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2011年6月18日土曜日

向田邦子「母の贈物」(1976)~ますます耐えられない~


伸江「お名前──」

正明「正明です」

伸江「正明さん──」

正明「和歌森正明」

伸江「ワカは若いっていう」

正明「いや、和歌──ミソヒト文字のほうの──」

伸江「ああ──ミソヒト文字──」

  伸江、急にけたたましく笑い出す。あっけにとられる正明に、

伸江「ごめんなさいねえ。あたし子供ンとき、ミソヒト文字って

   聞いた時、オ味噌、オミオツケの──あれ、考えちゃった

   のよねえ。それだもんで、ミソヒト文字って聞くと、

   どうしても笑っちゃうんですよ。いい年して本当に

   ごめんなさい……」

  伸江、楽天的な「たち」らしく、馴れ馴れしく正明の肩を叩いて

  笑う。秋子、ますます耐えられない。(*1)


 身よりなく独り暮らしを続けてきた年ごろのむすめが快活な若い男と出会い、見初められて結婚する運びとなりました。母子家庭で育った相手の男はむすめの境遇に自らを重ねるのでしょう、しっくりと歩調が合い、はた目にも似合いの仲です。男の母にとっても異存のあるはずはなく、引越しやら結婚式の衣装支度で浮き浮きとした時間が過ぎていくのでした。そこに頼んでもいない大量の花嫁道具が届いてしまい、皆を唖然とさせてしまいます。


 家具屋といっしょに現われたのは華やいだ着物をまとったおんなで、五年前に死んでいるはずのむすめの実の母親なのでした。本当は高校生の我が子を捨て置いて、恋仲となった男と出奔していたのです。打ち明けるには決まりが悪く、また実際のところ気持ちの上で踏ん切りも付いていたものだから、職場でも私生活でも母とは死に別れたことにしていたのです。今さら何の用かと憤然として食って掛かるむすめでしたが、苦労して浮き世を渡ってきた母親は図太く、勃(つよ)く、また恋情の波に大いに磨かれている。艶然と微笑み、高く色めく声で周囲を圧倒していきます。


 作者の向田邦子(むこうだくにこ)さんは不自然な会話をここで挿し入れている。数年ぶりの再会を果たした子どもに歓迎されていないのを背中で察知しつつ、この伸江というおんなは親の務めとばかりに相手の男、和歌森正明(わかもりまさあき)に視線を注ぎ、職業や性格を旺盛に探っていくのです。その際、(なにせ初対面ですから)男の名前を尋ねたその流れから、一人勝手に笑いの“つぼ”にはまり、けらけらと声を立てて皆をびっくりさせるのでした。


“和歌森”という珍しい苗字に関して説明するのは毎度の事なのでしょう、男は三十一文字で成立する和歌をさらりと引き合いに出して決着を付けようとするのですが、“ミソ”という響きに伸江はひどく反応し、身をよじって哄笑するのです。


 向田さんお得意のカンフル剤ですね。“聞き違い”“記憶違い”が場を和ませ、子ども時代の記憶がすっと寄り添う気配がある。ほろ苦さ、温かさに空間は染まり、やんわりした後悔や感謝の念がやがて連結して今ここにある自分を励ましていく。伸江という情熱的なおんな(1976年の放送では小暮美千代さん、2009年のリメイクでは萬田久子さん、同年の舞台では長山藍子さんが演じている)を支える快活な部分が無理なく気持ちよく表現されて見事なのだけど、ここではもう少し巧妙な仕掛けが施されていたように僕は感じます。


 題名が物語るように物語の主題は子ども側ではなく母親側にあります。若さや健康、出逢いや家庭の構築といったものが隠し持つ圧倒的な非遡及性、人生の一筆書きの怖さを訴えたいわけです。子供たちの門出に際してふたりのおんなが自らの航跡を確認する時間になっている。


 配偶者に先立たれたふたりの“母”を対照的に描くことでそんな人生の苛酷な真実をあぶり出そうとする向田さんは、つまり突如出現した“おばけ”のようなおんなに母たる象徴である味噌汁を小馬鹿にさせている。母たることを捨てた“おんな”に“母”が笑われる展開を間接的に仕組んでいるのです。


 向田さんはさらにひねりを効かせて物語を終着させていくのであって、上に引いた笑いはいつしか希釈され結果的に意味を失うのだけど、僕たちのこころの奥、味噌汁にほのかに抱く想いを見透かして技を掛けてくる辺り、やはり凄い創り手であったように想い、三十年も前の夏の事など振り返ったりするのです。


(*1):「母の贈物」 向田邦子 TBS 1976年2月20日放送のドラマ用台本。「向田邦子シナリオ集Ⅵ 一話完結傑作選」 岩波原題文庫 2009 所載。

2011年1月4日火曜日

宇仁田ゆみ「うさぎドロップ」(2005)~びみょうなきもち~




りん「ダイキチー ごはんできたー」

────茶の間に布団を敷き寝ている大吉を、りんがゆさゆさと揺さぶる

大吉「うう~… うう~…」

りん「もうムリ 遅刻するって ダイキチ!!」

大吉「う~ん…」

りん「もう 大人のくせにちゃんとしてよ」

大吉「……… お前はアレだなー」

りん「何?」

大吉「ナリはアレだけど 中身はおばあちゃんみたいだなー

  朝っぱらからシャンとしやがって」

りん「もうっ ダイキチ ひとり暮らしの時 どーしてたの──!?」

大吉「それを言うなぁ──!! つーか先…食えばいーのに」

りん「やだ ひとりで食べるのキライ」

大吉「…… はいはい」

────ズルズルと座卓にいざり寄る大吉。りん、両手を合わせて拝んだりしている。

大吉、味噌汁椀を口に運んで

大吉「み…味噌汁がどんどんかーちゃんの味になっているような…」

りん「だってお料理 おばさんに教わってもらってるから」

────りん、大吉の手元に目を止めて

りん「ずぼら箸だめでしょー」(*1)


昨晩、人生で三度目の“お一人様映画”を体験しました。他に観客がおらずにたった一人でスクリーンを独占することです。一度目は子どもの頃に観た日本のアクション映画、二度目は昨年のことでイタリア貴族の末裔を題材にした家族劇、昨夜はロシアの文豪の晩年を描いた小品(*2)でした。


興行というのはなかなかに難しいものです。作品の質は決して悪くないのにこういう事が起きてしまう。けれど、劇場スタッフの方には申し訳ありませんが、150席ほどの中型のスクリーンとはいえ悠々と真ん中に陣取って遠慮なしに笑ったり呻いたりしながら音と光を満喫出来たのは、すこぶる贅沢な気分であって実に嬉しいお正月になりました。


これからの急激な人口減に対応するには思い切った工夫も必要かもしれないなと想像廻らせたりもして。どうせなら座席数を間引いて距離を置くとか、人工芝を敷いて寝転がらせるとか、大きなベッドをでんと設えるとか。恋人とふたりで手足絡めての映画鑑賞、わあ、なんて素敵。バカじゃねえ、正月から妄想全開かよ。


家族間の葛藤が物語の主軸となっています。壮絶で、けれど笑ってしまう夫婦喧嘩がこれでもかとばかりに延々描かれていく。食卓の皿が粉微塵に叩き割られ、銃声が鳴り響き、フォークが背中に刺さったりします。食わぬどころか怖がって犬もどこかに隠れそうな程もけたたましいのです。子供たちも互いに意見が衝突し、家族は空中分解寸前に追い込まれています。


考えさせられる内容で有意義な時間になりました。リアルな家族や親族というのは程度の大小はあれ、なるほどこういったモノでしょう。外貌、内実ともに複雑であり、錯綜する局面を折り挟んでいく。ほとんどの人は“しこり”を抱えて悶え歩むしかなく、丸い輪に閉じられた長谷川町子さんの漫画のように安穏と笑顔でばかりは暮らせません。


上に引いたのは宇仁田(うにた)ゆみさんの描く「うさぎドロップ」の一場面です。間違いなく長谷川さんとは違った様相の家族が息づいています。描線は手塚治虫さんの系譜のようで甘ったるい印象をやや受けますが、構成が七十年代の劇画を想わせて巧みだし、現実の捉え方にちょっと気合いが入って見えて僕は大いに注目しているところです。


頑固一徹な性格から子どもたちと距離を置き、ひとりで暮らしていたはずの祖父に隠し子があったことが死後になって発覚します。まだ6才の女の子なのですが、実母は育児を一切拒否してしまい拠り所を失ってしまうのでした。外孫で独身男のダイキチが見るに見兼ねて彼女を引き取ることになります。


血族ではありながら微妙な立ち位置にいる“りん”という娘は、僕たちの文化に根を張った平坦で軋轢のない家族像に投じられた一石です。波紋は円弧を為して広がり、周辺の人々を確かに揺らしていくのでした。男は慣れない子育てに取り組むうちに、これまで意識に及ぶことがなかった事柄に真向かうことになっていく。もともとしっかりした性格でしたが、より深慮のある男に育っていく。そんなお話です。


家庭の基盤を家族ひとりひとりの幸福にまず求め、全体よりも個人の自立や満足に主軸を置いて脱皮を繰り返すようにして世界をリライトしてみせる逞しい欧米文化と比べてしまえば、まだまだ湿度が高く飛躍に乏しい日本的な展開です。けれど、これまで茶の間を覆ってきた単層な世界観と比べるとかなりの成熟を感じるところです。


おにぎり、カレーライス、コロッケ、焼きそば、と、劇中に食べものがめまぐるしく登用されていますが、味噌汁はこれらと一線を画してコントラストのある意味付けが加えられていました。ややステレオタイプの使われ方(母の味)がされていますが、家族とは何か、暮らしとは何か、血族とは何かを問い詰めていく過程において、作者の宇仁田さんはあえて意識的にこれを描き込んでいる。


十年という歳月を一気に跳躍させて、六歳の幼女はすっかり大人びた身体つきに育っています。第二部の開幕なのでした。おばあちゃんみたいにシャンとして、母親の味付けを踏襲して見せた“りん”という娘は、傍目にはすっかり家族に融け込んで見える。


そう見えるけれど、そう単純ではないんだと宇仁田さんは言いたいのでしょう。


物語とは僕たちに代わって僕たちの内部に巣食っている対立したり矛盾する価値観を引き出し、ぶつけ合い、考えさせる実験装置です。宇仁田さんは味噌汁でもって寄せる波を送り、その後では世界が氷結するような引き潮の場面を挿入してみせます。ふたつの抗う波の狭間に立つ登場人物の行き着く先が、はたしてどのような場処であるのか僕には想像出来ませんしハラハラしながら見守るしかありません。ダイキチと“りん”の間に置かれた味噌汁は波間に置かれた浮き標となって、境界はここだよ、君はあちら側、それともこちら側、どっちに来るつもりなのと尋ね続けているように見えて、確かに“びみょう”な顔付きなのです。


(*1):「うさぎドロップ」 宇仁田ゆみ 2005年より『FEEL YOUNG』(祥伝社)に連載。
上に引いたのは25話の冒頭部分で単行本第5巻に所載。奥付によれば2008年6月号に掲載されたものらしいが、ここでは連載開始時の2005年にて紹介しています。
(*2): The Last Station 監督 マイケル・ホフマン 2009

2010年12月29日水曜日

宮迫千鶴「味噌とジェーン・バーキン」(1995)~お前のことが思い出される~



「祖母の家の、地下の物置の奥に、味噌が入った甕(かめ)が

いくつもあった」という電話が、田舎に住む従姉妹から入ったのは、

祖母が亡くなって数年後のことだった。(中略)

祖母はそういう死の準備のあいまにも、いつものように味噌を

仕込んでいたのだろうか。死にゆくことと、明日の食べ物とを

同じように思いわずらっていたのだろうか。(*1)


天候が崩れるその前に挨拶回りを終えておかなきゃと思い、背広を羽織ると車を駆って外に出ました。ドアホン越しの笑顔と口上、玄関での世間話と如才ない健康談義が続いていきます。出掛けには腰がずしりと重たかったものだけど、ひとかどの人たちとこうして直に顔を合わせて生の声を聞けることは嬉しいし、やはり有り難いものです。人間は群れなして生きるものであり、挨拶というのは本源的な歓びに結び付いているのでしょうね。じんわり勇気付けられるところがありました。


それにしても一年が早いです。昨年の今ごろに踵(かかと)揃えて同じ玄関の三和土(たたき)を同じように踏みしめ、似た笑顔と会話を交わしたときの映像がありありと脳裏に蘇えってきて、目の前の光景とぶわぶわの二重写しになるみたいでした。濃厚なデジャ・ビュに魂が持って行かれる、あの感じです。つい先日のような既視感があって、ちょっと薄気味悪いというか奇妙な具合です。歳を取るってこういう事でしょうか。


ぼちぼち官公庁や工場は仕事納めとなり、なんとなく街は緊張がほどけた雰囲気です。渋滞もかなり減ってきたし、前後左右の窓越しに覗く表情どれもが柔和に見えます。白い陶器に盛られた半熟玉子みたいに崩れ霞んでぼんやりした風情。疲れもそろそろ出て来たせいでしょう。皆さん、おつかれさまでした。


