2010年2月8日月曜日

上村一夫「狂人関係」(1973)~上村一夫作品における味噌汁(3)~




  再び上村一夫(かみむらかずお)さんについて。彼の“決めごと”に「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそくする」というのがあるのですが、これから紹介する「狂人関係」(*1)はその好例です。


   おどろおどろしい題名ですが、中身は文芸もの、人情ものです。江戸の画家葛飾北斎(かつしかほくさい)の晩年の暮らしと死を縦軸とし、愛弟子である“捨八(すてはち)”という青年と北斎の娘“お栄”との純愛、そして、同じく捨八と彼の分身のようなおんな“お七”との狂恋と死別を横軸に構成されています。北斎は上村さんが信奉して止まない画家のひとりでしたから、頁のそこかしこからはぼうぼうと熱気が噴きこぼれてくる感じです。


 溜め息誘う繊細な絵がちりばめられた中篇なのだけれど、白眉なのは劇の中頃で捨八とお七とが繰り広げる愛の景色です。夜を徹して抱擁し、急き立て、受け止め、慈しみ、昇り詰める時間を延々と重ねていく。「四度目……五度目よ」と数えてから、さらに強く抱き寄せ、流れる汗に洗われながら幾度となく交わっていくのでした。(*2)

  
  密室にて昼夜を隔てることなく延延と抱擁を重ねる若いふたりの有り様は、まさに“寝食を忘れて”という形容そのままです。でも、それ自体には不思議はないですよね。頂きに達する瞬間は誰の身にも起きます。記憶をたどれば過去に一度か二度、情熱的なひとならいくつも、そんな波濤の一刻を思い出すものじゃないでしょうか。感情という素敵な、なお且つ厄介なものを抱えた僕らの宿痾として純度の高い時間はいつかは訪れてしまうもの。


 ですから、上村さんにより描かれた男女の睦みの濃密で果てしない様子に対し、作者の創造性が飛び抜けているとは見ません。人間の喜怒哀楽を表現する古今東西のドラマにおいては、“寝食を忘れて”過ごす密室性の高い情景は、恋愛劇のハイライトとして定型でもあって、あれもそう、これもそうと指を折って数えることが出来ますからね。


 でも、そう言えばと思い直すのです。上村さんの情景には独特の色彩が加わっている。例えば映画(*3)であれ劇画であれが愛の情景を描く大概の場合には、文字通り“食を忘れて”没頭する、食べる行為を二の次、三の次にしての睦(むつ)み合う時間を描くものです。


 一方、そのような密室での僕たちの現実としての時間はどうでしょう。ルームサービスであれ、コンビニエンスストアでの調達であれ、それは百人百様で別々であるけれども“食事”はきちっと為され、共に食べるそのことにも、その時間にも大きな歓びが寄り添うものです。“食事”は愛の行為と不協和音を奏でることなく共に得がたい記憶として連なっていく。


 眠れぬままに朝を迎えた「狂人関係」でのふたつの肉体に対して、上村さんはどんな給仕をしたものでしょう。一切の食事の要素を劇的に排除したものでしょうか。それとも現実的なしっとりとした団欒を組み込んだものでしょうか。有るのは竹篭にのった、貧相な三本の人参だけなのです。おそらく一昨日かそこらのだいぶ時間が経過したらしい、残渣がべとべと付いて汚れたままの食器や鍋をひとコマを続けて作者は提示しています。この愛の棲み家にろくな食べものが見当たらない状況をひねり出し、恋人たちに課しているのです。


お七「だってお銭(あし)がないもの」

捨八「ふん しゃあねえ がまんするか

   しかし それにしてもなんだな この人参 ゆでるとか煮るとか

   したらどうだい」

お七「だって めんどうなんだもの」

捨八「チェッ しゃあねえ 塩でもつけて食うか!」


  生の人参にがりがりと齧りつき、黙々と咀嚼していくのだけれど、その“食事”とは到底呼べぬ“食”の光景と、これと交互して六度目、七度目、八度目の房事が挿し込まれて、なんとも形容しがたい鬼気迫る時空が展開されていく。



 

 こうして見れば「狂人関係」の人参は変わっています。「情念の高潮や心境の錯綜が“食事”を遠ざけて、かぼそく」していき、生の野菜だけになる。それに旺盛に噛り付いていく恋愛劇は、おいそれとは見当たらない妖異極まるものです。素材の意外な組み合わせの妙は上村さんの十八番(おはこ)ですが、表層的なものに限らず物語中にもそっと、けれど見事に開花している。飛び抜けた才能をこういう処に感じます。


