって あたしのような人間はああいう暮しを

   望んでも無理なんだもの」(*2)
 

 ここで再び民俗学者の神埼宣武(かんざきのりたけ)さんの本を引きます。


 テレビドラマにおける食事シーンに注目したことがおありだろうか。気をつけてご覧になれば、そのシーンの多さに気づかれることであろう。(中略) 海外では、およそこうした例はない。そこで、知人の某テレビマンにたずねたところ、視聴者が潜在的にそれを要求しているからだ、というのである。食事のシーンがないと自分たちの生活と縁遠いようで不安である、という視聴者の意見が多いらしい。(*3)

 もう一冊、今度は雑誌編集者から劇画原作者となり、上村さんと数多くの共著を送り出してきた岡崎英生(おかざきひでお)さんの本を書き写します。


 上村は、当時の劇画が決して主人公にしなかったような人物を主人公にすえる。彼ら、あるいは彼女たちは自分ではコントロールできない謎を抱えている。だから、その行動はつねに非合理的で、わかりにくいといえばわかりにくい。上村はそういう登場人物の言葉ではとてもいい表せない心情にまで深入りする。そして物語の中では、苦しませ、悶えさせ、時には(中略)破滅させる。(*4)


 最初の卑弥呼は春をひさぐ女として、また、金太の幼なじみの銀子は男の身体を持ったおんなとして造形された“決して主人公にしなかったような人物”であり、多くの読者とは“縁遠い”存在です。彼らは味噌汁、味噌を引き金とする思念の奔流に叩き落され苦しんでいるのであって、ホームドラマを見入る僕たちとは真逆に「食事のシーンがある」と大いに「不安」をもよおして動揺するのです。


 「やっぱり駄目かなあ……、だけど だめだよ…」「だって……だって あたしのような人間はああいう暮しを望んでも無理なんだもの」と煩悶する際の駄目や無理とは味噌汁の味付け、おむすびに付された味噌の自家製法である訳は当然なく、味噌(汁)をレンズとして広がる「日常、生活、家庭」という“異界”への転進が駄目であったり、無理難題となって立ち塞がろうとしている。


 上村さんの劇画においての“食”や“食べもの”とは、だから「ある家庭から別な家庭」「ある生活から別な生活」へ平行的に移動することの象徴といった生やさしいものではなく、森林限界線に似た険しい斜面に引かれたものであって、扱いを誤れば「時には破滅させられる」類いのものだと分かるのです。植生も違えば、環境も驚くほど異なっている世界の両者が“食”や“食べもの”を間に置いて睨み合っている図式なんですね。そして、中でも味噌が極めて先鋭的に境界上に置かれてある、そういうことなんですね。


(*1):「関東平野」 上村一夫 1976-1978 双葉社 初出は「ヤングコミック」
   VOL.22 赤線、青線、灯る街角
(*2):VOL.44 埋骨
(*3):「「クセ」の日本文化」 神埼宣武 日本経済新聞社 1988
(*4):「劇画狂時代「ヤングコミック」の神話」 岡崎英生 飛鳥新社 2002

上村一夫「関東平野」(1975)~上村一夫作品における味噌汁(6)~


 かれこれ二十四年も前になります。駅前の繁華街からちょっと外れたところにあった喫茶店の片隅で、薄まるアイスコーヒーを舐め舐めページをめくったのが上村一夫(かみむらかずお)さんの「関東平野」(*1)でした。


 あの頃は銭湯通いの社員寮暮らし、プライバシーはなくて当然でした。週休二日などは想像だにもせず、指名を受ければ日曜だろうと仕事に出るのは常識です。それは家庭を持たぬ独身者の義務だろうと、自然にこころは割り切れもした。つかの間の休日の午後は意味なく街をぶらつき、路地裏の映画館に飛び込みで入ってみたり、喫茶店の棚に置かれた古い漫画を掌に取って眺めるぐらいが息抜きでした。


 もちろんネットカフェも無ければ、漫画喫茶と冠する店舗もまだ見当たりません。薄暗い照明のなかに座り込み、漂
う紫煙をスパイス代わりに味の薄いピラフをスプーンで運び、さらに薄くなってしまったアイスコーヒーで舌を湿らせるのが休日の、精一杯の僕の安らぎでした。そんな具合で、上村さんの 「関東平野」に気持ちを馳せると、僕のあの頃の“関東平野”がまざまざと記憶に蘇えってくるのです……。それにしても、時代の諸相は本当に変わるものですね。