これからも休みなく働かれる人もおられるでしょう。こころから「ごくろうさま」。僕も元日以外はあれこれと有りそうで、仕事場への日参を余儀なくされます。着飾った人に混じっての年末年始の勤務というのは決まって侘しいもので、塩味の効いて切ないものが胸にどっとたぎりますが、ひと息ぐいと呑み込み、もうちょっとだけ励んでまいりましょう。


さて、上に紹介したのは宮迫千鶴(みやさこちづる)さんのエッセイ「味噌とジェーン・バーキン」の冒頭とやや中盤寄りのところからの抜粋です。目次にも奥付にも何も見当たらないところからすれば、当時単行本のために書き下ろされたものでしょう。

新聞や雑誌で絵画展や新作映画に対する評論、新刊書をめぐる書評などを読むといかにも宣伝っぽい内容のものが目に止まって鼻白むことがありますが、同様のものがこの本からはわずかに薫って来ます。味噌に光を当てて礼賛しまくる主旨の本みたい。著名なひとがぞろり寄稿しているのは壮観この上ないけれど、ちょっと呈味(ていみ)が単層で乏しいと言うか、メリハリがないというか、行間に寄せ返すものが見当たらずにずっと凪(な)いだままの印象が気になります。ぽってりと曖昧な感覚が読後に残ってしまうのです。


その中にあって宮迫さんの文章と、もう一篇、久世光彦(くぜてるひこ)さんの書かれたもの (*2) は異彩を放って面白かった。両者とも“味噌”と“糠床(ぬかどこ)”を混同しておられるのがご愛嬌ですが、褒め言葉と責め言葉が入り混じって一方的に持ち上げることはない。バランスがいいんですね。味噌(久世さんは明らかに糠味噌)を主軸に据えながらも、家族や恋人との愛執や別離を怖じることなく赤裸々に語っています。割り切れないひとの想いがそっと(糠)味噌に投影されていて、味わい深い短編映画を見るようです。


「同封のジェーンはお前と同じ年である。

お前のことが思い出される」

そのページには、いつものように野性的で飾り気のない

表情をしたジェーン・バーキンの写真と、彼女の言葉が載っていた。

そしてその言葉に、父が引いたと思われる赤いボールペンの

サイドラインがいくつかあった。

「子供とは一生のつき合い」

「娘たちが自由に生きている姿を見るのは私の夢。

死ぬことさえなければ何をしてもいいと思ってる」

「心も外見も“偽装”するのが嫌いな彼女」

 病床で引いたその赤い線はどことなく力がなかったが、

それらはバーキンの言葉を借りた父からのメッセージだった。(*1)


宮迫さんの回想は味噌の入った甕(かめ)の発見から始まって祖母の思い出、祖父の思い出に連結していき、ガンに侵されて病床に伏せる父へと移動し、さらに病院の彼から届けられた郵便封書に跳躍していき、手紙に添えられていた雑誌の切り抜きにやがて焦点が絞られていきます。

切り抜きは女優にして歌手でもあるジェーン・バーキン(*3)さんの記事であって、彼女の言葉が最後にいくつか引かれていく。すると、連綿と続く生命のバトンを受け継ぎ、今まさに人生の潮流で懸命に泳いでいる最中の宮迫さん自身をその言葉たちが優しく照らし出していくのでした。回想に次ぐ回想を経て繋がるのは脈絡のないフラッシュバックでなく、実は血族の在り様なのです。


僕にとってバーキンさんの決定像はアントニオーニの映画(*4)でもなく、オサレなバッグでもなく、パートナーであるゲンズブールさんとの有名なデュエットでもなく、音楽の素養に乏しい僕でありますから数々の唄でも残念ながらなくって、画家とモデルのせめぎあいと確執を徹底的に描いた二十年程前の映画(*5)に集約されています。人生の年輪をそっと刻んで、繊細さと胆力を内に極めた画家の妻役を、バーキンさんは見事に体現しておられました。明日を今日に繋げて生きていくことの酷さと素晴らしさが細い身体に凝縮して感じ取れて、モデル役を務めた女優さんの若い肢体と互角に張り合っており息を呑んだのです。


タイトルだけを見ると、まるでバーキンさんが味噌汁椀に対峙して大きなお口をへの字にしたり、はたまたこれはしたりと艶然と笑顔を向ける、そんな場面が浮かんで来ます。なんか宮迫さんに上手く騙されたような感じだけど、幾度か読み返してみると多層な味と香りが口腔に拡がっていくようで、僕はこれはこれで興味深い“味噌エッセイ”だと受け止めているのです。グラビア越しに送られるバーキンさんの、それは僕にはあの映画の彼女なのだけど、重く成熟した目線も含めて祝福されているように感じるのです。


深い回想へと導き、ひとから人へ寄せられていく想いを丁寧に掘り起こした上で、咀嚼し消化するのを手助け、生きる糧と成していく。二代三代と世代を跨いで食べられていく味噌なればこそ、その引き鉄(がね)となって悠々と機能し得ているのであって、他にどんな食べ物が代われるとも思えない。味噌が具えている特異で幸福な立ち位置を、よくよく酌みとってみせた佳品であったと思います。


(*1): 「味噌とジェーン・バーキン」 宮迫千鶴 「みその言い分」 マガジンハウス 1995 所載 
(*2):「過ちでもなく、悔いでもなく」 久世光彦 上記単行本に所載 “糠味噌”じゃなかったら別に紹介するんだけどなあ。 
(*3): Jane Birkin OBE 
(*4): Blowup  監督 ミケランジェロ・アントニオーニ 1966
(*5): La Belle noiseuse. Divertimento 監督 ジャック・リヴェット 1991 最上段の写真も
 

2010年11月30日火曜日

池内淳子「女と味噌汁」(1968)~ぴんしゃんして~



 池内淳子(いけうちじゅんこ)さんがこの九月の終わりに急逝されました。死を悼む報道の多くで最初に掲げていたのが「女と味噌汁」でしたね。彼女の面影がこの奇妙な題名のテレビドラマ(*1)によって深く刻まれていた(らしい)。


 僕は池内さんをよく存じ上げません。いや、いくらなんでも顔や声はわかります。ご多分に洩れず茶の間でずいぶん刷り込まれた口だけど、遠い存在と思っていたというか、偶然同じ電車に乗り合わせたひとりひとりを記憶しないと同様、ぼんやりした印象を抱いてこれまで来てしまいました。


 男女間のかけ引きが主体となる花柳界のお話です。どうも親に“してやられた”感があります。そっと池内さんを陰で楽しんで、子どもはうまく遠ざけていました。平岩弓枝(ひらいわゆみえ)さんの原作(*2)も肌が合わず、自らの手で片隅に追いやっていたところがあります。そんな訳で池内さんと「女と味噌汁」は僕のなかではまるで結び付かないままだったし、(こんなブログを書いているのに関わらず)足跡の見えない処女雪みたいなもので、むやみに眩しいままにあり続けました。


 銀座の映画館で池内さんの追悼上映が連夜催されていて、丁度うまく具合に時間が取れました。テレビの方でなく“映画版”になりましたが、因縁の作品(*3)を観てまいりました。


 赤ちょうちんひしめく地下街の、やや奥まった場処にある小さな劇場です。傾斜の強い階段を何段も下りていかなければなりません。蛍光灯がぞんざいにコンクリの天井と地面を照らし、妙に切ない気分を煽っています。昭和の薫りが漂う、今となっては貴重な劇場ですね。ちょっと謎めいた感じのする息抜きとなりました。


 劇中“不景気”という言葉が飛び出しはしますが、いざなぎ景気の只中です。夜の飲食街はほろ酔い気分で腕組み歩くアベックで溢れ、陽が昇れば工事現場の建設機械が槌音(つちおと)をがんがん響かせていく。警笛を鳴らす車が行きかい、排気ガスと粉塵で薄っすらと背景は煙っていきます。
勢いのある作品です。

 
 そんな世間の喧騒からはやや隔絶した感じのする男女が幾人か登場し、人生の節目に面して思いあぐねてはついつい歩みを止め、呆然と立ちすくんでいくのでした。池内さん演じる苦労人が彼らを見守ります。そっと唇噛んでその背中を見送りしながら、これからの自らの針路を徐々に固めていく。
 

 なかなかの存在感を池内さんが示して、またこちらの心情もさらりと受け止めて見事です。窓が大きく開け放たれている印象があります。主役を張るだけの清楚な美人ですから、もちろん熱烈なファンも擁していた。例えば作家で批評家でもある虫明亜呂無(むしあけあろむ)さんはこんな狂熱的な賛辞(これは明らかに恋文ですね)を当時贈ってもいます。あれこれ拙い言葉を並べるよりも、その一部を写した方がきっと池内さんも喜ばれるでしょう。


 古風で、ひっそりと息づいて、いつも笑顔で人のいうとおりに

なったようで、根は片意地で、きりりんしゃんと自分を保ち、

それでも結局は、大きな目にみえないものの力に流されてゆく。

そのような典型的な日本女性の雰囲気が、彼女から感じられた。

そうした女の味をだせた──下劣な表現だが、男がどうしても

心を乱さずにはいられなくなるといってもよい──女優は、

戦後の日本映画界をつうじて池内淳子ただひとりしかいなかったと

断言してもよいくらいだ。(中略)


 東京風の和服が似合って、動作がぴんしゃんして、

颯爽(さっそう)とした残り香が襟のあたりから漂ってくる。

いなせな気っぷの持主だと想像させる。乾いて、あかるく、まわりを、

ほのかな女の味で、料理しあげる腕と才と知恵を身につけている。(中略)


 美しいひとであるが、池内さんには女の湿った執拗さは、

ひとかけらもない。むしろ男の無頓着さと共通した「乾き」が、

このひとを一層、美しくしてみせているようである。宿でも,

立居動作が透明で、一層なまめかしく、艶にして、妖であった。(*5)


 劇中の役柄と同一視してはいけないでしょうが、いちいち頷かされるところがあります。「四代にわたる江戸っ子が自慢」という家に生れて自然に身についたものでしょうね。作って作れるものではない。


 僕は友人に生粋の江戸っ子をたくさんは持たないけれど、なるほどさっぱりとした気風や美意識は重なって見えます。乾いていながら虚無というのでなく、叩けばコンコンと軽快な音が帰ってくるような身の詰まった内実の、それでいて浮力具えた容姿やいでたち、えも言われぬ色っぽさ、ハハハ、と声上げて快活に笑う彼ら江戸っ子の折々の姿を懐かしく思い出しながら、いつしかこちらにも伝染して温かいものがふわり灯っていく気分。人がひとに勇気付けられる、その不思議を想います。


 まあこっちはこっちで年季が入って身についちまったものがあり、同じ仕草という訳にはいかない。池内さんや江戸の友人のようにはいかない。うつむいて目を細め、ウフフ、ウフフと笑うしかないのだけど。

 現実味がどこか乏しい惚(とぼ)けた風情なのだけど、いろいろと考えさせられる時間となって僕には悪くありませんでしたよ。




(*1):「女と味噌汁」 TBS系列 東芝日曜劇場枠でシリーズ化 1965─1980 
(*2):「女と味噌汁」 平岩弓枝 1965 初出は「別冊小説新潮」
(*3):「女と味噌汁」 監督 五所平之助 1968 共演は川崎敬三、田中邦衛、佐藤慶、田村正和、長山藍子、山岡久乃ほか。監督の五所さんはインタビュウに次のように答えています。「東京映画から一本やれと言ってきまして。テレビでやっているのを映画にするのはいやなのだけど、映画のほうが面白いということを見せようと思って。これを引きうける理由のひとつとして、池内淳子さんと、いちどやってみたいという気持ちがありました。(中略) ひとつ、やってみようじゃないかと。」(*4) なるほど意気込みが伝わって来ます。緩急自在で軽妙、それでいて湿度もほのかにあります。楽しみました。この映画で「女と味噌汁」に逢えてほんとうに良かったな。
(*4):「お化け煙突の世界 映画監督五所平之助の人と仕事」 佐藤忠男編 ノーベル書房 1977 215頁
(*5):「女が通り過ぎる」 虫明亜呂無 「仮面の女と愛の輪廻」 清流出版 2009 所載。初出は「小説新潮」1969 4月号。 

2010年10月19日火曜日

高瀬志帆「恋の秘伝味噌!」(2002)~フザけんなー~

 
 高瀬志帆(たかせしほ)さんの「恋の秘伝味噌!」(*1)は、かいつまんで書けばこんなお話です。

 
 結婚に踏み切れない男の気持ちをおんなが探っていくと、それが実家のホルモン屋の窮状に関わることが分かってきます。狂牛病騒ぎで多額の借金を負った店主(男の父親)が継続を諦めかけており、それを見かねて会社勤めからの転進を図ろうとする。債務を背負っての再出発に愛しいひとを巻き込んでいいのかを思い悩み、打ち明けられぬままに時間が過ぎていく。

 それを知ったおんなは「フザけんなー」と啖呵を切り、店に乗り込んで配膳の手伝いを始めます。焼鳥屋として改装なった狭い店でささやかな結婚披露宴が行なわれ、気のおけない友人たちの祝福を受けて喜色満面のふたりなのでした。