  書き加えるべき事がいまひとつ。捨八とお七のめくるめく時間の、その間際に連結している挿話の存在です。狂恋の焔(ほむら)がふたりの身体へめちめちと燃え移り、止めようのない類焼へ移行していくその少しだけ前にさかのぼって眺めれば、彼らふたりは春の河原を散歩していたのでした。捨八は幼少の頃の記憶を鮮明にさせ、それを熱心に再現しようとしていたのです。(*4)




   蕗の薹(ふきのとう)を摘み、砂糖、みりんで甘くしつらえた味噌と和(あ)えて作る蕗味噌(ふきみそ)を捨八はお七に教えようとします。「母がよく作った」家庭料理を自分のおんなに伝授しようと企てた訳でしたが、男のこの思惑は完遂なりませんでした。家庭の味ということで言えば“味噌汁”とここでは同根の蕗味噌が、おんなに拒絶され、生の人参に敗北したかたちです。


 “食事”が否定され、“食”だけが男とおんなの間を隙間なく充たして密着させています。貧窮した経済状況を表わすのでなく、もちろん場当たり的なものでもなくって、上村さんが練りに練って若い恋仲のふたりにそっと手渡した主菜だったのだと解ってきます。人参をひたすら食(は)みながら寝る間を惜しんで官能に集中していく「狂人関係」のふたりには、上村さんの内側に宿った恋愛哲学が明確に託されている、そのように見取っているところです。




(*1):「狂人関係」 上村一夫 1973-1974 初出は「漫画アクション」
(*2):其の十九 はるかぜ地獄篇[前編]
(*3):映画と言えばね、昨晩午後6時過ぎの回でイタリア映画を観に行ったのですけれど、そこで生涯二度目の独占鑑賞を体験しちゃいました。100席に満たない小さなスクリーンではあったにしても、たった一人で2時間悠々と過ごしちゃって、なんか申し訳ないような嬉しいような、不思議な時間でしたね。武士の情けで題名は控えますが、あれこれ考えさせられる良い映画ではありましたよ。前回は三十年ほど前になります。あの時は途中でフィルムが止まり、掃除のおじさんが箒もって入って来たという思い出があります。おじさんが僕に気付いて「あ、いたんだ!」と叫んだ大声と慌てて映写室に飛び込む音が耳に刻まれていますね。映画館ってそういう驚きがたまにあるから面白いですよね。 
(*4): 其の十七 蕗味噌 ふきみそ

2010年2月6日土曜日

冬の海~日常のこと~







  悪天候が好きです。

  雨、風、雹(ひょう)、みぞれ、雷──そういったものに惹かれます。


  折悪しくと言うべきか、幸いなのか分かりませんが、所用で向かった日本海沿いの町には寒波が襲い掛かっておりました。路面は隙間なく白く染まり、雪を交えた横殴りの風が積もった雪をさらに巻き上げては踊り狂って視界を真白く覆ってしまう。そんな最悪の天候なのでした。


  白い闇のなかを手探るようにして車を走らせます。ハザードランプを延々と明滅させながら行き交う車両のどれもこれもが、怯え切って金切り声をあげている野ウサギみたいです。針路を見誤った大型トラックが雪だまりに鼻先を突っ込み、運転手が途方に暮れて仲間の到着を待っています。目前に迫った相手を感知出来ずに追突したされたで、地吹雪のあちらこちらで立ち往生する者も後を絶ちません。


  海に行こうと決めました。こんな日の荒れた海と向き合うのはひさしぶりです。用事を終えてから街を離れ、海岸線を目指しました。


  激しく打ち寄せた飛沫が“波の花”と呼ぶ泡となって、風の中をぶわぶわ舞っています。強風に煽られて間(ま)を置く暇なく立ち上がっていく波は“潮騒”らしき音色を奏でません。地震に似た暗い轟きがごうごうと大気を埋め尽くして胸を締め付けます。


  このような日でも海猫は果敢に空に飛び、また鳶も突風に逆らい獲物を求めて旋回を試みているのが物悲しい感じです。

















  たちまち体温を奪う風雪に耐えながら、何度か場所を替えて海と向き合いました。どんな優れた画家であれ、どれほどテクニックに秀でたカメラマンであれ、こんな海を収めることは出来っこない。自ら来て見るしかない、そんな海がありました。


  この過酷な海岸線で暮らしを営む人には馴染んだ風景ではありましょうが、僕のような山育ちには眼福の貴重な時間となりました。来て良かったと思います。




  帰路、以前ここでも取り上げた池を訪れました。表面のほとんどを雪に覆われています。氷紋が妖しく描かれていて、オディロン・ルドンの世界に取り込まれたような感じです。群れなして鴨やオオハクチョウがじっと寒波の去るのを待っているのが健気です。





