
ふわっと照明が点り、エンドロールを映し終えたスクリーンが浮かび上がる。瞳に残影がありありと宿って感情の昂ぶりが取れない。そんなほろ酔い気分のときに、大学で教鞭をとる専門家が解説をしてくれる洒落た映画観賞会があります。地元の劇場での月に一度の夜会です。バーテンダーに由来や製法を教えてもらい、香りと味がさらに豊饒さを増すカクテル、そんな感じでしょうか。
フェリーニなどもまな板に乗りますが、大概はロシアの映画です。陰影に富み、湿度もずっと高い。いくらか枯れ草の匂いも混じって感じられる作風もしっとり肌に馴染んで嬉しいですが、上映後の解説の時間が刺激的でそれに惹かれて足を運んでいます。
観客の数は三十から五十といったところで、落ち着いた風情の年輩女性が席を多く占めます。御下げ髪の若かりし頃はトルストイとかチェーホフに憧れたのかしら、さぞ可愛かったのだろうな、なんて妄想したりして…。政治的な固い話は抜きにした文学作品が主ですから常に柔らかい空気に包まれ、なかなか良い会合だと僕は感じています。今後も続いていってもらいたいな。
先日の作品は「持参金のない娘」(*1)。没落した貴族の娘ラリーサが主人公。器量の良さと才気によって地元の男たち(資産家、商人、企業家、公務員、はては詐欺師)の視線を集めるのですが、彼らの間で繰り広げられる権力闘争と自己本位な欲望にはげしく翻弄され生命を落とすという悲劇です。
検索をかけていくと、Youtubeにファンがアップしていますね。あらら、冒頭から終幕まで観ることが出来てしまう。便利というか困ったというか、不思議な時代になったものです。予告篇代わりに貼っておきましょう。あえてラストの部分を!どうして彼女はこのような目に遭ったのか、どんな男女のこころ模様が描かれてきたものか。紹介するこの結末を観て興がすっかり削がれるということはないと信じます。観るひとは観る、そういう類いの映画ですね。
ラリーサを追い詰め死に追いやる男たちの誰もが、どうしようない最低の輩です。しかし、カットや台詞の積み上げによって各々の出自、責務、宿命が浮き彫りになり、それらにがんじがらめとなっている様が丁寧に活写されてもいます。おんなへの執心は純真そのものと読めるところもあり、かえって始末が悪いです。ラリーサの胸にも僕たちの胸にも憎み切れない中途半端な想いが残されて、何ともやるせない終幕ですね。
男たちと今わの際のおんなとが、大きなガラス窓越しに交錯させる最期の視線が凄まじい。恋慕の念が凝縮なった素晴らしい情景です。僕の内部にこれまで堆積なってきた様々な映像記憶が重なって明滅します、言葉を失います。
0 件のコメント:
コメントを投稿