 “結婚”をテーマにした雑誌(*2)に掲載なったものらしく、あとがきに筆者は「ククリに苦しんだ末、イカれた話に」なったと明かしています。単行本には5篇収められていて、どれもこれもがうら若き男女の恋愛譚なのだけど確かにいちばん空転した印象を抱かせます。ほかの収録作の放っている治まらぬ動悸、汗まみれの切実さ、荒々しさと比べていかにも優等生っぽい仕上がりです。


 死に至るまでが旅の途上にあり続ける“魂のこと”を、結婚をゴールと断じて集束していくことに違和感が生じるのだし、土台無理があるのですね。山なり谷なりの起伏が結婚に至るみちすじにはあるものだし、感情の衝突、計算、逡巡もあれば諦観もあって平坦なものでは決してない。“しあわせな”という冠が付いた結婚を描くとすれば、なおさら紙面なり文章をたくさん割いて向き合わないといけない。それを作者の高瀬さん自身が誰よりも先に気付いている、気付いていながらもペンを走らせねばならない。因果な商売です。


 代々受け継がれた“味噌タレ”にしても二つの魂の行方を変針させるには役不足であり、その肝心な部分を共感できない僕のこころは一向に波立たないのでした。ずいぶん前に買い求めた本であったのだけど、これまでこの日記に取り上げなかったのはこの“味噌タレ”がピンと来ないからでした。


 では何を思ってこの場に載せようとするかと言えば、興味深い絵が単行本の表紙を飾っているからなのです。これがなかなかの“みそ汁”で記録に値する怖さ、面白さです。


 華やかな晴れ着に飾られたおんなが小振りのお椀を胸元に掲げている。褐色のどろっとした液体が覗くその中に、白色のキュービックが3個浮き沈みしている。無理をすれば汁粉(しるこ)に見えなくもないけど、桃色に縁取られたタイトル文字との兼ね合いから言って十中八九これは豆腐の“みそ汁”です。そして、今まさにその“みそ汁”の器から汗だくになりながらひとりの男が這い出ようとしているのだったし、悲鳴を上げたり、転倒しながら一目散に逃げ出そうとしている若い男の群れが手前に配されている。


 おんながキングコングほども巨大なのでなく、男たちが矮小化されている。右往左往して逃げ惑う男たちを睥睨するおんなは、間もなく緑色の箸をぞわり動かして男の身体をつかみ上げ、ぶわっと裂け開いた唇の奥の奥へと押し込むに違いない。


 よくよく観察すればこの表紙画は、カバー裏の中央を飾るおんなの横顔と一対になっています。素裸にエプロンを羽織ったおんなが手に持っているのはオタマであって、これはおんなが“みそ汁”調理の只中にあることを示しています。

 金属質の輝きを放つオタマのへりを下唇にじっとり押し当てたおんなは、薬にやられて虚空を睨むベット・ミドラーさながらの洞穴(ほらあな)みたいな眼つきになっており、完全に幻影の虜(とりこ)です。おいおい…



 男とおんなの恋情をめぐる、喰うか喰われるかの駆け引きが象徴的に表されていると共に、女性が内側に潜めている肉欲、支配欲、観察眼、非情さ、たくましさが乱反射しています。“みそ汁”に託されがちな家庭の団欒、おんならしさ、母性を蹴散らす勢い。間違いなく「魂の食べもの」として登用された“みそ汁”が、白い湯気を昇らせながら中空に浮かんでいるのですが、ここまで妖しく色めいて描かれることは稀有なこと。


 怖いですねえ、作者の高瀬さんも、これを当たり前の漫画として頷く女性たちも。
 ほんとうに怖い、怖いけれど愛しい、困ったことながらそう思います。


 所詮、男は食べられる宿命、なのかもしれないですねえ…


(*1):「恋の秘伝味噌!」 高瀬志帆 2002 同題単行本 大都社 2003 所載 
(*2):「結婚しようよ」 ぶんか社 2002 詳細不明 

2010年7月8日木曜日

奥浩哉「め~てるの気持ち」(2006)~からくないですか?~



 奥浩哉(おくひろや)さんは戦術に長けた作家です。ひとの情念が“食べもの”を起点としてはげしく隆起するのを承知し、そっとメニューを変更する。読者にもたらす心理的な効果をさりげなく増幅してみせるのです。それが「GANTZ(ガンツ)」(*1)という作品に垣間見れた訳だけれど、同じ時期に別な雑誌に掲載されていた漫画「め~てるの気持ち」(*2)にも“食べもの”が意識的に登用されていたことが視止められます。


 十五歳の時分から実に十五年間も自宅に引きこもってしまった青年“慎太郎”を主人公とする小品です。父親の小泉安二郎は定年を間近とする会社員で、妻の死後、部屋に篭(こも)り切りになった息子の面倒をずっと看て来ました。開幕してすぐに安二郎は大病を患いあっけなくこの世を去ってしまうのですが、後妻となっていた“吉永はるか”という若干二十三歳の娘が、今度は安二郎に代わり義理の息子の自立を促がすために一念発起いたします。


 若く美しい義母が突如出現し、異性との接触をまだ知らぬ容姿端麗な男子のこころを氷解させて広い世界に導いていくというストーリーラインは取り立てて目新しいものではないのだし、枠にはまって見える娘はるかの言動や物腰を同姓の読者が目にすれば、きっと憤懣やるかたなく、大きくチッと舌打ちするに違いない。まあ、正直言えば読んでいて苛立ちを覚えもする場面が目白押しの困った漫画です。


 けれども、顛末のあちらこちらにさりげなく“食べもの”が顔を覗かせ、僕ら読み手の共振を巧みに誘ってくるところは技術的にとても面白くって、結局最後まで読み切ってしまったのでした。


 例えば、慎太郎より恋慕の念を告白されて動揺したはるかが、衝撃の余りに満足な調理が行なえなくなり、おかずもなく、箸さえも添えられていないご飯と味噌汁だけの奇妙な朝食を配膳してしまう件(くだり)(*3)などは、まさにこの劇が“食べること”と“精神”とを二人三脚と為して歩んでいることを如実に現わしていましたし、劇の終わりにようよう自立を果たした慎太郎が、終に摑み取った職業が食堂(ラーメン店)であったことも意味がある訳です。堂々たる背骨がまっしぐらに物語を貫いている。しっかりと練り込まれ、丁寧に構築されているという感触を抱きます。


 父親が毎日自室に運んでくるコンビニエンスストアの弁当から始まり、さまざまな“たべもの”が列を為して劇中に現れては消えていきますが、「和食全般で、普通に焼魚とかお味噌汁とか納豆とか…」(*4)──が好きなはるかが登場したことも、だから偶然ではないのだし、自室に立てこもった慎太郎と扉越しに食事をしながら、「どうですか?お味噌汁、からくないですか?」とはるかが廊下で声を張り上げる辺りも相当に煽動的。僕たちの懐(ふところ)の奥深くで“共振”を誘発せんと目論む作者の深意がびんびん伝わってきて、妙に可笑しくなってしまうし、また臆面なく仕掛けてくる情熱には感心もさせられる。(*5)


 ここでの味噌汁には明確に“母親”“母性”が重なっており、これもまた定型でありきたりのものなのだけど、同じ旋律を飽くことなく奏で続ける頑固なピアノ弾きか粘り強い歌い手みたいな雰囲気が作者の奥浩哉さんには感じ取れるのです。またかよ、しつこいなあ、と唇の端で笑いながらも、いつしか根負けしてしまう。


 唇をつぐみ頬づえを突きながら耳をそばだて、本気になって聞き入っている自分に気が付き驚かされる、そんな流れなんですね。こういう書き手も出て来てるんだなあ、まったく油断できないし、嬉しいなあ。


(*1): 「GANTZ(ガンツ)」奥浩哉 2000年~ 「週刊ヤングジャンプ」(集英社)連載
(*2): 「め~てるのきもち」奥浩哉 2006‐2007「週刊ヤングジャンプ」(集英社)連載
(*3):第12歩「他人のことも!」 第2巻所載 
(*4):第9歩「言える!」 第2巻所載
僕はここで、石井隆さんの映画のなかに時折顔を覗かせる意味深な“階段”を連想しました。神は細部に宿る。“情念”と“世界”とがニワトリと卵のような関係になっている、要するにそういう造り込まれた世界が好きなんだよね。 
(*5):第8歩「めちゃくちゃ」 第1巻所載 

2010年6月12日土曜日

山崎ハコ「おらだのふるさと」(2010)~かあちゃん それ~



東京さ出る朝 かあちゃんが

荷物の隅に味噌詰める

かいずつけっと、

おかずなど何もいらね

かあちゃん それ手前味噌だべ

わらびの味噌汁 母の味

おらだのふるさと おらだのふるさと(*1)


 いい天気です。まだ陽が高いというのにもうひと風呂を浴び終えて、腰にバスタオルをちょっと巻いたぐらいの格好でテーブルに座りこれを書いています。時おり風が吹き込んで白い薄手のカーテンをふわり躍らせたり、はたまた背後の窓にかかったブラインドをカシカシと鳴らしている。なんて贅沢な休日──。


 素肌を渡っていく風はあたかも誰かの指先がそっと触れ、こころ煽る目的で妖しく撫でさするみたい。なんとも心地良くって、もうタオルも何もかも放り投げてベランダに飛び出し、わーっと大声で叫ぶか体操でもしちゃいたい気分です。耳に飛び込む音は鳥のさえずり、遠くより幽かに響くバイパスの車の往来、庭木の枝葉の風で揺れてさわさわ言うぐらいであって、田舎の落ち着いた時間を満喫しているところ。


 山崎ハコさんの唄「おらだのふるさと」は、僕が住まうこんな田舎から大都会に進学か就職で移り住んだ直後の若者、おそらく母親へのタメ口、父親の一言多い助言からすれば女の子なのじゃないかと勝手に想像をめぐらすのだけど、そんな彼女の懐郷の念を切々と訴える内容になっています。


 自分の(おらの)と言い表さずに“私たちの(おらだの)”と唄うことで聞き手の多くを柔軟に囲い込み、各人各様の故郷を想起させていて見事です。また、「ふるさと」を否定も肯定もせず、物語を構成する家族たちへの目線も見上げるでも蔑むでもなくどこまでもフラット。意見の衝突を上手く回避していますね。揚げ足をとるような合いの手を娘はちょっと挿し入れるのだけど、邪気は一切感じられずに両者はすっきり対等です。


 子どもが自立していく行程では、往々にして反発、憎悪を跳躍のバネに利用することがあります。けれど、本来の“自律”とはかくあるべきかもしれませんね。なかなかそうならないけどね。実態はひどく苦しいものです。


 母親や故郷と“味噌”を結びつける展開は安直で新鮮味がなく感動を覚えませんし、現実世界を生きている娘の都会暮らしには“味噌汁”が不在となっているイメージが連鎖して湧き出します。“味噌汁”が喪われつつあるような気配で、それを思うと応援団としては心中複雑です。


 最後の最後で具体的な地名を羅列して空間を限られた地方都市に収束させてしまう辺りにも感心はしませんでしたから、余程無視しちゃおう、忘れちゃおうかなとも思ったのだけど、それを引き止めてメモをこうして書かせているのはひとえに歌手山崎ハコさんの力量によるものです。


 僕は山崎さんをよく知るものではなく、唯一リフレーンして脳裏に響くのは彼女の「心だけ愛して」ぐらいなので何も言えた義理ではないのです。しかし、よくここまで地平を拡げることが出来るものだと感心することしきりでいます。ものを創り、魂を吹き込む不思議、魔術を目の当たりにした感じです。歌というのは凄いものがあると、しかと悟らせる仕組みがこの「おらだのふるさと」にはありますね。





  さてさて、散歩がてら理容店に行こうかな。さっぱりと刈り込んでこよう。

 お仕事や雑務で多忙極めるひともいるでしょうが、梅雨空を目前としたこの晴れ間、
どうぞ愉しんでお過ごしください。 



(*1):「山形・白鷹 おらだのふるさと」 唄 山崎ハコ 2010
   作詞 田勢康弘 作曲 山崎ハコ 編曲 安田裕美

2010年6月8日火曜日

中島丈博「味噌汁と友情」(2006)~どっと笑う~



深井 どういうわけって……別に理由なんて。

中谷 理由もなくて、こんなことをしたって言うの?

深井 先生、冷めちゃいますよ、折角の味噌汁が……
   
   ま、味見してください!

  と、お碗に注いだ味噌汁を中谷に押し付ける。

中谷 ちょっと、待ちなさい……。

深井 きっと美味しいよ……味見して……味見!

  口もとにお碗を押し付けると、拒もうとする中谷。
  
  その拍子にお碗がひっくり返り、味噌汁がモロに
  
  中谷の胸にぶっかかる。

中谷 (悲鳴)ひゃーッ……あちッ……あちちッ!