  トンネルを出たところで目を疑いました、と言うか、目の錯覚だったのだけれど、木立が銀色に光って見えます。

  よくよく目を凝らせば、真横からの海風によって綺麗に半分だけが雪に染まっているのです。それが為に、あたかも銀細工の柱が鈍く光っているような表情を作っているのでした。このような土地ならではの幻想的な光景だと感心いたしました。



  ちょっと肩がこり、目も疲れました。

  今夜はぐっすり眠れそうです。

2010年2月4日木曜日

上村一夫「マリア」(1971)~上村一夫作品における味噌汁(2)~


 
  昼と夜との寒暖の差が氷柱(つらら)を急成長させています。屋根の庇(ひさし)には1メートルもある長くて太いものが、間隔を置いてずんずん垂れ下がって壮観な眺めです───なんて呑気に話してちゃいけないのかな。あんな固まりが落ちたらトラブルのもとです。雨樋がどこか詰まっているせいかもしれません。屋根も傷むし、困ったな、今度晴れた日にでも登って点検いたしましょう。

 季節の主役は雪から氷に。どうか足元に気を付けて、転んでお怪我などなさいませんように……。


  さて、先日の続きです。上村さんの劇画において“食事”というものがどのような頻度と色彩で描かれていたか、それをまず振り返らないといけません。ずいぶん昔の作品になるけれど、ここで「マリア」(*1)を引きます。


 
  ひと言で「マリア」という物語を表わすならば、少女が自律したおんなになるまでの成長譚です。世間体にこだわって本質を見誤ってしまった家族に強く苛立った少女は、一切を捨てて歩み始めようとします。「風に吹かれてさまよいながら、でも自分なりに生きてみたい」とささやく台詞はかなりロマンチックなのだけど、内実は過酷な放浪です。先々で色んな家族とまみえては凄惨な愛憎劇を目撃したり、時には若く美しい彼女の肉体が家族間の均衡を崩してしまって逃げるように出立もする。浄化と汚濁を繰り返しながら逞しく成長を遂げていく様子は“冒険”と呼ぶには淋しすぎ、真摯で痛々しいものがありました。


  抽象的な台詞や書割(かきわり)然とした舞台設定は70年代初頭という時空が為せるものかもしれないし、当時三十歳を越えたばかりの作者の生硬(せいこう)さに由来するのかもしれない。その分、上村一夫(かみむらかずお)という人の本質が露わになっていて解析の糸口が探しやすいように感じます。ここで描かれる“食事”は、だから極めて意図的なものとなって登場し、場面も絞り込まれているので判じやすいのです。作者の想うところを強く代弁する、そんな確かな表情をしています。


  旅程の発端となっているのが、“朝食”の光景というのがまずもって面白い。憤怒と憐憫によってぐつぐつと沸騰寸前となってスープの匙を投げ出しテーブルを立った瞬間、麻理亜(マリア)の旅の実質的な幕が開いている。つまり彼女は家族に別れを告げると同時に“食事”にも背を向けているのです。


  山や村、海辺をひとり放浪する主人公が、以来口にする食料はほんのわずかです。それとなく“拒食”が為されていることに想いを馳せる読者は限られるのですが、読み流さないでじっくり眺めれば分かることです。とにかく食べない。まるで苦行に身を捧げる修行僧のようにしてマリアは物をほとんど口に運んでいない。


  妊娠したせいもありましたが、唇に運んだ焼き魚にはその臭いにたまらずに嘔吐し、列車に向かい合わせた婦人から蜜柑を、旅先で知り合った子どもから干し柿程度をゆずられ、それ等をかろうじて齧って腹の足しとするばかりであってまっとうな食事を巧妙に避けていく。芸者の真似事をして宴会場から持ち帰った折り詰めを、気持ちの通じ合う病にふせった中年女と分け合うぐらいが関の山で、まともな“食事”に向き合おうとしません。



  そうして終幕ぎりぎりの押し迫った頃になって身もこころも委ねるに足る男が遂に登場し、海辺の寒村でいっしょに暮らし始めます。しっとりとした風情を全身に湛えてやわらかく微笑み、長かった歩みをようやく止めるに至るのです。男の支度したイノシシ鍋に「ほっぺたがおちそう……」と舌鼓(したづつみ)を鳴らして、ここでようやく食事らしい食事をすることになる。(*2) 家族と共に“食事”を絶った苦難の旅を終えて、新しき家族を得て“食事”を再開するという流れが導かれている。


