2010年1月29日金曜日

はじめに~上村一夫作品における味噌汁~


  ここからはひとりの作家、上村一夫(かみむらかずお)さん(*1)の作品について集中して触れようと思います。(集中と言っても考え考えですからね、時間はかかるでしょうけれど。)


  その前に一言二言説明を加えないといけません。と言うのは、このブログの立ち上げの目的が上村一夫さんの作品に深く関わっているからです。


  初めてそれを目にしたのは、数えてみれば25年も前になるのだから自分でも驚きですが、彼の代表作品(後日紹介いたします)のなかに挿入されていた台詞に対し、僕は“言いようのない不安定さ、釈然としないもの”を抱きながらずっと生きて来たのでした。 おかしいですよね。


  とりあえずその時はコヨリを差し込んで、もやもやした気持ちを棚上げした訳だったのでけど、黒色の背表紙が事あるごとに書棚から僕を睨んでは無言で訴え掛けるようなのでした。(答えは出たの、わかったの、あなたの中で物語は完結したの────)


  疑問をどうにか払拭するために、僕はここで紹介して来た小説や映画、漫画を読み解いてきたのです。随分と古い小説なんかが混じっているのはその為です。胸中に堆積したものをブログの形を借り、拙いながらも文章にしてみたのがミソ・ミソなんですね。(*2)


  これから一通り上村作品について書いてしまえば、“Miso-mythology & Soy sauce‐society”は本来の役割を終えるのです。幕をざっと下ろすか精彩を欠きつつ終息に向かうか、いずれにしてもひとつの山を越えることは間違いがない。ひどく淋しい気もするのですが、でも、不意の事故にでも遭ってしまって肝心の“答え”を書き遺せずに逝ったりしちゃえば、それこそ僕は悔恨にまみれて六道巡りをしかねない。そんな年齢ですからねえ(笑)。





  上村さんは言わずと知れた昭和を代表する劇画界の大家です。こと女性を描かせたら唯一無二の画風で完成度はすこぶる高く、追従をいまだに許していません。


  皮膚の内に収まった骨と筋(すじ)を完全に透視し切っていましたね。例えば背から首にかけての息を呑むカーブや、顎から面(おもて)のあえかな傾き加減、緊張と弛緩の間を行き来するたび微妙に移り変わる重心の在り処、柔らかく煮崩れてエスの字を描いていく腰から太腿の線など、女性経験のそうそう豊かでなかった僕にさえ、生々しい重量を具えたものとして目前に迫るのが常でした。


  選びに選ばれた線と、黒髪に代表されるベタ塗りの多用、記号的とさえ言えそうな描写でハイパーリアリズムからは遙か遠くに立ち居ながら、確かに紙面のそこかしこに生きた“おんな”が息づいていました。薄い胸板で小さな息を繰り返し、きりきりした緊迫を孕んでたたずんでいると信じられたものでした。


  けれど正直に言えば、若い時分の僕は上村さんの洗練された作風と美男美女ぞろいの主人公に対して自己を投影することがいささかむずかしくって、ドラマの表面ばかりを読み流していたところがありました。円熟味の増した「菊坂ホテル」(*3)あたりでの“見開き”には実際息が止まったし、内観的な人物描写にも惹かれて読み続けた作家のひとりだったのだけれど、よくよく咀嚼し血肉とするには至らなかった。


  上村さんのドラマを努めて凝視するようになったのは、ここ十年ほど、最近のことです。そこには僕に起こった二つの転機が絡んでいます。いずれも人との出会いによるもので、ひとつ目は僕が恩師と仰ぐある作家(仮にE先生としましょうか)にコンタクトできたこと。上村先生より少し遅れて世に出たE先生を僕は三十年以上も追い続けていて、言わばE先生の創作世界にすっかり淫した身であるわけですが、その先生から酒場での上村さんとのニアミスの話など聞くに及んで対岸の人ではなくなってしまった。


  そのときの上村さんはたいへん神経質な言動を投げ返したそうです。もともとE先生の劇画人生の出航においては、上村さんの画風が目標のひとつであったことはよく知られるところです。しかし、上村さんが年少のE先生の出現を激しく意識していたという事実は衝撃でした。それによりE作品と上村作品の比較解析が僕の内部で竜巻のように起こり、深層まで掘り込んだ“読み返し”に日々励ませることになったのです。


  そしてもう一つのきっかけはウェブ上で偶然にも知己を得たのでしたが、極めて真摯に上村作品を読み解いている人がいて、その唇から発せられる熱い賛辞や感嘆の溜め息に烈しく揺さぶられたということがありました。こうして僕は上村さんの本を開き直すことが無上の歓びとなりました。



  上村一夫さんの作品の根幹にあるのは“恋情”であり、それが性愛、母子愛、鏡像愛と分岐して複雑に錯綜していきますよね。僕たちの抱える精神の一面とぶるぶる共振し、余韻を残す物語が多いのだけれど、その振幅の程度や残響の期間は読み手の実人生における経験値に比例するように思われます。


  僕の身の上でも丁度それら恋情という“不思議”について深く見詰め直し、熟考する機会が巡って来てもいました。こころの奥に瞳を据えては、ときに闘い、ときに融合するためにも、彼の作品群を己の血肉とする絶対的な必要に迫られてもいた。 そうしてみれば、これまで見過ごされていた機微も意図もゆっくり眼前に浮上して来るのだったし、深く頷かされる箇所も一気呵成に増えていくのでした。


  次々の偶然や人との出逢いが縦糸と横糸となって僕の胸に飛び込み、綾織られながらくっきりと像を結んでいく。ひとつの“答え”が導かれていく。時が満ちて僥倖(ぎょうこう)の訪れたことを感じない訳にはいきません。こんな僕の大人げない行為を人は笑うかもしれませんが、今の”僕ならば、あの25年前に差し入れたコヨリをそっと引き抜いて、わだかまりなく頁を閉じることが出来そうな気がするのです。

  

    味噌と醤油は愛をささやく場面にふさわしいか。



 上村さんの複数の作品をひも解きながら、僕なりのまとめに入っていきたいと思います。



(*1):上村一夫さんのオフィシャル・ホームページがあります。業績や現在入手可能な書籍はこちらをご覧ください。http://www.kamimurakazuo.com/
(*2):直接示唆されるということは無かったのですが、ブログやメールを通じて紹介された書籍や映像をひも解くうちに計らずも味噌、醤油にまつわる表現にぶつかり、めくるめく想いにひたった事も度々でした。

  ウェブの世界は空疎なものとの評価に流れがちですが、僕はそうは思えないですね。個が個であり続ける淋しさはあるけれど、取り巻く河の流れの肌打つ水圧、匂いや温度は素晴らしいものがあります。共に泳ぐ魂の、陽射しや月光に体表をきらめかせる様子を愛しく、有り難く見て取ることが多い。お礼を言わせてください、ありがとうございました。

(*3):「菊坂ホテル」 上村一夫 1983-1984 初出は「小説王」(角川書店)

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