  と、胸をかきむしり、飛び上がって熱がる。
  
  一同、どっと笑う。(*1)


 中学校の学芸会を念頭にして書かれた脚本です。映画やテレビドラマでの活躍がめざましい中島丈博(なかじまたけひろ)さんが、中学生向けに提供しているのが先ずもって愉快なのだけど、よくよく読み込んでみれば随分と意味深な内容になっていて思わず唸ってしまいました。


 舞台設定が奇妙です。男子生徒だけが教室に集められ、家庭科の調理実習が行なわれます。“味噌汁”を作らせられるのだけど、皆から嫌われている男子がひとり交じっているために班分けからつまづいていく。大人びた背格好の深井少年が仲裁に入り、その若村という名の男子を自分の班に招き入れます。さらに、半端になった子供たちを別な班に次々と振り分けたことから、当初予定されていた班数がひとつ減ってしまうのでした。女性教師の中谷が深井に詰問した、上の“こんなこと”とは、生徒たちが独断で行なった班の再編のことを指しています。


 物語は嫌われ者の若村少年とリーダー的な色彩を放つ深井少年が友情を深めていく流れとなり、静かな余韻を残しながら幕を閉じます。いじめ、差別を批判する道徳的な展開と多くの観客は読み取るでしょうね、きっと。



 調理実習の課題がハンバーグでも粉吹き芋でもなく“味噌汁”で、それをわざわざ題名に冠していることは一体全体どういうことか。劇をゆっくりと振り返ってみるならば、必要な選択だったことが分かってきます。


 これからこの本を買い求めたいと願うひとは、先は読まずにここで閉じてもらいたいのだけど、作者は“味噌汁”を“家庭”の象徴として捉えていて、また、“母親”のイメージをもしかと重ねているのです。それ自体はありきたりの反応で何ら驚きに価しない訳だけど、中島さんのひねり方はさすがにプロなのです。そこから陰鬱な少年期の葛藤と身悶えする渇望をそれとなく露呈して見せるのでした。


 若村が妙に大人びているのは、父親の浮気がきっかけとなって崩壊寸前にある家庭に身を置いているせいであることが後半分かります。また、深井という少年にしても父親が公文書偽造の罪で服役中であり、針のむしろに座るような毎日なのです。世間の目と貧窮に対して闘っている真っ最中なんですね。


 若いおんな教師の中谷は彼らの胸の奥底に宿るものをまるで汲むことなく、実習の前にあろうことか「よい家庭」「円滑な家庭」には調理が不可欠だと朗々と説いてみせます。わだかまりを何ら家庭内に抱えていない他の子供たちは、劇中「おふくろの味、健康になる」と“味噌汁”賛歌を歌い踊って見せもするのです。


 不倫と犯罪という父親たちの不始末によって運命を反転させられ、極端に口数を少なくし、表情をすっかり失い亡霊のように暮らしていく、はたまた生活費の捻出に仕事に追われ過ごしているふたりの少年の“おふくろ”と味噌汁は、現時点では像を重ねることが難しいに違いなく、もちろん「円満な家庭」であろうはずがない。


 教師と同級生により、また、僕たち観客もが無意識に振りまく“味噌汁の、そんなステレオタイプのイメージの渦”から主人公ふたりは気分的にまったく孤立していくのです。中島さんはそれを明確に形づけるために、(騒動の責任を取るかたちにて)ふたりを教室から廊下に締め出しさえするのです。重いこころを体現するように水の入ったバケツまで執拗に両手に持たせて、ふたりの少年は暗い廊下に異分子として佇みます。


 単純な寸劇を装いながら、その実、かなり情念の絡んだ会話を敷き詰めていて、投げ掛けられているテーマは存外に厳しいのです。子供たちを預かる学校とは突き詰めれば家庭の修羅、地獄を預かることではないのか、その覚悟は大人たちに本当にあるのかと問うているようにも読めるし、僕たちがどれだけ単純に事象を見てしまい、呆れるほどステレオタイプな判断や物言いに日常染まっているかを囁き教えてくれているようにも感じます。


 ここでの“味噌汁”とは、ですから偏見や無関心、絵空事、仲間意識といった負のイメージを帯びているのです。少年が利き味を強要し、結果的に口も付けられずに胸元にどばっとかかり茶色に汚していく味噌汁の様子は鮮烈なものがありました。“聖なるもの”から一瞬後には“汚れ”に変転して流れて行く“味噌汁”には、行き場のない怒りや哀しみが色濃く感じ取れる。こんな酷薄な面持ちの“味噌汁”はあまり見たことがありません。


(*1):「味噌汁と友情」 中島丈博 2006 「読んで演じたくなるゲキの本 中学生版」(幻冬舎)所載。

2010年3月23日火曜日

上村一夫「60センチの女」(1977)~上村一夫作品における味噌汁(10)~



健二「おばさん………」

大家「(テレビに釘付け)クキキキッ!」

健二「おばさん!」

大家「何か用かい?」

健二「お味噌いりませんか?」

大家「いるいる さっきあんたのところへ送られてきたやつだね」

健二「全部あげます……俺は味噌は使いませんから……」

大家「そうかい そうかい じゃあ遠慮なくちょうだいしますよ」

健二「あの……そのかわり………」

大家「かわり!?」

健二「今月の家賃…少し 待ってもらえないでしょうか?」(*1)


 世間では上村一夫(かみむらかずお)さんを、首尾一貫した単色の作家と捉えがちです。四十代半ばでの夭逝が理由としてまず大きいですし、歳月は記憶の枝葉を伐(き)り揃えていき、いつしか故人の印象を整理してしまいます。亡くなったのが1986年でしたから、もう24年も経っている。どうしてもイメージを括(くく)りたくなる気持ちもよく分かるのです。


 けれども、最近出された単行本には、当時の連載に携わった原作者や編集者の親情溢れる文章が寄せられていて、そこでは世相や時流を敏感に察知する能力に上村さんが長けており、技法なり題材なりを難なく替えていくありし日の姿が懐旧されているのです。首尾一貫どころか、どんどん変わっていったということですね。実際一歩、二歩と作品に顔を寄せて観るならば、幹を伸ばす方角を訪れる節目ごとにぐいぐいっと曲げていったのがなるほど分かります。


 例えば──1974年にユリ・ゲラー Uri Gellerさんが来日しました。ブラウン管の前で親も子もスプーンの柄(え)をしきりに撫ぜてみたり、壊れた時計が今にも動き出しやしないかドキドキと見守ったりと大騒ぎでしたね。南山宏(みなみやまひろし)さんの空飛ぶ円盤、中岡俊哉(なかおかとしや)さんの幽霊をテーマとするミステリー本が売れに売れた頃でもあります。上村さんはそんな奇怪な流行りものを果敢に取り込んで、ぐいぐいっと方向を曲げた作品をこの頃に編んでいるのです。「60センチの女」(*1)と「星をまちがった女」(*2)と題された連作です。



 どちらの主人公も宇宙から来訪したおんなで、はた目には人間とあまり変わりません。「60センチの女」が移り住んだ金星荘は今ではあまり見られなくなった古い木造のアパートで、隣接した貸家には漫画家志望の健二が暮らしていました。ふたりの部屋はそろって二階にあって隙間は60センチメートル程度しかなく、双方の窓を開くと伸ばした手と手が届く、いや、それどころか部屋から部屋への往来すら可能という舞台設定でした。奇妙なタイトルはこの舞台設定に由来しています。(*3) 


 自然に言葉を交わし始めた男女は、やがて生活物資の貸し借りや散歩などの日常行動を共にしていきます。高橋留美子さんの「うる星やつら」(*4)とちょっと似た感じだけれど、それより先行していた点からは上村さんの器用さ、商業デザイナーとしての攻めの姿勢や職人らしいさらさらした血流が窺えます。


 “根暗”とか“ネアカ”という形容が娯楽媒体を席巻し始めた時期とも、調度その頃は重なっていますね。どおくまんさんの「嗚呼!!花の応援団」(1975)、江口寿史さんの「すすめパイレーツ」(1977)、鳥山明さんの「Drスランプ」(1980)といった作品に宿る、乾いた描線と明るいお話が読者に好まれました。上村さんはそんな世情もよく汲んで、絵柄はいつにも増して淡々としたものになっていく。



  胸底にゆらゆら灯(とも)る情炎と葛藤をひたすら内観する時間が影を潜めています。これまでの定石だった、立ち止まって手探りするような余白や間合いがずいぶんと減じられているのです。弾みが付いて転がるボールみたいです。幼く甲高い嬌声をきゃあきゃあ上げながら、ポンポンころころと転がっていく感じ。


 “奇怪な流行りもの”にひたすらおもねった“ネアカ”の“乾いた”作品として二作は見えなくもなく、ファンの間でも熱心には語られることがない半ば忘れられた作品となっている訳です。けれど、僕の観方は逆なんですね。上村さんらしい内実を満々と湛(たた)えていて、むしろ集大成に近しい重要な位置にこの連作は在る。




 「うる星やつら」や「Drスランプ」の根幹とは起承転結を区切らずに延々と繰り返されるドタバタ、なんて書くとファンの方から謗(そし)りを免れないだろうけれど、あの時代をあまねく覆い尽くしたスラップスティック‐コメディ群の、それこそ何でもありのハチャメチャな状況が上村さんと「60センチの女」に跳躍の自在を与えたのは違いなく、結果としてそれが作者の抱く哲学、人生観を最短距離でかたちに成すことに繋がっている。


 つまり、リアルでありたい、映画的でありたい、息継ぎやまなざしを生きた人間に重ねたいと腐心した“劇画”の自縄自縛から脱しているのです。天空より舞い降りたふたりの別世界のおんなは思うがままに行動し、歯に衣着せぬ言葉を周囲に投じて一歩も引かぬ構えです。そんな彼女たちの言動からは、上村さんの生々しくも毅然とした想いが透けて見えてくる。



 “食(べもの)”の不自然な登用とさりげない胸中の吐露、その独特の手法も「60センチの女」ではより突き抜けたものになりました。皆に“ムー”とあだ名されたおんなは、ラーメンだろうとフランス料理だろうと何でもござれの消化機能を持っているのですが、原則的には異世界から持ち込んだキャベツ(によく似た植物)を裏の空き地で育ててはこっそり収穫し、その葉をぴりぴりと千切っては口に運んで暮らしている。「かぼそき“食”」もいよいよ此処に極まれり、といったところです。



 これに対しておんなに懸想する青年健二に、どんな“食(べもの)”が寄り添ったものか。身体ひとつで越して来ては炊事も何もないだろうと朝食を勧めると、ムーは臆することなく健二の部屋にやって来ます
。「パンとコーヒーとミルクか──日本では 朝食にお味噌汁がつくんじゃないの?」 そんな質問をムーは(意味ありげに)投げ掛けるのでした。健二は答えを濁しています。


 礼を述べて去ったおんなと入れ替わるようにして男のもとに郵便小包が届くのですが、それは故郷の母親が送って来たもので、がさごそ包装を解いてみれば中身はでんと箱に詰まった“味噌”の固まりなのでした。「
味噌か……こんなものより 金が先だってのに…」健二はそれを階下の大家へ献上して、代わりに家賃の延滞を申し出るのです。



 外宇宙から来たおんながキャベツの葉ばかりをがりがり齧るのも、田舎から上京した漫画青年が母親の差し入れを煙たがるのもありふれた話に見えます、が、はたして易々(やすやす)と受け流して構わないものかどうか。どう考えたって可笑しいですよね、かなり作為的で不自然な事象です。このようにして上村さんは「かぼそき“食”」、「遠ざけられる“食事”」という作劇上の“決めごと”をより極端な顔付きで、これまで以上に断固たる風貌にて物語に挿し込んでいる。


 いつもの流れならおんなと男の気持ちは共振を始める道理ですが、これまでのルーティンは起動しない。「情念の高潮を惹き起こし、胸の奥の洞窟に潜むものを覚醒」させることはない。まるで回路が破断したかのような感じで、一向に熱情がたぎって来ない。これは一体全体どういう事なのか。


 先に引いた「すみれ白書」において、“家庭的でない時空”においてのみ、そして、“生活の場を遠く離れた”そのような場処においてのみ愛というものが極限まで開花し、本当の意味での“食”の充足もあると明言してみせた上村さんでしたが、その流れを踏まえての“愛の不在”を真正面から訴えて僕には見えます。


 “愛の不在”は、これまでも遠回しに述べられてきた上村恋愛劇の“結論”であったのだけれど、それを直球勝負で具象化する舞台やキャストに恵まれて来なかった。家庭を知らず、生活を憎む“すみれ”という突飛な造形が先にあったことは有ったけれど、それを遥かに上回る強い存在を創出しなければ想うところを描き切れない。そこで、はたと上村さんは気付いたのではないか、そうか“宇宙人”という手が今なら許される、そんな時代じゃないかと。まあ、僕なりの推論に過ぎないのだけれど、そのように考えると潮目は明瞭になって滔々(とうとう)と眼前を流れ始めるのです。


 「日本では 朝食にお味噌汁がつくんじゃないの?」と問われた矢先に土着的で生活臭の沁み付いた山盛りの“味噌”が郷里から届けられたことも象徴的だったのだけど、その後で金策に走り回ったものの成果まるでなく、空腹で舞い戻った健二が「(大家に味噌を)やるんじゃなかった……パンに味噌塗れば……味噌パンか………」と天を仰いで嘆息するのも、思えば異様にしつこい台詞の畳み掛けでした。青年健二には“味噌”が寄り添っていて、こってり包み込むようにしてここで描かれているのは「家庭」「日常」「生活」にまみれ、郷里を引きずり翻弄されるままの不甲斐ない男の姿です。“食事”を決然と「遠ざける」ことの出来ぬ、生活者の本音です。