  上村作品の全体を深々と貫く現象の一端が、ここにはしっかりと顔を覗かせていますね。情念の高潮するときや錯綜する心境下においては、極端にストイックな食の風景だけが展開されていく。渦巻き膨張する観念や思念に押しのけられるようにして、僕たちが“食事”と呼ぶような皿に盛られ、並べられ、バラエティに富んでいる料理の光景は枠線の外、紙面の外にものの見事に消失してしまうのです。


  上村さんの作品には太平洋戦争の影が色濃く漂います。色めかしい筆跡でもって官能や恋慕の諸相をつぎつぎと世に出した作者ですが、お話の土台に敷き詰めていたのは、津波のようにして押し寄せては生活をまたたく間に粉砕する戦争の、まがまがしい記憶であり痕跡でした。昭和46年からその翌年にかけて連載された「マリア」においても、随所随所に物狂おしい闇が主人公を待ち構えては翻弄していきます。(*3)


  1940年に生まれた上村さんの幼少期の体験がその根底にあるのでしょう。苦しい食糧事情を原体験として持ってもおられますから、少なからずこれも影響を与えてくる。



  戦中戦後のひもじさと情念の混濁した記憶、そして、上村さんが人間を見つめ探求し続けて学び取ったもの、それが巡り巡って作品世界の“決めごと”になっている。 「マリア」はその典型です。独特の照度が“食事”の光景に与えられておりました。

  



(*1):「マリア」 上村一夫 1971-1972 初出は「漫画アクション」 単行本は2003年に上下巻でワイズ出版から上梓されている。   
振り返ればこの「マリア」も、素晴らしい本があるよと教わってようやくめぐり合った本でした。あの時知らされなかったら、僕はまるで違った事を考え、まるで違った文章を書いていたかもしれない。もしかしたらブログ自体続けていなかったかもしれない。物やひととの出逢いが随分と人を変えていきますね、不思議なものです。

(*2):実際はここでもマリアは箸を停めてしまい、拒食を再開して巻末ぎりぎりまで緊張を解きません。うねる情念の物語は波を蹴立て進み、なかなか幕を下ろしてくれないのです。しかし、あのとき漁師の大らかなもの言いと逞しい筋骨に、初めて胸の奥底からの安堵を覚えた一瞬がマリアにはあって、そこで魔法のように温かい大きな鍋料理が出現していることは偶然ではない、かなり計算づくの上村さんらしい展開だったのですね。


(*3):たとえばマリアの実父は特別攻撃隊に所属していたパイロットだったのですが、出撃ぎりぎりの瀬戸際に敗戦を迎えてしまい、以来精神を深く病んで酒に溺れていったのです。そして、我が子の誕生を目前にしたある日、岸壁から身を躍らせ入水してしまうのでした。ストーリーをまとめておられる人がいます。参考にしてください。ここです。
http://mangabruce.blog107.fc2.com/blog-category-5.html

2010年1月29日金曜日

はじめに~上村一夫作品における味噌汁~


  ここからはひとりの作家、上村一夫(かみむらかずお)さん(*1)の作品について集中して触れようと思います。(集中と言っても考え考えですからね、時間はかかるでしょうけれど。)


  その前に一言二言説明を加えないといけません。と言うのは、このブログの立ち上げの目的が上村一夫さんの作品に深く関わっているからです。


  初めてそれを目にしたのは、数えてみれば25年も前になるのだから自分でも驚きですが、彼の代表作品(後日紹介いたします)のなかに挿入されていた台詞に対し、僕は“言いようのない不安定さ、釈然としないもの”を抱きながらずっと生きて来たのでした。 おかしいですよね。


  とりあえずその時はコヨリを差し込んで、もやもやした気持ちを棚上げした訳だったのでけど、黒色の背表紙が事あるごとに書棚から僕を睨んでは無言で訴え掛けるようなのでした。(答えは出たの、わかったの、あなたの中で物語は完結したの────)


  疑問をどうにか払拭するために、僕はここで紹介して来た小説や映画、漫画を読み解いてきたのです。随分と古い小説なんかが混じっているのはその為です。胸中に堆積したものをブログの形を借り、拙いながらも文章にしてみたのがミソ・ミソなんですね。(*2)


  これから一通り上村作品について書いてしまえば、“Miso-mythology & Soy sauce‐society”は本来の役割を終えるのです。幕をざっと下ろすか精彩を欠きつつ終息に向かうか、いずれにしてもひとつの山を越えることは間違いがない。ひどく淋しい気もするのですが、でも、不意の事故にでも遭ってしまって肝心の“答え”を書き遺せずに逝ったりしちゃえば、それこそ僕は悔恨にまみれて六道巡りをしかねない。そんな年齢ですからねえ(笑)。