 ひたすら抒情的に色恋の煩悶を謳い上げるのを得意とした上村さんの画歴にあって、この「関東平野」は硬度のある面影を宿して異彩を放ちます。もちろん愉楽に誘い込む艶やかな筆筋は変わらない。カリカチュアされた容貌が実に巧みで、こうなるともはや名人芸の域でしょう。(*2)


 けれども、最初に読んだ折に僕はひと味足りないように思い、満腹感が得られなかったのです。若かりし日の僕は、「関東平野」をホームドラマと早とちりしたのですね。その頃の僕が求めていたのはどちらかと言えばホームのないドラマだったものですから、軽いいら立ちすら覚えたのでした。──うむむ、赤面の至りです。あまりにつたない読解力であったなと今にして深く恥じ入ります。


 約二年間に渡って「ヤングコミック」に連載されたこの物語は、架空の少年金太(きんた)の成長譚という体裁を採っているけれど、上村さん自身が“原風景のメモ帳”、すなわち“自伝的なもの”であることを公言してはばからない作品です。敗戦直後から復興期にかけてのかまびすしい世相と、明暗ばらばらに咲き乱れる心模様を少年は上目遣いで凝視しながら、ゆるやかに成長していきます。


 広大でありながらもどこか閉ざされた心象を僕たちに与える「関東平野」を舞台と為し、視座を西から東、東から西へとめまぐるしく交錯させながらお話は展開します。戦災により母を喪った幼子金太(きんた)が千葉の片田舎に住まう著述家の祖父にまず引き取られるのですが、共に暮らして数年といったところで病魔が祖父を襲います。


 ふたたび寄る辺を失くした少年に、今度は祖父と盟友であった画家がそっと手を差し伸べて東京に連れ帰り、そこで、ごくごく自然なかたちで金太は画業(上村さんの生業ですね)へ導かれていくのでした。ひとの縁(えにし)は人生のかたちを往々にして大きく変えていくものですが、この物語ではそれを微に入り細に入り描いていきます。多くの人とまなざしを交差させながら、やがて青年は絵描きとして自立するべく発奮していく、そんなおごそかな終幕になっていました。




 僕がそんな「関東平野」を当時、ホームドラマと見くびった理由は何だったのか。その背景にあるのが“食べもの”だったのは違いありません。民俗学者の神埼宣武(かんざきのりたけ)さんは“食事”とテレビ上のホームドラマとの関連を20年程前に上梓した本に書き込んでいます。参考までに書き写してみます。


  テレビドラマにおける食事シーンに注目したことがおありだろうか。気をつけてご覧になれば、そのシーンの多さに気づかれることであろう。時代劇はともかく、現代劇においては、一、二時間のドラマで平均五、六回の食事シーンが登場する。それは家庭での食事が中心であるが、レストラン、居酒屋、バーなどでの飲食までが、ストーリーの展開上さほどの意味がないのにたびたび登場してもいる。(*3)


 「関東平野」での“食べもの”の頻出はそんなホームドラマに匹敵するのです。満腹感が得られなかったと上に書きましたが、例えがあべこべかもしれません。“食べもの”が溢れていたのです。前半部分では毎回のように登場し、それにかぶり付く様子も盛んに描かれていた。チューインガム、焼芋、煮魚の缶詰、煮物、芋アメ、アメリカザリガニ、軍鶏鍋、まんじゅう、おじや、西瓜──。


 彼ら劇中の人物が年齢をぐんと経て世相が落ち着きを取り戻してからも、“食べもの”は間欠泉のように湧いて出ます。カツパン、おでん、まぐろの刺身、とうもろこし、わらびのおひたし、蕎麦、餃子、納豆、サヨリの刺身、ワカサギの天ぷら、板そば、するめ──。


 未熟な僕は“ストーリーの展開上さほどの意味がないのにたびたび登場”してくる“食べもの”に対してほどなく倦怠してしまい、自ら緊張を解いてしまった訳だったのです。


 上村さんにとって“食”と“食事”がどれほどかけ離れた存在であるか、丁寧にそれを読み解いていくに従って「関東平野」の色彩はずいぶん鮮やかさを増していきました。いちいちの描写に作者の底知れぬこだわりと執念を見つけては、なんと言うべきか恐怖すら覚えてしまうのです。「関東平野」は単純なホームドラマではないどころか、まさに上村さん入魂の“メモ”なのでした。


 上に並べられた“食べもの”がいずれも“食事”のなかに埋もれているのでなく、それ単体でふわりと出現している点に着目しなければいけません。満艦飾然に皿が並ぶ中に融け込むのでなく、実にぽつねんと“かぼそい”風体でそれらは出現して金太や劇中の人物を驚かせ、ときめかせている(時にはひどく落ち込ませてもいる)のです。“食べもの”へ向けられた心の揺れはそのまま突き進んで、人間や人生に対しての高揚(または失望)と直結していくのでした。“ストーリーの展開上にさほどの意味がない”どころか、物語の肝の部分が“食べもの”に起因して発現しているのがよく分かる。実に上村さんらしい作品だと言えるのです。