 男自らの手で味噌をどっち付かずの場処に葬(ほう)むってしまったことで、当然おんなは味噌汁を口にすることはなかった、と共にキャベツをふたりして食(は)んで暮らしていくでもない。実に意味深な“すれちがい”が描かれ、上村さんらしい“食”の光景になっています。(*5)


 男(生活者)のおんなへの必死の懇願や愛の囁きに対して上村さんは、「非家庭、非日常」の化身たる“ムー”という宇宙人という絵柄のカードを切って断固「拒絶」している。そして、かえし返しおんなの口を借りるかたちで、男やその家族に向けて「愛はいけない」誤った現象なのだ、男女間の狭苦しい“愛”は人類皆が自覚すべき病魔だと説き続けるのです。


 喜劇のふりをしているけれど、もはや笑っているどころの騒ぎではなくなった。延々とおんなと男の宿命的なすれ違い、違和感、そして孤独が謳われるばかりです。くちづけを交わし、音楽を奏でて共有し、時に声がけして励まして笑顔を贈り合った仲のおんなと男でしたが、わずか空隙を遂に埋めることが出来ません。それが「60センチの女」と「星をまちがった女」に託された作者の宣言であり、上村さんが描き続けた数々の恋愛劇の頂(いただき)なのです。


「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」(マリア)

「かぼそき“食”が情念の高潮を惹き起こし、胸の奥の洞窟に潜むものを
覚醒させていく」(狂人関係、関東平野)

「家庭的でない時空においてのみ、情念の高潮や心境の錯綜は手を携えて
新たな次元に踏み出すことが可能となり、その時“食事”もまた喜悦に
加担する」(すみれ白書)
 
「しかし、おんなと男の関係の帰結は家庭である以上、情念の持続は終息
へ向かう。そこでは“食”の効力はまるで薄れて、埋没するか孤絶する
ばかりで記号としてもはや共振することはない。与えるべきものが奪い
合うものへと変質し、互いを憎しみと哀しみに染めていく。男女間の
“愛”は過ちに満ちたもので、忌避すべきか乗り越えていくべきものだ。」
(60センチの女)


 ──上村さんの道程をじっくり辿って来るならば、このような“決めごと”が綺麗に順序良く並んでいく。マリア、捨八、お七、金太、大雲、すみれ、ムー……。姿かたちや性別を変えながら与えられた試練に立ち向かい、その都度生まれ出る“句読点”にて少しずつ少しずつ岩肌を穿(うが)って彫り進めたその末に、上村世界の核心たるものの輪郭が露わになっていく。あくまでひとりの作家の創造し得た虚構を土台として成り立ってはいるのだけれど、幾度となく入念にシミュレートを重ねて到達したものだけに相応の説得力に満ちていて、今の僕をしずかに頷かせるものがあります。




(*1): 「60センチの女」上村一夫 1977-1978 連載は漫画アクション 最上段で紹介したのは「VOL.2盗人の種子(たね)は…?」より
(*2):「星をまちがえた女」上村一夫 1978-1979
(*3): そうそう、僕の青春時代は確かにこんな貸し家が当たり前のように有りました。なんか懐かしいですね。窓越しに恋愛劇が巻き起こるスタイルは、みやわき心太郎さんの作品にもあります。1975年春に「平凡パンチ増刊号」に掲載なった「窓」を起点とする「捜愛記」という連作です。翌年76年にかけて4回に渡って描かれ、朝日ソノラマから出された単行本「あたたかい朝」に所載されています。「60センチの女」の発想と関わりがあるのかどうかは不明だけど、みやわきさんの「窓」の方が発表時期は先行していますね。けれど状況の相似は認められても、内容の段差がすこぶる大きい。竹取物語や鶴女房のバリエーションとはいえ、ずいぶんと淋しくきびしいお話です。
(*4): 「うる星やつら」 高橋留美子 1978-1987 宇宙人の娘が現代社会に降り立つ話自体にはそんなに奇抜さはありません。「コメットさん」(1967-1968)もありますしね。



(*5):「星をまちがった女」では“隠喩”を盛り込む手法は世相に馴染まないと判断されたものでしょうか、“食(べもの)”は光を放つこともなくなり、生活の断片としてすっかり埋没しています。空飛ぶ円盤から連れてこられた卵形の万能ロボットが洗濯や掃除を行ない、味噌汁も器用に作って皆に振る舞う始末です。(VOL.25生活の意味) ひとの気持ちとは乖離した、ありきたりのものに“食(べもの)”は堕して見えます。続けて1979年に発表された「やっちゃれトマト」では、“隠喩”の回避はさらに顕著に行なわれました。



 「星をまちがった女」は「60センチの女」と設定そのものが似ています。漫画家のところに異星人が飛び込んで来るという状況もそっくり受け継がれていて、セルフリメイクの様相を呈している。けれど、それゆえに興味深いのは、「60センチの女」では健二という男のもとを訪れたものが、「星をまちがった女」でのコンマというおんなは女流作家の松井スマ子を急襲していることですね。おんなと男の間にだけ恋が萌え起つとは思いませんが、異性を実質的に排除して生活喜劇に努めようとしています。“愛の不在”の徹底振りに拍車がかかっており、“終着駅”に降り立って以降の上村さんの作劇に対する決定的な姿勢が窺えるわけです。

 上村さんにとっても、日本の「劇画界」にとっても、ひとつの時代が終息したことが如実に示されているように思いますね。線路の終わりでレールがぐにゃっと曲げられ立ち上がり、空を虚しく切り裂いているのがありますよね。あれと感じはどこか似ています。ちょっとさびしい、ぼんやりしたそんな感慨に囚われているところです。

2010年2月23日火曜日

上村一夫「関東平野」(1975)その2~上村一夫作品における味噌汁(7)~


卑弥呼「いい男だねぇ……先生は……

     だんだんああいう日本人がいなくなっちまうんだろうねぇ……

     あんたもいいひとに引きとられたよ……」

金太「………」

卑弥呼「たべる?」

金太「いいえ 結構です………」

卑弥呼「先生なら黙って食べてくれるよ」

金太「………(味噌汁のかかったご飯をザッザッと掻き込む)

  (ゴクッと呑み込んで)ごちそうさま」

卑弥呼「どう?……あたしの味噌汁の味は?」

金太「はあ……まあまあだと思います」

卑弥呼「やっぱり駄目かなあ……子供を産まないと味噌汁らしい

    味噌汁はつくれないのかなァ……  あんたのお母さんに

    なれば上手につくれるかしら?」

金太「え!?」

卑弥呼「先生の奥さんになればってことよ……」

金太「…………」

卑弥呼「誘われてるのさ……いまの商売をやめて家へ来ないかって…!

    だけど だめだよ…柄にもなく照れちまって……」(*1)



 結婚式に招ばれた帰りに、式場近くにある美術館に足を向けました。この日は企画展示がなく常設だけだったのですが、それは二の次、たいした事ではありません。なんとなく独特の空気を胸に吸い込みたい、そんなときってあるものです。まだ冬から抜ききらない小さな町の、瀟洒な2階建ての白い建物には例によってお客さんはいませんでしたから、悠々と空間を独り占めして絵と対峙することが出来ました。嬉しい時間です。


 荒々しい山稜ばかりを巨大な画布に叩きつけるようなタッチで描く画家の作品が、二十点ほどいかめしく並んでいました。麓の雑木林や白い湖面を小さく底辺付近に配しています。そこから目を上方へと転じていくとやがて森林限界線を越えてしまい、黒い岩肌がごつごつと現れてきます。


 上限ぎりぎり、額縁にぶつかりそうな場処に屋根(おね)が描かれ、奥に鈍い洋赤色(カーマイン)に染まった空が垣間見えるのだけれど、視線がたどり付くまでには延々岩ばかりを這い登らなければなりません。狂ったようにうねり連なる筆の痕(あと)を追ううちに、(お酒のせいもあるでしょうけれど──)頭の奥の方からくぐもった音が響いてきました。老いた魔女の口にする呪詛のつぶやきか、それともあやかしの啼き声かは分からないけれど、ぐつぐつ、ぐわんぐわんと幻聴されるようなのでした。


 静かな誰もいないはずの空間ながら、とても騒々しい気配を受け止めました。耳を澄ませる気概があれば絵というものは大いに多弁となる時があり、沈黙を解き、何倍もお喋りを始めるものなのでしょう。


 “食”という視点から振り返れば、上村一夫(かみむらかずお)さんの「関東平野」も絵画と対峙するような案配で饒舌になります。なるほどしっとりと焦点が合わさって情念の明滅する様がうまく結像していく。今、そんな感じを独り味わっては酩酊に遊んでいるところです。


 上に引いた箇所は味噌汁にかかわる記述です。元子爵令嬢で今は二丁目に身を墜とした綾小路卑弥呼という名のおんなが、編集者の目に止まって画家柳川大雲の家に紹介されて来ます。絵のモデルとして選ばれたのです。金太は大雲から封筒に包まれたモデル代を託され、教わった住所を頼りにひとり二丁目まで足を運んだのでしたが、調度仕事の前の食事時であったのでしょう、卑弥呼は店先に七輪を出して味噌汁を作っている最中なのでした。


 ここで交わされる台詞は味噌汁を巡っての典型的な顔立ちをしています。家庭という内側へ外側から飛び込むに当たり生じる困難、違和感、妥協、そういった段差を象徴する小道具として登用されています。けれど、どうでしょう、指し示されているのはそれだけでしょうか。


 次は終幕間際に現れたものです。こちらは味噌汁ではなく生味噌の状態ながら、たいへん似た「心境の錯綜」を呼び寄せています。絶食の末に自ら命を絶った大雲が荼毘に付され、金太と銀子が故人の願いに副(そ)うべくゆかりの地、椿村に頭骨の一部を埋めようと足を運びます。田んぼの中の一本道で農家の家族に出会うのですが、それが幼少の折にあれこれあった同級生の石松だったのです。石松とその妻、そして彼らの赤ん坊は並んで道にござを敷き座ると、そこで農作業の合間の食事を始めます。



金太「石松……幸せそうだな」

銀子「憎いほど羨ましい………」

金太「やつのムスビ……見たかい?」

銀子「うん」

金太「味噌がたっぷり塗ってあって…恐ろしいほど大きかったな」

銀子「お味噌……奥さんが作ったんだって」

金太「……!」

銀子「うう……」

金太「なんだよ…ベソなんかかいて」

銀子「だって……だって あたしのような人間はああいう暮しを

   望んでも無理なんだもの」(*2)
 

 ここで再び民俗学者の神埼宣武(かんざきのりたけ)さんの本を引きます。


 テレビドラマにおける食事シーンに注目したことがおありだろうか。気をつけてご覧になれば、そのシーンの多さに気づかれることであろう。(中略) 海外では、およそこうした例はない。そこで、知人の某テレビマンにたずねたところ、視聴者が潜在的にそれを要求しているからだ、というのである。食事のシーンがないと自分たちの生活と縁遠いようで不安である、という視聴者の意見が多いらしい。(*3)

 もう一冊、今度は雑誌編集者から劇画原作者となり、上村さんと数多くの共著を送り出してきた岡崎英生(おかざきひでお)さんの本を書き写します。


 上村は、当時の劇画が決して主人公にしなかったような人物を主人公にすえる。彼ら、あるいは彼女たちは自分ではコントロールできない謎を抱えている。だから、その行動はつねに非合理的で、わかりにくいといえばわかりにくい。上村はそういう登場人物の言葉ではとてもいい表せない心情にまで深入りする。そして物語の中では、苦しませ、悶えさせ、時には(中略)破滅させる。(*4)


 最初の卑弥呼は春をひさぐ女として、また、金太の幼なじみの銀子は男の身体を持ったおんなとして造形された“決して主人公にしなかったような人物”であり、多くの読者とは“縁遠い”存在です。彼らは味噌汁、味噌を引き金とする思念の奔流に叩き落され苦しんでいるのであって、ホームドラマを見入る僕たちとは真逆に「食事のシーンがある」と大いに「不安」をもよおして動揺するのです。


 「やっぱり駄目かなあ……、だけど だめだよ…」「だって……だって あたしのような人間はああいう暮しを望んでも無理なんだもの」と煩悶する際の駄目や無理とは味噌汁の味付け、おむすびに付された味噌の自家製法である訳は当然なく、味噌(汁)をレンズとして広がる「日常、生活、家庭」という“異界”への転進が駄目であったり、無理難題となって立ち塞がろうとしている。


 上村さんの劇画においての“食”や“食べもの”とは、だから「ある家庭から別な家庭」「ある生活から別な生活」へ平行的に移動することの象徴といった生やさしいものではなく、森林限界線に似た険しい斜面に引かれたものであって、扱いを誤れば「時には破滅させられる」類いのものだと分かるのです。植生も違えば、環境も驚くほど異なっている世界の両者が“食”や“食べもの”を間に置いて睨み合っている図式なんですね。そして、中でも味噌が極めて先鋭的に境界上に置かれてある、そういうことなんですね。