  上村さんは言わずと知れた昭和を代表する劇画界の大家です。こと女性を描かせたら唯一無二の画風で完成度はすこぶる高く、追従をいまだに許していません。


  皮膚の内に収まった骨と筋(すじ)を完全に透視し切っていましたね。例えば背から首にかけての息を呑むカーブや、顎から面(おもて)のあえかな傾き加減、緊張と弛緩の間を行き来するたび微妙に移り変わる重心の在り処、柔らかく煮崩れてエスの字を描いていく腰から太腿の線など、女性経験のそうそう豊かでなかった僕にさえ、生々しい重量を具えたものとして目前に迫るのが常でした。


  選びに選ばれた線と、黒髪に代表されるベタ塗りの多用、記号的とさえ言えそうな描写でハイパーリアリズムからは遙か遠くに立ち居ながら、確かに紙面のそこかしこに生きた“おんな”が息づいていました。薄い胸板で小さな息を繰り返し、きりきりした緊迫を孕んでたたずんでいると信じられたものでした。


  けれど正直に言えば、若い時分の僕は上村さんの洗練された作風と美男美女ぞろいの主人公に対して自己を投影することがいささかむずかしくって、ドラマの表面ばかりを読み流していたところがありました。円熟味の増した「菊坂ホテル」(*3)あたりでの“見開き”には実際息が止まったし、内観的な人物描写にも惹かれて読み続けた作家のひとりだったのだけれど、よくよく咀嚼し血肉とするには至らなかった。


  上村さんのドラマを努めて凝視するようになったのは、ここ十年ほど、最近のことです。そこには僕に起こった二つの転機が絡んでいます。いずれも人との出会いによるもので、ひとつ目は僕が恩師と仰ぐある作家(仮にE先生としましょうか)にコンタクトできたこと。上村先生より少し遅れて世に出たE先生を僕は三十年以上も追い続けていて、言わばE先生の創作世界にすっかり淫した身であるわけですが、その先生から酒場での上村さんとのニアミスの話など聞くに及んで対岸の人ではなくなってしまった。


  そのときの上村さんはたいへん神経質な言動を投げ返したそうです。もともとE先生の劇画人生の出航においては、上村さんの画風が目標のひとつであったことはよく知られるところです。しかし、上村さんが年少のE先生の出現を激しく意識していたという事実は衝撃でした。それによりE作品と上村作品の比較解析が僕の内部で竜巻のように起こり、深層まで掘り込んだ“読み返し”に日々励ませることになったのです。


  そしてもう一つのきっかけはウェブ上で偶然にも知己を得たのでしたが、極めて真摯に上村作品を読み解いている人がいて、その唇から発せられる熱い賛辞や感嘆の溜め息に烈しく揺さぶられたということがありました。こうして僕は上村さんの本を開き直すことが無上の歓びとなりました。



  上村一夫さんの作品の根幹にあるのは“恋情”であり、それが性愛、母子愛、鏡像愛と分岐して複雑に錯綜していきますよね。僕たちの抱える精神の一面とぶるぶる共振し、余韻を残す物語が多いのだけれど、その振幅の程度や残響の期間は読み手の実人生における経験値に比例するように思われます。


  僕の身の上でも丁度それら恋情という“不思議”について深く見詰め直し、熟考する機会が巡って来てもいました。こころの奥に瞳を据えては、ときに闘い、ときに融合するためにも、彼の作品群を己の血肉とする絶対的な必要に迫られてもいた。 そうしてみれば、これまで見過ごされていた機微も意図もゆっくり眼前に浮上して来るのだったし、深く頷かされる箇所も一気呵成に増えていくのでした。


  次々の偶然や人との出逢いが縦糸と横糸となって僕の胸に飛び込み、綾織られながらくっきりと像を結んでいく。ひとつの“答え”が導かれていく。時が満ちて僥倖(ぎょうこう)の訪れたことを感じない訳にはいきません。こんな僕の大人げない行為を人は笑うかもしれませんが、今の”僕ならば、あの25年前に差し入れたコヨリをそっと引き抜いて、わだかまりなく頁を閉じることが出来そうな気がするのです。

  

    味噌と醤油は愛をささやく場面にふさわしいか。



 上村さんの複数の作品をひも解きながら、僕なりのまとめに入っていきたいと思います。



(*1):上村一夫さんのオフィシャル・ホームページがあります。業績や現在入手可能な書籍はこちらをご覧ください。http://www.kamimurakazuo.com/
(*2):直接示唆されるということは無かったのですが、ブログやメールを通じて紹介された書籍や映像をひも解くうちに計らずも味噌、醤油にまつわる表現にぶつかり、めくるめく想いにひたった事も度々でした。

