2009年7月14日火曜日
石井隆「魔楽〈Maraque〉」(1986-87)~内側の旗印として~
野上「ファ~~ッ……
さすがに疲れたなァ
本降りにならないうちに早く帰って
ママの熱い味噌汁を飲みたいよ」(*1)
石井隆(いしいたかし)さんは1970年代と80年代を通して劇画家として活躍され、その後は映画監督に転進されています。表現の手段は変わりましたが、峰を連ねて世界は広がって見えますし、あいかわらず追従を許さないトップランナーです。最近では喜多嶋舞さん主演でやたらと長い題名の映画(*2)を創って話題になりました。内外の映画監督にも影響が少なくない存在感のある作家です。
幼少の頃から映画をたくさん観て過ごし、いつかは映画で食べていきたいと願い続けた。苦労してそれを成し遂げた初志“貫”徹の人ではありますが、いずれの作品にも“貫く背骨”みたいなものがあって、いつも生真面目な印象を抱いてしまいます。先日昔の雑誌に載っていたインタビュウを読んだのですが、実に堅い。ぎんぎんの理詰めで世界を構築していく人なのだと分かります。
あれこれ僕が言うよりも、その言葉をちょっとだけ引かせてもらいましょう。
「ぼくは性というものにこだわることによって、墜ちていく人間たちの中に、生きていくことを選んでいるがゆえの孤独や不安、絶望感といったものを恍惚と裏腹に描きたいと思っていたんですが、現実には女性が自分を売ることで儲けていくような、性に関わって上昇していくという、しかしそれは表層的な性の解放、女性解放という幻想にもかかわらず、とりあえずそういう時代になったわけです。(中略)それが七〇年代の後半でした。」(*3)
これは具体的にどういうことを指し示しているかと言えば、写真表現で“体毛”の露出規制が緩和され、それとほぼ同時期に(あくまで規制を潜ってというものでしたが)さらに露骨で直接的な映像が流布されるようになったことへの疑問を投げ掛けているわけです。
見せてはならない「内側」を露出するようになったけれど、それは「外側」をかえって飾り立てることにしかならないのではないか。肝心の「内側」である“こころ”が置いてけぼりにあってはいないか、と問い掛けている。
その疑問の念と持ち前の反骨精神が、石井隆さんの作品群のなかで異色中の異色となっている「魔楽(まらく)」という作品を産み落としました。さらに石井さんの言葉を引きましょう。
「性的な劇画でぼくが最後に描いたのが、『魔楽〈Maraque〉』(1985)という作品なんですが、それはいい奥さんも娘もいる中年のサラリーマンが休みの日だけランド・クルーザーに乗って山奥に行き、騙して連れてきた女の子たちを廃屋になった山小屋の地下で殺してはビデオで撮る、といったものでした。殺す時は顔から足の先まで全部覆って、自分の皮膚はいっさい出さずに女性を惨殺し、それをホーム・ビデオに撮り、持ち帰っては独り自分の部屋で見るという……。それがその時の、ぼくの精神状態だったんですね。「いま、性を描くとしたらこうなんじゃないの?」と。」(*3)
上の打ち明け話で大事なのは“顔から足の先まで全部覆って、自分の皮膚はいっさい出さず”という箇所です。確かにへんてこ、なんですね。見ているだけでじっとり汗ばむような窮屈な装束に殺人鬼の野上という男は執着しています。ラバーマスクは顔面に密着して呼吸も困難そうな感じなのですが、さらに両の目の部分にはご丁寧にも水泳競技の際のゴーグルのようなものがはめ込まれています。怖さを越えて珍妙の域であり、女の子には“タコお化け”と揶揄されたりもします。
光景の一部始終を撮影している訳ですから、読んだ当初は容貌を隠す為の変装かと思ったのでしたが、石井さんの言い回しを読むとそんな単純なものではないことが分かります。「内側」と「外側」、「隠すこと」と「見せること」について、かなり思い詰めた結果の上に世界が構築されている。
そんな意識過剰とも言える眼差しは、野上という男の家庭や住居の描写にも及んでいます。一見穏やかな日常の風景が点描されているのですが、僕のようにねちっこく石井隆さんの作品も読み比べている者には構図やリズムが狂っていることが分かってしまい、なんて細かしい演出をするのかと感嘆してしまうのです。
その野上家の描写で特筆すべきは“食べる”光景です。総じて石井さんの作品では食べることが忌まわしき未来と直結したり、はたまた、すれ違う想いを含んだりするものですが、この物語ではそれが随分と誇張されています。
食事する行為そのものではないのですが、冒頭に紹介した描写は忌まわしさやすれ違いの典型的な大気を孕んで見えます。新たな犠牲者を作ったばかりの鬼畜、野上が廃屋の外に出る。いつの間にか冷え込んだらしく、大きな白い雪片がひらひらと舞い降りている。野上、大きく伸びをする。風景をぐうっと俯瞰して空から眺めることで、廃屋とその周辺の寂びれた原野の全貌が映し出される。あたり一面真っ白になっていて、風がヒューーッとその頭上を吹き渡っていく。人をひとり殺めておいて、どうしてこんな状況下に「味噌汁」を口に出来るのか。読者の誰もが唖然とする場面です。
「外側」から家庭という「内側」へと帰還する際の掛け声となっていて、味噌汁はその旗印として象徴的に取り上げられている訳なのだけれど、ここでは誰が見ても平穏な安らぎを匂わしてはいません。陰画となって像を結んでいくのは、途方にくれながら生きている現代人の疲弊した精神模様でしょう。分岐し、多層になり過ぎてしまい、自分でも収拾をつけにくくなってしまったこころの有り様です。「内側」と「外側」の境界が引けなくなっている。そこはかとない侘びしさに襲われる、笑ってしまうけれど実に怖ろしいひとコマです。
ひとりの作家に意識的に登用され、滑稽で奇怪な、そして極めて違和感をともなう“味噌汁”がここにも描かれていました。
(*1):「魔楽」石井隆 ぺヨトル工房 1990
(*2):「人が人を愛することのどうしようもなさ」 監督 石井隆 2007
(*3):「武蔵野芸術 №100」 武蔵野美術大学出版社 光琳社出版
映画へ◎揺籃期としての80年代 石井隆インタビュウ
インタヴューアー 斎藤正勝+栗山洋
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