(*1):「関東平野」 上村一夫 1976-1978 双葉社 初出は「ヤングコミック」
   VOL.22 赤線、青線、灯る街角
(*2):VOL.44 埋骨
(*3):「「クセ」の日本文化」 神埼宣武 日本経済新聞社 1988
(*4):「劇画狂時代「ヤングコミック」の神話」 岡崎英生 飛鳥新社 2002

2010年2月8日月曜日

上村一夫「狂人関係」(1973)~上村一夫作品における味噌汁(3)~




  再び上村一夫(かみむらかずお)さんについて。彼の“決めごと”に「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」というのがあるのですが、これから紹介する「狂人関係」(*1)はその好例です。


   おどろおどろしい題名ですが、中身は文芸もの、人情ものです。江戸の画家葛飾北斎(かつしかほくさい)の晩年の暮らしと死を縦軸とし、愛弟子である“捨八(すてはち)”という青年と北斎の娘“お栄”との純愛、そして、同じく捨八と彼の分身のようなおんな“お七”との狂恋と死別を横軸に構成されています。北斎は上村さんが信奉して止まない画家のひとりでしたから、頁のそこかしこからはぼうぼうと熱気が噴きこぼれてくる感じです。


 溜め息誘う繊細な絵がちりばめられた中篇なのだけれど、白眉なのは劇の中頃で捨八とお七とが繰り広げる愛の景色です。夜を徹して抱擁し、急き立て、受け止め、慈しみ、昇り詰める時間を延々と重ねていく。「四度目……五度目よ」と数えてから、さらに強く抱き寄せ、流れる汗に洗われながら幾度となく交わっていくのでした。(*2)

  
  密室にて昼夜を隔てることなく延延と抱擁を重ねる若いふたりの有り様は、まさに“寝食を忘れて”という形容そのままです。でも、それ自体には不思議はないですよね。頂きに達する瞬間は誰の身にも起きます。記憶をたどれば過去に一度か二度、情熱的なひとならいくつも、そんな波濤の一刻を思い出すものじゃないでしょうか。感情という素敵な、なお且つ厄介なものを抱えた僕らの宿痾として純度の高い時間はいつかは訪れてしまうもの。


 ですから、上村さんにより描かれた男女の睦みの濃密で果てしない様子に対し、作者の創造性が飛び抜けているとは見ません。人間の喜怒哀楽を表現する古今東西のドラマにおいては、“寝食を忘れて”過ごす密室性の高い情景は、恋愛劇のハイライトとして定型でもあって、あれもそう、これもそうと指を折って数えることが出来ますからね。


 でも、そう言えばと思い直すのです。上村さんの情景には独特の色彩が加わっている。例えば映画(*3)であれ劇画であれが愛の情景を描く大概の場合には、文字通り“食を忘れて”没頭する、食べる行為を二の次、三の次にしての睦(むつ)み合う時間を描くものです。


 一方、そのような密室での僕たちの現実としての時間はどうでしょう。ルームサービスであれ、コンビニエンスストアでの調達であれ、それは百人百様で別々であるけれども“食事”はきちっと為され、共に食べるそのことにも、その時間にも大きな歓びが寄り添うものです。“食事”は愛の行為と不協和音を奏でることなく共に得がたい記憶として連なっていく。


 眠れぬままに朝を迎えた「狂人関係」でのふたつの肉体に対して、上村さんはどんな給仕をしたものでしょう。一切の食事の要素を劇的に排除したものでしょうか。それとも現実的なしっとりとした団欒を組み込んだものでしょうか。有るのは竹篭にのった、貧相な三本の人参だけなのです。おそらく一昨日かそこらのだいぶ時間が経過したらしい、残渣がべとべと付いて汚れたままの食器や鍋をひとコマを続けて作者は提示しています。この愛の棲み家にろくな食べものが見当たらない状況をひねり出し、恋人たちに課しているのです。


お七「だってお銭(あし)がないもの」

捨八「ふん しゃあねえ がまんするか

   しかし それにしてもなんだな この人参 ゆでるとか煮るとか

   したらどうだい」

お七「だって めんどうなんだもの」

捨八「チェッ しゃあねえ 塩でもつけて食うか!」


  生の人参にがりがりと齧りつき、黙々と咀嚼していくのだけれど、その“食事”とは到底呼べぬ“食”の光景と、これと交互して六度目、七度目、八度目の房事が挿し込まれて、なんとも形容しがたい鬼気迫る時空が展開されていく。



 

 こうして見れば「狂人関係」の人参は変わっています。「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそく」していき、生の野菜だけになる。それに旺盛に噛り付いていく恋愛劇は、おいそれとは見当たらない妖異極まるものです。素材の意外な組み合わせの妙は上村さんの十八番(おはこ)ですが、表層的なものに限らず物語中にもそっと、けれど見事に開花している。飛び抜けた才能をこういう処に感じます。


  書き加えるべき事がいまひとつ。捨八とお七のめくるめく時間の、その間際に連結している挿話の存在です。狂恋の焔(ほむら)がふたりの身体へめちめちと燃え移り、止めようのない類焼へ移行していくその少しだけ前にさかのぼって眺めれば、彼らふたりは春の河原を散歩していたのでした。捨八は幼少の頃の記憶を鮮明にさせ、それを熱心に再現しようとしていたのです。(*4)




   蕗の薹(ふきのとう)を摘み、砂糖、みりんで甘くしつらえた味噌と和(あ)えて作る蕗味噌(ふきみそ)を捨八はお七に教えようとします。「母がよく作った」家庭料理を自分のおんなに伝授しようと企てた訳でしたが、男のこの思惑は完遂なりませんでした。家庭の味ということで言えば“味噌汁”とここでは同根の蕗味噌が、おんなに拒絶され、生の人参に敗北したかたちです。


 “食事”が否定され、“食”だけが男とおんなの間を隙間なく充たして密着させています。貧窮した経済状況を表わすのでなく、もちろん場当たり的なものでもなくって、上村さんが練りに練って若い恋仲のふたりにそっと手渡した主菜だったのだと解ってきます。人参をひたすら食(は)みながら寝る間を惜しんで官能に集中していく「狂人関係」のふたりには、上村さんの内側に宿った恋愛哲学が明確に託されている、そのように見取っているところです。




(*1):「狂人関係」 上村一夫 1973-1974 初出は「漫画アクション」
(*2):其の十九 はるかぜ地獄篇[前編]
(*3):映画と言えばね、昨晩午後6時過ぎの回でイタリア映画を観に行ったのですけれど、そこで生涯二度目の独占鑑賞を体験しちゃいました。100席に満たない小さなスクリーンではあったにしても、たった一人で2時間悠々と過ごしちゃって、なんか申し訳ないような嬉しいような、不思議な時間でしたね。武士の情けで題名は控えますが、あれこれ考えさせられる良い映画ではありましたよ。前回は三十年ほど前になります。あの時は途中でフィルムが止まり、掃除のおじさんが箒もって入って来たという思い出があります。おじさんが僕に気付いて「あ、いたんだ!」と叫んだ大声と慌てて映写室に飛び込む音が耳に刻まれていますね。映画館ってそういう驚きがたまにあるから面白いですよね。 
(*4): 其の十七 蕗味噌 ふきみそ

2010年1月6日水曜日

近藤ようこ「遠くにありて」(1987)~なにもかも違うのに~



拓「そんな先のことは、わかんないよ。

  それより おれ、腹へったな。」

拓の母「ああ、ごはんにしようね。」

朝生「お手伝いします!」

   湯気をあげる味噌汁の鍋。

拓の母「中山さん、味見してくれる?」

朝生「あ、はい。(味見しながら内心にて)
 
    うちとちょっと味つけが違う──

    やっぱり、ここはよその家なんだなあ。」

朝生「おいしいです。」

拓の母「よかった。これは、あたしがお姑さんから、

     習った味つけなんよ。あたしもこうやって、

     お嫁さんに伝えていくんだねぇ…」

朝生「(内心にて)わたし…この家の「お嫁さん」に

   なっちゃうのかなあ、なれるのかなあ。育った

   環境も、みそ汁の味つけも、なにもかも違うのに…

   ここは、よその家なのに。不安だ。こわい──」(*1)



  年が明けて、やたらと気ぜわしい毎日が続いています。学校や幼稚園など始まったところもあるようですし、世間というものは本当に休み知らずですね。止めようのない大河みたいです。


  こういう始動の時期はぼうっとする瞬間も増えて、ちょっとした事故も起こりがちではないでしょうか。僕も今朝、自宅内の階段をあやうく踏み外しそうになって冷や汗が出ました。どういう拍子にか、左足が二段一気に踏み降りようとしたんです。昨夜寝る前に観たフランス映画が残像となって眼の奥に蘇えり、僕を石畳の街並に立たせたようにも思えます。お馬鹿な左足が日に焼かれた白い石段を駆け降りたようにも思えます。不意を打たれて慌てました。皆さんもどうか気を付けて、時間に余裕を持ってお過ごしください。



  さて、今日取り上げるのは近藤ようこさんの「遠くにありて」です。今から二十年以上も前の作品なんですね。歳月の移ろう速さには驚かされます。


  学校を卒業した中山朝生(あさみ)は、実家にほど近い北陸の町で教師となって働き始めます。東京に残り小さな出版社で働く親友との会話にほだされ、ついつい自身の境遇を恨んでは再度の上京を夢見てしまう、そんな浮き足立った毎日を送っています。いつ辞表を出して職場を去ろうかと煩悶する様子は隠しようがなく、そんな情緒不安定気味の主人公を周囲は心配し、それとなく見守っていきます。


  なまぐさい人間模様を身近に捉え、胸襟を開いて回想や惑いを交感させるうちに心の表層を覆っていたとげとげしさは徐々に治まっていき、いつしか自立した世界を足裏に確信するようになる。少女からおんなへの(群像劇として見れば、さらにおんなから老女への)成長譚が物語の輪郭となっています。


  その中で “調理の味付け”にまつわる気苦労が彫り込まれています。同級生の西崎拓(たく)という青年も主人公を気遣う一人で、上に紹介した場景は酒販店を営む彼とその家族に招かれた際の断片です。味噌汁を巡る会話が突如はじまるのですが、それにしても典型的に過ぎるのじゃないか、いかにも、といった台詞が並んでいました。
 

  ひさしぶりにこの作品を読み返し、正直言えばずいぶんと醒めた思いを抱きます。二十歳過ぎの娘の一見すがすがしい“せせらぎ”に似た日常を目で追いながら、うまく懐柔されちまってお馬鹿さんだなあ、と可哀相な気持ちに今の僕はなってしまう。


  ひとの精神の懊悩は死ぬまで整理のつくものではないし、突如おし寄せる潮津波(しおつなみ)に思考を遮られ、渦に巻かれ砕かれて見るも無残な藻屑になってしまうことだって往々にしてあり、そうともなれば相当に苦しい。


  けれども、そんな感情の濁流ポロロッカこそが“生きている”ということの嬉しさと愛しさの根源なのだ、と、反撥する思いがやはり湧いてきて、悪戯に安定を望んで答えを急ごうとする「遠くにありて」の登場人物たちにしっくりとは寄り添えない自分を見つけてしまうのです。(*2)



  例えば似たような料理の描写が里中満智子さんの作品(*3)にも見出せますので、これを並べてみればいいのです。湯気上がる鍋があって味噌汁がことこと煮られているし、主人公は憂いを含んだ眼差しを整った面立ちに宿していて、ふたつの作品はここだけ切り取れば似た色彩を放って見えるのですが、内に潜むものはまるで正反対となっています。


  旅先で偶然に出会った病身の陶芸家を看護するうちに、予定調和ばかりを追っていた自分自身の人生に疑問を抱いてしまうという内容で、「遠くにありて」とは物語のアウトラインが対照的な作品です。主人公(早苗という名です)──の憂いの中には「遠くにありて」での「よその家」に来ている不安は露いささかも無い。




  僕がここで興味を引かれるのは、里中さんの作品においては“味つけ”への気兼ねが一切生じていないということなんです。気持ちが翻弄されてそのまま卒倒すらしかねない近藤さんの作品との段差はどうしたことだろう。

 
  知り合ったばかりの男の家に上がり込み、一切の気兼ねなく料理を提供する早苗というおんなは気の回らぬ馬鹿でしょうか。違いますよね。恋情の本質を突いているのではないかと、僕はふたつの作品を面白く見比べます。


  一方が一方に“かしづく”ということでなく、異質なるものを取り込み、その混濁をも楽しむ余裕こそが恋情という調理の味付けであることを、里中さんのおんなの体現する怒涛の勢いが僕たちに物語っているように思えます。




  ふたつの物語に描かれた二人のおんなの道程は、どちらも現実といえば現実、理想といえば理想。人生の最大振幅を具現化したものでいずれも実相をよくとらえて見えます。近藤さんのおんなと里中さんのおんな、二極の間を行きつ戻りつする、まるで振り子みたいなものが人生かもしれないですね。ひとの多くはそんな存在、振り子時計ではないのかな。僕だってそう。ほんとうは偉そうなこと、人様に言えやしないのです。