  ウェブの世界は空疎なものとの評価に流れがちですが、僕はそうは思えないですね。個が個であり続ける淋しさはあるけれど、取り巻く河の流れの肌打つ水圧、匂いや温度は素晴らしいものがあります。共に泳ぐ魂の、陽射しや月光に体表をきらめかせる様子を愛しく、有り難く見て取ることが多い。お礼を言わせてください、ありがとうございました。

(*3):「菊坂ホテル」 上村一夫 1983-1984 初出は「小説王」(角川書店)

2010年1月25日月曜日

限りある地獄~日常のこと~

 新聞の紹介記事に背中を押されて、探索がてらのドライブです。連なる峰の白く輝ける稜線の彼方に、雲ひとつない空が拡がっています。澄み渡るその蒼さを仰ぎ見るだけでも、生きている実感を覚えます。

 どこまでも伸びていく雪野を黒く道が貫いており、そこをひた走る爽快感もなかなかのもの。窓から額に吹く風も実に心地よくって、充電するものがありました。


 「天道」「人道」「阿修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の様相をまとめた六道絵(ろくどうえ)を見に行くところです。なんでも今月末まで公開しているとのことで、奇抜で生々しいものに惹かれてやまない僕には恰好の目標です。FM波で届けられるのはバーブラ・ストライサンドの80年代の名曲。何てミスマッチかと思い、けれどそれも楽しく聴きながら目指す寺院を探していきます。


 出かける前にウェブで検索した地図を頭に叩き込んだつもりでしたが、二度三度曲がるべき道を間違えて、侘しく細い路地をのろのろ行き戻りします。けれど、そういう迷い路もまた愉しいものです。赤くペンキに塗られた半鐘(はんしょう)に突然出会ったり。おとなの背丈ほどで町角のあちこちに佇む彼らが、なにやら森に棲む“物の怪(もののけ)”に見えてきます。せわしい日常からふわりと浮遊して遊ぶ、そんな時間は有り難いですね。


 “寒煙迷離(かんえんめいり)”と書くと苔むした屋根が傾き、朽ち果てる寸前みたいで怒られるでしょうか。立派なお寺で手も行き届いた感じなのですが、ほかに見学者もおらずに異界めいた雰囲気に包まれているのです。霊気に覆われた境内を独り進みますが、何となく身もこころも迷い込んでいくような妖しい感じなのです。


 重い扉をがらがら開いて声掛けしても返事はなく、見通しの利く長い廊下はしんと静まり返っているばかり。線香の煙が希釈されてちりぢりに浮遊するようで、鼻腔の奥をむずかゆく刺激します。淋しさひとしおとなって、怖さも薄っすらと湧いて出ます。


 見つけたインターホンを押してやり取りをすれば、どうぞ自由に入ってくれとのお許しです。廊下を進み、ガタガタようやく押し開いた黒い木戸の向うに広がる本堂は無人であって、例によってしばしの間、地獄絵とひとりで対峙することになりました。以前斉藤茂吉さんゆかりの寺で似たようなものを見ていますが、こちらはずっと大きなものです。寒さと状況の異様さに震えてダウンのコートの襟をきゅっと合わせながら、それでも30分ほど異次元に遊びました。



 山岳宗教とも通じるのですが、西洋のものと比べて日本の仏教の地獄極楽図は階層や境界が曖昧なのが特徴ですね。絵の上端からは罪人が悲鳴をあげて降ってきて、口を開けた大釜へと向かって一直線に墜ちていきます。大きな竜の体表から放出される紅蓮の炎に包まれた黒い大釜には、ぶくぶくと熱湯が煮えている様子です。


 その一方、絵の最下端からは、今度は死者たちが険しい階段や坂をひたすら登り、眉間にしわ寄せ冥府の入口を目指していくのです。僕たちの精神世界における地獄の在り様は明瞭でなく、墜ちるのか、登るのかまるで判然としない訳です。



 それは不合理で未成熟な国民性や文化度の低さを表わしているものかと言えば、僕はそうは思わない。むしろ現実的で人間的だという気がします。


 階層や境界がない黄泉の世界にある魂は、少し姿勢を変えてやることで好転も脱出もたやすいということを示唆しています。階段や坂道をさらに降りていけば光明が見えてくる。ダンテの地獄もありますからよくよく調べれば皆無ではないでしょうけれど、西洋の宗教画にはそんな逃げ道、おいそれとは見出せないものです。また、六道絵の地獄の諸相を境い作っているのは壁でもなければ岩でもない。黒くたなびく霧でしかありません。手探りでも歩いていけば厚みのないその霧はやがて突き抜けてしまい、新しい次元が待っている。極彩色のこの絵は現世の僕たちに地獄とて有限であること、夜の闇の濃さには限度があると説いてくれている。