 承知の通り、物語の背景には太平洋戦争直後の食糧事情の悪さがあります。誰の身にも「“食事”は遠ざけられ、かぼそい」ものとなりました。周辺事情をいち早く知り得た者だけが単体でもたらされる“食事とは言い難いもの”に齧りつくことが出来た。そのような強迫的な時間のなかで思念がぎらぎら研ぎ澄まされていき、だから視線は早熟して大人たちの「情念の高潮や心境の錯綜する」様子を敏感に見取ったのだし、実際そのような有様に自身もまた陥っていったでしょう。上村さんの作品世界の“決めごと”、「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」はベクトルが逆向きながらもちゃんと生きている訳です。



  冒頭、金太たちの村にアメリカ軍のB29が不時着するのだけど、飛行機が黄金色に輝く収穫直前の稲田に突っ込みコクピットの風防ガラス越しに稲穂、すなわち“米”がクローズアップされるのも、また、脱出した飛行士の腰元あたりに麦穂がさわさわ揺れるのも、この作品が“食べもの”を鍵と位置づけた建築物であると暗に指し示していたのでしょう。(*4)



 また、銀子の母親が義兄との性戯の最中に勢い余って絞殺されてしまい、漬け物小屋の薄暗がりに白い裸身を横たえるのを、子供ふたりに哀れ目撃されてしまうくだりが左右見開きで描かれたとき、遺骸を優しく覆い隠すように手前に寄せ置かれたのが玄米の皮(ぬか)を取るために棒を突き立てた一升瓶であり、歪んだ取っ手の鉄鍋をぼたりと載せ置いた貧相な七輪という“食べもの”に付随した道具であるのも偶然ではなかった。


 その場に居合わせた金太と銀子、そして肉体を今しがた失ったばかりのおんなの胸中に錯綜する心を、“食事”未満のものを通じて上村さんなりに顕現して見せたのだと今は分かります。(*5)


 長じてからの金太は大人たちが性愛の焔(ほむら)に身を焼かれる様を凝視し、自身もまた恋情のぬかるみに足を捕られていきますが、その折々にまっとうな“食事”ではなくコントラスト鮮やかな“食”が登用されていることを、僕たちはよくよく受け止めなければならないのでしょう。




 自己本位な性格と若くなまめかしい姿態で金太を翻弄する今日子という娘に対し、金太のこころは違和感に苛(さいな)まれ続けます。アパートへの転居を良い機会と捉えて別離を模索するのですが、共にのれんを潜った蕎麦屋で金太は板そばを、今日子はアイスクリームを各々食べるという、実にちぐはぐな孤立した“食”を劇中組み込んでみせる作者の演出力には目を瞠(みは)らされるものがあります。(*6)




 それより何より素晴らしいのは画家柳川大雲を用い体現せしめた“食”と情念のコンビネーションでしょう。飄々とした口調で周囲を煙に巻いてばかりの大雲が、金太に対して芸術論を真顔で諭す場面があります。作者の内実に触れるような深淵で烈しい台詞であるのだけれど、その際に大雲はここぞとばかりに大きく鼻をほじり、臆することなくその指を口に含んでいきます。


 悪魔的な部分を常に胚胎する絵描きの生理と世間ではタブー視される鼻くそ喰いがここでは昏く共振していて、とんでもない迫力を産んでいるのです。“食事”ではない“食”の在るところに“情念”がある、その方程式を如実に描き切った見事な演出です。(*7)


 そしてまた、視力を突如失ってしまった画家は妻の運び置く“食事”を拒絶します。誰にも気付かれぬようにして自死の道を選択するのです。二階の仕事部屋で画紙におかずやご飯を手探りにて膳から移し、くるり包むや球と丸めて隣家の飼い犬へと放ってやるのですが、それは「“食事”を遠ざけて、かぼそくする」ことで「情念の高潮や心境の錯綜」を盛り立てる究極の幕引きを演じて見せた、ということなのです。
  
 上村さんのロマンチシズムや人生の理想が完全に重なると共に、上村劇画の“決めごと”がすっかり集約なっていることがうががえるのです。(*8)