  さながら味噌汁は、振り子時計の上部に付いた機械仕掛けの鳩という訳です。恋情のある局面で急に存在感を露わにし、不思議な調べを奏で始める。ちがう、ちがう、ちがう、と唄い出す。いや、同じ、同じ、同じ、でしょうか。どちらにしても音階は狂っている。恋と愛としがらみの中で出番をひそかに待ち続けて、今夜も味噌汁はどこかの食卓で発声練習に励んでいるのです。


(*1): 「遠くにありて」 近藤ようこ 初出は「ビッグコミック」小学館 1987-1991
(*2): もちろん、近藤ようこさんの作品は読了後に硬いしこりを残すものが多いですし、この作品が描かれた時代は虚飾に踊ったバブルの頃と重なります。よくよく承知の上で逆説的な顛末をあえて描き進めて、浮かれる世間に挑んだというのが本当のところでしょうね。
(*3):「古いお寺にただひとり」 里中満智子 初出は「別冊少女フレンド」講談社 1976

2009年11月4日水曜日

向田邦子「だいこんの花」(1974)~ちゃんとまぜたのね~

●台所(朝)

  セーターにスカーフをきりりとしばったまり子が朝食の支度。

  トントンとおぼつかない手つきで、みそ汁の実を刻んでいる。 

  起きてくる忠臣。

忠臣「ほう。おみおつけの実はおねぎかい」

まり子「あ、お父さん、おはよございます」

忠臣「はい、おはよ」

まり子「割合いとごゆっくりなんですね。お父さん、年寄りは早起きだ

    なんておどかすからもっと早いのかと思ったら……」

忠臣「(小さく)へ、手加減しているのが判らんのかねえ」

まり子「は?」

忠臣「いえいえ。あのごはん……」

まり子「今、スイッチ切れました(電気釜)」

忠臣「あ、そう、おみおつけのダシは……」

まり子「はい。ゆうべのうちに煮干しお水に漬けときましたから」

忠臣「結構結構、で、おみそは」

まり子「はい。仙台みそと八丁みそを……」

忠臣「ちゃんとまぜたのね」

まり子「はい」(*1)


  ご自宅で調理にいそしむひとは数限りなくおられます。同居人への提供もさることながら、“自分自身”の味覚や嗅覚を満足させたい欲求から後押しされる事が多い、そういう実感を先日知人から教わりました。自分が食べたいものを自分の手で仕上げる、その作業の一環に家族への食事の提供が付随していくものだ──。確かにそうです、もっともな話です。


  マーケットの惣菜コーナーやベーカリーで何がしかの調理品、例えば馬刺しであれをアップルケーキであれを買い込み、それを手っ取り早く皿に取り分け並べて夕食や何かの支度を済ませることがあっても、その選択には“自分自身”を慈しみ、愉しませるものをもちろん含んでいます。


  つまり献立は、そして調理とは自己本位なわけです。自分が美味しいと思うものを作り振る舞うのが基本。家庭料理の多くが調理する者の嗜好に委ねられていき、“味噌汁”もまた作り手の好みに左右されるのが当然な訳だから、独自の希釈割合や具材との組み合わせが圧倒的に優勢を占めていくのは自然の理(ことわり)です。


  話を性差別っぽく固めるつもりはないのですが、家庭での調理の現状は主に女性が担っています。これは取りも直さず、味噌汁がそのおんなのひと独自の味付けになっていくという事でしょう。塩辛さや甘さ、苦さ、温かさといったものが複雑に絡み合って、彼女らしい個性を獲得していくということです。最終的には百人百様に似た多彩な面持ちを得る仕組みです。


  百人百様であることは、僕たちが発しているシグナルでも同様です。鼻腔をほのかに刺激する体臭、口づけ等を経て知る粘液などに対し、その都度に多彩な個性を僕たちは感じ取っています。またまた変な方向に話に振っていると笑うかもしれませんが、ふざけている訳じゃありません。


  母親は自分の赤ん坊の体臭やうんちの臭いを、他の子供のものとしっかり嗅ぎ分ける能力があります。その逆もしかりです。まだ十分に意識されないにしても、母乳は個性的な、まさにおふくろの味となって、呑む赤ん坊の日常の多くを占めています。運動して汗を吸った複数の青年の下着を採取し、何人もの女性被験者にそれぞれ順繰りに嗅がせて好き嫌いを判断させたところ、多くの女性がもっとも整った顔立ちの男子の匂いを好ましいものと判断したという実験結果もあるそうです。(*2) かように人と人の間には微妙な味や香りが重要なシグナルとなって介在しているのであり、ならば塩のひと振り、砂糖の匙加減だって同じような絶大な効果をもたらす理屈です。味噌や醤油だってそうでしょう。


  そうして“味噌汁”は調理を司る彼女の嗜好と体調に合わせた薫りと味を、薄絹のベールをふわりと纏(まと)うがごとく具えていく。給仕されるのが子供であるなら、間違いなく世界にひとつだけの“おふくろの味”となっていく。味噌汁をおふくろの味と讃えることは、だから実際間違っていないのでしょう。


  ところがところが、そこに不可思議な横槍が入ってくるのですね。上記の台詞は向田邦子(むこうだくにこ)さんの初期の連続ドラマ「だいこんの花」から書き写したものですが、ここでは伝承や教育の名のもとに上の世代が下の世代の嗜好を無視して、調理をがんじがらめにしていく様子が描かれています。森繁久弥さん演ずる七十歳の父親が、次男誠(竹脇無我さん)と妻まり子役である石田あゆみさんを帝国海軍式に教育していきます。漬け物への執着も相当なものなのですが、味噌汁作りの監督は輪を掛けて粘着的に劇中繰り返されました。


忠臣「お前は判ってないんだよ。女にとって、主婦にとって台所仕事というものは」

誠「あのねえ、お父さん」

忠臣「(言わせない)毎度引き合いに出してなんだけれども、うちの繁子……

   亡くなった家内ね、この人は実に包丁さばきのいい人だったねえ。

   朝布団の中で目をさます。みそ汁の匂いがプーンとしてトントントントン……

   包丁の音が聞えてくるんだよ」 

  目を閉じてうっとりとなる忠臣。

誠「それはね、昔のハナシなんだよ。オレたちはね、朝はパンとミルク(言いかける)」

忠臣「アタシは、ごはんとおみおつけにしていただきたいね。それにアンタ、

   一週間にいっぺんは大根の実でないと。大根てのはこの、ジアスターゼが」

誠「あのね」

忠臣「そのアンタ、大根がですよ、こんな(まり子の切ったの)十六本じゃあ、

   アタシはやだねえ」(*3)


  どんどん核家族化が進んでいますし、同居した二世代間にしてもここまで無遠慮な指導は影を潜めているようにも思いますが、それでも多かれ少なかれ味噌汁への個人教授は根強くあるように感じます。僕たちの世界で味噌汁というものが、相当に象徴性を帯びた立ち位置を家庭で与えられているのが分かります。


  さて、よくよくそうして見るならば、上の世代の嗜好を遺伝子か細胞壁の奥に潜むミトコンドリアのよう承継した味噌汁とは、一体全体、誰の味、なのでしょう。おふくろの味と僕たちは気安く呼称するそれは、こうしてこだわり眺めれば随分と混沌したものだと判ります。


  味噌汁が“おふくろの味”と共に“故郷の味”としてイメージされる背景には、地勢と気候によって各地に今も根付いている多種多様なご当地味噌の存在によるものが大きいのですが、しかし、それだけでなく一族郎党のレシピが蛇のようにずるずるとのたうち連なっていることにも由来しているのでありましょう。


  別におかしくないわよ、それはそうよ、当たり前よと鵜呑みにせずに立ち止まってもらいたいのだけれど、あれれ、と思うのは、つまり僕たち男がはげしく惹かれてしまい、もはやひれ伏す想いを抱くばかりの甘く重たいあの体臭や、口づけで知った何とも形容し難い、脳髄を痺れさせるかぐわしきものに連なるはずの、誰とも替え難い愛しいおんなの作る“おんなの味”は何処に行ってしまったのだろう、ということです。おふくろの味が残り、おんなの味が跡形もない。


 先日の桃井かおりさんのエッセイに見受けられた動揺や躊躇はこのあたりの不可解さ、煩わしさを承知した上での本能的、官能的なものであったのかもしれませんね。女性が味噌汁を作るという事の背景には何という暗い淵が覗いているものか。僕たち男はずいぶんと呑気に生きていると思い、また、味噌汁の椀に目を凝らして見えてくるのは日本の男たちの不可解さだけでなくって、日本のおんな達の闘う姿でもあるのだと感心しているところです。


  慈愛と献身、無私と無欲の全力疾走。女性の体現する愛の、ほんの少し痛みを宿した情景として味噌汁が今日もことことと鍋で煮られ、次々にお椀に盛られていきます。  


(*1): 「だいこんの花」第22回 向田邦子 1974-75  新潮文庫 後篇に収録
(*2): 先日並べ記した四冊の中にありました。どれだか忘れちゃいました。
(*3): 「だいこんの花」第13回 向田邦子 1974-75  新潮文庫 前篇に収録

2009年10月28日水曜日

桃井かおり「オンナざかり」(1976)~「かあさーん」~




女学生だった私が、白いブリーツスカートひるがえし、

砂丘を汗して全速力で突っ走れなかったのは、ただテレたり、

恥しがったりしてみただけのことだったけれど、今頃になって、

スカートひるがえして海なんかを突っ走れば、「キャバレー・女学生」

のCMかなんかになっちまいそうです。もう取り返しがつかないナと

思うと、未練がつもります。でもそんな甘ったるい小娘時代に

さようならを言おうと思います。

 せめて、これからは赤い鼻緒の音たてて、七夕様や、お正月や、

お見合い(?)や七五三ってやつを、次々正しく行なうつもりです。

娘には、きちんと「かあさーん」とよばせ、力いっぱい赤みその

うまいみそ汁を作れるオンナに致したいと存じます。(*1)



  先の休日、お昼少し前のことです。ハードディスクに録り置いていた洋画(*2)を一人リビングで観ていたのでしたが、土壇場になって交わされた台詞の響きに、あれっ、と驚いてしまいました。12年程前に作られた映画です。緊迫し通しだった劇の終幕を静謐な雪の情景が飾っていきます。




  ひとりの女性が世の辛酸を嘗め尽くして後、故郷に帰り着きます。そんな彼女を諭し訴える男の声が胸にぐわんぐわん反響して、堰きとめていた気持ちが決壊していく。幼子を亡くし、いまは非情な夫が待つばかりの悲劇の主人公に対して、付かず離れず見守り続けた男が懸命に訴えます。「貴女は全くのひとりなのだから、もう戻るに及ばないだろう」。(*3)


  語学力は中学時分からてんで進歩しておらず、当時の成績もお粗末きわまる僕でありますから、またまた馬鹿な思い違い、恥の上塗りかもしれないのだけれど、男の発する“You're perfectly alone”という表現には二重三重に込められた響きがあって、僕の抱える未完成品の魂はざわつき、どよめいてしまったのです。





  “申し分ない孤独”という言葉尻には、あなたは馬鹿だなあ、“一人ぼっち”じゃないか、いい加減に目を醒ましなさいよ、と語気を強める意味合いは多分にあるのでしょうが、映画の演出はそれに留まっていないようなのでした。そこに自律、自足、独立といった積極的な気概を付与していたように感じ取ります。もちろん単なる金銭の問題ではなくって、世界に真向かう目線のいさぎよさ、覚悟という事が“perfectly”に“alone”なのだと受け止めたのですが、僕のいつもの暴想でしょうかね。


  さて、上の桃井かおりさんの文章は、先日の「氷の味噌汁」から遡ること17年前に書かれたものです。これを執筆されるほんの少し前には急病を患って、大きな手術も受けておられます。眼前に死を意識し続ける若い桃井さんのこの頃の文章は揺れに揺れてぐらぐらで、切迫した感じ、悲鳴めいて軋む感じがずいぶんと致します。もしかしたらコマーシャルフィルムの影響みたいな気もする訳ですが、その中に不意に“みそ汁”は出現するのです。そして、桃井さんの思いの力点はみそ汁とここでは同義語として並べられた「かあさーん」という所にどうやら置かれています。


  自己実現の在り様を探り続けようとあえて苦悶の道を歩み、素肌を大衆に晒すことも惜しまない女優桃井かおりの荒ぶる魂と、みそ汁の似合う家庭のおんなへと緊急避難すべく舵を反転するべきかと消沈する、傷つき病んだ二十歳過ぎのおんなの子の精神が左右からぶつかってせめぎ合っています。味噌汁を女性が取り上げた文章で、胸の奥がすっかり露わになる類いのものはとても少ないのですが、桃井さんのふたつの文章を並べて読めば、あらあら随分赤裸々に書いてみせたものだと感心しちゃうのです。そうしてこうして今も闘う桃井さんを更に思い描くとき、どうしても僕は先の“You're perfectly alone”という言葉を浮かべ重ねてしまうのです。


  何も特別に見える芸能人に限ったことではなくって、あまねく僕たちの身に連なるものだと周囲やおのれ自身をかえりみて思います。人生の理想を追い求めて歩んでいく道程で妻、母親という役柄を振られることを当たり前と信じて、女性たちは果敢に進軍していきます。僕たちの場合には夫であり父親という役柄になるわけですが、意識をひろく占めて生活の目的に据えられ、行動の基準とも当然なっていく。そして、現実と夢が交錯し、いつしか理想との乖離にうろたえ、思いもかけなかった段差に足をつまづかせて苦しんで行きます。


  自分は何者であるかを暗中模索し、さまざまな辛酸を嘗め尽くして辿り着く先に“perfectly”に“ alone”という自立した状況が来るのだと、それを怖れて回避しても始まらないし、成長のそれがひとつの頂きなのだと教えてくれている。そういう事かもしれませんね。


  もしかしたら人生はアスレチック用のプールなのでしょう。タプタプに充たされているのは青い水ではありません。得体の知れぬ味噌汁であり、視界の利かぬ混濁した黄色い水に懸命に泳ぐしかない。レーンは違えども桃井さんも僕たちも、ひとりひとり誰もが遠泳のただ中にある。白昼夢のようにしてそんな幻影をぼうっと脳裏に浮かべているところなのです。


(*1):「オンナざかり」 桃井かおり 1976  「しあわせづくり」大和書房 1977所載
(*2): The Portrait of a Lady 監督ジェーン・カンピオン 1997
(*3): 全文をウェブ上で見ることが可能。終幕のChapter55は次の頁にて。 http://www.readprint.com/chapter-6257/The-Portrait-of-a-Lady-Henry-James
I understand all about it: you're afraid to go back. You're perfectly alone; you don't  know where to turn. You can't turn anywhere; you know that perfectly.