 底なし沼でもなく、牢獄でもない。上下左右どちらかに動いていけば違った光景にいつかはたどり着く。牛頭馬頭(ごずめず)や悪鬼ばかりがうごめくのではなく、阿弥陀如来もまた同じ階層で待っていてくれる。そんな曖昧模糊な魂の彼岸には“救いの可能性”が歴然として在って、僕は素敵だな、日本的だなと感心する次第なのです。


 帰路は日帰り温泉で熱い茶色いお湯にどっぷり浸かり、浮世のあれこれの一部を少しの間忘れ去り、一部は愛しく鮮明に想い返しながら、のんびりとした時間を過ごしました。


 ささやかではありますが、良い休日となりましたよ。


たかぎなおこ「ひとりぐらしも5年目」(2003)~禁断症状が出る~



基本的には和食が多い。

私はみそしる好きなので

2~3日飲まない日が続くと

禁断症状が出る。

「み~そ~し~る~  ゲホ……」(*1)


  上で紹介したのは、たかぎなおこさんの絵入りエッセイ本(ハウツウ本なのかな)からの一節です。三重の実家からひとり離れてのアパート暮らし。若い女性の暮らしにまつわる諸相があけっぴろげに語られていきます。


  不安と笑いに充ちた花の独身生活を誰もが一度は経験するものですが、たかぎさんの場合、その端緒に“みそしる”を渇愛して床をのたうち回るあられもない姿態が在ったのでした。“禁断症状”という表現が、なかなかウフフないい感じです。末尾の呻き声も意味不明ながらアクセントが利いていますね。


  たかぎさんはだから“みそしる中毒者”、なわけです。真面目に反応しちゃいけないのでしょうが、文字を読む限りではそうなります。“やめられない、助けて!みそしる中毒者の叫び”、“本誌だけが掴んだみそしる常習者裏相関図”、“わたしはこうして罠に堕ちた、みそしる依存の深い闇”、“危険な隣人、魔性のおんなはみそしるに身もこころも溺れ狂った”。


  それにしても“みそしる”に疼いちゃうって、ちょっと珍しい表現ではあります。依存食物(この言葉が正しいかどうか分かりませんが)の代表は言わずと知れたコーヒーでしょう。“コーヒー中毒”という表現はかなり定着して見えます。それからチョコレートなんかも一般的なのかな。しかし“みそしる”はあまり聞きませんよね。検索サイトで文字列指定にて調べてみれば、ずいぶんと奇特な存在だと分かります。(*2)


“チョコレート中毒”  155,000件 
“同 禁断症状”    219件 
“コーヒー中毒”    125,000件   
“同 禁断症状”    285件


  これに対して“味噌汁中毒”は86件、“味噌汁禁断症状”に至っては1件しか見つかりません。味噌汁には人間を依存症に陥れるだけの劇烈な成分は含まれず、僕たちの動作を縛ったり拘引するものでは決してない。味噌汁依存が幻影ということは明々白々です。


  だからこの「み~そ~し~る~ ゲホ……」のコマは受け狙いで滑り込まされたに過ぎない訳ですが、それでは、たかぎさんの眼差しや囁きは何もかも絵空に過ぎないのかどうか。もちろん床を這い廻る動作を真に受ける人は誰ひとりいません。誇張されたあり得ないものとして誰もがエヘヘへ、と口角を上げていく次第なのだけれど、さてさて、僕たちの胸の内にあえかな共振、体感出来ない微震は起きていないものでしょうか。


  たかぎさんご自身のホームページがありますね。http://hokusoem.com/
  上の本以外は読んでいませんし、僕の性別や年齢、環境から言ってもたかぎさんの本に今後触れていくことは予想できませんけれど、この書籍の数や奮闘ぶりを見ると相当な人間観察の達人であられるような気がします。


  2003年に初版が出されたこの冊子ですが、僕がブックオフで見つけたのは2008年の、実に15版のものでした。幼少年時のインプリント(刷込)が希薄になり、徐々に“みそしる”から縁遠くなっていく若い人が増えていく時流にあって、こうした本が版を重ねていくことは極めて面白いことだと思っています。食物に限定して書いたものではないにしろ、呪縛というのか信仰と呼ぶべきかよくわかりませんけれど、“みそしる”の根の深さとずるずるの絡み具合を指先に感じます。作者もその事をよく解かった上で、読者に仕掛けてきているように思えます。