(*1):「関東平野」 上村一夫 1976-1978 双葉社 初出は「ヤングコミック」
(*2):特に銀子の愛らしさ、可愛らしさと言ったらない。真っ直ぐな想いが目尻、口もとにぽっと灯る際の何とも言い得ぬ瞬間がたまりません。実に蠱惑的で魅了されてしまうのです。
(*3):「「クセ」の日本文化」 神埼宣武 日本経済新聞社 1988
(*4):VOL.1 チューイン・ガム
(*5):VOL.3 鬼灯(ほおずき)
(*6):VOL.45 夏の引越し
(*7):VOL.27 ゲイ志願
(*8):VOL.42 花の歌

2010年2月16日火曜日

上村一夫「サチコの幸」(1975)~上村一夫作品における味噌汁(5)~



 “食事”が日常の通過点として明滅するだけでなく、人間のこころの奥底に眠る羨望や懊悩といったものを代弁する目的から“かたちづくられる”。そんな上村一夫(かみむらかずお)さんのこだわりの技法がある訳だけれど、思いが強過ぎることからでしょう、時に物語の構造を破綻させる事すらありました。「サチコの幸」(*1)がそれです。


 舞台となっているのは太平洋戦争が終結して五年後、まだまだ食糧事情が良くない時分の新宿二丁目です。大陸より孤児となって戻って以来、サチコは“生活”のために春をひさぐ女として暮らしています。彼女のほか数人を遊妓として抱える小さな店で、見知らぬ客に素肌をさらす日々なのですが、ついぞ堕落した風情は読み取れない。持ち前の天真爛漫さで難事を切り抜けていく様子は、青春小説めいたすがすがしい息吹を僕たちに伝えます。読んでいてとても伸び伸びとする作品です。


 サチコたちの“生活”のあらましが活写されていく中で、冒頭より“食事”の光景が目白押しとなっていきます。おんなたちは互いを鼓舞し、持ちつ持たれつ支え合って生きているのです。商いの始まる前の明るい陽射しのなか、賄いの当番にあたった者は倹約のために七輪(しちりん)を店先に持ち出しては、魚を焼いたり、煮物を作ったりするのが常です。(*2) 上村さんの劇画に慣れ親しまない人はのんびりした場景と見て取るのでしょうけれど、虹のごとく層をなす光がこっそり“食事”に宿っていることは先に見てきた通りです。


 調理に励む姿、食卓に並んだ皿、盛り付けられた料理の数々によって、廓(くるわ)のおんなたちが“家庭的な”時間を繰り返す身であり、「情念の高潮」といったものを上手く受け流して暮らしていることを読者は理解する必要があるのでしょう。


 例えば、次の箇所なんかはとっても象徴的です。その日の朝食の当番はサチコです。例によって道路端で七輪の火をおこして、一人でのんびり“みそ汁”を作っています。(*3) 


サチコはみそ汁が好きである

その香を嗅いで はじめて今日一日の始まりを知る


 店から少し離れたところに婦人の立ち姿があって、サチコはそれが先ほどから気になって気になって仕方ありません。猥雑な大気を孕んだこの界隈にはすっきりと和服に身を包んだ清楚ないでたちが、どうにも不釣合いに見えるのです。うつむいて思案に耽る婦人の横顔は不穏なものをそろり引き寄せて見えます。


何の用だろう? 先刻から街の入口にたたずんでいる女は……

どこから見ても この街にはふさわしくない女だ………



 みそ汁は好い具合に仕上がり、サチコは鍋を両手に抱えると店のなかに運び込もうと立ち上がります。その背中に先の婦人が声を掛けてくるのだけれど、その用件というのは「ここで働いてみたいの……」という突飛なものでした。びっくり仰天したサチコは鍋を取り落としてしまうのです。「勿体ないことを……」と転がる鍋を地べたから拾う女は、さらに意味深な発言を重ねます。「ご自分でおみおつけを作れるなんて偉いのね……」


 ふたつの呼称、サチコの発した“みそ汁”と女の“おみおつけ”を並列して、和服姿の女の生活環境がサチコたちとの間にかなりの段差あることを示唆しているだけではない。この女がみそ汁を自ら作らない、すなわち今この瞬間、「情念の高潮や心境の錯綜」の只中にあって「“食事”を遠ざけている」ことがありありと浮かんで来るのです。



 強欲な店の主人は女の願いをあっさり聞き入れ雇ってしまいます。懐中に潜ませていた情念を解放された女は、凄まじい勢いで客に対し、狭い店に対し、爛熟した妖気を発し始めます。これにすっかり当てられたサチコたちは調子を乱して消沈し、蒲団にくるまってふて寝してしまうのでした。地面に転がった“みそ汁”のように“生活”をひっくり返されたわけなのです。