2009年10月20日火曜日

桃井かおり「氷の味噌汁」(1993)~味噌汁なんか~



“男ってね”と、先輩はグラスを傾けながら

“男…なんてね?”と、ひとしきり話し終えると

“あんた、お味噌汁作れるの?”と、突然聞いたんだった。

“……味噌汁なんか……作れない、です。”

“あんた味噌汁も作れないで、これから女やろーっていうの?

ダメ!ダメ!作り方教えるからホラ覚えナ。“(中略)


“お椀に山もりにするんじゃないわょ!具はそうだナ…

うん、これくらい!わかった?”

 飲み屋のカウンターで、水割りのグラスに氷をガラガラ入れて、

“そうそう、こんなもんだね!”と一人納得していた。

“好きな男に味噌汁くらい飲ましてやりたくない?

ねェー飲ましてやろうよォ~”

 多分、あれがヤイコと口を利いた最初だ。あの頃私はどうにか

二十(はたち)で、彼女はまだ今の私なんかよりずーっと若かった。(*1)


 回想録や伝記映画などをひも解いてみても、女性は全身全霊を尽くして愛する相手(子どもを含む)との時間を捻出し、魂の新天地を守ろうとする生きものであるのが分かります。冷静沈着で計算高く想われるけれども、その内に秘めた熱情は男性を遥かにしのぎます。


 瀬戸内寂聴さんが新聞に連載されていた随筆(*2)が先日より再開され、美空ひばりさんの思い出に触れておられたのですが、そこでも女性らしい献身について書かれていました。江利チエミさんと雪村いづみさんが相次いで結婚され、焦る気持ちから時の人気スターと結婚した顛末が語られているのですが、「徹底的に尽くしましたよ」というひばりさんの言葉に継いで、次のように寂聴さんはおんなの想いを補っています。


 天下のひばりが、小林旭のために、自分で味噌汁を造り、

 靴下まで、穿かせたという。



 家事と育児といった日常のことも全て含めて「徹底的に尽くしていく」。自分の為に費やす時間は細切れになり、日によっては全然無かったりもしますよね。仕事で席を並べる女性を見ていると、早朝から深夜まで全力投球であるのがよく分かりますし、単身で仕事と育児をこなすひとに対しては、ただただ平伏するばかりです。


 家事の諸相は待ったナシで、なおかつ多角的で複雑です。同時にそれを行なうことを可能とするのは女性特有の脳の作りと、エストロゲンを主体とするホルモンの影響であると示唆する科学者もいます。いずれにしてもわたしたち男にはこらえ切れそうにない大量の雑事を、ほんとうにてきぱきと切り抜けていき見事としか言いようがありません。下支えする熱情に天賦の才が組み合わさった化学反応が家事の核心であって、実はなかなかにスゴイことなんですね。扉の陰でひっそりとではあります百花繚乱に咲き誇っている、女性はやはりそんな花なのだと思います。


 そのような忙しい毎日の狭間においては、味噌汁というメニュー単体に対してスポットライトを浴びせて精神的な何事かを託そうとする方が土台無理な話です。ですから、味噌汁に対しての色めく言葉は男から発せられることが自然多くなるのであるし、その延長で男性の本能や官能をあぶり出す場面も増えてくるのでしょう。


 かくして男たちの味噌汁幻想は文壇やフィルムの上にて純粋培養され、肥大化し、妖しげな様相を帯びていきます。親元を旅立つ間際まで呑まされ続けてきた味噌汁を“おふくろの味”と称して神聖化していく様は、乳房を遂に離しそこねた巨大な赤子を連想させるのですがそれは僕の言い過ぎでしょうか。興味深いのは、そんな奇態な男たちを今度は若々しいおんなたちが母親から引き継ぎ、自らの胸に抱き止めるという図式なんですね。愛した弱みなのか、それとも愛された悦びなのか知りませんが、おんなたちは「徹底的に尽くして」味噌汁を造っていくのです。


 上に掲げた桃井かおりさんの短篇なんか、よくよく冷静に考えてみればかなり不思議でヘンテコな展開じゃないですか。味噌汁を作れることが妻や主婦、おんなの必須条件なのよと酒の肴に取り上げられていますが、カウンターで真向かういいおんな二人はそれを肯定しているような、斜め目線のような、どっち付かずの感じで語っています。どうやら実際に交わされた会話らしいのだけれど、書き手である桃井さんには聞き流せない、妙な引っ掛かりが残響したのじゃないのかな。


 グラスをお椀に見立てて、ロックアイスで急ごしらえされた幻影の味噌汁。紫煙漂う闇のなかで、スポットライトを乱反射させながら白く浮かんでいます。とても洒落た感じもするけれど、おんなたちのしたたかさとずっしりした胆力を如実に表わしているようで、そこだけなんだか、とても怖いような気もいたします。


(*1):「氷の味噌汁」 桃井かおり 1993  「まどわく」 集英社 2002所載
(*2):「奇縁まんだら」107回(10月18日) 瀬戸内寂聴 日本経済新聞日曜版で連載

2009年10月19日月曜日

デゴマス「ミソスープ」(2006)~手を繋いだままで~





ミソスープ思い出す どんなに辛い時も

迷子にならないように

手を繋いだままで ずっとそばにいた

母の笑顔を


都会の速さに 疲れた時は

いつもここに いるから 帰っておいで


ミソスープ作る手は 優しさに溢れてた

大きくない僕だから

寒くしないように 温めてくれた

母の優しさ 会いたくなるね(*1)


  ある作家に関して綴ったものに対し、君は意外とマッチョなんだね、そう感想を返されたことがあります。誉め言葉であろうはずは当然なくって、偏狭さや意固地なところ、称賛も含めての過剰な性差別、排他的な部分や場当たり主義といった気質を行間から嗅ぎ取って、親切心から遠回しに忠告してくれたのでしょう。言われるまではそんな意識はさらさらなかったので、それだけに彼の石つぶては効きました。当たったところは今でもチクチクしています。


  彼は料理が上手です。家事全般を軽やかに日々こなしていて、時おり創意を凝らした献立にも挑みます。上手くいった場合にはレシピをブログに公開したりするのですが、それを読むと彼の繊細な手付きや安定した身のこなしが目に浮かんでくる。ぼわぼわと髭など蓄えて容姿は怖いのだけれど、なおやかという形容がぴたりと板に付いて見えます。


  味噌や醤油の記述なり描写を探し、けれども献立やレシピはそっくり迂回しては意味深な部分のみを並べていく。こっそり作為を忍ばせたこのミソ・ミソを彼が目にしたものならば、再度お灸をすえられそうです。君ねえ、料理は料理でしょう、味と香りと栄養でしょう、計算と技術でしょう、静かな習慣でしょう、その実相をまるで捨て置いて奇妙なところばかり陳列してオカシイよ、本末転倒でしょ。


  でもねえ、先輩、献立やレシピの形態を取らない味噌や醤油の記述には、送り手の偏向した精神構造がいくらか背景として関わる気がします。全てとは言えないけれども、一部には感じ取れるのは本当のことなんですよ。


  例えば、上記の歌は今から三年程前に発表されたものです。メーカーとのタイアップが背景にあるらしくって、ならば自然に湧き上がったものではないかもしれない。歌い手の真意に基づくものかどうかの判断は難しい訳なのですが、まあ、その辺りは何を言っては始まらないから、ちょっと置いておきますが、これを最初に聴いた時の違和感を僕は忘れることが出来ないのです。


  田舎から出て都会暮らしを始めた男の子が郷里を懐かしみ、味噌汁の香りを懐かしく振り返るストーリーです。似たような成長の過程を経て僕も大きくなったつもりですが、そんな絵に描いたような感傷を抱いたことはなかった。どうも僕にはしっくり来ないのです。当時からずいぶんと年数が経っていますから、現代の、2000年代の食生活事情をそこに加味してみれば尚更に成り立ちにくいイメージを抱きます。


  この歌からちょうど四半世紀先行して、もうひとつのミソスープの歌が日本には流れていました。千昌夫さんによる「味噌汁の詩」です。正直に言えば、僕はこのかなり泥臭い歌を聞くたびに何とも不快な気持ちを抱きましたね。どうにかしてこのミソ・ミソで取り上げないで済まないものか、そうたくらんでもきたのです。ちょっと抵抗感がありますが話の流れです、書き写してみましょう。




しばれるねえ。冬は寒いから味噌汁が

うまいんだよね。

うまい味噌汁、あったかい味噌汁、

これがおふくろの味なんだねぇ。


あの人この人 大臣だって

みんないるのさ おふくろが

いつか大人になった時

なぜかえらそな顔するが

あつい味噌汁飲む度に

思い出すのさ おふくろを

忘れちゃならねえ 男意気(*2)


  ふたつの歌詞を読み比べてみるとその間に何が起きてきたのか、薄っすらと浮かび上がるものがあります。“冬の寒さ”は“「年末には帰ってくるの」”と問われた2006年にもあったでしょうが、独身用の居住環境は劇的な改善が為されており、“しばれる”ほどではなくなりました。若者の郷里でも事情は同じです。見違えるように住宅は変貌を遂げており、炊事場はもはや台所とは呼びにくいお洒落なかたちになっている。だから、“キッチン”から母親は丸い顔を覗かせています。“ディナー”を買い求める若者には“ポタージュ”は日常食でしかなく、“一人の夜にも慣れた”身体は“なんか疲れて、ちょっと淋しい”のだけれども“あせり”はなくって、異性の友人を求めすがる独り身ののたうつような烈しい衝動は影を潜めています。


  味噌汁と日本人を結び付けようとする動きが、かつての歌には見受けられました。狭く意固地で排他的であり、なお且つ過剰な性差別が台詞に加味されてもいて、実にマッチョな仕上がりになっていた訳でしたが、その筋骨隆々とした部分が削げ落ちてスリムになったような、ずいぶんと植物的な印象をデゴマスさんの歌から僕は受けています。


  若い男たちは変わったのでしょうか。長い年月のなかで“ふんどし”からパンツに履き替え、ブロンド女性を血まなこになって追い求めていたテストステロン供給過剰の狼めいた男から紳士然とした大人の男に成長を遂げたのでしょうか。味噌汁はその若々しい胸板の奥で静かな郷愁を湛えながら、おごそかな面持ちで白い湯気を立てているのでしょうか。


  ふたつの歌の共通項として、母親だけが重苦しく残されています。男たちのこころに潜むのは家族でも山河でも、校舎でも、グラウンドでもない。初恋の相手でもなく、現実のおんなでもない。味噌汁と母親との連結は解かれることなく、立ち位置を変えることなく在り続けている。“どんなに辛い時も迷子にならないように手を繋いだままで ずっとそばにいてくれる”そんな“おふくろさんのふところを、いつも夢みて”いる男の想いが味噌汁をレンズとして光軸を結んでいくのですが、それは果たして成熟と呼べるものなのか。


  大衆の夢が歌に結実するのか、歌が大衆を先導するのか分かりませんが、空恐ろしい思念の流れが僕たちを取り巻いているのを感じてしまうのです。日本人のなかに宿るものが粘り腰を見せて味噌汁にまとわりつき、離れようとしません。


  味噌汁に固着した日本人の想いはマッチョとは幾分違うかもしれません。海を隔てて住む人たちの目には退嬰的に映りそうですね。僕自身が偏屈である前に味噌汁が、それそのものではなくって内側にそっと沈めたものが十二分にグロテスクであり、昏く濁っているのです。


(*1):ミソスープ デゴマス 作詞 ZOPP/作曲 Shusui、Stefan Aberg 2006
(*2):味噌汁の詩 千昌夫  作詞/作曲 中山大三郎  1980