  身体を左右するでもなく、依存症を招くでもないけれど、何かふわふわと漂いまとわり付き振り払えない、“みそしる”の雲が僕たちを包んでいるように思えます。


(*1):「ひとりぐらしも5ねんめ」 たかぎなおこ メディアファクトリー 2003
(*2):ちょっと長い蛇足です。

  食べものって人によって嗜好が千差万別で本当に面白い。医療関係者は危険を訴え、教育者は大いに嘆くわけだけれども、偏食の域に突入しての悲喜劇はほど、はたで見ていて可笑しいものはありません。僕もチョコレートにはハマル性質(たち)で、もう駄目、逃げられなくなります。特に某メーカーの某チョコの前では憐れ虜囚の身に成り果てるのです。


  脳のゼラチン皮質が湿り気をじゅんじゅん増していくような、口腔から喉、胃の腑に至るピンクの粘膜がべったり、ねとねとに蜜に染まっていくような、血が酩酊してぺたぺた粘りを増すような、そんな生理的な充足感やよろめきに浸かりながら過ごす隙間の時間は、やっぱり嬉しく何ものにも代え難かったりするのです。生きていることの実感をふんわり認識させもします。ちまちまと平均的にものを食べ出すと、何か大事なものを置き忘れていくような、穴の開いた靴下を履いているような、変な消沈感が憑いてしまうような気がします。


  自己弁護かもしれないけれど、そういった性癖を持つひとの方が不思議と生き生きとして見える、そんな気もいたします。送られてきた果物なんかを延々食べまくり、あれよあれよと言う間に箱の中身全部を平らげてしまう、そんな偏食、暴食の場景に遭遇すると、人間って実にたくましいしエネルギッシュな生きものだと思うものです。


  聞いた瞬間に耳を疑ってしまうものもマレにありますが、モノは試しと付き合って口に放り込み、舌の上で転がしていると不安や疑問は氷解する、どころか、地平線がするすると広がっていくような爽快感が飛び出しても来ます。音楽もそうですが、味覚や嗅覚も“新たに知る歓び”って、かなり突き抜けたものがありますし、相手と深く結び付いていくような、内側から重なるイメージも心を急速に温めますね。


  食にそんな悦びをそっと見出してしまうのは、僕がそろそろ整理整頓の年齢に入った証拠かもしれません。机の上やベッドの脇は乱雑なままですが、身体とこころが求めるものが、幾らかすっきり背表紙を揃えていき、きれいに書棚のなかに収まってきた感じをこのところ受け止めています。

  歳をとるって、やはり悪くないものです。(う~ん、ちょっとやせ我慢。)

2010年1月15日金曜日

やってしまった~日常のこと~

 とっても寒いですね。
 みなさんのお住まいのところの冷え込みはどうですか?

 足元は凍ったりしていませんか。


 一昨日あたりからの寒気で、いよいよ冷凍庫のような雰囲気の僕の町ですが、
こういう急に冷え込むときって、路面の凍結がどんどん進んでしまうんですね。


 今朝、仕事場に向かう途中の十字路で、滑って止まらずに前のお車と衝突して
しまいました。あ~あ、やってしまった。


 のろのろの渋滞でもあったし、速度も出ていなかったし、交差点で一時停止した
前のお車のお尻が右へ左へ揺れるのを見て、あそこはツルツルだな、気を付けよう、
なんて思っていた僕なのだけれど、その足元が既にしてツルツルだったわけです。


 ブレーキを掛けてABSがガガガガ…と振動したけれど、見事なまでに反応なし。

 慌ててギアをローに入れてみたもののエンジンブレーキも掛かりません。


 体感的には、この映像みたいな感じですね…。(あくまで“感じ”ですよ。)




 相手の方のお身体に何もなく、それは不幸中の幸いではあるけれど、
けれど大切なお車を傷付け、面倒をおかけすることになって ただただ
申し訳ない気持ちでいます。ごめんなさい。


 道路を歩かれているひとも、どうかご注意ください。青になっても直ぐに渡らず、
左右をよく確認してから横断歩道へ足を踏み出してください。もちろん、転倒など
しないように足元に気を付け、どうか怪我のないようにしてくださいね。


 お子さんと歩かれるときは、どうか車道と反対側にお子さんを歩ませ、しっかり
手を握って守ってあげてください。前の車との間に歩行者がいなくて本当に助かり
ました。サンドイッチにしていたら、こんな日記どころじゃないもんなあ。


 ほんとうに足元に気を付け、注意してお過ごしくださいね。