 なるほど、ここまでならいつもの通りです。みそ汁は“生活”と寄り添い、“内なる閉じた空間”を代弁しています。バァン!と地面に転がったことで世界がひび割れるぞと警鐘を発してもいる。“決めごと”に沿った無理のない、そしてあくまで緻密な展開となっている上村さんらしい筆遣いです。


 破綻は忘れた頃に訪れています。終幕間際の第45話にて物狂おしい矛盾が生じてしまいます。小題はずばり「味噌汁の味」でした。(*4) サチコは広沢という羽振りの良い男に見そめられ、無事身請けもされて長年住み慣れた街を後にします。連れて行かれたのは野なかの一軒家です。男の包容力に惹かれてすべてを預ける覚悟でしたが、みすぼらしいしもた屋を前にしたサチコはどうしても其処を終の住み処と思い定めることが出来ないのです。



 思い乱れて夕闇のなか逃亡を図るのですが、途中立ち寄った駐在所の人当たりのよい巡査に諭されて動転する気持ちを落ち着かせると夫の待つ家に戻っていくのでした。そして翌朝、サチコは床を飛び出すやいなや「生まれてはじめて」味噌汁を作るのです。心機一転生まれ変わって、という言葉の綾かと思えば、どうもそうとは言い切れない。妙に塩辛く、顔を歪めてしまう程にもお粗末な味付けなのでした。


 上村さんの“決めごと”が頑として野中の一軒家を支配しています。家事をこれまでやったことのない商売女が“家庭”の主婦となり“調理”に挑戦し、“朝食”を食卓に並べようと奮戦しています。ここでの広沢は「情念の高潮や心境の錯綜」を捨てて、“生活”を支えるために生きてくれとサチコに強いているのです。(男にありがちな幻想ですね。)それに則って“決めごと”が活発化している。



 サチコの劇的な環境変化に物語がまるで分断された印象です。二丁目の店先で作られ続けたみそ汁はどこかに消えてしまいました。サチコの半生を強引に捻じ曲げて変質させているのです。 (*5) これが上村一夫さんの“食事”の凄まじさなんですね。ヒエログリフとして起用された“味噌汁”の面白さ、劇画の面白さなのです。魂の表現を豊かに彩るためならば時空を強引に変えてしまうことも厭わない、そういう一途な作者の目線を感じさせます。


 また、サチコという主人公がこれまでの“生活”から新たな“生活”に乗り変わっていて、遂に謳歌すべき魂の自由を手中に出来なかったという哀しみ、戸惑いを上手く顕現して見せたようにも思います。そこまで上村さんが考え、仕込んでいたのであれば、これはこれで味わい深くも塩辛い二杯のみそしるだった、と深い溜め息を漏らさざるをえないのです。



(*1):「サチコの幸」 上村一夫 1975-1976 双葉社 初出は「漫画アクション」
(*2): 「あたしたちの食事はどんぶりの盛り切りごはんに お新香と味噌汁 これにあと一品何かつけばいい方でひどく粗末なものです これでは栄養にならないと思って魚を買ってきて焼いているとお母さんがすっと寄ってきて 「ガス代がもったいない」と云ってガス栓をひねってしまうのです」Vol.11 お月さまを食べた話
(*3): Vol.7 娼婦志向
(*4): Vol.45 味噌汁の味 
(*5):これは僕の見当違いで、単に味噌が変わっただけ、それゆえに入れる分量の微調整を誤ったということかもしれませんね。住まう環境を変えれば、そういう事は往々にして起きるものです。けれども、もしもそうだとしても、それはそれでひとりのおんなの身に起きてしまった人生の転針が“味噌汁”ひとつで見事に語られている訳です。そんな奥ゆかしくも豊潤な描写、ほかの漫画や小説であったものでしょうか。


 余談になるのだけれど、この逸話の後に展開される48話の会話や描写は上村劇画の真骨頂で唸らせられました。上村さんのおんなは濡れた黒髪を重いベタで表現することを特徴とするのですが、雑誌掲載の際の粗い紙質や不均衡なインクの盛りから必ずしもその黒さは綺麗に上がらないことがあります。白い点々がベタのなかにノイズとして現れるのは経済上、技術上、仕方のないことです。それを上村さんは逆手にとって、サチコの髪のなかに宇宙を表現し、男とおんなの間に広がる真空や感情の瞬きを顕現しています。柳田国男さんは地方のお蔵の奥に潜む暗闇を大宇宙と対比してみせたらしいですが、上村さんはおんなの黒髪に宇宙を灯影したのです。恐るべき洞察力、表現力です。やはり天才だったとまたまた溜め息が漏れ出てしまう訳なのです。